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第十話   後味の悪い出来事の後に

2024.2

すべてのシーンにおいて加筆・修正しました。



「さあ、戻ろう。アルテシア」


 薬草は復活した。

 名称が変わり、劣化した薬草はすべて新鮮な薬草へと戻った。

 これをもう一度冒険者ギルドへ持ち込めば、きっとクエストは達成できる。

 そう確信し、アルテシアからアイテムバッグを受け取った。

 もし、またあのシャーリーが出てきたとしても、今度は文句を言わせない。

 もちろん彼女が投げつけた薬草も一緒に連れて行く。

 モノを粗末に扱ったことを、あのひとに謝ってもらうために。


「はい。ヨースケさん」


 アルテシアの装備も一新された。

 【リセット】が行使された装備品は、すべて新品化されるようだ。

 中古で買ったモノが一瞬で新品になるなんて、悪用すれば大金持ちになってしまうほど、このスキルはヤバい。

 もちろんそんな阿漕なことをするつもりはない。

 でも誰かに知られたり、利用されないよう気をつけないと。


 ギルドへの道中、改めてアルテシアの服装をチラ見。

 灰色だったチュニックワンピースは、以前の色を取り戻し、今は白く輝いている。

 さらに強度や細部も元通りになった。

 ほつれていた糸や、外れていたボタン、リベットなども再現された。

 同じくベルトやブーツも見違えるほど綺麗になり、形状も少し変わった。

 どれもこれも、以前とはまったく違って見えてくるのが嬉しくなる。


 そして最も僕が目を惹かれたのは、胸元の大きな黒いリボンだ。

 どこかで失われたのか、購入時にはなかった。

 一新した白のチュニックワンピースに映える黒のリボン。  

 それがとても彼女に似合っていた。


「えっと……どこかおかしいですか」

「えっ」


「ヨースケさんが……チラチラと私を見てらっしゃるから」


 おっと、バレてた。

 横目でチラっと追っていただけなのに。

 男子の視線は、女子にはバレているって話は本当だった。

 うん。変な所とか見てなくてセーフ。

 

「あっ、いや、変とかじゃなくて、に、似合ってるから。そ、それに、すごく可愛い」

「――!」


 バレたことへの焦りか、こんな台詞が口を衝いて出てしまう。

 恥ずかしいけれど、正直な思いなのは確かだ。

 だがそんな僕の胸中を、半ば開き直り気味に口にしたことで、アルテシアが急に立ち止まってしまう。


「アルテシア?」


 アルテシアにつられ、こちらも歩みを止める。

 数歩うしろに立つ彼女へ振り返ると、少し俯いたまま固まっている。

 声をかけても返事はなく、不安になって歩み寄る。

 するとそこでようやく彼女が口を開いた。


「……ずるいです」


 アルテシアがポソリと呟く。

 やはり何か気に障ったらしい。

 似合ってるとか、可愛いとか言ったせいか。

 前世でも、言ったことのない台詞だ。

 向こうでもセクハラだと騒がれるって、聞いた覚えが。

 実はこの世界でもタブーだとか。

 だんだん後悔と焦りが高まっていくも、そこで彼女と目が合う。


「あなたに初めてもらったこの服。これからもう、ずーっと私の宝物です」

「――!」


 高鳴る胸の鼓動がしずめられない。

 アルテシアを前に、赤くなる自分がとめられない。

 もともと間に合わせで買った中古の服なのに。

 それをすごく大切に感じてくれる彼女。

 こんなにも純粋に喜んでくれる彼女。

 タブーだとか怒らせたなんて、後悔した自分が恥ずかしい。

 それと同時に、彼女を想う気持ちがあふれてくる。

 こんなにも無垢な女性がいるんだと、初めて知る衝撃。

 こんなにも愛らしく笑う女性を、初めて何も考えずにその場で抱きしめたいと思った。

 いや、もう我慢出来ない――


「アルテシ――」

「では、急ぎましょう。あまり時間もありません」


「え」

「さあ」


「あ、ちょっと、アルテシアさん? 今、僕イイ感じに――」

「早く」


 あと少しだった。

 あと少しでアルテシアへと届くはずだった両腕は、彼女にがっしりと掴まれ、僕は半ば強引に冒険者ギルドに連行されていった。

 あと少しだったのに――



 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「あらあ、また懲りずに何に御用かしらあ」


 やはり彼女はいた。

 冒険者ギルドに入るなり、今度も手酷い言葉の歓迎を受けた。

 周囲の受付嬢は、また僕らから目を背ける。

 彼女たちは、なにかシャーリーに逆らえない事情でもあるのか。

 いずれにせよ、僕らの向かうカウンターはひとつしかなくなった。

 

 こちらが近付くと、ワザとらしく手招きをするシャーリー。

 ふてぶてしい笑顔を作りながら、僕らをどう料理するか思案しているのだろう。

 ギルドから僕らを排除したいという、彼女の気持ちに変わりはないようだ。


 ストレスが凄い。

 僕自身、かなりの自信を持って訪れたはずなのに、やはり彼女を前にすると気が滅入る。

 その苦手意識が根底にあるのか、どうにも足取りが重くて仕方がない。


「ヨースケさん」

「……うん」


 そんな気持ちを察したのか、アルテシアが僕を気遣う。

 その声に勇気をもらい、僕は受付嬢シャーリーと対峙する。

 目の前の彼女は、毅然とした態度でこちらを見据える。

 僕も負けじと視線を逸らさずに対抗した。


「そういえばあ、アイテムバッグをそちらに貸してましたよねえ」

「はい。それを返すのと、もう一度さっきのクエストについてお話が」


「なあんだあ。そのまま泥棒するんじゃないかって思ってましたのにい。素直に返すんですねえ」

「そんなことしません。それよりもクエストの話を」

 

「あれはもう済んだ話でしょお。あなた方は貴重な薬草を無駄にしたんだからあ。ギルドからの覚えも悪いと思いますよお。それよりもさっさとご返却をお」


 シャーリーは、まるで取り合おうとしない。

 これ以上話しても埒が明かないので、先にアイテムバッグをカウンターに置く。

 それを見た彼女は、冷ややかな笑みを浮かべる。

 きっと僕を言い負かした思ったのだろう。

 そんな満足気な彼女は、アイテムバッグを持ったまま、おもむろに自分のステータス画面を開いた。


「はあ、もう最悪。中身そのまんまあー」

 

 シャーリーが画面を見るなりため息をつく。

 アイテムバッグの中身を確認したのだろう。

 僕らが処理もせずに、返却したと思い込んでいる。

 そして、さもめんどくさそうに、画面を目で追う彼女。


「それも、こんな大量……」


 そう言いかけて固まるシャーリー。

 何かに気付いたのか、目を見開いたままだ。

 そしてワナワナと震えながら、こちらを睨んだ。


「ど、どういう事おおおお!?」


 それは疑念に満ちた目だ。

 あきらかに僕を疑う表情だ。

 その理由は当然分かっている。

 相手はこれでもれっきとした受付嬢だから、すぐに気付く。


「なにがですか」

「とぼけないでよおおお!! これよ、これえ!! な、なんでこんな……!!」


 しれっと返事をしてみると、シャーリーが叫んだ。

 異変に気付いた周囲の受付嬢や冒険者たちも、こちらを見ている。

 それを確認した僕は、すぐさま彼女からアイテムバッグを取り返し、自分の手元に薬草を一束取り出した。


「これのことですか」


 もちろんそれは【リセット】で復活した薬草。

 それも名称が【極薬草】と変更されたモノだ。

 どういう種類なのかは不明だけれど、それを見たシャーリーが驚愕している。

 僕は無言のまま、薬草を彼女の目の前に置いた。 


「そうよお! あ、あんた私を馬鹿にしてるう!? ワザと最初に劣化した薬草を持ち込んで私を油断させたあとに、この極薬草をお……!!」


 被害妄想にもほどがある。

 最初に敵対したのはシャーリーの方なのに。

 それがもう、自分が被害者だと言わんばかりに怒鳴りたてる始末。

 これからこの相手にどう説明しようかと悩んでいると、彼女の背後に見知った人物が。

 

「なにを騒いでいるのですか、シャーリー」

「――っ!!」


 その声にハッとするシャーリー。

 僕は思わず吹き出しそうになった。

 昨日と同じ光景が、また再現されたのだから。

 あわてて振り返る彼女の前には、もちろん昨日と同じくマルガリータが立っていた。


「マ、マルガ……先輩……ど、どう……って……ここ……に」


 マルガリータを前にひどく言いよどむシャーリー。

 あきらかに動揺している。

 まるでマルガリータがいること自体、信じられないといったようすだ。

 同じ冒険者ギルドの受付嬢のはずなのに、そこまで驚くことなのか。

 などと、そんな疑問がよぎるなか、マルガリータがため息をついた。


「残念ですね、シャーリー。あなたの企み通りにはいかなくて」

「えっ」


 呆れたようすのマルガリータの言葉に驚く。

 シャーリーの企み?

 やはり何かあったのか。


「くっ……!」

「まさかあなたがそんなに愚かで、そして執念深い子だとは思いませんでした。ヨースケさまを陥れるために、わざわざ私をウソの命令書でギルドから遠ざけるなんて」


「えっ!?」


 マルガリータの言葉に思わず耳を疑う。

 シャーリーが僕らを敵視しているのはわかる。

 そして僕らをここから排除するために何かを企んでいた。

 でもそれは、同僚であるマルガリータを騙してまでやることなのか。

 理解に苦しむ僕に、マルガリータが頭を下げる。


「ヨースケさま、申し訳ございません。このたび当ギルドの者が厳罰に処するほどの失態を」

「あの、マルガリータさん。厳罰とか失態ってどういう……」


 頭を下げたままのマルガリータに恐縮しつつも、先ほど聞いた厳罰と失態が気になり、彼女に問いかけた。

 個人的に僕を嫌うシャーリーが、ひどい暴言を吐いたりしたことは、ギルドから謝罪されても理解できる。

 だからといって、それが厳罰や失態と呼べるレベルかといえば、腑に落ちない部分がある。


「先の一件、すでに伺っております。クエストの報告と薬草を持ち込まれたと」

「は、はい。でもシャーリーさんから、この薬草に価値はないと……」


「――っ!」


 僕らの会話中、シャーリーが舌打ちする。

 そして、ある方向をジロリと睨んだ。

 その先には顔を伏せた受付嬢たちが。


 なるほど。

 マルガリータは朝一の件を把握している。

 それは受付嬢の誰かが、こっそりと報告したに違いない。

 どうやらシャーリーの目を盗んでのことのようだ。

 彼女の目付きが怖いのもそのせいだろう。


「ヨースケさま。薬草はなにも鮮度だけがすべてではないのです。もちろんポーションに使用される薬草には重視されますが、鮮度の落ちた薬草でも十分に需要があるのです」

「えっ! じ、じゃあ……価値がないっていうのは」


 とても重大な事実を聞かされ、戸惑いが隠せない。

 価値がないと否定され、途方にくれたあの瞬間を思い出す。

 あのとき絶望した感情は。薬草を処分しようとした罰当たりな行為は。

 困惑する僕ら視線は、マルガリータと共に、ことの始まりであるシャーリーへと注がれる。


「はい。ヨースケさまを困らせたいがために、このシャーリーがついた虚偽でございます」

「くうっ!!」


 マルガリータの証言に、追い詰められたシャーリー。

 ジロリと僕らを睨みつけるも、返す言葉が見つからないようだ。

 僕自身、怒りや悔しさもある反面、呆れたという気持ちのほうが大きい。

 きっと彼女に言及しても、後悔の念や反省の弁さえも、うかがえないだろうし。


「もともと彼女には差別思想があるため、これまで言動や行為には苦言を呈しておりました。しかしながら改善はされず、とうとうこのような失態まで。シャーリーの悪しき感情に従うままの行動は、冒険者さまを害するだけでなく、ギルドの利益損失までに及びました」


 そう静かに語るマルガリータ。

 その言葉の端々には、怒りに満ちた思いが垣間見れる。

 もちろん僕ら冒険者を見下すような行為はあってはならない。

 たださらにギルドの利益までも軽視してしまった、シャーリーの罪は重そうだ。


「シャーリー。今回の件について……あとで覚悟しておきなさい」

「――っ!!」


 マルガリータの言葉が冷たさを含む。

 きっとシャーリーの処分は重いのだろう。

 彼女の悔しがる表情が見ていて心苦しい。

 僕らに関わらなければ、ここまでは至らなかったかも知れないから。

 

「ヨースケさま。改めてクエストの報告を、私が受けさせていただきます」

「あ、はいっ! ありがとうございます! マルガリータさん!」


 深々と頭をさげるマルガリータから、再度クエストの報告を受けてもらえることに。

 それに安堵する僕は、これまでの件を頭から払拭するように声をあげた。


「あ、お借りしていたアイテムバッグです。すごく助かりました!」

「はい。お役に立てて良かったです」


 ふたたびアイテムバッグを返却する。

 受け取ったマルガリータが優しく微笑んでくれる。

 借りた僕も、その笑顔のおかげで、より感謝の気持ちがあふれてくる。

 この平和なやりとりこそ、冒険者ギルドに求めた理想で間違いない。

 ――と、思っていたのは、僕だけだったのか。


「ヨ、ヨースケさま……こ、これは……」


 癒しのひと時から一転。

 困惑するマルガリータの声を耳にする。

 まさか、また何かしでかしてしまったのか。

 もう自分がトラブルメーカーなのは自覚している。

 それにしても次から次へと忙し過ぎだろう。

 もう諦め気分だけれど、せめて誠実な対応に務めよう。


「ど、どうしたんですか」

「も、申し訳ございません。少し取り乱しましたが、だ、大丈夫です」

 

 あわてて冷静を装うマルガリータ。

 でももう遅いかな。

 それが薬草のことだってことは、わかってます。


 僕らが採取したのは【薬草】だった。

 それが【リセット】で元へと戻り【極薬草】と名前を変えた。

 そこまでは知っているし、マルガリータもきっとそれに驚いたのだろう。

 僕としてはもう、とにかく買い取ってもらえればそれでいい。

 時間は迫っているんだし。


「失礼ですが、ヨースケさまはこれをどこで」

「あ、もちろんマルガリータさんに教えていただいた、湖の森ですよ」


「……そ、そうですか」


 マルガリータの表情が重い。

 それがたまらなく僕を不安にさせる。

 もしかしてまた買い取り拒否?

 最悪な結末を想像し、背筋に冷たいモノを感じる。

 そんな僕に対し、真剣な表情の彼女がゆっくりと口を開く。

  

「ヨースケさま……」

「は、はいっ」


「先ほどご説明したかと思いますが、ポーションの材料となる薬草には、その鮮度が重視されます。この判別には、採取の方法、保管手段、生息地の限定などの厳しい条件も加味されるのです。そして――」

「は、はあ……」


 マルガリータが熱弁を始めた。

 でも採取に関しては、アルテシアの功績だ。

 僕にそれを語られても、何も回答を返すことが出来ない。

 うしろをチラと見るも、張本人は知らぬ顔でまっすぐ向いたままだし。

 出来れば答えてあげてほしいけれど、そんな気もないらしい。

 もしかして企業秘密みたいなものなのか。

 その答えも聞けないまま、ただ相槌を打つ。


「そしてこのお持ちいただいた薬草……これはそのなかでも最上級と評価される幻の薬草、極薬草です」

「そうですか……って、えええええっ!?」


 大声をあげて立ち上がってしまった。

 とっさに周囲を見渡すも、おもいきり注目されている。

 これはマズい。余計な悪目立ちは控えたいのに。

 口元を押さえながら、静かにカウンターにつく。 

 

 熱弁は途中までちゃんと聞いていた。

 そして最後に語られた部分を、何気に聞き流すところだった。

 極薬草が最上級評価? なんでそんなことに。

 ただの薬草だったのに。


「大変驚かれたようですが、これはヨースケさまご一行が採取なされたのですよね」

「えっ? ああ、はい。まあ、主にうしろの彼女が……ははは」


 笑っているけれど、笑えない状況だ。

 せめて僕がやったことではないとだけ証明させてほしい。

 あとでどうやったのかと説明を求められても困る。

 ごめん、アルテシア。ここは任せた。


「そうですか。実に見事な採取です。ここまでとなると、上級土魔法使いでも不可能かもしれません」

「土魔法……ですか」


「ええ。上級土魔法使いは、土壌を音もなく消し去ると言われています。ただそれらを持ってしても、これまでにギルドに持ち込まれた薬草で、極薬草の評価を持つ素材は提出されておりません」


 えっと、非常にマズい状況です。

 まさか誰も達成していないほどの評価が、この【極薬草】についてるとは思わなかった。

 ただ元に戻って名前が変わっただけだと、安易な発想だけで提出してしまった。

 もしかして、最初に採取したときの【薬草】は、平凡な採取でついた評価名だったのか。

 それを劣化したからと【リセット】で元に戻したことで、何も手がついていない状態で土から掘り起こしたのと同じ意味を持ってしまった。

 そういえばアイテムバッグから出した一束には、切られた断面もなく、細部まで根っこがあったような。

 あれってもしかすると、最上級の採取状態ってことか。


「あ、あはは……」


 力が抜けそうになった。

 悪目立ちを避けたつもりが、余計に注目を浴びる結果をもたらしてしまった。

 さらには、見知らぬ上級土魔法使いの面子も潰したらしい。

 もうアルテシアに説明させるどころの問題ではなくなった。

 ――いや、それよりも一番の問題が解決されていない。


「え、えっと、それで、その……か、買い取りって……ど、どうなんでしょうか」


 ダメもとでアタックした。

 もう最上級の採取を成し遂げた栄誉とかどうでもいい。

 僕らには今、報酬が必要なんだ。

 奴隷になるかならないかって、局面に立たされているんだよ。 

 奴隷ディーラーが奴隷になるって話、下手をすれば薬草採取の栄誉よりも、未来永劫語り継がれる伝説になりかねない。


 いや、僕はどうだっていい。問題はアルテシアだ。

 二段落ちで奴隷になるなんて、その伝説に彼女の名を連ねさせてしまうじゃないか。

 それだけはなんとしてでも避けたい。

 そのためには何事にも強引さが求められるはず。

 まずその第一歩として、絶対にマルガリータを説得するのだ。

 と、意気込むも――

 

「ええもちろんですとも。これほどまでに貴重な素材です。当ギルドの誇りをかけて、きちんと査定させていただきます」

「ほ、ほんとですかあぁっ!?」


「ヨースケさんっ」

「や、やったよ……アルテシア!」


 少し肩透かしを食らうも、要求は問題なく通ってしまった。

 それでも大役を終えたあとのような、脱力した返事をしてしまう。

 同時に背後からの声に振り返ると、そこには涙ぐむアルテシアの姿が。

 彼女もきっと不安を抱えていたんだろう。思わずもらい泣きしそうになった。


「だからそれはインチキなのよお!! 私、ちゃんと見たんだからあ! こいつらが劣化した薬草を持ち込んだのをお!! その極薬草だって、絶対何か裏があるに違いないのお!!」

「シャーリー!!」


「うるさいぃっ!!」

「あっ!」


 突然、背後からシャーリーの怒声があがる。

 すでに安堵していた僕らは、いきなりの罵声に恐怖すら感じた。

 マルガリータが立ち上がり、暴れ出すシャーリーを止めようとするも、激高する彼女からの平手を頬に受けてしまった。


「マルガリータさんっ!」


 よろめいたマルガリータの頬は赤く腫れ、口元からは血が。

 慌てて声をかけるが、彼女は気丈にもシャーリーと向かい合う。


「気は済みましたか、シャーリー」


 マルガリータはあくまで冷静だ。

 そんな彼女の言葉でさらに興奮したシャーリーが、またも彼女の頬を殴りつけた。


「黙れ! 黙れ! 黙れええっ!! 奴隷ディーラーの肩を持つとか、あんた頭がおかしいのお!?  生意気にもこの私に盾突いて、先輩面するんじゃないわよおお!! あんた、私がこの街の領主の血に連なる者だって知ってるでしょお!? 他の奴らはちゃんと従順なのに、なんでお前だけが私に意見するのお!? ふざけるんじゃないわよおおお!!」


 マルガリータに対する私怨をぶちまけるシャーリー。

 そのなかで、彼女がペイルバイン領主の親族であることを知った。

 それでようやく他の受付嬢や冒険者たちが、彼女の暴走に目をつむっていたことと繋がった。

 彼女はその権力を盾に、これまで傍若無人な態度を取っていたということだ。

 いやもう最悪じゃないか。


「私はクズが大っっ嫌いい!! 権力に盾突くクズも許さないいっっ!! 奴隷もクズ! ディーラーもクズ! 獣人も吐き気がするっ!! とくに人獣なんて、この世から消え去ればいいのよおお!! 魔物もクズ! それで金を得ようとするお前ら冒険者たちも全員クズばっかあああ!! みんな死ねばいいんだわあああ!!」


 私怨はやがて周囲への憎悪へと矛先を変えた。

 この冒険者ギルドの受付嬢でありながらの暴言。

 そして権力者すべてがそうなのかと疑いそうになる偏った思想。

 タガの外れたシャーリーは、これまでの鬱憤や怒りを晴らす勢いでまくし立てる。

 誰もが目を逸らしたくなるような気分のなか、その主張が突然途絶えた。


「いい加減にしなさい、シャーリー!」


 ギルドに鳴り響く声。

 軌を一にして、シャーリーの頬へと放たれた手の音。

 それを果たしたのは、マルガリータだ。

 私怨に対する報復でもない。

 ましてや、怒りにまかせた復讐でもない。

 ただ、彼女は泣いていたんだ。

 怒りと悲しみを入り混ぜたような眼差しで。


「……」


 唖然とするシャーリーを、ふたりの男性職員らしき者たちが取り囲む。

 そして拘束された彼女に、マルガリータが静かに声をかけた。


「それでもです。それでも権力に連なるあなたは、その言葉を吐いてはならなかった。それはすべての国の繋がりを断つ呪いの言葉。悲しき争いの火種となる原初の炎」

「お、お前ごときに……」


「あなたがここに流れて来て半年。その差別的行為に多くの苦情が寄せられてきました。私は王都ギルドから託された命に基づいて、即刻この場であなたの任を解くと宣言します。シャーリー・レウル・ペイルバイン。あなたにギルド、そして王国からの追放を命じます」

「えっ!? い、いや……そんな……待って!! まさかお前があの――」


 話を終えたマルガリータが、おもむろに印を結び始めた。

 何がなんだかわからない僕は、それをただ見ているよりほかはない。

 唯一理解出来たのは、マルガリータの権限は、権力者の親族であるシャーリーよりも上だということ。


「いやああ!! は、離しなさいよおお!! お前たち、私を何者だと――」


 同時に、ことの重大さを理解したシャーリーが酷く狼狽し始める。

 あわてて拘束していた男性職員たちに対し解放を命じるも、それが許されるはずもなく、男たちは無言のまま必死に暴れる彼女を抑え込む。


「ぎゃああああ!!」


 突如、シャーリーが悲鳴をあげた。

 驚く僕を始め、その場にいた全員が彼女に注目する。

 周囲の視線を浴びるなか、苦しむ彼女の額から、ひし形に似た模様がうっすらと浮かび上がる。

 しかもそれは赤黒く、僕が【エンゲージメント】で受けた印と同じ色だった。


「な、なんで、私がこんな目にいいい!! ゆ、許さないいいいい!! マルガリータァァァァ!!  お前だけは絶対に許さないいいい!! いつかきっと……この日のことを後悔させてやるううう!!」

「裁きなら受けるつもりです。もちろん、あなたからではありませんが……」


「ぜったいに……ぜったいにぃぃぃ!!!」

「連れていきなさい」


 壊れたオモチャのように、念を吐き続ける追放者。

 それから目を逸らしたマルガリータは、男たちへ退去を促す。

 ふたりの職員に連れられ、唸り声をあげながらシャーリーは出て行った。

 束の間の異質な状況に、僕を始め、他の傍観者たちも沈黙したままだった。

 そしてギルドの奥の扉が音を立てて閉じられると同時に、それまで呼吸を忘れていたのか、全員が一斉に深い息を吐く。


 その後も続く重い空気のなか、ふたたび僕のいるカウンターに着くマルガリータ。

 すでに彼女に涙の跡はなく、何事もなかったかのように笑顔を浮かべた。


「ふふっ。引かれてしまいますよね」

「あ、いや……ごめんなさい。僕が原因ですよね」


 気を遣ってか、冗談ぽくマルガリータが笑う。

 それに一瞬、気を取られてしまった僕は、自分に責があったことをどうにか口にする。

 あの追放劇はなんだったのか。あの瞬間、僕はどうすればよかったのか。

 いろんな疑問と後悔が頭を駆け巡っていくも、答えは見つからない。

 

「いえ、ヨースケさまのせいではありません。ただ……この国の権力者たちは、ときとして理念を害する者たちを、私のような端役を通じて排除する……そう、ただそれだけのことなのです」

「……」


 そう言ったマルガリータの瞳は、静かに揺れていた。

 最初に彼女を見たときに感じた、儚げな印象を思い出す。

 表の彼女がギルド職員であることは確かだ。

 ただ裏の面は知る由もない。そして今は知る術もない。

 僕が感じたそれは、彼女の裏の面だったのかもしれない。

 あくまでも僕の想像でしかないけれど。

 そして、これ以上の詮索は余計だと思い、彼女の言葉を無言のまま受け止めた。

 

「……では、買い取りを再開しましょう」


 マルガリータのひと言が、僕らを日常へと戻す。

 彼女が最初に提示した、【薬草】一本あたりの価格は銅貨一枚だ。

 それが今回新たに提示されたのは【極薬草】の単価だった。


「えっ、大銅貨一枚!?」


 予想外の単価アップに驚いた。

 一本あたりの価値としては、幻とはいえ、たかが知れてると思うかもしれない。

 でも価値にして十倍だ。それが僕の手元には七百五十三本もある。

 その本数分、予想していた十倍の報酬が手に入ると思えば、さすがにその価値を馬鹿には出来ない。

 【薬草】六百本で銀貨六枚だと思っていたのが、一気に金貨七枚以上になってしまうのだから。


「ええそうです」(それと査定価格に少し色をお付けしております。ご迷惑をおかけしたので)

「マ、マルガリータさん!」


「んんっ」


 どうやら大銅貨一枚という単価は特別らしい。

 迷惑料だと小声でささやくマルガリータは、同時に僕へウインクをしてみせる。

 まさかそんな茶目っ気を彼女がするとは思わず、少し動揺した。

 あと、アルテシア。そこで咳き込まないで。 


「では、買取りは成約ということで」


 マルガリータは事務的な声色に戻り席を立とうとする。

 あんな騒動があったのにもかかわらず、彼女は気丈に振る舞う姿を崩さない。

 僕に対しても誠心誠意の対応に務めようとする律儀な女性だ。

 それでも僕には、彼女の頬に赤く残る跡が気になってしまう。

 詮索すまいと決めたはずでも、その跡が彼女の影を追い求めてしまう。

 僕はそれらを無性に払拭したくなり、彼女を呼び止めた。


「え? 三本はご自身でお持ちになるんですか」

「はい。すみませんが、残り七百五十本を換金していただけませんか」

 

「ええ、それはもちろん。ではそのようにさせていただきますね」


 そんな会話を交わし、マルガリータは部屋の奥へと下がって行く。

 僕なりに満足できる交渉をしたつもりだ。

 あとは報酬を待つのみ。


「ヨースケさん、その三本をどうなさるんですか」

「うん、前にアルテシアが言ってたよね。葉の部分に回復効果があるって」


「はい。でも花には毒がありますし、いくら極薬草でも、葉の効果はポーションに比べると、さすがに落ちてしまいますよ」

「うん。だからあくまでも予備だよ。効果が少しでもあれば、もしものときに役立つし」


「なるほど、そういうことでしたら」

「ちゃんと花も除いておくしね」


 アルテシアが残した【極薬草】の使い道について尋ねてきた。

 予備として持つことを伝えると、素直に納得してくれる。

 その場合、レイクゴブリンのように口から摂取か、もしくは煎じるしかないのは仕方がない。

 それとせっかくの最上級なので、少し興味があったのもある。

 

「おまたせしました、ヨースケさま」


 それほど待たずして、マルガリータが戻って来る。

 手にはトレイがあり、そこには報酬が乗っていた。

 初めて経験する報酬贈与の儀式に、思わず緊張が走る。

 

「ではこのたびの報酬は、金貨七枚と銀貨五枚となります。お確かめください」

「は、はいっ!」


 マルガリータの説明に手が震える。

 お確かめくださいと言って差し出されたのは、僕が以前手にしたはずの金貨。

 一枚はすでに細かく両替されてしまったけれど、また僕の元へ戻って来てくれたことに感激する。

 金貨を七枚。銀貨を五枚。それぞれ数を確かめ、彼女へ頷いてみせた。


「ありがとうございます。それではお受け取り下さいませ」


 ニコリと微笑むマルガリータの言う通り、それら報酬を受け取る。

 やっと手に入れた報酬。

 それも大幅にアップした額だ。

 これでようやく本当の安堵を感じた気分だ。

 いや、でも手の甲にはまだ印が残っていた。

 早く確実な安らぎを手に入れないと。


「このたびは、まことに申し訳ありませんでした。これに懲りず、ぜひとも次回もご利用くださいませ」


 報酬を受け取り、これで僕らの初回クエストは終了した。

 マルガリータの言う通り、今回はいろいろあった。

 無事に達成できたのも、彼女の助力あってのこと。

 そのことは僕らにとって、感謝してもしきれないほどだ。

 それでも自分に対する感謝とは、クエストを受け、それを達成してくれることだと彼女は言うかもしれない。

 でもそれじゃあ僕は納得できない。


「あの、マルガリータさん!」

「はい。どうされましたか」


 自分を引き留める僕に、小首をかしげるマルガリータ。

 そんな彼女に僕はそれを手渡した。


「これは……極薬草」

「はい。さっきの三本のうちのひとつです」


「えっ、でもこれはヨースケさまの……!」

「だからこれをあなたに受け取って欲しくて」


 そう言って僕は自分の頬を指さす。

 その仕草にハッとするマルガリータ。

 彼女はゆっくりと自分の頬に極薬草をあてると、少し涙ぐんだ。


「ヨースケさま……」


 僕は黙ってうなずいた。

 そして願ったんだ。

 彼女の頬が早く治るようにと。



 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「ヨースケさん、カッコ良過ぎです」


 冒険者ギルドをあとにした。

 報酬を手に入れた僕らは、あの老婆の待つ武器屋へと急ぐ。

 その途中、アルテシアがそう呟いたのだ。

 え。ちょっと不貞腐れてない?


「あーそだね。ごめん、い、今思うと、めちゃくちゃ恥ずかしい……」

(でもそこがヨースケさんの良いところだと思います。ちょっと悔しいけど……)


「えっ」

「なんでもありませんっ」


 今なんか褒められたような気がした。

 でもやっぱり不貞腐れてる?

 後半の言葉もちゃんと聞き取れなかった。

 まあ、いいけど。


 北大通りに差し掛かり、走るペースは急激に半減する。

 坂道はやっぱりキツイ。

 アルテシアがまた担ごうかと言わんばかりに手を差し伸べるので、丁重にお断りした。

 まだ時間はある。それまでには間に合わせるつもりだ。

 決してお姫さまだっこや空を飛ぶことが怖いわけじゃない。


「あっ」


 商店が立ち並ぶ街角で、それを見つける。

 思わず声をあげてしまったけれど、幸い前を先導するアルテシアには気付かれていない。


「アルテシア。ちょっと待って!」

「えっ、ヨースケさん、時間が……」


「うん、でもちょっとだけ!」


 突然、急いでるところを呼び止められ、さすがのアルテシアも困惑している。

 そんな彼女をよそに、僕は目的の場所へと走り寄った。

 少しの間、彼女を待たせ、その後、頭を下げながら合流する。


「おまたせ」

「もう。ヨースケさん、急がな――」


 アルテシアのお小言が止まる。

 これは彼女の前に差し出されたモノが原因だな。


「えっ? えっ! あの……!」 


 アルテシアの視線がそれと僕の間を行き来する。

 そんな可愛い反応をする彼女に僕はささやいた。


(ずっと食べたかったんでしょ? 甘いモノ)

「はうっ! や、やっぱり見えてたんですかっ!?」


 いつもの冷静なアルテシアが変な声をあげた。

 目の前にあるのは、さっき買ったばかりのお菓子だ。

 この世界にも甘いモノが売っていたのを見つけ、彼女に何も告げずに手に入れた。

 どうやらドーナツっぽい何かのようだ。

 甘い香りがするので、きっとスイーツの一種だろう。

 報酬を手に入れて良かったとつくづく思う。

 そしてそれを前に赤くなっている彼女。


「ははは。ステータス画面に、ああもハッキリと糖分希望って表示されてたら……ね」

「ああ、もう! 恥ずかしいっ!」

 

 ますます赤くなるアルテシア。

 あの空き地で彼女のステータス画面を見たとき、そこで話題にするはちょっとなと思って、今の今まで内緒にしていた。

 でもこんなに恥ずかしがるとは思わなかった。

 別に体重を見たわけでもないのに。

 女子って不思議だ。


「でもせっかく買ってきたんだし、一緒に食べよう」

「で、でも……なんかマルガリータさんのときと、差があり過ぎて……」


 うーん、よく分からない。

 ここでマルガリータが出ることに。

 それよりも彼女に食べて欲しい僕は、ちょっと強引に勧めてみることに。


「じゃあ、お先にっ……はむっ!」

「あっ」


 アルテシアが迷っているので、先に僕がいただく。

 口の中を砂糖のような甘みが広がり、ほんの少し癒される。

 そして僕のドーナツを、すがるような目で追う彼女に――


「はいっ」

「んっ!?」


 食べかけのドーナツを、アルテシアの口に放り込む。

 いきなり口の中を塞がれ目を丸くする彼女に、僕は再びささやいた。

 

(誰にでもカッコつけたいんじゃない。僕はキミの前でずっとカッコつけたいんだ)

「――っ!」

 

 ドーナツを頬張るアルテシアに、言うべきタイミングじゃなかったかもしれない。

 でも、僕は今の彼女に伝えたかったんだ。

 ここがその、カッコつける瞬間だと思ったから。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


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