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第十一話  ローザの依頼

2024.2

すべてのシーンにおいて加筆・修正しました。



「なんだい、ちっとも面白くないね」


 そう不貞腐れたようにボヤく老婆。

 葉噛みの煙をふかしながら、さもつまらないといった表情でこちらを睨む。

 店に入ってからの第一声がこれだ。

 この先もいろいろとボヤかれると思ったほうがいい。

 なにせ僕らは間に合ったのだから。


 安堵と喜びが込み上げる。

 ザマアミロなどと言うつもりはない。

 老婆は武器を商う商人であり、僕らはその客だった。

 その交渉の末の【エンゲージメント】だ。これについては文句もない。

 ただ、やり方がイヤらしいだけだ。

 でも僕らは間に合ったんだ。


 こんな余裕が言えるのも、僕らが約束の日に間に合ったからだ。

 もしダメだった場合、この場では老婆の高笑いが響き渡っていたに違いない。

 そうならなかったので、今も老婆はあごに手をあて、カウンターの上に肘をつき、僕らを妬ましそうに睨んでいるのだ。

 それは間に合った僕らが忌々しいから。


 でもそろそろ老婆に返事をしなくては。

 あまりにもに晴れやかな表情の僕らに、いい加減痺れを切らしているだろう。

 今にも扉の前に立ったままでいられると邪魔だ。とか難癖をつけかねない。

 そう、僕らが間に合ったのが気にいら――


「いい加減におし!! そんなに間に合ったのが嬉しいのかいっ。忌々しいガキどもだねえっ」

「うわっと!」


「なんだい」

「いや、別に……」


 いきなり怒るのでちょっと焦った。

 何度も間に合っただのと、しつこかったのがバレたのかと。

 まさか心を読むとか、下級神ノアじゃあるまいし。

 え、読まないよね。


「代金をお支払いにきました」

「そんなこたぁ、わかってるさ! フン。せっかくのエンゲージメントが無駄になっちまった……」


 相当悔しいらしい。

 この場合、僕を奴隷に出来なかったのが悔しいのではなく、アルテシアを手に入れられなかったことが要因か。

 絶対に渡すつもりはないと宣言したいけど、これまでの幸運は僕だけの手柄じゃないので、何とも言い難い気分。


「それにしても、ずいぶんとまあ時間がかかったじゃないか。湖の森もそうだけど、冒険者ギルドやらにも寄り道してさ、おおかたそこの騎士っ()の力借りて、クエストでも受けて稼いだってクチかい」

「な、なんでそれを……!」


 老婆のストーカーとか勘弁してほしい。

 僕らの行動をつぶさに監視して、老婆は暇なのか。

 いや、これはまた僕が知らないだけで、きっと何かある。

 学習したおかげで、僕は迷わずアルテシアの助言を求めた。


「ヨースケさんの手に印があるうちは、どこにいても店主に居場所が伝わるそうです。あの魔導書で得た地図のように」

「えっ! そ、それって……は、ほとんど筒抜けじゃないか!?」


 自分の手に刻まれた印を見る。

 まさかそんな機能まであるとか、便利過ぎだろもう。

 じゃあ、どんなに遠くへ逃げたとしても無駄ということか。

 いや、逃げないけど。逃げないけどさ。何か嫌だよね。


「あたしはそんな暇じゃないよ。定期的にその紋様を通じて情報が送られてくるだけで、大まかな場所を把握してるだけさ」

「……」


「はあ。それにしても、ホントあんたは何も知らない子だねえ。先行き不安だよ」

「はあ、すみません」


 なんか老婆に孫扱いされた気分。

 無知は承知。余計なお世話だ。

 こっちは転生してまだ四日目だし。

 これからいろいろ勉強するからいいの。


 葉噛みをふかしながら話す姿に、前世の祖母を思い出す。

 そういえば、少し雰囲気が似てるかも。

 やたらと威圧的な感じとか?

 言葉遣いはあっちのが断然悪いんだけどね。

 ああそっか。だからちょっと苦手なのかな。

 うん、納得。


「なんだい、まだ疑ってんのかい? あたしは別にあんたたちの行動に興味なんてないさ。あるのは早く代金を返してもらう事だけさね」


 僕が物思いにふけっているのを警戒とみたのか、老婆が大げさに手を振りながら声をあげる。

 一応は友好的な態度を取ってはいるものの、彼女は商売人。

 それと最初にハメられたことを忘れるわけにはいかない。

 こちらはもう少しで人生詰むところだったんだし。


 だから老婆の言っていることは、半分冗談で半分裏があると見た方がいい。

 あ、それじゃあ真実がまったくないな。

 じゃあ、その中間に少しだけ真実があることにするか。


「だからほら、ちゃんとここに代金を」

「……ほう」


 そう言って金貨を一枚見せる。

 それを見た老婆の眉間にしわが寄せられた。

 しげしげと僕を値踏みするような目つき。

 居心地の悪さを感じ、彼女に苦言を呈する。


「なんですか、その目つき。まさか疑ってました? ここに来たのは、実は期限を延ばしてもらうつもりだろうとか」

「フン。そこまで見る目は腐っちゃいないさ。ちゃんと回収できる相手としか、商売をしないと決めてるもんでね」


 これは褒められたのか。

 老婆の話を解釈すれば、僕らは代金を支払う相手と認められたということだ。

 それはそれで嬉しいけれど、なんだか釈然としない。

 ただの良いカモとしか、思われてなかったりとか。

 いや、あまり疑い過ぎるのもダメだな。素直に受け取ろう。


「まあ、約束通りに代金を支払う律義さはあるようだね。代金を用立てられたのは、そこの騎士っ娘のおかげだろうけどさ」

「ぐふっ!」


 痛いところを突かれた。

 たしかにほとんどアルテシアのおかげだよ。

 それは否定できないけど、はっきりと言われると心のダメージが大きい。

 老婆はニヤけながら、すべてわかってるんだよとでも言いたげな目付きだし。

 やっぱりこの人は苦手だ。


「いいえ! ヨースケさんはご立派でした。あのとき、ヨースケさんのスキ――」

「アルテシア!」


「な、なんだい急に。えらく主を立てるじゃないか、この騎士っ娘は」


 突然、援護射撃を受けるも、今ではない。

 まさかここでアルテシアが怒るなんて、ちょっと油断していた。

 その勢いで例のスキルのことまで口にしかけたので、あわてて制止する。

 自分の過ちに気付いた彼女も、あわてて口をつぐむ。


 危なかった。

 老婆も何事かと訝しんでるけど、変な勘繰りはないようだ。

 出来れば【リセット】のことは、まだ誰にも知られたくない。

 知られて面倒に巻き込まれるくらいなら、ずっと黙っていた方がいい。

 僕やアルテシアのためにも。


「まあ、稼ぐ手段なんざどうだっていいさ。とにかくよく頑張ったねえ、あんたたち」


 そう言ってこちらへと手招きする老婆。

 たぶん代金を支払えという合図なのだろう。

 なんだかんだと彼女には、この異世界での教訓を教えてもらったことになる。

 そういった意味では、この出会いも悪くはなかったのかもしれない。


「さあ、手ぇ出しな」

「あ、はい」


 カウンターまで呼ばれ、そこで老婆から指示を受ける。

 言われるがままに、手を差し出すと、彼女が呪文を唱えだす。

 すると手の甲から淡い光が、けむりとなって立ち消えていく。

 それがすっかり消えたときには、僕の手の甲から印はなくなっていた。


 それから老婆にようやく代金を支払うことに。

 アルテシアの剣は銀貨六枚なので、手持ちにあった銀貨を六枚支払った。

 えっと、これで所持金はいくらになったんだ。


 冒険者ギルドでクエストを報告した時点では、銀貨二枚あったな。

 それに報酬の金貨七枚と銀貨五枚を足して、金貨七枚と銀貨七枚。

 さっきアルテシアのために買ったドーナツが、ふたつでたしか大銅貨一枚だった。

 

 あ。これってガーク鳥と同じ値段だよな。

 ガーク鳥が安いのか、ドーナツが高いのか。

 スイーツはまだ貴重ってことかもしれない。

 また機会があれば、その辺の物価のことも知っておこう。 


 金貨七枚と銀貨六枚。それに大銅貨九枚。

 ここから剣の代金を支払って、残りは金貨七枚と大銅貨九枚になった。

 せっかく稼いだ貴重なお金だ。無くさないようにしないと。


 でもなんだか無性に感慨深い。

 三日前は無一文で大金もらって、すぐに取られた。

 そこから金貨一枚で再スタートし、現在は金貨を手に入れるまでに。

 こればかりは自分ひとりではどうにもならなかった。

 すべてはアルテシアがいてくれたおかげだ。

 

「アルテシア、ありがとう」

「ヨースケさん。こちらこそありがとうございます」


 改めてアルテシアに感謝する。

 もちろんそれに彼女も笑顔で応えてくれた。

 これから彼女をもっと大事にしよう。


 こうして転生者ヨースケは、アルテシアと幸せに暮らしましたとさ。

 めでたし、めでた――


「なあにイチャついてんだよ、ったく……。それよりも話があるんだ。聞いとくれ」

「……え」


 老婆に水を差され、気分は台無しに。

 ちょうど今、いい頃合いで物語を締めくくれたのに。

 まだまだ僕の困難は続くのだと、彼女のニヤけ面で察した。

 うん。嫌な予感しかない。

 

 ふたたび葉噛みをふかし、腕組をする老婆。

 アルテシアとふたり顔を見合わせ、どうしたものかと首をかしげる。

 このまま老婆の話を聞くべきか。それとも立ち去る方がいいのか。

 そんな意味合いを含んだ視線をお互いに交わしていると――


「次はあたしの番だよ、坊や」

「えっ」


 突然、老婆がカウンターの上に何かを置いた。 

 見ればそこには、先ほど支払ったはずの銀貨六枚が。

 老婆の真意が読めずに困惑する。

 剣の代金を返すと言うわけでもないだろう。

 ただ、話というのがこれに関係しているのは確かだ。


「坊やの指名料さ」

「へ?」


「依頼だよ、依頼。坊やは奴隷ディーラーだろう。そっちの依頼さね」

「えっと、それはわかりましたが、なんで坊や呼び……」


「あんたみたいな頼りないガキは、坊やで十分さ。文句があるなら言ってみな」

「……はあ。それについては反論できないけど……」


 いきなりのご指名を受けて、老婆から仕事を依頼された。

 坊や呼びに関しては、もうあだ名と思うしかない。

 下手に反論しても、彼女に口で勝てる自信もない。

 指名料はきっと思い付きで、たまたま手元にあったのを出しただけだろうな。

 

「で、依頼とはどんな」

「奴隷を用意して欲しいのさ」


 やっぱりそうきたか。

 僕個人ではなく、奴隷ディーラーへの依頼だ。

 そうなるのは当然のこと。予想もしていた。

 だけど――


「えっと、僕はたしかに奴隷ディーラーですが、そういった依頼とかはちょっと……」

「つまんない嘘つくんじゃないよ! そこに綺麗な騎士っ娘をもう仕入れてんじゃないのさ」


 奴隷を用意するなんて、僕には無理だと断ろうとした。

 すると老婆は突然、うしろに立つアルテシアを見て声をあげた。

 まだ彼女に未練があるのか。とっさに僕は彼女を老婆から庇う姿勢に。


「あーもうそういうのはめんどくさいから勘弁しておくれ! 今さら坊やからその子を取りあげたりはしないよ! ったく……」


 アルテシアが目的ではないのか。

 老婆は単に、僕が奴隷契約が出来るのを渋っていると思ったようだ。

 しかし、奴隷を用意しようにも、僕にはそのツテすらない。

 いや、思い出したけれど、あるにはあった。


「でも、奴隷を用意すると言われても、この店……で?」


 老婆にそう尋ねながら、店のなかを見渡す。

 どうみても、わざわざこの店に奴隷をおく必要性がない。

 正直、老婆ひとりで十分な商いだと思う。


「……なにあたしの店をジロジロと……失礼な坊やだね。ここはあたしの道楽でやってる店さ。奴隷は別の目的に必要だから依頼したんだよっ」


 皆まで言わずとも、老婆には伝わったようだ。

 それで不貞腐れたのは申し訳ないが、どうやら奴隷はここに置くわけではないらしい。

 別に興味が湧いたわけでもないけれど、そのまま老婆の話に耳を傾ける。


「はあ。どうせ坊やには、このあたしが年寄りの小遣い稼ぎで細々とやってる、ただの老婆に見えてんだろうさ。だがね、こう見えてあたしはこの街全体の商いを仕切る大店(おおだな)の主人さ」

「いや、でもそれだったら何でこんな店を? 扱ってる商品も使えないモノばかりだし……」


「……ホント慣れてきたら、ずけずけと言う子だね。いいかい。ここはさっきも言った通り、あたしの道楽さ」

「はあ」


「とくに意味なんてないさ。道楽だからね。まあ、あえて何か理由をつけるとすれば……ここを訪れる、坊やみたいな面白い奴を見つけることさね」

「……」


 僕を見て老婆がニヤリと笑う。

 どこで評価を見誤られたのだろうか。

 だからといって、ここで反論しても、逆に言い負かされそうだ。

 

「いいじゃないですか。内容次第で、お受けになられては」

 

 そう言ったのは、アルテシアだ。

 まさか彼女から、そんな提案をされるとは驚きだ。

 そしてなぜかノリノリの雰囲気。

 一応、僕的には断りたかったのに。

 

「いや、だから、僕はもう奴隷契約なんて……」

「大丈夫です。他の奴隷ディーラーなんかと違って、私の主は奴隷を救う存在ですから!」


 アルテシアの騎士道ともいうべきか。

 僕に対する絶大な忠誠心が、逆にプレッシャーとしてのしかかってくる。

 ただ、それをやみくもに否定するのもどうかと、思い始めている自分もいる。

 ここで悩むより、彼女の信じる理想の主を演じてみるのも、ひとつの挑戦かもしれない。


「ど、奴隷を救う存在かどうかはわかんないけど、そこまでキミが言うなら仕方ないな」

「ヨースケさんっ」


「ほう。奴隷に従順な主たあ、珍しいもん見せてもらったよ」

「べ、別にいいでしょ! それよりも内容を教えてくださいよっ!」


 小さな一歩でも、とりあえず進んでみた。

 まあ、アルテシアの喜ぶ顔が見れただけでよし。

 うん。ちょっとくらい茶々が入っても気にしない。

 

「ああ、話ってのは他でもない。実は、王都であたしの孫も商いをやっていてね。そことの定期便に護衛として奴隷たちを使っていたんだけど、道中運悪く砂盗賊どもにやられちまったのさ。で、今回はその補充を頼みたいというわけなんだよ」

「護衛って、戦闘ジョブの奴隷ってことですか」


「ああ、そうさね。数は少なくとも三名。多少増えても構わないさ」

「最低三名……戦闘奴隷……」


 いきなりの大注文だった。

 老婆の運営するキャラバンの護衛に、奴隷を数名用意する。

 イメージ的には用心棒的なやつだと思う。

 でも、そんな怖そうな連中が、奴隷でいるのか。

 暴れて逃げ出してそうな気もするんだけど。

 そもそも戦闘奴隷なんて、どうやって募集をかければいいんだ。

 当然、奴隷の売買なんて一度も経験ない。

 運良く集まったとしても、ここまで無事に連れて来られるのか。


「なにをぶつくさ言ってんだい。やるのかい。やらないのかい」

「ちょっと待ってくださいっ。今、考えてる最中なんですから!」


「はあ。坊やは頭で想像するばっかで、最後に損するたちさね……」

「くっ!」


 自分の性格くらい知っている。

 石橋を叩いて渡らない性格だってこと。

 そのせいで最後は何も得られないってことも。

 

「あの、戦闘奴隷の職種は、どのような構成を希望されているんですか」

「あ」


 アルテシアがプロっぽい質問をしている。

 思わず、それ言ってみたかったのにと声に出るところだった。


「そうさね。出来ればバラけてる方が良いね。とくに得物やジョブは問わないけど、リーダー格になりそうな奴は必要かもだね」

「なるほど。商隊ですから護衛隊長は必須ですね」


「なんだい。ひょっとして、あてがあるのかい」

「いえ。探すときの参考になればと」


「おい、坊や。やっぱりこの騎士っ娘を――」

「ダメですっ!!」


 老婆は改めてアルテシアの優秀ぶりを気に入ったらしい。

 危うく話を蒸し返されるところだった。

 まあ、彼女の優秀さは僕が一番知っている。

 誰かに渡すなんてとんでもない。


「ああそうそう。報酬は何にしようかね」

「えっ」


「坊や、まさかあたしが銀貨六枚で依頼したとでも思ってんのかい」

「え、あー」


 老婆がジロリと睨んできた。

 あれは依頼料だと言っていたのを思い出す。

 さすがに銀貨六枚で、奴隷三名って相場じゃないな。

 反省、反省。


 老婆の生暖かい視線が痛い。

 きっと僕に対する評価は、フリーフォール並みの速さで下落中だろう。 

 まあ、下手に勘違いされて高評価なのも困るけど。


「まあ、坊やだから仕方ないけど、あんたも商売人なら、報酬の話はどんな商談の前でもきちんと話すのが鉄則だよ」

「はい、肝に銘じます……」


 まるで素人な僕には耳が痛い。

 奴隷商も立派な商いだと再確認させられ、老婆の話はさらに進む。


「そうさね……あんたたちはこの街のもんじゃないから、ここで活動するのに拠点は必要だろうね」

「はあ、まあそうですね。今は宿屋を転々としてますけど」


 はい、まだ四日目です。

 街どころか、この世界の新参者です。

 宿代もギリギリで、最短日数しか借りてません。

 とは言えない。


「じゃあ、決まりだ。奴隷を集めて来たら、報酬として家をやるよ」

「「ええっ!?」」


 自分の声で耳が痛いなんて初めてだ。

 アルテシアとハモったのも原因か。

 お互いに照れるくらい、声が大きかったらしい。

 ――って、そんな話をしている場合じゃない。

 家? 家ですか。そうですか。家ですか――


「いや、いや、いや、いや! 家ですかあ!? ウソですよね!?」

「なんだい、うるさいね。家くらいで騒ぐんじゃないよ! ったく。報酬を金で払うのも面倒だし、この街には使ってない家もたくさん所有してんだ。そのうちの一軒くらいどうってことないさね」


 家を報酬ですか。

 そんな話、前世では考えられないんですけど。

 わーい。富豪だあ。資産家だあ。不動産だあ。地主だあ。

 待て、待て、待て。落ち着くんだ自分。

 きっと冗談か何かだよ。って言って!


「ほ、本当に報酬がそれ……なんですか」

「不満なのかい。じゃあ家と他に何が欲しいのさ」


「いえっ! そ、それだけでもうお腹いっぱいですっ!!」

「なんだい、商売人のくせに欲がないねえ、坊や」


 欲なんて家だけで限界点超えたよ。

 老婆の富豪っぷりな発言だけで満腹になるわ。

 あ。アルテシアはどんなようす――


「家……家が一軒……家が二軒……」


 僕より酷いっ。

 アルテシアでさえ崩壊させるなんて、老婆おそるべし。

 これは一刻も早く、依頼を受けて退散するしかない。

 この際、戦闘奴隷でも何でも連れてくるんだ。


「い、依頼の方を受けさせていただきます」

「おおそうかい! そりゃあ助かるよ」


 物欲の心理作戦に負けたような疲労感。

 家なんて報酬を出されたらもう、降参しか道が残されていない。

 今日は早く宿に戻って寝るとしよう。

 きっとアルテシアも、さっきので体力持っていかれただろうし。


「期限は半月だよ。それまでに戦えそうな奴隷を連れて来ておくれ」

「は、はい……わかりました」


「返事が小さいね! もっと堂々としな!」

「はっ、はいっ!!」


 まるで老婆の小間使いだ。

 たしか【エンゲージメント】は解除したはずなのに、いつの間にか彼女の奴隷になってないか。

 昨日この店に足を踏み入れた時点から、彼女には振り回されてばかりだ。

 この先もなんだかこういう関係が続きそうな気がしてくる。

 アルテシアを見ると、彼女もそんな風に考えていたのか少々苦笑いだった。


「ああ、名乗るのを忘れていたよ。あたしはローザだ。あんたたちは?」

「あ、ヨースケです。よろしくお願いします」

「アルテシアと申します」


 二人でローザに深々と頭を下げる。

 紆余曲折はあったけれど、今は正式な僕の依頼人だ。

 当然、礼儀は必要。逆に遅かったくらいだよ。


「フン。ちゃんと挨拶できる子は好きだよ。まあよろしく頼むさね」


 少し照れたような態度のローザ。

 そんな彼女を見て僕らは苦笑する。

 ひょんな出会いから始まった交流。

 半強制的なミッションを依頼され、僕らの関係はこれから始まる。


 奴隷を集めるという初めての経験。

 ローザとの会話のなか、思い出したある場所。

 少し疲れはあるものの、そこへ行かないと前に進めない。

 そう思った僕は、アルテシアと共に向かうことにした。



 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


 

「――といったことがあり、ここに伺った次第で」


 北大通りから、ふたたびギルドの中心街へと舞い戻って来た。

 ここは冒険者ギルドではなく、例の受付嬢のいる場所。

 あまり足を踏み入れたくはなかった、奴隷商ギルドのカウンター席。


 そして目の前にいるのは、件の受付嬢。

 今日も黒のゴシック調制服と黒縁眼鏡が似合っている。

 四日前、初めて会ったばかりだけれど、今日も相変わらずの愛想のなさ。

 そんな彼女に、ここへ来た理由をざっくりと説明。

 奴隷を集めるという依頼について、相談に来たというわけだ。


 カウンターで虚空を見つめる受付嬢。

 正直、これまでの会話も、きちんと届いているのかどうかという不安もある。

 僕らがここに訪れてからは、最初の「……いらっしゃいませ」しか聞いていない。

 それでも彼女に相談したかったのは、奴隷の売買について。

 

 どこに行けば奴隷がいるのか。

 奴隷はどうやって売り買いされているのか。

 相場やルールその他もろもろ。

 すべてが未体験で、以前借りた魔導書にはなかった情報だ。


 こうして話している間にも、ここ奴隷商ギルドには幾人かの同業者が行き来している。

 それぞれが他のカウンターを訪れ、オッズがどうとか、次回の闇奴隷オークションがいつだとか、地下食堂で仲間が死にかけたなど、あまり聞こえの良い内容ではない情報を、雑談混じりで話しては去って行く。


 そして、すでに僕のことなど覚えていないのか、誰もこちらを気にする者はいない。

 アルテシアなんて、あのときと比べれば別人だし、彼女がこの姿で訪れたのは誰もいない閉館間際だった。

 それでも彼女の美しさに目を奪われた同業者たちもいる。

 そういう奴らがそろって皆、連れている僕を見ては舌打ちして去って行くのが少し愉快だ。

 そこで気付いたんだけれど、他人の奴隷に手を出さないという暗黙のルールでも存在しているのか、誰も僕や彼女にちょっかいは出さないのは意外だった。

 

「あの……聞こえてます?」


 無言を貫く受付嬢。

 もしかして、以前何か気に障ることでもやったか。

 あわてて彼女の視線を追っかける。


「あの……」


 視線が合いそうになると、サッと避けられる。

 こちらもムキになって、何度も追いかけるが、どうにも追いつけない。

 はたから見れば何をやってんだかと、呆れられそうな攻防を繰り返すこと数分。


「……お客様。そろそろいい加減に……」

「……ごめんなさい」


 さすがに疲れたのか、お互いの息が少しあがったところで受付嬢からのクレームが。

 いや、そう言うけど目を合わせてくれないし。

 そんな風に思っていると、無言の苛立ちを感じたので謝罪した。

 

「……以前にご説明はさせていただいております」

「……へ?」


 少しの間のあと、ポソリと受付嬢が口を開いた。

 一瞬何を意味するのか理解できなかった僕は、間抜けな返事をしてしまう。

 そのとき、彼女の口角が少し歪んだ気がした。


「……闇奴隷オークションです」

「……オーク……ション……ああっ!」


 聞いていた。聞いてました。

 奴隷商ギルド加入の夜に、受付嬢から恩恵の説明を受けていました。

 あれにたしか闇奴隷オークションも含まれていました。

 自分には関係ないと、スルーしていました。

 せっかくあのとき説明してくれたのに、知らないなんて失礼しました。

 すべて僕のせいです。ごめんなさいでした。


「……ご参加されては……いかがでしょうか」

「……すみません。も、もう一度詳しい説明……いいですか」


「……」


 ダメもとでお願いしてみた。

 あのときスルーしたので記憶にない。

 アルテシアの方を見ても、苦笑いで肩をすくめている。

 少しの沈黙のあと、彼女はこくりと頷いた。


 闇奴隷オークションは、奴隷ディーラーの間で定期的に開かれている、奴隷のオークションだ。

 奴隷ディーラーは基本、常客と呼ばれる固定客を持ち、その客からの依頼で奴隷を調達するらしい。

 今回の僕でいえば、ローザが常客になる。


 まとまった奴隷が必要な場合、闇奴隷で仕入れるのが定番だ。

 ディーラー同士の売買も可能だが、普段から仲の良くない職種のため、ほとんど成立しないとのこと。

 オークションには参加費用があり、金貨一枚が必要となる。

 返金は不可能で、奴隷をオークションで競り落としたときのみ、その金貨を代金に充てることが出来る。

 ちなみに出品のときに参加費用は発生しない。


「……以上でございます」

「た、助かりましたあ」


 説明を終えた受付嬢が頭を下げる。

 やはり彼女はとっつきにくいだけで、仕事は正確で優秀だ。

 こんなルーズな僕らにもきちんと対応してくれるので、正直彼女がなぜ敬遠されているのか理解に苦しむ。

 まあ、おかげですぐに対応してもらえるので、現状に不満はないけれど。


 買い目的の僕らの場合、金貨1枚は必要なようだ。

 もしそこで奴隷を調達するのなら、出来るだけ一度で済ませた方がいいな。


「あの、ちなみに相場ってどれくらいですか」

「……上は限りがありません。下げても売れなければ……いずれ処理施設行きです」


「わ、わかりました。参考にします」

「……」


 受付嬢の声が少し暗い。

 黒縁眼鏡の奥の瞳が、少し揺らいだような気がした。

 これから処理施設の話題は、できるだけ避けた方がいいか。


 とにかく報酬は家なので、ローザからの軍資金を預かれるわけでもない。

 手元には金貨が数枚。とてもじゃないが、奴隷を数人オークションで落せるはずがない。

 それが知れた以上、僕らに用があるのはここではなく、冒険者ギルドということになる。

 ただ、定期的にはこの奴隷商ギルドでも、情報を仕入れる必要はあるみたいだ。

 

「あの……受付嬢さん」

「……な、なんでしょうか」


 初めて明らかな動揺を見せた受付嬢。

 説明を終え、自分の役目から解放された油断があったのか。

 それとも僕から不意打ちで話しかけられたことで驚いただけなのか。

 とにかく彼女に大きな変化があった。


「……あ」


 そして僕は受付嬢の瞳を見て驚愕した。

 動揺によって見開かれた彼女の瞳。

 それは、黒縁眼鏡がすごく邪魔に思えるほどに美しく、そしてとても大きかった。


「受付嬢さん……眼鏡ない方がもっと可愛いのに」

「――っ!!」


「ヨースケさんっ!」


 しまった。

 あまりにも綺麗な瞳だったので、つい別の話をしてしまった。

 さすがに受付嬢も引いたのか、すぐに俯いてしまう。

 アルテシアも声を聞いた限りでは、ご立腹だ。


「ご、ごめんさい。変なこと言って……」

「いえ」


 受付嬢の反応は早かった。

 沈黙の間もなく、即座に対応した。

 やはり彼女に変化は訪れていたんだ。


「あ、あの、受付嬢さん。さっき言いかけたことなんですが」

「はい」

 

 今度も早い。

 やはり可能性はゼロじゃない。

 彼女の闇を打ち崩すことは、不可能なんかじゃなかった。


「お、お名前を伺っていなかったんで、できれば……」

「……」


 ふたたびの沈黙。

 ダメだった。まだ早かった。

 また天の岩戸のように、自分の殻に閉じこもってしまった。


「あの……」

「……」


 沈黙は続く。

 やはり僕らの間にはまだ溝があった。

 それもそうだ。僕らはまだ数回しか会っていない。

 そんな相手に心を開けと言うほうが無理な要求だ。


 今日はもう諦めよう。

 また次回頑張ればいいさ。

 彼女は性根の部分でとても優しい女性だ。

 いつか応えてくれるはず。


 席を立ち、アルテシアに目で告げる。

 今回は残念だったと。

 さあ、戻ろう宿へ。

 今日もいろいろあった。

 ゆっくり休もう――


(――です)

「――っ!」


 何か聞こえた。

 僕らは振り返る。

 そこには俯いたまま、顔を赤く染めた受付嬢が。


「受付嬢さん……今……」

「……です」


「えっ?」

「ご、ごめんなさい……」


 彼女が謝る。

 真っ赤な顔で。

 僕の目を真っすぐに見つめたまま。


「あの……」

「ごめんなさい! わ、私の名前は……セシリ……セシリーと申しますっ!」


 涙を浮かべ、精一杯声を張り上げるセシリー。

 初めてその名を知り、僕とアルテシアは顔を見合わせた。


「よ、よろしくお願いします……」

「うん。僕は知ってると思うけど、ヨースケって言うんだ。そして彼女はアルテシア」


「セシリーさん、改めまして。アルテシアです」


「ヨ、ヨースケ……さま。アルテシア……さま」

「うん、よろしく。セシリー」


「はい。よろしくお願いしますっ! よろしくお願いしますっ!!」


 そう何度も繰り返す受付嬢セシリー。

 誰もいない奴隷商ギルドの片隅で。

 まるでシンデレラの魔法が解けてしまったような、不思議な時間。

 僕らだけが知っている、彼女の本当の姿。

 これからきっと僕らは仲良くなれる。


 そう感じた時間だった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


 

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