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第百五話  強襲者たち  ― 戦士と少女編 5 ―



「エイミー。そろそろ交代だ」


 ソフィーはもう眠っている。

 先に仮眠を取っていた俺は、昨日の話以降、妙に張り切ったようすのエイミーに声をかける。今もギラギラとした目で周囲を見張る彼女は俺の声に気付くなり、それが時間切れの意味だと理解したのか、「ハア」と大きくため息をついた。


「残念です。何にも……なーんにも! 襲って来ませんでした!」

「……」


 昨日、俺たちが事情を話してからのエイミーは、どういうわけかヤケに張り切っている。それは別に悪いことではないのだが、馬車使いに疲れさせては明日に響くと彼女に言い聞かせる。


 俺の忠告に納得がいかないのか、少しふて腐れるエイミー。もう少し見張りを続けたいという彼女に、さっさと休めと少し強い口調で言葉をかけ、トボトボと荷馬車へと戻るうしろ姿を横目で見送った。


 焚火は【発火石】によって燃えさかる。

 もちろん高価なやつではない使い捨ての安物だ。火の魔力を含む量が少ないので、一度の衝撃でほんの小さな燃焼しか起こさない。焚火をするにはその使い捨てをいくつかぶつけ合って、大きな火を起こさないといけない。この焚火はエイミーが使用していたので今は火が小さい。また新たな石を入れないと消えてしまうだろう。その追加の石を投げ入れ薪に燃え移らせると、自分の命を燃やすようにして追い火を生み出した【発火石】は、その役目を終えるかのように炎の中で砕け散っていく。


 こうして火種を起こすのには楽だが、俺はどちらかと言えばその火をイチから起こすところから始める方が好きだ。魔法や道具を使えばなんのことはないが、自然から出来た火起こしの材料を拾い、己の手を使って大きな炎を生み出すという手間と時間を俺は好んでいる。だが今回はコレが大量にあるから使うだけで、それをあえて使わないなどとそこまで意固地ではない。


 そんな個人的には物足りない焚火の火を眺めつつも、常に周囲の状況へと気を巡らしていく。


 森はシンと静まり、ときおり獣の声はするものの、魔物や賊の気配はしなかった。ペイルバインの南にある森と比べ、ここは比較的魔物が少ない。野営慣れしていない貴族のお嬢様が目の前にいれば、何もそこまでしなくてもと呑気に言うだろう。だが、俺たちは逃亡者だ。警戒心は高くても無駄ということにはならない。火起こしと同じで俺はこういった手間を惜しむことはない。交代で見張りという限られた時間は全力で務める主義だ。ただこういった性分は、冒険者だったときよりも、警備兵になってからのほうが顕著に表れだしたのかもしれない。まあいわゆる職業病だ。


 ――余談だが、俺たちの所属していた国境警備兵は、ただひたすらに砦を守るだけではない。国の花形職業である騎士団と同様――いや、それ以上に、国内領土の魔物討伐や賊の撃退など、日々王国の平和維持を担っており、努力の甲斐もあってか以前と比べ街道の往来も安全になっている。


 結果、街道を含め平野部ではあまり魔物を見かけなくなった。だがその反面、人の立ち入りが少ない森林や山岳部に追いやられるようにして、生息地を否応なしに変更させられてしまった魔物たちは、レイクゴブリンやマウンテンゴブリンなどと呼び名が変わりながらも、その環境に順応した厄介なモノへと進化していった。


 現状、地上の冒険者たちは徐々に減り続けている。

 原因はもちろん俺たちだろう。だが、それは逆に良い意味でもある。冒険者よりも平和が優先されるべきだと俺は思うからだ。それにいくら減ったとはいえ、減少したのはダンジョンを持たない主要な都市の冒険者であって、小さな村や街では、まだまだ冒険者の需要があるのは事実だ。かといって警備兵だった俺たちや騎士団がサボっているわけではない、これは騎士や警備兵と名の付く者たちの絶対数の問題だ。単に烏合の衆を集めているわけではない。それなりに素養のある者しかなれないのだ。

 

 それにこれからは魔物との戦いよりも、人族同士が争う時代になっていくだろう。


 魔物を倒し、隠された財宝を見つけるため世界をめぐり、その先にある名声や地位によって自己の欲望を満たすよりも、王や皇帝、司教が中心となり、人は武器を持たない国民として自身を守ること放棄し、代わりに国に守られる安寧の生活を手にする。


 事実、その方が楽だからだ。


 ― 嘆かわしい ―


 と、冒険者だった頃のお偉い先人方は言うだろうが、それが時代の流れというモノだ。俺もそう思う。人間は楽な方を選ぶ者が圧倒的に数を占める。


 当然そうなれば

 人族の未来には都合よく飼いならされた市民しか残らないだろう。為政者にとって戦うことと考えることをやめた民ほど御しやすいものはないからだ。多くの人々は戦いから目を背け、代わりに国に忠誠を誓った兵士や騎士がその任を背負う。そいつらが流した血と死体。その積み上がった犠牲の向こうにある領土を奪取。広げた土地の上でまた飼い犬が増えていくという仕組みだ。そして国家の繁栄だけにご熱心な一部の者たちは、今もこの国を陰で動かしているのだろう。もちろんそこにはそれぞれの欲望や思惑が入り乱れ、ますます同族への憎悪を燃え上がらせる――といった、なんとも面倒くさい世界が出来上がる。


 俺が冒険者を辞めたのも、あながち間違いではなかったのかもしれない。あのまま続けていても時代の流れには逆らえない。どのみちいつかは辞めていたはずだ。今も王都ではそれなりに仕事はあるらしいが、それでも緩やかに数は減っている。極端な話、このままダンジョンが攻略され尽くし、やがて魔物が人族の国からいなくなれば、いつしか冒険者という呼び名さえも消えてしまうだろう。


「まあ時代や状況はいつ変わるかもしれんからな。こうだと思っていたことが根本から覆される」


 ボソリと独り言ちる。

 

 この胸糞悪い時代の流れでさえ北の魔族たちが台頭すれば、あっという間に状況はひっくり返される。そうなれば人族同士で争っている暇などなくなる。それによってまた冒険者たちが蘇るだろう。どちらがマシだとか俺には何とも言えないが。


 戦争のせいもあり、人族の国はあまり多くはない。

 獣人は寿命が短い分、繁殖力が強い。そのうえ種族が多いので国を多く持っている。バルトランザを追われた以上、この旅が終わったあとはどこか別の国へ逃れるしかない。アスラマサクスや日和見王の治めるデラードセネカなどは当然論外だ。となれば帝国もしくは神国カーディナルか。いっそ北にある魔族たちの国に逃れるのもありかもしれない。それにまあ、今は無理だが単独ならどうとでもなる。


 そんなことを考えていると、ある気配に気付く。

 俺の方へ真っすぐ向かって来る。相手は俺の背中越しに近付いているが、まさか気付かれているとは思うまい。そしてそろそろ俺の間合いに近付いて来たところで、振り返らず焚火を見つめたまま忠告する。


「戦士の背後を取ろうなど、貴族の娘がすることじゃないな」

「きゃっ! えっ!?」


 どうしてわかったのか。そう言いたげなソフィー。

 親切丁寧に答えても理解されるとは限らない。俺はそれに答えることなく、黙ったまま手元にある新たな【発火石】を薪と共にくべる。さきほどよりも勢いを増した炎は、俺一人では必要のない熱を、後ろの少女にも伝えたようだ。


「温かい――あっ! ご、ごめんなさい。私のためですよね」

「数はあるから気にするな。あの貴族が結構な旅費をくれたからな。貴族であるお前の両親との接触を期待しているのかもしれん」


 見なくてもわかる。

 俺に向かって拳を振り上げようとするソフィーの姿が、気流を通して俺に伝わった。そしてただ話のきっかけを作ろうとしているだけなのに、わざわざ余計なことを言う俺に不服らしいことも。


 だがそれでいい。

 必要以上に慣れ合うつもりはない。もしも天地がひっくり返るように、俺がソフィーに、彼女が俺に何か別の情が湧くようなことがあれば、後々面倒になるだけだ。


 後腐れなく別れることが正解なときもある。あの日から十五年、何も起こらずに生きてきたわけではない。俺にも出会いがあり、別れもあった。だからもう煩わしいしがらみは充分だ。他人と関わるのは必要最低限でいい。


 だが彼女はまだ若い。

 これから多くの出会いと別れを知り、成長するだろう。そして長い人生の途中、俺と言う男とは偶然すれ違った程度に感じてくれるだけで結構。記憶にさえ残す必要もない。従者とは名ばかりだが、何かを壊すばかりで何も生みださない人生の俺とは、この旅限りの関係で十分だろう。


 きっかけを潰された少女は、不貞腐れながらも俺の隣に腰を下ろした。特に続ける会話がないのにも関わらず、俺の傍にいるという事実だけを作りたがっているかのように。


 沈黙が夜空を朝へと進行させる。

 どれくらいの時間が経ったのか、ソフィーは俺の肩にもたれて眠ってしまった。本来なら荷馬車の方へ抱きかかえて連れて行くのが、従者としての役目だろうが、俺はそんな優しい従者ではない。ただ道中熱を出されても困るので、目の前の火だけは絶やさない。


 だが、これほど静寂な夜明けの森にも邪魔者は現れる。正確には俺を、俺だけをつけ狙う強襲者たちの足音が聞こえる。


 そろそろ潮時か。


「エイミー!!」

「はいっ!!」


 俺の声に即答するエイミー。

 やはり寝てはいなかったようだ。彼女の覚醒を確認し、俺は隣りで寝惚ける少女を担ぎ上げた。


「ひゃい!? えっ、えっ、あっ、あのっ!」

「騒ぐな。敵がすぐ近くまで迫っている。お前は昨日と同じくエイミーと逃げろ」


 敵と言う言葉に反応するソフィー。

 貴族のお嬢様も、ようやく危機感がお目覚めのようだ。俺が出発を告げると慌てて口元を押さえ、荷馬車へと担ぎ運ばれるまでは大人しく荷物になりきった。


 連日の逃走劇に慣れたふたりは、素早く身支度と準備を済ませ、俺の指し示す方向へと荷馬車を駆り走り去っていく。それを見届けたころ、俺の周囲が騒がしくなってきた。


 幸いにもふたりが逃げた方向に追手はいない。

 バレてはいない。このまま俺だけを狙ってくれた方が仕事がしやすい。


 馬の足音からして数は六。

 あまり期待はしていないが、奴ら全員がそろっているなら都合が良い。ここで一気に倒し、俺たちは次の敵に備えるだけだ。


 そうこうしているうちに周りを敵に囲まれる。

 見覚えのある衣装。俺も袖を通した記憶のあるその制服は、平原討伐隊のモノだ。


「久しぶりだな。いや、先日砦ですれ違ったばかりか。アハト元副隊長」


 六人の輪からひとりだけ俺に話しかける奴がいた。

 俺を副隊長と呼ぶその男、魔法剣士バストゥーザ。

 隊長と言う地位をこよなく愛し、俺が副隊長であることを恐れ、すぐに上層部に掛け合い俺を解任させた器の小さい奴としか記憶にない。


 相手は俺のことを冒険者時代からいろいろと知っているらしいが、俺にとって奴の印象はそれくらいしかない。正直、眼中にもない。それがかえって奴の気を逆なでするらしく、俺が相手にしないことをずっと不服としていた。


「俺の代わりを補充したようだな。本来なら五人一組である部隊を、自分の生還率を少しでもあげるために六人編成で認めさせたその手腕は認めるよ、バストゥーザ」

「くっくっくっ。なんだ、俺の名前をちゃんと覚えているじゃないか、アハト元副隊長。では質問しよう。察しの良いお前が、こうも簡単に囲まれたわけを」


 俺は新しく補充された兵士をチラリと見る。

 ここの部隊にはめずらしく邪気を感じない素直そうな少女が、少し潤んだ瞳で俺を見つめていた。手には武器を持たず、腰には小さなステッキを一本たずさえている。なるほど、そういうことか。


「わかるさ。俺がお前たちを出し抜こうとした術だ。知っているか? 【ミラージュ・エフェクト】は血の匂いだけは消せないことを」

「「なにっ!?」」


 隊長のバストゥーザはこの手の冗談に引っかからなかったが、隣の新人――いや、新たに新人が入ったのでもう新人ではない槍兵のベイリッツと、脳筋盾士アーノルドが反応を示す。


「バカだね、あんたたち。何、本気にしてんのさ!」


 バカ二人を両脇に配する弓兵のカーラがそれを窘める。この前倒したあの若い弓兵とは違い、ただ弓を持ち突っ立っているわけではない。この密集した森のなかで、飛距離がものを言う弓技は無理だと判断したのか、手には長剣を持っている。僧兵のフーリエントはここには居ない。きっと後方に待機しているのだろう。このなかで隊長の次に長い付き合いだった奴は、俺の攻撃を極端に恐れている。


「隊長、隊長! あんなオッサン、俺一人にやらせてくださいよー!」


 待つことを躾けられていない野良犬が吼える。

 先日の失態を手柄で挽回したくてたまらないのだろう。槍兵のベイリッツが鉄の槍を片手で振り回しながら、飼い主にエサを要求する。もちろん俺は奴のエサになるつもりなどない。


「馬鹿者! お前ひとりが勝てる相手ではないわ! 全員でかかれ」

「ちぇっ。はあ……わっかりましたあ。じゃあみんなでやりゃあ良いんでしょ」


 鉄の錫杖を構え、奴らの動きに備える。

 馬鹿ひとりなら瞬殺だったが、バストゥーザも無能ではないようだ。集団戦の意味を未だ新人気分のガキに教えるのに苦労しているようだ。もちろん相手に学ぶ意思があるかどうかは別として。


「――そんな安物の棒っ切れでこの人数とやろうとは、俺たちを舐めてんのかあああっ!!」


 脳筋盾士が吼える。

 俺の武器が不服らしい。

 だが、何もわかっていない奴に、俺はそこの隊長のように親切丁寧な教育はしない。


 長い間共闘してきた奴らには、秘密にしていたことがある。それは俺の特殊スキルだ。通常なら国境警備兵入隊時にステータスを調べられ、どんなスキルを所有しているかを明かすことになるのだが、俺は元冒険者。そんなヘマなどしない。


 今は奴隷になったときの身体検査で奪われてしまったが、俺は警備兵時代に指輪をはめていた。それは本来のステータスを隠匿し、特殊スキルを偽る魔道具だった。そのおかげで俺は上層部から無駄な期待を持たれることなく、ただの兵士として十五年を過ごしてきた。

 

 本来なら、世渡りびとの文化に習った【結婚指輪】というモノだったそれは、冒険者である俺にとっては仕事に必要な魔道具を身につけるという作業でしかなかった。そんな無骨な指輪を渡した俺に怒ることもなく、妻として同じ指輪を身に付けてくれた彼女には、とても悪いことをしたと思う。


 そして話は戻るがその特殊スキル。

 俺は武器をえり好みすることはない。そう、武器はなんだって扱える。特殊スキル【オールウエポンマスター】はすべての武器を自在に操る、戦士としては究極のスキルだ。俺はその使い手であり、今手にしている鉄の錫杖さえ、そこらの聖剣や魔剣持ちと戦えるくらいには扱うことが出来る。まあ、さすがに次元を超えて飛ばすのは無理だが、そこは問題ではない。


 どの武器でも扱えるということは、逆に言えば得意武器ではないということだ。すべてが平均以上に使えるという器用貧乏な俺の戦士生命はそこで止まった。だが十五年をかけ、俺はすべての武器を極め、ついにそれを昇華させた。


「見せてやろう。俺の十五年の集大成【()()オールウエポンマスター】の真髄を」

「「「なっ!?」」」


 その瞬間、盾士アーノルドは死んだ。

 俺のスキルによって奴の盾は破壊され、体の中心にある心臓をさきほど馬鹿にしていた棒っ切れが貫いたからだ。奴の盾は確か帝国産アダマンタイトとミスリルの合成防具だったはず。貴族出身の奴がいつも自慢していた一級品だ。それをそこらの田舎でも買えるただの錫杖が貫き、粉砕した。


「ば、馬鹿な。アーノルドの盾は――」

「一級品だろう? 俺も耳が痛くなるほど奴から聞かされた」


「――っ!」


 顔面から血の気が失せたバストゥーザが言葉を詰まらせる。他の連中も同様だ。ただひとり馬鹿な新人は怒りに震えているが。


「な、何を呆けているのだ! 盾士は攻撃屋ではない! お前たちはその手に持った武器で何もせずににやられるつもりか!!」


 固まった部下たちを奮起させようと、怒声をあげるバストゥーザ。そんな奴の声が夜空に空しく響き渡る。すっかり意気消沈した奴らに俺を倒そうとする気概はすでにない。


「俺は生きなければならない。悪いがここでお前たちを……殺す」

「「「――!!」」」


 肉の塊となった盾士から、鉄の錫杖を引き抜き、べっとりとまとわりついた血を振り払う。基本どおりに行くのなら、ここは僧兵から倒すべきだ。だが、僧兵フーリエントはどこかへ雲隠れしたままだ。そのことに気付かない連中もすでに終わっている。回復する手段もないのだからな。


「あ、あんたが行きな! さっき戦いたいって言ってただろ!」

「カ、カーラさんこそ、あのオッサンを嫌ってたじゃないっすか!」


 醜い争いをする元同僚たち。

 俺を馬鹿にしながらも、隙あらば寝首を掻こうとする幼稚な男と、自分の立ち位置ばかり気にする女のいがみ合いなど見る気もしない。


「ベイリッツ。俺の妻がどうしたとか言っていたな」

「ひっ! い、いや俺はそんなこと一切……アーノルドさんじゃないっすか……あはは」


 クズらしい反応だ。

 やる気がないならもういい。

 俺は先に進むだけだ。


「バストゥーザ。お前の部下たちは戦意喪失だ。大人しく連れて帰れば殺しはしない」

「――っ! お、おのれ……」


 俺の呼びかけにも回答を示さない、腑抜けた隊長を捨て置き、残しておいた馬に乗る。ジロリと奴らに睨みを利かせ、先に逃がした彼女たちの足取りを辿らせないよう、少しズレた方向へと馬を向けた。


「ハッ! くたばれオッサン!! これは俺の武器の間合いだああ!!!」


 少し離れた俺に向かって槍を投げるベイリッツ。

 まるで勝利宣言かとでもいうような奴の叫びは、明るさを見せ始めた朝焼けの空に響いていく。だがその威勢はそこまでだった。


「ぎゃああああ!!」


 両腕を失い、勝ち誇った雄たけびが、断末魔のような叫び声へと変わる槍兵ベイリッツ。こいつは学習などしない。最初の遭遇時に俺が魔剣を使ったことを覚えていないようだ。目先の弱い武器ばかりに気を取られ、自分が有利だと錯覚した時点で奴の負けは決まっていた。


 腕を失った兵に生きる価値なし。

 あの少年ならどうにかしてくれるだろうが、たぶん断るだろう。出血死が先か、それとも安楽死が先か。泣き叫ぶ部下をただ黙って見ている無能な上司には、それすら判断する能力はないようだ。


「ぎゃああ――」


 これ以上は悪趣味だと感じ、奴の息の根を止める。涙に濡れたまま胴体から離れて行ったその首は、遅れて崩れ去る体と共に、馬上から草木の生い茂る地面へと転がり落ちていった。


「ベイリッツ!!」


 今頃になって同僚の死に動揺する女弓兵。

 すでに戦う意志も見られず、俺の獲物は自然に奴へと絞られていく。


「逃げる猶予は与えたはずだぞ、バストゥーザ」

「おのれ……おのれえぇぇぇ!!」


 同じことしか言わない隊長ほど、部下が動き辛いことはない。俺は十五年もこいつの指示に戸惑っていた。なぜもっとうまくやらないのかと。魔物を狩るときも、他国の侵入者と対峙したときも。


 奴はいつも一歩遅かった。

 最初はこうすればどうかと提案もしたが、それを素直に聞き入れる人間ではない。何かが欠けている奴に俺の声は届いていなかった。そしてこの部隊に長く居たことで、感謝出来ることはあるとすればそれは、


「忍耐だな」

「はっ!? な、何を突然……」


「いや。今から死ぬお前にはどうでもいいことだ」

「クソがあああっっっ!!!」


 突然きらりと奴の手元が光った。

 とっさに飛んでくる何かを掴むと同時に、俺の腕の血管が吹き飛ぶ。


「これは……」

「はっ……ははは! ざまあみろ!! 俺だって扱えるんだ! お前だけじゃない! 俺にだって!!」


 俺の負傷に気を良くしたバストゥーザが、勝ち誇った声をあげる。仮にも俺は冒険者としてAランクまで上り詰めた男だ。即座にこの攻撃が何かを探れるくらいには。


 手に掴んだのは短剣。

 それも雷属性の魔法を封じ込めた魔剣だ。

 数は少ない。俺が束ねて掴んだ数は三本だ。それが感電し血管を吹き飛ばしたというわけだ。使い方さえ研究すれば俺を倒せたかもしれない魔剣を、こんな風に相手に取り上げられ、一度負傷させたぐらいで勝ち誇る元上司にめまいすら覚える。


 魔法剣士というだけあって、とりあえず魔剣は使える。ただそれだけの器だ。


 それならただの戦士である俺は、いったい何者だと聞きたいが、特殊スキルを持つ時点で反則な俺は奴に意見する権利もないだろう。


 もういい。これ以上は時間の無駄だ。

 南西へと向かう街道の先では、俺の帰還を待つ者たちがいる。


 奴を馬鹿にしているわけではない。ただもったいないと失望しているだけだ。だが、そんな奴にいちいち助言したり教育するほど俺は優しくない。己で学ばなければ死ぬ。ただそれだけのこと。


「いくぞ! 魔剣の次はこいつ――」


 まだ何か隠し武器を出そうとしているバストゥーザの命は、次の台詞を言いかけたところで終わった。ニヤけた顔の奴は、自分の首が落とされた事に気付くことなく絶命した。隊長であるバストゥーザは死に、後に残ったのは弓兵のカーラと補充兵士の少女。そしてどこかでこのようすを覗き見ている男色家の僧兵フーリエント。


「ひいっ!! た、隊長まで……」

「そうだ。お前たちの隊長はもういない。この先の判断はお前自身でするんだな」


 怯えるカーラに最後通告をする。

 だが、とち狂った彼女は、となりにいる補充兵の少女の馬に飛び移ると、その首に隠し持っていたナイフを突きつけた。


「何をしている。そいつはお前の仲間だろう。そんなことをして俺に何の不利益がある」

「し、知らないよお!! あ、あんたがあたしを殺すつもりなら、こいつの命から先に奪ってやる!!」


 意味がわからない。

 今回補充された兵である少女は、初対面とは言え俺の敵だ。それを人質に取るとは、よほど追い詰められているのだろう。


 これまであまり会話もなかったうえ、俺をいつも無能呼ばわりしていたこの女。このまま放置していても余計な負担が増えるだけだ。


 ここにエイミーやソフィーがいなくて良かった。

 女に手をかけるのは俺も好きではないが、コイツだけは別だ。あの虐殺事件のとき、一番に弓を獣人たちへと向けたのはこの女だった。


「な、なんで私が人質――」

「う、うるさいね! 先輩の為に犠牲になるのは後輩として当たり前だろ? ちょっとは静かにし――」


「――っ!」


 補充兵の少女の首元に薄っすらと血が浮かぶ。

 焦れたカーラのナイフが傷をつけたのか、少女の顔に緊張が走る。


 その言葉を聞くと同時に、俺の魔剣がカーラの胸元から生えたように姿を現す。保身の為、自らが色目を使っていた隊長と同じく、自分が死んだことすら気付かないまま、その視線と声を停止させた女弓兵はその場に倒れ込んだ。


「あ、ありがとうございま――」

「安心するのはまだ早い。ひとつ質問に答えろ。お前もあの虐殺に加わっていたのか?」


 命を救った俺に詰め寄る少女を手で制し、問いかける。追手である以上、返答次第では殺さなければならない。その判断材料になるのはこれしかなかった。


「虐殺事件のことは知っています。そのことを上層部に抗議に行ったら、なぜかこの部隊に組み込まれてしまいました。道中で彼らにも話は聞いています。この部隊がいかに非情な行いをしたかを、さも自慢げに……」

「お前も被害者だったか」


 途中で涙ぐむ少女。

 俺と同じく虐殺を止めようとしたが、逆に同類の俺を追い詰めるため、この部隊へと編入させられたらしい。真実かどうかは俺の心がそう判断した。


「もう戦いは終わった。俺たちはこのまま進む。お前はどこへなりと行くがいい」

「いいえ。もうあの部隊には戻りません。あなたのことは父から聞いています。英雄アハトは決して仲間を裏切らない。迷ったら彼について行けと」


 いきなり俺を褒め称える少女。

 父とは誰だ。俺にそんな知り合いなどいない。

 

「それは光栄だが、生憎と俺はお前を知らない。そしてお前の父親もだ」

「いいえ。あなたはすでに父と会っています。あの冒険者ギルドで」


「冒険者ギルドだと?」


 俺が冒険者ギルドに行ったのは、過去以外ではあのときだけだ。少年からソフィーの両親を探す使命を引き継ぎ、貴族からの旅費を受け取ったあの――


「もしかしてお前の父というのは、ギルド長――」

「はい。父はペイルバイン冒険者ギルド長、ガスパール・アンダーソン。そして私はその娘、ポーラ・アンダーソ――」


「ふざけるな! お前の父親を知ってなお、連れて行けるわけがないだろう。俺はあの国へは戻れないんだぞ? 娘をイグザールにした詫びを、どうやってお前の父親に伝えるんだ!」


 思わずこの正義感娘に声を荒げてしまう。

 勘弁してほしい。俺はあの大男に借りがあるのだ。それを仇で返すのは戦士としての矜持に関わる。


 娘の意志は理解したが、俺にはどうにも出来ない。

 あのすべてを公平に見定める父親にしてこの娘。正義は紡がれて行くのだと確信はするが、それにしても無謀すぎる。


 そんなことに気を取られていると、突然ポーラが叫んだ。


「あぶないっ!!」

「――っ!!」


 突然浴びせられたのは薬品らしい。

 俺の装備や腕を焼く音と共に、草むらから出て来た気配に気付く。


「そこに隠れていたのか、フーリエント」


 出て来たのは僧兵フーリエント。

 その手に持つガラス瓶は、残った液の色からしてたぶん毒薬だろう。


 これまでに様々な毒薬に晒されてきたことを思い出す。そのどれもが俺を殺すには至らなかったが、それでも例外はある。今も腕を焼き続けるこの毒薬は、たぶん魔族の国からの密輸品だろう。だが――


「良いのか。僧侶が毒薬を使えば、神からの刑罰によってすべてのスキルを奪われるぞ」


 僧侶であるフーリエントは、毒薬を使うことを禁じられている。使えば神の罰則により、僧侶としてのスキルは効果を失い、未来永劫戻ることは叶わない。そこまでして俺を恨む理由を奴に尋ねる。


「お前は私の男たちを殺した!! あの若き肉体を持つウブな兵士たちをその手で殺した罪は、恋人であり僧兵である、この私が捌くべきなのだ!!」


 若き兵士と聞いて理解した。

 先日俺が全滅させたあの五人組のことだろう。ベテラン僧兵である程度権力のある男色家フーリエントなら、あの者たち全員とふしだらな関係を結ぶことなど容易いだろう。


「さあ。召されるがよい! お前はこの世界から消え去――」

「【エアーズロック】!!」


 俺に残りの液体を浴びせようするフーリエントが、突然無言で苦しみだす。これは風系の呪縛呪文か。それを無詠唱で放ったのは、俺のそばに立つポーラだった。


 【エアーズロック】とは、魔導兵のなかでも高位の風魔法使いにしか使えない。ある空間を座標指定で密閉し、相手を窒息死させるこの魔法は、一見地味だが恐ろしいほどに効果的だ。


 瞬く間に生気を失っていくフーリエント。

 やがてその場にガラス瓶を落とし、白目を剥いて崩れ落ちて行った。


「死んだか。僧侶としては悲惨な死に方だったな」

「はい。でもこれで私も犯罪者です。国境警備兵の同僚殺しは……確か極刑ですよね」


「お前……」


 ニコリと微笑むポーラ。

 ペイルバイン冒険者ギルド長ガスパールに詫びるのは撤回だ。お前の娘は確信犯だ。すでにあの国に愛想をつかし、いつか抜け出そうとしていたのが今のでわかった。これ以上議論しても時間の無駄だ。もうなるようになれとしか言えない。



 俺はまたしても面倒な厄介事を、しょい込むことになったようだ。



 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「アハトさま。あれでしょうか」


 すっかり朝になったころ、俺とポーラはエイミーやソフィーたちと合流を果たす。今度はちゃんと道端ではなく、森の方へと逸れた場所で待機しているふたりを、新たに加わったポーラが風魔法で見つけた。

 

 こちらに気付いて手を振るふたりだが、なぜか機嫌が悪くなったようだ。そのまま馬を走らせ、俺を睨む彼女たちの下へと向かう。


「また女ですね」

「子供はお嫌いとおっしゃりながら……もう信用なりませんね」


「なにを言っているんだ。彼女は――」


 そのとき突然、俺の体に異変が起きる。

 体はぐらつき、真っすぐ立てずに膝を地面に落とす。呼吸も荒くなり、だんだんと息が途切れていった。そのうえ首筋が冷たい刃でも当てられたように寒い。


「ええっ!? アハトさん!? どうしました!?」

「きゃっ! ア、アハトさん!!」


「まさかあのときの毒が……アハトさま!!」


 薄れゆく意識のなか、俺を心配する少女たちの顔がぼんやりと見える。まだ死ぬわけにはいかないと踏ん張る気力も空しく、俺はその場に崩れ落ちてしまう。



 ソフィーとエイミー。

 そしてポーラ。



 彼女たちの声が耳に届きながらも俺は何も応えられず、無念のままその目を閉じた。

 


ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


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