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第十九話  レベル8からマジ本気出す



「ヨースケさん……大丈夫ですか」



 顔色が良くない僕を、アルテシアが心配する。

 すべては僕が、あの悪役令嬢ディアミスと出会ったときからずっと繋がっていたのだ。どんな理由かはわからないが、彼女が僕に投げ渡した口止め料には、かぎ爪の男が狙う、ある重要な物が金貨と共に入っていたらしい。


 幸い、ジーナによって盗まれたから良かったものの、もしあのまま僕が所持していたとしたら、お金に余裕のがあることを理由に、奴隷商ギルドにも行かず、のうのうと日々を過ごしていたであろう僕は、当然アルテシアとも出会うこともなく、あの男にたったひとりのときを狙われた可能性だってあったかもしれないのだ。


 背筋がゾッとする。

 言い知れぬ不安を感じながら、アルテシアに礼を述べたあと、僕はジーナに話しかけた。


「ジーナ。いったいあの袋には何が入っていたんだ」

「わおぉ! それ聞きたい系? うーん。どっしよっかなー」


 もったいぶるジーナに少し焦れるが、黙って彼女を見つめ続ける。


「もおーお兄さん、アタシ見過ぎっ! ってか、てぇ~れぇ~るぅ~って、鬼ヤバっ!!」

「あまりヨースケさんをからかわないでください」


 アルテシアの殺気を感じたジーナが、慌てて僕の後ろに隠れる。なんかこれパターン化しそうだな……。僕の視線に根負けしたのか、それともアルテシアが怖かったのか、ようやくジーナが話し始めた。


「お兄さんの袋には、金貨と一緒にちいさなコインが入っていたんだよ。見た目は金貨と一緒なんだけど、ちょっち色が暗いってか、あとは真ん中に小さな宝石が埋まってたかな~」

「コインか……それは気付かなかったな」


「この街に新たに入ってきた人たちから順番に調べてたんだけど、ちょうどお兄さんがあいつに話しかけたときに、もしかしてって思ったらビンゴだったってわけ。あいつはあの後すぐに消えちゃってさ。昨日ここで会う連絡が入ったんで、わざわざ来てみたらマジ殺されかけたしっ!」


 ディアミス嬢にもらった金貨は、適当に数えただけで、くわしく見たというわけではなかった。形も色も似ているのなら、気付くはずがない。それにしても、そんなそっくりな物を金貨に混ぜて、もし僕が他の支払いと一緒に誰かに渡してしまったらどうするつもりだったんだろうか。それかディアミス嬢はあえてそうやってどこかへコインが流れていくように仕向けたのか? んーこれ以上は彼女に会わない限り考えても仕方がないな。それにもう手元にもコインはないし、あの男が本当に僕らを狙ってくるかどうかもわからない。ジーナには悪いけど、この話は一旦保留だ。


「あーっ!! そう言えばあいつからの依頼料、前金しかもらってなかったんだ! うっわ、マジ最悪……」


 突然、思い出したかのように怒り出すジーナ。さっき殺されかけたのにタフだな、彼女って。


「なあ、ジーナ。あの時どうやって僕の金貨と袋を取り換えたんだ? 全然わからなかったけど」


 あの日、僕とジーナはそこまで密着もしていなかったし、そんな素振りさえなかった。それなのにいつの間にか僕の懐には、金貨の入った袋ではなく、タダの石ころが入った袋にすり替わっていた。なにかのスキルでも使ったのだろうけど、まだ彼女のステータス画面をはっきり確認したわけではないので、直接彼女に聞いてみた。しかしそれを聞いたとたん、ジーナがまた調子に乗り出した。


「ふっふーん。やっぱそれ気になるよね~アタシの必殺スキル。あ、いちおアタシのジョブって盗賊なんだけどさ」

「や、やっぱり盗賊……てか、案内人て言ってたよね? それにあのとき、そんなしゃべり方じゃなかったし」


「アタシ普段、お仕事中は猫被ってんだよね~猫だけに!」

「「……」」


「ちょっと! これアタシの鉄板ジョークだっつーの! もおマジムカつくっ!」


 ジョークはさておき(スルーした)、ジーナのジョブを聞いて納得する。あの早業はやっぱりスキルだったらしい。騎士に、盗賊……なんか冒険の定番キャラが、続々と集まって来ているようで――いや、フラグが立つから、これ以上は考えないことにしよう――


「えっ!?」


 突然、ジーナの腕をアルテシアが掴んだ。いきなりのことで驚き、彼女たちを見るが、ふたりはじっとお互いの目を見つめたままだ。その表情には真剣味があり、今にも戦いが始まるのではないかと予感させるほど緊迫したものがあった。


「マジか……まさかアタシのスキルを止められるなんて、超おどろきなんですけど!」

「私はヨースケさんを守るために仕えているんです。もしそのときに私がいれば、彼があなたにお金を奪われることなど、決してなかったのに」


 どうやら僕の知らないうちに、ジーナがスキルを使ったようだ。それをすんでのところでアルテシアが止めたらしい。まったく気づかなかったマヌケな自分と、彼女たちのすごさに驚く。


「ふたりとも、もう良いよ。で、ジーナ。それがキミのスキルなの?」


 僕はふたりの腕に手をかけ、お互いを引き離す。

 残念だが、このふたりはあまり相性が良くないようだ。

 というよりも、アルテシアがジーナに対して、敵意をむき出しにしている。困ったものだ。うかつに金貨を盗まれた話を、彼女にするべきではなかったと反省する。


「そ! アタシのスキル【スナッチ】! 相手の意識外のところから攻撃や盗みを行うスキルだから、マジ気付かれないの! てか、成功率ほぼ絶対だったんだよねえ……さっきまでは」


 そう言ってアルテシアの方をチラりと見るジーナ。

 いやいや、意識外からの盗みとか反則だよね? どうりでわからなかったわけだよ。けれどもそれ以上にスゴイのは、その確定スキルを止めてしまったアルテシアだ。彼女のスキル【身体強化】によるものなのだろうか、さっきのふたりのやり取りは、僕の目にはまったく映っていなかった。


「ジーナ。あなたはヨースケさんの奴隷になったのに、彼に向かってスキルを使うなんて、いったい何を考えているのですか!」

「えー実際に見せた方が一石二鳥じゃーん! お姉さんも知ってるっしょ! スキルの使用は経験値に繋がるってこと。アタシもうすぐレベルあがりそうな気がすんの!」


「……」


 また知らないことが出て来た。

 経験値は戦闘以外でも得られるらしい。

 僕で言えば、奴隷ディーラーに関するスキルを使うと、経験値が上がるということだ。レベルを上げる条件を知ることは、強くなる近道にもなるので、覚えておこう。時間があるときに、彼女たちからそういった知識を学ぶのも良いかもしれない。


「それにさ。レベル8の【警戒】持ってたら、お兄さんたちの尾行だって、ちゃんと気付いたっつーの!」

「えっ、【警戒】?」


「そ! 【警戒】があれば、意識しなくても周辺のことが勝手に頭に入ってきて、チョー便利らしいの。盗賊はレベル8からが本番だって言うし、アタシ、レベル8からマジ本気出すから!」


 両手を握りしめて力説するジーナ。

 彼女のスキル【警戒】は確かに便利そうだ。

 盗賊なのに、簡単に僕が尾行出来たのも、それを取得していなかったのが原因らしい。もし彼女がすでにレベル8だったとしたら、きっとこんな状況にはならなかったのだろう。人との出会いって、そんな些細なことで変わっていくのかもしれない。


「ヨースケさん」

「ん。なに? アルテシア」


 僕がそんな哲学じみた物思いにふけっていると、真面目な顔をしたアルテシアが話しかけてきた。一瞬、嫌な予感がしたが、普段通りに返事を返す。


「ジーナの【警戒】ですが、工房の警備に役立つかもしれません。彼女のレベル上げを先に手伝いませんか?」

「えっ、今から?」


 急を要するような提案に驚く。

 たしかにジーナのレベルを上げてから、工房に向かえばきっと役に立つだろう。けれど、今だって結構時間が経っているはずだし、これ以上、工房から離れるわけも行かない。残念だけどアルテシアの提案を断るしかないと思ったら、そこへ当のジーナが話に寄って来た。


「ねえねえ何の話? アタシも混ぜてよ!」

「いや、今からキミがレベル8になるようにアルテシアが手伝うって……」


 僕が流れで説明をする。するとジーナの表情が突然変わった。


「えっ……い、いや……ごめん! さっきの話、ケッコー盛った! アタシまだレベル6でえっす。てへ」

「ええっ!? じゃあ今日中になんて無理じゃないか! なあ、アルテシア」


 ジーナの見栄により、今からのレベル上げがなおさら無理だとわかった僕は、急いでアルテシアへと進言する。


「泉の森だったら、私がいますし、レベル6から8までくらいなら、全然余裕だと思います」

「「えっ……」」


 嫌な予感は的中した。

 さっき話しかけられたときに、一瞬感じたのは、このことだったのだ。


「ま、待ってよ、お姉さん! 今から泉の森って往復でも4時間かかるっしょ! レベル上げなんてそんなすぐに――」


 ジーナがアルテシアに抗議をしかけたが、やはりいつもの通り、途中で遮られてしまう。


 そう、アルテシアに。


 彼女は僕らの背中をガッツリと掴むと、にこやかに微笑む。


「大丈夫。往復とレベル上げで一時間くらいで済みますから」

「えっ……な、なにそれ」


「ジーナ! それ以上しゃべるな! 舌を噛むぞ!」


 すでに諦めた僕は、ジーナに向けて最後の忠告をする。

 今から僕らに待ち受ける苦難に向けて、立ち向かうかのように。


「えっ!? な、なになになに、お兄さん! ちょっとワケわかんないんだけど――」

「来るぞ!!」


 身構えた僕は、迫る重力の変化に耐える。

 僕の忠告を聞かなかったジーナは……。


「ぎゃあああああああ!!!」


 さきほど死にかけた時の断末魔以上の叫び声をあげるジーナ。僕たちを抱えたアルテシアは、一瞬にして袋小路から建物の屋根へと飛んだ。


「無理無理無理無理!!! 許してお姉さん! アタシ高いとこダメなんだってば!!」

「すぐ街を出ますから、しっかり掴まっていてくださいね」


 ジーナの訴えを無視するアルテシアが、僕の方を見て微笑む。やはり彼女たちはお互いに相容れない関係なのかもしれない。ただ、涙目のジーナが必死にアルテシアにしがみついていたのは、なんか可愛かった。


「お兄さん奴隷ディーラーでしょ! あんたが奴隷の暴走を止めないでどうすんの!」

「そんなの出来たらとっくにやってるっての!」


「頼りない主とかマジないわ! いいからアタシをお・ろ・し・てええええ!!」

「が、我慢だ……耐えろ、ジーナ……」


 スポーツバックのように両脇に僕らを抱えるアルテシアが屋根を飛んでいく。前回とは違い、今回は仲間(道づれ)が増えたのだ。多少道中では言い争いもしたが、僕と同じ試練を味わったジーナ。泉の森に着く頃になると、少しは気心の知れた間柄になっていた。



 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「お、お兄さん……て、提案があるんだけど」


 すっかりグロッキーとなったジーナが、辛いのをおして手を上げる。


「はい……ジーナくん」


 僕もそれに乗り、まるで先生のような口調で、彼女の発言を許可する。


「ど、奴隷のアタシが言うのも何なんだけど……ぜ、絶対早めに馬車を買うことをお勧めするわ……マジであんなの二度とゴメンだしっ!」

「ぜ、善処します……」


 ジーナの言い分ももっともだ。

 初見の彼女でさえそう言うのだから、何度もあれを味わった僕は、もっと早くそれに気付くべきだった。お金が出来たら真っ先に馬車を買おう。幸いジーナやアルテシアは馬を扱えるらしいし。


 ジーナの要求に前向きな姿勢を表明した僕は、再び戻ってきたドワーフの工房の前で、はあ、と一息つく。


 あのあと僕らは湖の森でレベル上げと言う名の苦行を強いられた。実際にはアルテシアがほとんど魔物を倒したのだけれど、何もしない仲間にも、ある程度の経験値が得られるらしく、魔物に取り囲まれ、逃げ惑うだけだった僕はレベル4に。移動によって、ほとんどの体力と気力を持っていかれたはずのジーナも、少しだけ戦いに加わった結果、無事にレベル9にまで成長することができた。おかげで当初の目標であったレベル8で習得するスキル、【警戒】を手に入れたジーナは、帰り際、同じ悲鳴をあげながらも、達成感に満ちた表情をしていた。


 僕もレベルアップによって新しいスキルを習得していた。正確にはスキルではなくて、魔法に分類されるそれは、奇しくも自分にとって苦い思い出しかないスキル【エンゲージメント】だった。


「これって、武器屋とかの専用スキルとかじゃないの?」

「【エンゲージメント】は、商いをする職業なら誰でも習得します」


 アルテシアからの答えにとりあえず納得する。

 元々奴隷契約の祖になった魔法らしいから、奴隷ディーラーである僕も当然覚えるようだ。まあ、なるべくなら使うことのない、死にスキルにしたいけれど……。


「つーか、お兄さんレベル4って低すぎじゃね? マジ今まで何やってたん」

「あ、あははは……ち、ちょっとね」


「ジーナ。あなた、いい加減に――」


 転生してまだ数日しか経ってませんとは言えず、アルテシアのときと同じく、ジーナにも笑って誤魔化す。そんな頼りない主である僕に、呆れたようすのジーナ。対して僕を主と慕うアルテシアがジーナの無礼な態度にムッとして声をあげたとき、


「それよかお兄さんたち。今、ちょいヤバめなんだけど……」

「「――!」」


 突然、小声になるジーナ。

 彼女の真剣な表情に気付き、僕らも身構える。

 そして、周囲を警戒するように、頭の猫耳をピクピクと動かすジーナが、静かにささやいた。


「この工房……なんか囲まれてるし」と。


  

ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。



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