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第十八話  復活のジーナ



「使用する!!」


 路地裏が光に包まれ、ジーナが再び元の姿に戻っていく。

 これで【リセット】を使ったのは何回目だろう。横に表示された数字を見る。この前アルテシアと実験したあと22ポイントになっていた数値は、彼女の腕の復元と、今ここで発動しているジーナの身体の復元と破れた服の修復で、早くも44ポイントとなっていた。


 ステータス画面を見る余裕まで出て来たのは、この数値が物語っているようだ。この数値がどんな意味を持つのかは不明だけれど、かといってポイントを増やさないために【リセット】を使わないという選択肢は今のところ無いに等しい。この世界には危険が多すぎるし、お金に余裕のない現状、復元と修復は僕らにとって必要不可欠だ。


 そんなことを考えていると、いつの間にか赤い首輪【奴隷の絆】を身につけたジーナの復元が終わっていた。まだ気絶したままの彼女は、僕の腕のなかで静かに眠っている。すべて元に戻ったので直に目を覚ますだろう。


「ヨ……ヨースケ……さん」


 いつの間にか目の前にアルテシアが戻って来ていた。

 僕のそばで眠るジーナを見て驚いているようだ。

 ああ、これどう言い訳しようか……。

 

「赤い首輪……その方を……奴隷にしたんですか……」

「あっ、い、いや、これは、その……」 


 じっと見つめてくるアルテシアに、しどろもどろになる。

 別に人助けだから、気にする必要がないはずなのに、なぜかうしろめたさを感じる。


「こっ、これは彼女が死にかけていたから、し、仕方なく……」

「そうですね。ヨースケさんは、どなたにもお優しい方ですし……」


 どなたにもお優しいとは……。

 なんかトゲがあるような言い方だけど、とりあえず理解してくれたのかな。


「でも、私にも一応相談して欲しかったです……」

「いや、そんな暇なかったんだって! キミはどっか行っちゃってたし」


『……私だけだと思っていたのに……こんな可愛い方とお知り合いだったなんて……』

「いや、聞こえてるからっ! てか、アルテシアが気にするようなことなんて僕はなにも――」


「もういいですぅ! どうせヨースケさんは主で、私はタダの奴隷ですからっ!」


 僕に妬いてくれるのは嬉しいけれど、昨日の件から僕もアルテシアも、あまり遠慮がなくなってきた感じがする。良いことかも知れないが、こう毎回奴隷を作るたびに、お互い気まずくなるのもどうなんだろうか……。自分で言うのもなんだけど、リア充の嬉しい悲鳴と言うのかこれは。うーん、よくわからん。


「あーもおーうるっさいなあー。人の頭の上で騒ぐなっつうーの!」

「「あっ!」」


 僕の腕のなかで眠っていたジーナが、騒いでいた僕らの声で目を覚ましてしまった。彼女はぐっと伸びをしたあと、ハッと我に返ったのか、すぐに体を起こし、自分の身体を触りながら大声をあげた。


「てか、えええ!? なんでアタシ生きてんの!? チョーびっくりなんですけど!!!」


 男に攻撃を受けたのと、自分が死にかけたことは一応、覚えているみたいだ。ジーナはパッと僕の方を振り返ると、眉を寄せながら僕に言った。


「ま、まさかとは思うんだけど……これ、お兄さんがやっちゃった的な?」


 自分の背中を指差して、疑いの目を向けるジーナ。

 この世界では再生魔法が失われたため、自分の身体が復元されたのを、信じられないのは無理もない。さすがに意識を失いかけた最後の方、僕と奴隷契約を結んだことは、記憶にないみたいだけれど。


「あなたはヨースケさんとの奴隷契約によって、命を救われたのです」


 僕の代わりに、アルテシアがジーナに説明してくれた。

 怪訝な顔でアルテシアを見るジーナ。


「奴隷契約……? ってあああ!! な、なにこれ!? アタシ、首輪ついてんじゃん!! つか奴隷じゃん!!!」


 アルテシアの説明を聞いて、自分の首を触ったジーナが大声をあげる。最初の印象とは違い、やけにテンション高めなしゃべり方をする彼女。まるで前世にもいたギャルのような口調だ。


 ジーナはしばらく自分の赤い首輪を触りながら、僕とアルテシアを交互に見ていたが、やがてその手を止め、両方の腕を首の後ろで組むと、ニカっと笑う。


「ま、いっか。おかげで助かったんだし、ラッキー!」

「「へっ?」」


 もっと、ごねるかと思ったのに、意外とあっさり受け入れたジーナに、僕らは拍子抜けしてしまう。奴隷になることを、覚悟とまで言っていたアルテシアをチラりと見ると、彼女も呆れたようすだ。


「てか、お兄さん奴隷ディーラーでしょ? なんでこんなすごいこと出来ちゃうわけ? マジすごくね?」

「そ、それは……」


 どれだけの付き合いになるかもわからないジーナに、すべてを話すべきか悩む僕は、彼女の問いかけに言葉を詰まらせる。


「なになになに? 言いたくない系? ジーナちゃんには内緒~みたいな?」

「近い近い近いっ!」


 言い淀む僕に、好奇心満載といった顔で迫るジーナに思わず引いてしまう。前世でもあまりこういったキャラの女の子と会話した経験のない僕は、この距離感にちょっと戸惑ってしまう。


「そ、それよりも、さっきから気になってたんだけれど、ジーナのその話し方って、いったいどこで習ったの?」

「えーそれあえて聞いちゃう? てか、聞いたことあるっしょ! アタシたち猫人族(びょうじんぞく)のご先祖さまが、こんなしゃべり方する【世渡りびと】だったって話」


 うん。それは間違いなくギャルだな。ジーナたちのご先祖が【世渡りびと】と聞いて、彼女の話し方にも納得がいった。というか、その話って有名なのか?


「この世界の人獣のおよそ六割が猫人族ですから、けっこう有名な話ですよ」

「そ、そーなんだ……」


 人獣の6割って……どれだけ勢力を伸ばしたんだよ、そのギャルご先祖さま……。


「えっと、ごめん。その人獣って何?」

「「えっ!?」」


 人獣と言われて、普通に納得しかけたけれど、よく考えたら獣人と違ってたんで、アルテシアに質問した途端、ジーナとふたりして驚かれる。はいはい。転生したんで何も知りませんから、どうかご教授ください。と、内心開き直る僕。彼女たちの話では、獣人はあの狼男みたいな、獣に近い種族のことを指し、ジーナのような人間に近い種族は、人獣と呼ぶのだそうだ。なるほどと納得する。


 ジーナのしゃべり方の謎はこれでわかったんだけれど、それよりもまず彼女に聞きたいことがあったことを思い出す。


「ジーナ。もう一つ聞かせてくれないか。僕のお金を盗んだとき、なぜ金貨を一枚残して行ったんだ?」

「――っ!」


「わわわ! お姉さん、なにいきなりっ!?」

「うわあ! アルテシア! ストップ、ストップっ!!」


 以前、僕のこれまでの経緯をアルテシアに話していたことがあり、女の子に大金を盗まれたことを知っている彼女は、それがジーナだと知るや、腰の剣を即座に抜くと、彼女の首元にそれを差し向けた。驚いた僕は、あわててアルテシアの暴走を止め、厳重注意をしたあと、改めてジーナに問いかける。


「教えてくれ、ジーナ」

「うーん。まあ気まぐれっつぅーか、あれくらい残さないと、この人結構ヤバめかもって思ったし、それと……お兄さんて、アタシの兄貴に似てんだよねー」


「お兄さん?」

「そ! 小さい頃に生き別れたっきりなんだけど、マジ似てるんだ……そのクソ頼りなさそうなとこ! キャハ!」


 カチャリ――と、うしろでアルテシアが柄に手をかける音がした。あわててうしろを振り返ると、彼女がジーナをジト目で睨んでいた。そんなアルテシアをダメだと目で制する僕。てか、全く反省してないな……。


「だからさー、さっき死にかけたとき、なんかお兄さんを兄貴と勘違いしちゃって! アタシ、チョー恥ずいーってか、今になってウケるんだけどーみたいな!」

「ああ、それで」


 ジーナの言動に思い当たる節があった。

 あの謎の男に殺されかけた彼女が、死にそうな間際に僕をおにぃと呼んだことや言葉の端々に、ずっと違和感を感じていた。あれは僕を実のお兄さんと勘違いしていたのだと知り、胸のつかえが取れたような気がした。どうりですんなりと奴隷を受け入れたはずだと。


「で、このあとどうすんの? アタシ、お兄さんの奴隷になったんでしょ? これって立場的に何なワケ? お兄さん奴隷ディーラーなんだよねえ? アタシってば、どっかに売られちゃうの? あ~それともぉ~お兄さんの性奴隷とかになっちゃう~みたいな?」

「「せ、性……っ!!」」


 奔放なジーナの言葉に僕とアルテシアが思わず赤面する。いや、そんな可愛い顔で、そういう過激な発言とかされたら……。なにやらうしろから視線を感じるので、これ以上の妄想はやめることにした。


「いや、キミの処遇について、今のところ何も考えていないんだ。このまま奴隷解放して欲しいって言うなら、【奴隷解除】を使うけど」

「えーっ、良いの? でもそれって契約した意味なくない? お兄さん、人、良過ぎっ!」


 さっきまではジーナを奴隷にする以上、人生を背負う気までいたけれど、よくよく考えれば【奴隷解除】を使えば良いことに気が付いたのだ。アルテシアとは事情も違うし、彼女の自由にさせたいと考えるのはごく自然だった。確かに無条件でジーナを奴隷から解放するのは、奴隷ディーラーとして失格の行為だろう。でも僕的には、それでも構わないと思っていた。


「あのときのキミの気まぐれで、僕らはこうやってなんとか日々過ごせてるし、それに、死にかけていたキミを放っておくことが出来なかったんだ。奴隷契約をしたのも、そうしないと救えなかったから……」

「お兄さん……」


 恩返しと言うつもりはなかった。実際、ジーナには大金を盗まれたんだし。でも、あの金貨一枚を置いて行った、彼女の気まぐれという優しさを感じた僕が、それに感謝したのは事実だ。今も、彼女に【奴隷解除】をしろ言われたら、すぐに応じられるようステータス画面を立ち上げた。しかし即答すると思われた彼女は、なぜか腕組みをしたまま考え込んでいる。そして数秒後、返事を待つ僕に向かって、彼女がにんまりと笑った。


「よしっ、決めた! アタシ奴隷になるわ!」

「「へっ!?」」


 ジーナの答えに唖然とする。

 いや、おかしいでしょ。奴隷を選ぶなんて……。

 僕だけでなく、アルテシアも驚きの声をあげているくらいだし。


「り、理由を聞かせてもらって良いかな。ジーナ」

「えーそりゃあ決まってるっしょ! 奴隷だと養ってもらえるしぃ~。アタシもなんつぅーかぁ~頼られてるって感じするじゃん!」


「「……」」


 当たり前だろうとでもいうかのように平然と答えるジーナ。労働する気はないのかと言いたくなるところだけれど、彼女のあっけらかんとした雰囲気に呑まれてしまった僕とアルテシアは、ただ苦笑いをするしかなかった。そんな僕らを見て、ニカっと笑うジーナが、「それともひとつ!」と、指を一本立てた。


「さっきの男がヤバめなんだよねー。たぶんあいつ、アタシが生きてるって知ったら、絶対また襲ってくるに違ぇ―ねーっしょ! そのときアタシだけだとマジ詰むーみたいな?」

「「――!」」


 そうだった。

 肝心なことを忘れていた。

 さっきの男とジーナの関係を問い詰める必要があったことを、僕は彼女のキャラのせいで、すっかりそのことを失念していた。ジーナは、あの男とここで待ち合わせをして、奴が現れると同時に何かを渡していた。奴は無関係と言っていたが、そんなやり取りを見た以上、それを額面通りに信じるわけにはいかない。


「答えてくれ、ジーナ。あいつは何者なんだ? 見たところタダ者じゃなかった。アルテシアとも互角に渡りあっていたし、なによりキミのような女の子を平気で殺そうとする奴だ。とても普通じゃない」

「うーん。何者って言われても、アタシも先日ってか、お兄さんと会った日に? あいつに雇われたーみたいな感じだしぃ~ヤバめだってのはわかるけど、とりまあいつに頼まれた物は、ちゃんと渡したから、もう用済みなのは間違いないんだけどねー」


 あっけらかんとした態度のジーナに気を削がれてしまうが、彼女は肝心なことを話してくれた。あいつが何かを得るために彼女を利用していたことを。目的の物を手に入れたのなら、再来の危険度は下がるはずだ。


「ってゆーかさ、あいつに頼まれた物って、お兄さんにも、チョー関係あるんだよ?」

「え?」


 僕が奴のことで考えを巡らしていると突然、ジーナが聞き逃せない発言をした。僕に関係だって? いったい何のことだろうか。奴とは広場で挨拶しただけだったし、それ以外に奴と関係していることなんてないはずだ。


「お兄さんから盗んだお金あったじゃん? あれが入っていた袋って、実はそっくりな物とアタシがすり替えたんだよねー」

「なんだって?」


 思わず懐に残っていたそれに手をあてる。

 悪役令嬢のディアミスからもらった金貨。

 それが入っていた袋を、他の物と見分けろと言われても、不可能に近い。だが、ジーナがわざわざそんな嘘を言うわけがない。と言うよりもなぜ袋の話が出たんだ?


「あいつに頼まれた物ってのが、実はお兄さんの持っていた袋に入ってた物でしたーみたいな?」

「えっ!?」


 僕の心臓がドクンと鳴った。

 あの袋に、あの男が欲しがっていた物が?

 悪役令嬢ディアミスの顔が浮かぶ。


 いやいや、勘弁してよ。

 金貨だけじゃなかったの?


 ちゃんと底まで確かめなかった僕の責任でもあるんだけど、そんな物が入っているかなんて、わかるわけないじゃんか。ディアミスはそれを知っていて僕にあれを渡したのか。


 いろんなことが頭を過る。

 僕が押し黙ったままでいると、ジーナが言った。


「あんま詳しくは聞いてなかったんだけどさー。あの男に頼まれた物ってのが、とある貴族をぶっ潰す代物だって言ってたのは間違いないんだよねー」

「ああぁ……」


 偶然出会ったジーナ。そして謎の男の存在。

 僕の持っていた重要な代物。

 悪役令嬢ディアミスの思惑。

 ヤバいことに巻き込まれたのかも知れない。

 そう感じた僕は、その場で頭を抱えたまま、ジーナを助けたことをほんのちょっぴりだけ、後悔し始めていた。



ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


 

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