第二十話 僕らと七ひきのオオカミ
「この工房……なんか囲まれてるし」
ジーナの言葉で一気に緊張が走る。
こんなにも早く、奴らの襲撃があるとは思わなかった。レイウォルド氏の話では警備兵を通じて、騎士団に訴状を出していると言っていた。その騎士団が動くまでの数日を待たずして、黒狼族の長が早くも報復を開始したのだ。陽はすでに落ちかけ、辺りは薄暗い。もっと遅くに来ても良いはずの襲撃は、意外に早く実行されたようだ。
盗賊レベル9になったことにより、さっそく待ち望んでいたスキル【警戒】が役に立ったジーナは、猫耳をさらに細かく震わせながら、周辺の動きを探っている。片やアルテシアの方はというと、まだ相手との距離があるのか、剣に手をかけることもなく、僕の隣で辺りを警戒している。
「ジーナ。そいつらは何人だ?」
【警戒】はパッシブスキルのためか、常時発動しているため、回数制限がないのが特徴だ。僕はジーナに工房を囲む奴らの人数を確認する。あまりにも多い場合は、レイウォルド氏にも声がけして、協力を仰ごうと思っていたからだ。たぶん工房のなかに居るであろう、彼を含めた他のドワーフたちのようすは、今すぐ確かめる時間はないけれど、隙を見て頼めばきっと助けてくれるはず。
鋭い目つきのジーナはしばらく黙っていたのち、僕の方をチラリと見て、返事を返して来る。
「しの、ごの……七人てとこかな。襲撃にしては少ないけれど」
「もしかすると、他の戦力は昨日倒した四人を救うために、警備兵の詰所にでも行ったのかもしれません」
「け、警備兵の詰所ってそんな返り討ちにあうんじゃ……」
「黒狼族って仲間意識鬼つよだから、まあ予想つくけどね」
戦力を分散させてまで、仲間を救いたいという気持ちは評価するけど、もっと平和的な解決はなかったのだろうか。昨日の怯えた彼らの目を思い出し、出来れば今から現れる奴らを無傷で止めたいと思うのは、いつもの僕の甘さなんだろうか。
「な、なあ。ふたりとも出来れば――」
「――来たっ!」
ジーナの叫びで僕の希望が途中で途切れる。それと共に、工房のまわりに大柄な男たちが一斉に現れた。七ひきの子ヤギ――ではなく、七ひきのオオカミたちは、それぞれが物騒な武器をたずさえ、前と同じように犬歯をむき出しにしてこちらを睨んでいる。僕らが待ち構えているのを知らなかったのか、一瞬その表情に驚きを見せていたが、そのうち七ひきのオオカミたちのひとりが、僕らを指差して大声をあげた。
「ああっ! こ、こいつら広場に居た奴らだっ!! クソっ! あのドワーフ親父めっ! お前ら最初からグルだったんだなっ! おい兄弟、気をつけろ。 こいつらやべーぞ」
あの広場での出来事を知っているってことは、最初にアルテシアに気絶させられた奴か。狼男たちって、皆似たような顔や体つきなので見分けがつかないんだよな。アルテシアを睨みつけているその男がそう発言したあと、突然ひと際大きい狼男が、持っていた武器を地面に叩きつけた。
「貴様らが我が一族の民を傷つけた愚者か。その愚かなる行為、その体で後悔させてやろう」
いかにも強者的な物言いをする男。たぶんこいつが黒狼族の統領だ。他の狼男たちとは風格が違う。統領自らこの場に現れたということは、奴らにとってこの工房の襲撃が本命ということなのだろう。しかし、宝剣の作成を断られたからって、ここまでするのって、どれだけ執念深いんだろうか。
「うっわ、黒狼族って。マジチョーめんどくさい奴らに目付けられたねーお兄さんたち」
人獣と獣人の間柄なのか、黒狼族を知っている風のジーナが、呆れたように呟いた。
「ジーナ、アルテシア。出来ればこれ以上あいつらの恨みを買いたくないんだ。なるべく穏便にしたい」
じりじりと近付いて来る七ひきのオオカミたち。
僕は、アルテシアが傷付けた狼男たちの姿を思い出し、彼女たちに自分の気持ちを告げる。それを聞いたふたりは少し驚いた表情をしたあと、こくりと頷く。
「あいつら一回揉めたら、ヤバいくらい根に持つし、アタシ、お兄さんの意見にさんせーい」
「す、すみません。ぜ、善処します」
ジーナは本当に奴らのことが嫌いなのか、うんざりしたように答えた。隣にいたアルテシアは、僕の言葉によって昨日のことを思い出したのか、少し俯き気味に反応する。
「たのむよ」
「お兄さん、お兄さん」
彼女たちに頭を下げる。すると、僕の肩を叩きながらジーナが耳打ちをしてきた。
「アタシに良い考えがあるの。任してみ」
「え? あ、うん。だ、大丈夫?」
「ガチでヨユーだしっ! いいから見ててよ」
何やら案があるような素振りのジーナに少し不安を感じたが、任せることにした。
「チッ、なんだよ、ガキばっかじゃねーか。あーあ。俺も警備兵の方に行きたかったぜ」
広場に居た男とは違う、別の男が舌打ちする。
仲間の話を信じないようすの男は、僕たちに武器を突き付けてニヤりと笑う。
「こいつら、とっととぶっ殺して、あっちに加勢に行こうぜ!」
「バカ言うな! 俺が一撃でやられたんだぞ!? それにあいつらも四人まとめて腕を吹っ飛ばされたんだ。ただの奴隷じゃねえ。しかも一匹増えてるしっ!」
狼男たちがどんどんこちらへと近付いて来る。
向こうではなにやら言い争いをしているが、囲まれている僕らはそれどころじゃない。ジーナが自分に任せろと言うけれど、まだ何も行動をおこしていないし、僕だけが焦っている状況だ。
「ジ、ジーナ、もう奴らあんなとこまで来てるよ!」
「もうちっと近付かないとーみたいな?」
ギラギラとした目で迫る狼男たち。
僕らにもう十メートルといった距離まで近づいている。だんだんと緊張と恐怖に支配されだした僕は、依然として余裕な態度のジーナの肩を掴むと、彼女を急かすように耳打ちするが、まるで取り合ってくれない。いよいよアルテシアに頼もうかと思った瞬間、満を持したジーナが声をあげる。
「よしっ! じゃあ行ってきまっ!」
「えっ?」
一瞬にしてジーナが消えた。
それと同時に狼男たちが叫ぶ。
「者ども! 奴らに裁きを与え、我らの願いを無下にした羊たちに死を与えよ!!」
「「おお……」」
「!?」
中央にいる統領の号令により、一斉に奴らが声をあげたと思いきや、それは途中で掻き消えてしまった。奴らの接近に身構えていた僕は、一瞬何が起こったのかわからず、何かに戸惑っている奴らを凝視した。
「あっ!」
思わず声をあげてしまう。
奴らが僕たちに向かってくることなく、その場でキョロキョロしている理由がわかったからだ。
「お、俺の武器が!!」
「な、何が起こったんだ!?」
「皆の者! なにを狼狽え――こ、これはいったい……!」
奴らの動揺は、寸前まで持っていたはずの武器が一斉に消えたのが原因だ。
手に持っていたはずの武器が、一瞬にして消えたことにより、出鼻をくじかれた奴らはその動揺を隠せず、僕らを構う余裕などないようだ。号令をかけた狼男たちの統領も、突然侵攻を止めた部下たちの不可解な行動に激昂しかけたが、自分の持っていた武器が無くなっているのに気付くと、部下たち同様に困惑し始める。
奴らの武器が消えた。この一連の犯行は彼女の仕業に間違いないだろう。盗賊のジョブを持つ、僕の新たな奴隷となった少女、ジーナ。
「マジめっさ重いんですけど、これっ!!」
「ジーナ!」
奴らがこの状況に対して一斉に騒ぎ出したころ、消えたはずのジーナが、僕の隣に戻って来るなりひょうひょうとした感じで愚痴を吐く。一瞬なんのことかと思ったけれど、彼女の細腕によって抱きしめられた物を見て、思わず納得する。
ジーナの腕に抱えられていたのは、奴らが持っていた武器だった。七ひきのオオカミたちの武器はそれぞれが大きく、彼女ひとりの腕には抱えきれないほどだが、いったいどうやってこれらを奪ったんだろうか。そう思ったとき、僕の脳裏にあることが浮かんだ。
「そ、それってまさか、僕が金貨取られたスキルじゃ……」
「ひひひ。大正解! ジーナちゃんの必殺技【スナッチ】! お兄さんのご希望通り、これで奴らの武力解除成功~! ってか、レベル6だったらあいつらの武器全部奪えなかったしっ。いや~お姉さんにマジ感謝~」
意識外からの攻撃および強奪が可能になるスキル【スナッチ】。ジーナが言う通り、奴らは七人。レベル6だったら六回しか使用できなかったので、全部奪うのは無理だっただろう。レベル9になったことで全員の武器を奪えたのは好都合だった。結果、最初は嫌々従うしかなかったアルテシアの先見の明に、ジーナだけでなく僕も感謝する。
「ちょい張り切り過ぎてスキル全部使っちゃったけど、いや~大漁大漁!」
「……」
武器を奪ったことでテンションが高いのは、さすが盗賊とも言えるが、七人に対して、9回分のスキルを全部使い切るのはどういう意味だろうかと僕は不思議に思ったが、彼女の抱える武器の隙間に、明らかにお金が入っていると思われる袋が数個ぶら下がっているのを見て、がっくりとする。あとで返してあげるように注意しとこう……。
「ああっ!! そ、それは俺たちの武器っ!!」
「なっ!? なんであの猫娘が……」
ジーナの持つ武器にいち早く気付いた狼男の一人が大声で彼女を指差す。それに釣られ他の奴らも僕の隣に立つジーナに注目し、各々が彼女に怒りをぶつける。
「あーマジダッサ! あんたたちの武器はこのアタシがもらったの! てか、これで工房を襲おうなんてことも出来ないっしょ! ざまぁ~」
「~~っ!!」
盗賊の隠しスキルでもあったのか、やたらと煽りレベルの高いジーナが、怒りに震える狼たちに向かってさらに罵声を浴びせる。えっと、そこまで言わなくったっていいんじゃないでしょうか、ジーナさん。ほら、あのオオカミさんたち、もの凄く怒ってますよ? 心配する僕をよそに、ジーナはオオカミたちと罵倒し合っている。
「黙れっ!!」
「――っ!」
とても緊迫した状況とは思えない、ある種の微妙な騒々しさに拍車がかかるなか、ずっと黙っていた黒狼族の統領が大声でそれを制止する。白熱していたジーナと狼男たちの言い争いは、一瞬にして沈黙し、全員の視線が統領へと集まる。
「ふふふ。いよいよもって我ら獣人と、貴様ら愚かな人獣との差があらわれたようだな。人族と同様、武器が無ければ何も出来ないとでも思ったか小娘。我ら獣人、黒狼族のチカラを舐めるでないぞ」
「――!!」
そう言った統領が、両腕を広げると、その指先から鋭利な爪が一気に飛び出した。人間に近い人獣とは違い、獣的な要素を持つ彼らは、自らの身体を武器とすることも可能なようだ。ニヤリと笑う統領に続き、他の狼男たちも一斉に爪を伸ばす。
「あーっ! それズルいっちゅーの!」
得意のスキルを使い、奴らの武器を見事奪ったことで気持ち的にも優勢だったはずのジーナ。今度は奪うことも不可能となった奴らの武器を目の当たりにした彼女は、その場に奪った武器を投げ捨てると同時に悔し声をあげる。
俄然有利となった狼男たちは、一斉に遠吠えをあげ、勝利を確信したかのように笑い出した。マズい。あんな物を出されたら、また彼女が――アルテシアが暴走してしまうかもしれない。そう思った僕は、隣に立つアルテシアへと向き直ると、彼女の肩をおさえた。
「ダメだアルテシア! 僕は大丈夫だから、あいつらを――」
「大丈夫です。ヨースケさん」
アルテシアを暴走させまいとする僕に対し、彼女は唐突に自分の腰に装備していた剣を鞘ごとこちらに突き付けた。勢いで受け取ってしまった彼女の剣を胸に抱き、僕は唖然とする。そんな僕の顔を見て、アルテシアは優しく微笑む。
「武器はあなたが持っていてください。彼らは武器を持っていません。あれは身体の一部で言わば素手……。騎士の教え通り、武器には武器を、素手には素手で私は戦います」
「ア、アルテシア……」
昨日の暴走した彼女の姿はもう存在しなかった。
僕にそう告げたアルテシアは、今度はキリっとした顔になり、正面にいる奴らを見据える。その横顔に僕はなぜかドキドキしてしまった。
「何をごちゃごちゃ言ってるんだ、クソガキども!! 舐めた真似をしてくれたな! 俺様の爪で切り刻んでやるぜ!!」
僕らのやり取りに焦れた狼男の一部がそんな罵倒をしてくるが、すでに臨戦態勢に入っているアルテシアの耳には届いていないようだ。僕の前にスッと出た彼女は、その無防備な姿を奴らの前に晒した。
「はっはっは! 武器も持たずにわざわざ前に出て来るなんて、よほど切り刻まれたいようだな。安心し――」
下卑た顔でアルテシアを見る狼男が、後方にある建物の屋根まで一瞬にして吹っ飛んでいく。その光景を目の当たりにした狼男たちが、一斉に緊迫した表情になる。
「だ、だから侮るなって言ったんだ! こいつヤベーんだからよっ!」
広場に居た狼男が叫ぶ。
彼だけは知っているのだ。
アルテシアの実力を。
他の奴らもようやくここで、その話が真実だと理解したようだ。さきほどまでの余裕のある表情は姿を消し、真剣な目つきになっていく。
「お前たちは選ばれた戦士だ。無様なマネはするな!」
「「オオッ!!」」
黒狼族の統領が残った五人に激を飛ばす。
本気のスイッチが入った狼たちが一斉に怒声を上げると、血走った眼差しをアルテシアへと向ける。修羅場となる予感に、その場全員の息を呑む音だけが聞こえた。屋根へと狼を蹴り飛ばしたアルテシアが、その高々と上げた足をゆっくりと下ろすと、自分を取り囲む狼たちへと静かにささやいた。
「ヨースケさんの進む道を邪魔する者は、すべて私が取り払います」
再びアルテシアの戦いが始まる。
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