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第十七話  予期せぬ再会の末に



「あれは……ジ、ジーナ……!」


 あのジーナを見つけた。

 見間違いではない、あの猫耳と顔を忘れるはずがなかった。僕が偶然、悪役令嬢のディアミスからもらった大金を、彼女が金貨一枚を残して奪い去ったことはまだ記憶に新しい。


 そのせいで僕は、ほぼ無一文からのスタートに戻り、お金を稼ぐために翻弄するハメになった。まあ、それがきっかけとなって、アルテシアと出会えた上、なんとか毎日を過ごせてはいるが、それはまた別の話だ。


 ジーナに色々と聞きたいことがあった僕は、宿へ向かうはずだった予定を急きょ変更し、彼女を追いかけることにした。幸い気付かれることなく、彼女の後ろにまわることが成功した僕は、即座に尾行を開始。付かず離れずの距離を保ち、まるで探偵にでもなったような気分で彼女の跡をつける。


 ジーナは街の中心地から離れ、だんだんと人気のない通りへと向かって行く。急に心細くなった僕は、アルテシアを連れてこなかったことを少し後悔し始めるが、すでに遅い。そして前を行くジーナが、今歩いている通りから途中で進路を変え。今度は細い路地へと入って行くのを確認すると、あわてて僕もその後を追った。


 彼女の後ろ姿を追いかけ、薄暗い路地を進んで行く途中、その先が袋小路になっていることに気付く。そして、ここが目的地だったのだろうか、ジーナはその袋小路の真ん中で突然立ち止まった。彼女の不可解な行動に疑問を抱きながらも、ゆっくりと彼女に近付いて行き、袋小路の手前で一度立ち止まる。


 ジーナの目的がわからないこともあり、僕はそばにあった廃材置き場の裏に身をひそめると、しばらく彼女のようすを窺うことにした。


 そしてじっと待つこと数分間。

 ジーナは一向に動きを見せない。

 何かを待っているのだろうか?

 それとも僕のことを気付いていて、出てくるのを待ち構えているとか? そんなことを考えていた僕が、時間の経過をもどかしく感じたころ、それは起こった。


『――!?』


 突然、袋小路を形成する建物の壁に黒いモヤが現れ、そこからひとりの男がぬっと出て来た。そしてすぐさま手に持った魔道具のような物を頭上にかざすと、壁に出来た黒いモヤが魔道具に吸い込まれるようにして消えていく。突然の出来事に言葉も出ない僕は、ふと、その男の顔を見て、何か引っかかる物を感じる。


 どこかで見た顔だ。

 男は魔道具を懐にしまうと、目の前に立つジーナに声をかけた。


「例の物は見つかったのか」


 この声もどこかで聞いたことがある。

 男がジーナにそう問いかけると、彼女は軽く頷いた。

 そして懐から何かを取り出すと男に手渡した。

 男がそれを確認すると、ニコリと笑顔を見せる。

 

「あっ」


 思わず声をあげてしまう。

 僕は男の笑顔を見て思い出した。

 謎の男の正体は、ジーナと初めてあった広場で、僕が最初に声をかけた、あの親切そうなおじさんだ。黒ずくめの衣装のせいか、以前見た印象とはだいぶ違うが、たしかにあの男だ。まさか彼女たちがグルだったなんて。


 じゃあ、あのとき広場でふたりが居たのは偶然じゃなくて最初から仕組まれたものだったのか。以前に海外のスリなどがふたり一組で行動し、片方が標的の気を引いている間に、もうひとりが犯行に及ぶという話を聞いたことがあったけれど、まさにそれが僕に対して行われたということだ。


 廃材置き場の裏に隠れながら、僕はふたりにまんまとハメられたことに激しい憤りを感じていた。しかし、ここで彼らに怒鳴りつけたとしても、二対一じゃ勝ち目も無い。僕はただの奴隷ディーラーであり、ケンカの素人だ。残念だけど、お金と彼女への質問は諦めよう――そう思ったとき、


「……お前、誰かにつけられたな?」

「えっ!」


 しまった。ジーナにはバレていなかったけれど、あの男にはすでにバレていたようだ。しくじったジーナを、冷たい目で見る男が、忌々しそうに舌打ちをする。動揺する彼女は、あわててこの場で唯一隠れることが出来る場所だった、僕のいる廃材置き場に視線を移す。


 もう逃げられないと悟った僕は、素直に廃材置き場から姿を現すことにした。おそるおそる立ち上がり、男とジーナを睨みつける。


「お、お兄さん……!?」


 僕の姿を見て、広場での記憶を思い出したのだろう、あのときと同じ呼び方で僕を呼ぶジーナ。彼女はまさか僕が隠れているとは思わなかったのか、その大きな瞳をさらに見開いて驚いている。


「ちっ。余計な者を連れて来やがって!」

「あぐっ!」


「あっ!!」


 部外者の登場に苛立ったのか、男がジーナの腹部をいきなり蹴り上げると、彼女がその衝撃で後ろに吹き飛び、同時に僕も叫んだ。


「なんてことをするんだ! 彼女は仲間じゃないのかっ!」


 男に対して怒鳴りつける。

 女の子にあんな暴力をふるったことが許せなかった。

 僕は横目でジーナの安否を心配しながら、男を睨む。


「あーそっかそっか、思い出したわ。お前、あの広場で俺に声かけて来たガキだな?」


 両手を広げ、ニヤける男。あの時とはまったく別人のような、親切心の欠片もない、残虐な笑顔に吐き気を覚える。男はニヤけた顔のまま、苦しむジーナの下に近寄ると、あろうことか彼女の頭をその足で踏みつけた。


「なんか勘違いしているみたいだが、こいつはこの街で雇っただけの、なんの関係もないただのコソ泥さ」

「あ、足を下ろして、か、彼女から離れろ!! 」


 非道な行為の連続に流石の僕も怒りを爆発させる。ケンカなど一度もしたことがないのにも関わらず、今にも相手を殴ってしまいそうな気持を抑え、男にジーナから離れることを要求した。しかし、僕の言葉を耳にしたとたん、男はその表情を一瞬にして険しいものへと豹変させる。


「あ? お前、俺に向かってナニ調子こいてんだ?……死ぬか?」

「――っ!」


 正体を現したのか、男が僕を見据える目付きが変わり、途端にゾクリとした寒気を背筋に感じる。ヤバい、こいつは何かヤバい気がする。そう思った瞬間、奴の両手から鋭いかぎ爪が飛び出した。


「な、なにを……!!」

「いいからちょっと死んどけ」


 かぎ爪を両手に展開した男は、瞬く間に僕との距離を詰めるように迫ってきた。あ、これ死んだな……。恐怖に負けた僕は、とっさに目を閉じてしまう。アルテシア……。その瞬間、彼女の顔がまぶたに浮かぶ――


「させません」


 僕が覚悟を決めたそのとき、一番聞きたかった声が耳に聞こえ、金属音と共に僕の身体は力強いものに抱きかかえられる。とっさに自分が命拾いしたとわかった僕は、閉じていた目を急いで開けた。


「ア、アルテシア……!!」


 僕を片手に抱きしめ、もう片方に握った剣で、男のかぎ爪を受け止めていたのは、工房で別れたはずのアルテシア――彼女だった。


「ど、どうしてここに……!?」


 理解できない状況に思わず彼女に問い詰めてしまう。アルテシアによって攻撃を受け止められた男が、即座に後方へと飛びのくのを見届けたアルテシアは、僕の方を見ることはなくその質問に答えてくれた。


「ごめんなさい。あなたをひとりにさせるのが心配で、工房にお願いしてから、あとを追ったんです。誰かを追いかけてるところを見かけた時点で、一度見失ってしまったのですが、間に合って良かった」

「そ、そうだったんだ……ほ、ホントに助かったよ。ありがとう!」


 アルテシアが機転を利かせてくれて助かった。

 もしいなかった場合、僕はまた死ぬところだった。

 ギリギリのところで命拾いしたことを彼女に感謝する。


「なんだ。奴隷を連れていたのか……チッ! 生意気な」

「ヨースケさん! 離れてっ!」


 男が再び僕たち目がけて攻撃してきたのを、いち早く悟ったアルテシアに、胸元を押されて後ろによろけてしまう。きっと男の移動が速かったのだろう、乱暴にされたことで彼女の焦りを感じた。


 僕が離れたと同時に、剣とかぎ爪の激しい応酬が繰り広げられる。ほとんど目に留まらない速さで金属音だけが路地裏に響き渡り、薬草畑で体感したのと同じ剣圧をビリビリと体に受ける。これ以上近くにいては危険だと感じた僕は、あわてて廃材置き場の裏に隠れた。


 上下左右無尽蔵に繰り出される男の攻撃を、的確にさばくアルテシア。その表情に焦りはないが、今までとは違う気迫を感じるのは、男がゴブリンや狼男たちのような奴らとは、格が違うことを意味しているのかもしれない。そして男の隙を突いたのか、アルテシアの剣が真一文字に一閃を描いた。


 やったか!? と思わず昨日のことと矛盾するような、熱い気持ちが溢れたが、その予想通りになることはなかった。男はそれをどうにか(かわ)すと、うずくまっているジーナの隣へと飛びのいた。


「ちぃぃぃ! 面倒臭い奴らを連れて来やがって、クソがっ!」


 怒りを露にする男が、足元にうずくまるジーナを睨みつける。彼女のあとをつけたのは自分だが、殺そうとした僕にはアルテシアがいるので、ままならないことに苛立ちを覚えたのだろう、またもジーナに対して八つ当たりのような態度を表し始めた。嫌な予感がし、彼女が危ないと思った瞬間、男が行動に移してしまう。


「ぎゃああああ!!」

「ジ、ジーナっ!!」


 鋭いかぎ爪が、うずくまるジーナの背中を引き裂いた。骨の砕ける音と共に、おびただしい血が噴き出し、断末魔のような叫び声をあげた彼女は、血の海になった地面へとゆっくりと沈んでいく。それを見届けた男が、ニヤリと笑い、展開していた両腕のかぎ爪を元へと戻した。僕が彼女の名前を叫び、ジーナの下へと走って行くのと同時に、アルテシアが男へ向かって剣を突き出したまま走り出す。


「しっかりしろ、ジーナ!」


 血の海に倒れたジーナを抱きかかえ、僕は彼女の安否を確認する。虫の息の彼女は、口元から大量の血を流しながらうっすらと目を開けた。真っ赤に充血したその目からは血の涙が流れ、僕を見つめるその瞳から徐々に生気が失われようとしている。おそらく致命傷であろうその背中の傷は、すでに取り返しがつかないほどにグシャグシャになっていた。


 「あーっはっはっはっは!! もうそのクソ猫は終わりだ! あばよっ!」


 アルテシアの剣を躱した男は、建物の屋根へと飛び上がった。そして、さきほど持っていた魔道具をまた懐から取り出し、壁に出現したものと同じ黒いモヤを呼び出すと、最後に反吐がでるような捨て台詞を残したまま、闇のなかへと消え去って行く。対して、男を見失ったと勘違いしたアルテシアは、男が消えた屋根へと飛びあがると、周辺を探すためにこの場からいなくなった。


 耳に残る男の嫌な声を無視しつつ、僕は何度もジーナの名前を呼び続ける。意識が少し戻ったのか、彼女の口元がわずかに動いた。


「ジーナ!!」

「お、おにぃ……? ア、アタシ……し、しくじっちゃったん……だね……えへへ」


 口元に少し笑みを浮かべながら、自分の失態を笑い話のように語るジーナ。息は絶え絶えでしゃべるのも苦しいはずの彼女は、最期まで陽気さを失わない態度を貫き通すようだ。


「な、なんか感覚ないけど、ど、どうしちゃった……の、かな……腕も……上がんない、し」

「ジ、ジーナ! ぼ、僕のせいだ! 僕がキミのあとをつけたりしなければ――」


 彼女が痛々しくて思わず涙が出てしまう。

 僕が彼女を追いかけたりしなければ、こんな目に合うこともなかったはずなのにと、自分の行動を後悔する。そして、僕の目から流れる涙が、目の前で今にも死にそうになっている彼女の顔に、幾重にも重なって落ちていった。


「な、泣かない……でよぉ、おにぃ……。そんなに、泣かれ、たら、アタ、シも、安心して……死にきれ……ない、じ……」


 そう言い切る前に、吐血によって激しく咳き込むジーナ。

 すでに彼女の残された時間が少ないようだ。

 そう感じた僕は、頭のなかを整理し、一度冷静になる。そして、目も虚ろになりだした彼女に優しく話しかける。


「ジーナ。キミは僕の奴隷になる気はないか?」

「……へ……」


 焦点の合わない瞳で、宙を見つめたままのジーナが、力なく返事を返す。僕は決心した。彼女を元に戻すことを。それには彼女を奴隷にするしかないんだ。僕は震えだす彼女の容態を見て、急いで彼女に話しかけた。


「僕の奴隷になれば、キミは死なずに済むんだ」

「あ、はは……奴隷か……お、おにぃ、ゾンビでも奴隷に、する……だ」


「答えてくれ、ジーナ、キミは生きたいかい?」

「……」


 ジーナの瞳から光が消えかけたため、僕は彼女の名を叫びながら体を揺さぶる。


「ジーナ!!」

「――たい。しに……たくな、いよぉ……たすけ、て……おに、ぃ……」


 彼女の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。

 僕は彼女の同意を得ると共に、覚悟を決めた。

 また新たな奴隷の人生を背負うことを。



ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


 

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