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第九話   笑顔と涙

2025.7

すべてのシーンにおいて加筆・修正しました



「アルテシア、こっちに来て」


 アルテシアと人気のない場所に移動する。

 ちょうど冒険者ギルドの近くにあった廃墟の裏庭だ。

 たまたま見つけた廃墟の入り口を抜けると、この場所に繋がっていた。

 四方は廃墟と他の建物に囲まれ、空と入口以外からは、誰にも覗かれない。 

 ここならきっと問題ないだろう。


 ここで何をするのかと言えば、答えはひとつしかない。

 誰にも目撃されない場所でしか使えない、【リセット】を使うためだ。

 

 僕に出来ること。

 僕にしか出来ないこと。

 それを考えれば、おのずと答えは出て来た。


 アルテシアには、まだ説明していない。

 冒険者ギルドを出てから、ずっと無言だったせいもある。

 とりあえず誰も居ない場所を確保してから、説明するつもりだった。


 振り返ると、アルテシアがびくりと反応した。

 廃墟に入ってから、少しようすがおかしい。

 緊張しているのか、なぜか顔が赤い。

 僕と視線を合わせようとしないのも気になる。

 もしかして、こういった廃墟が苦手だとか。


「あの、ヨ、ヨースケさん? こ、こんな場所で何を……」


 赤面するアルテシアが僕に問いかけて来た。

 それも、モジモジしながら。

 

 今の僕らに無駄な時間はない。

 なのに、こんな人気のない場所に連れて来られた。

 そりゃあ、アルテシアも困惑するだろうな。


 でも、これだけは確かめないと。

 僕のスキルがどこまでやれるかを。

 土壇場の賭けを今からやるんだ。


「ごめん、いきなりで困るよね」

「えっ! あ、いえ、その……」


 とりあえず謝罪する。

 僕の身勝手な行動に黙ってついて来てくれたのだから。

 それに反し、さらに赤面しだすアルテシア。

 いったいどうしたのか。


「ア、アルテシア?」

「か、覚悟は……出来てます……からぁ!」


 まるで、ゆでだこのように火照るアルテシア。

 その潤んだ瞳は、決意のせいか、とても力強い。

 それとは逆に、最後の声が裏返ったのは、逸る気持ちのせいか。


 アルテシアの覚悟という言葉が胸に刺さる。

 覚悟か。そうだよな。僕も覚悟を決めないと。

 このままだと、クエストは未達成。

 結果、報酬もゼロになり、僕らは路頭に迷う。

 おまけに、【エンゲージメント】のせいで、老婆の奴隷に。

 

 彼女も同じ運命を共有している以上、

 相当の覚悟をしているだろう。

 その覚悟に僕も本気で応えるしかない。


「これは僕らにとって、一か八かの賭けかもしれない」

「えっ」


「アルテシアにも、見ていて欲しいんだ」

「みっ、見る……って。どっ、どこを……ですか」


 ん、どこ?

 あたふたするアルテシアが、なぜか僕の下の方を見ている。

 いったい何を言っているんだろうか。

 

 僕はステータス画面を呼び出す。

 光り輝く画面が姿を現し、僕のすべてを表示する。

 ここに僕らの運命を決めるチャンスがあった。


「ス、ステータス……画面?」

「うん。今から僕のやることを見ていて」


 一瞬、ハッとしたアルテシアが、赤面したまま俯く。

 そしてなぜか自分の頭をコツンと叩いている。

 何があったのだろうか。


「この前、アルテシアにも話したと思うけど、僕のスキルについて」

「えっ、あ、はい。えっと、確か、リセッ……ト?」


「今からそのリセットを使う」

「えっ?」


 瞬時にアルテシアの表情が変わった。

 冒険者ギルドでの騒動から、僕が【リセット】を使うと言い出したこと。

 ここまでの流れから、彼女はひとつの結論を見い出したに違いない。

 先ほどハッとしたのとはまた別で、重要なことに気付いた意味でハッとしたようだ。


「私に起きた……奇跡……の再現……ですか?」


 ゆっくりと言葉を紡ぐ、アルテシア。

 僕の賭けの意味を、すぐに理解したことは明白だった。

 そんな彼女に無言でうなずく。


「僕は今ここで、リセットの可能性に掛けようと思う」

「可能性……そう。私たちには、それがあったんですね」


 アルテシアの瞳が揺れる。

 彼女を救った、【リセット】の奇跡。

 それを身をもって体験している以上、

 可能性や賭けを眉唾物と疑うわけもない。

 その目には、希望が芽生え始めているようだった。


「僕の解釈だと、このリセットは傷を治す力――いや、無くなった身体の一部を再生出来る能力がある」

「はい。あれはまさしく奇跡でした」


 改めて、【リセット】の能力をおさらいする。

 あのときに起きた現象で、アルテシアは復活した。

 それはまぎれもない事実であり、

 現に彼女はあのときを思い返し、少し涙ぐんでいる。


 そんなアルテシアに、ひとつの可能性を話す。


「ここでキミに聞いてほしい。その能力を拡大解釈することって、出来ないかな」

「拡大解釈……ですか?」


 アルテシアは首をかしげる。

 彼女の反応は予想どおり。

 突拍子もないことは、百も承知だ。

 でも可能性を否定するほど、

 他の選択肢は残されていない。

 

「うん、もしもその効果が人だけじゃなくて、他の生物やモノなんかにも作用するとしたら?」

「他の……あっ、薬草!!」


 即答するアルテシア。

 少しの問いかけで、すぐに正解へと辿り着いてしまった。

 そして、僕がたどり着いた可能性を、笑顔で受け入れてくれる。


「すごいです、ヨースケさん! それなら希望があります!」

「うん! 僕もそう思った!」


 アルテシアの賞賛を受けながら、ステータス画面を操作する。

 実際、まだ一度しか、【リセット】を使っていない。

 まずは、あのときの状況を、出来る限り再現するしかない。


「じゃあ、見ていて」

「はいっ」

 

 アルテシアの期待を背に受け、僕は気合いを入れる。

 ステータス画面を見ながら、あの日の記憶を辿っていく。

 魔力切れを起こし、意識が曖昧だったあの瞬間を思い浮かべる。

 ステータス画面を開き、特殊スキル画面へと移行する。

 効果を失った薬草をひとつ手にして、画面からの反応を待つ。

 これじゃない。

 

 あのときは血が必要だったと気が付き、指をかじってみる。

 流れる血は薬草を伝い、地面へと堕ちていく。

 アナウンスが流れるのを期待するも、何も聞こえなかった。

 これでもない。


 試しにアルテシアのステータス画面も開いてもらう。 

 奴隷ディーラーと奴隷の画面を同時に展開するのも、

 あのときを再現するのに必要だと思ったからだ。

 しかし、何も変化はなく、アナウンスも聞こえない。

 これも違ったか。


 そのあともいろいろ試してみた。

 薬草を画面に押し付けたり、

 薬草の葉をしぼって画面にすりつけたりと、

 あらゆる再現を試みたんだ。

 でも、どれも正解じゃなかった。


「なんなんだよ……! なんで、何も起きないんだよ!」


 僕は画面に向かって怒りをぶつけた。

 怒鳴っても、何かが起きるわけでもない。

 あのときどおりには、再現出来ていないのはわかる。

 薬草を奴隷に出来るはずもないし、薬草にステータス画面はない。

 薬草の血を薬草のステータス画面に捧げることなんて、不可能な話なんだ。

 それでも僕は、この可能性に賭けていた。


「ヨースケさん……」

「はは……ゴメン、アルテシア……なんか、ダメみたいだった」


 僕を気遣うアルテシアの優しさがツラい。

 威勢よく持論を振りかざして、結局これだ。

 初めから無理だったのかもしれない。

 【リセット】の可能性は人だけの特権らしい。

 

 そんな気がしていた。

 でも、それでも、僕は諦めたくなかった。

 自分の可能性を証明したかったんだ。


「くそっ!」


 手にした薬草を壁に投げつけた。

 血に汚れた薬草は、壁にべたりと張り付いたあと、

 ズルズルと地面へと落ちていく。

 

 自暴自棄になっているのは自覚している。

 転生する前はこんな性格じゃなかった。

 なぜかここ最近、変に考え込んだり、

 イラついたりしやすくなっている。

 さっきもギルドで我を忘れかけたらしい。

 転生したことで、性格が変化したのか。


 いや、きっと僕の本性はこうなんだろう。

 失敗すれば、拗ねて全部を放り出したくなる。

 そんな、子供のようなワガママに呆れてしまう。

 僕は今、誰が見ても恰好が悪い。


「少し落ち着きましょう、ヨースケさんなら、きっと大丈夫です」


 そんな格好悪い僕を見かねてか、アルテシアが慰めてくれる。

 律儀にも、自分のステータス画面を開いたままなのが彼女らしい。

 いつもなら、それだけで僕の気持ちは癒されるのに、今はそれさえ響かない。

 彼女を疎ましいとさえ感じるのは、もう重症だろう。


 地面にへたり込んだ僕は、しばらく無言を続ける。

 気まずい空気のなか、アルテシアは僕の投げた薬草の方へと歩いて行く。

 まだ彼女のなかには、希望が残っているのだろう。

 もう奇跡なんて起きるわけないのに。

 そんな彼女の背中に、やさぐれた僕は心無い言葉を投げかける。


「もういいよ、アルテシア。もう薬草はダメだ。そんなの見たくもないから、さっさと捨ててきてよ」

「……」


 無言のアルテシアが、薬草を拾い上げる。

 僕の指示に従って、それを処分してくれるのか。

 出来れば残りの薬草も、一緒に処分してくれると助かるな。

 アイテムバッグも、そのついでに返してきてもらおう。

 などと、心のなかで考えていた、そのときだ。



《対象の【装備品】に、規定を超える劣化を確認。その他、軽度の劣化品類も同時に警告。特殊スキル【リセット】を使用しますか》 



 ――え?

 何が起きた?

 意味がわからない。

 どうして今なんだ?


「ヨースケさんっ!!」

「――っ!」


 アルテシアの声で、ふと我に返る。

 彼女の手にはあの薬草が。

 それにステータス画面もそのままだ。

 

 駆け寄った彼女に、肩を掴まれる。

 そして僕を大きく揺さぶりながら、その張り詰めた表情を見せた。

 

「ア、アルテシア……何を……!」

「聞こえますっ。私にも声が……奇跡の声が」


「えっ!?」

「リセットの声が!!」


 僕の幻聴ではなかった。

 確かに【リセット】の声は再び響いたのだ。

 しかも、それは僕に限ってのことではなく、

 赤い首輪で繋がった、僕の奴隷アルテシアにも聞こえていた。


 【リセット】を使用しますかと。


「アルテシア、これだよ……この声だよ!」

「はい、確かに……確かに聞こえました……ヨースケさんっ!」


 アルテシアは泣いていた。

 僕もそれを見て、胸が熱くなる。

 彼女は初めて耳にする奇跡の声に感動した。

 僕はどん底からの奇跡に涙した。

 【リセット】の声は、ふたりに舞い降りた。


「これだったんですね。ヨースケさんの奇跡は」

「ああ、僕じゃダメだったんだ」


 ここで解明された、【リセット】の発動条件。

 奴隷ディーラーであり、スキルの持ち主である僕。

 その本人に対して、特殊スキルの発動はない。

 赤い首輪を持つ奴隷にだけ、この権限が与えられる。

 その効果は、奴隷が持つ生命体や物にまで至る。

 

「ヨースケさん! 私のステータス画面に……!」

 


【名前】    

 アルテシア・■■■■■■

【固定ジョブ】 

 騎士 レベル32

【業】     

 奴隷 【所有者】ヨースケ

【人種】    

 人族

【年齢】    

 17

【ステータス】 

 糖分希望

【装備】    

 欠けた騎士のブロードソード【!】

 劣化したチュニックワンピース【!】

 革のベルト【!】

 傷んだニーハイブーツ【!】

【劣化した薬草】1【!】

【所持スキル】 

 騎士スキル 高速剣 32

 身体強化      32

 状態異常耐性    常時

 回復小       常時



 アルテシアのステータス画面を覗くと、

 あの【リセット】以降に購入した商品すべてに警告文字がついていた。

 それと、彼女の手にした薬草も、【劣化した薬草】として装備欄に表示されている。

 先ほどのアナウンスは、これらの修復を促すものだったのだろう。

 

 しかし、僕があのときの再現途中に、

 アルテシアには、ステータス画面を開いてもらっていた。

 そのときの画面には、こんな警告文字なんてなかった。

 

 もしかすると、早急に修復が必要なモノを手にした場合にだけ、

 軽度の劣化物も、ついでに推奨されるという仕組みなのかもしれない。

 そのさじ加減はこちらで判断出来ず、すべてスキルに委ねられる。

 といった内容を、アルテシアの画面を見ながらふたりで結論付けた。

 

「どうします? ヨースケさん。リセットを使いますか?」

 

 検証は終わり、あとは実行するのみ。

 そんな空気のなか、アルテシアに促されるも、

 その前に僕にはどうしても、やらなければならないケジメがあった。


「ごめん、アルテシア」

「えっ、ど、どうしたんですか? 頭を上げて下さい!」


 僕がいきなりアルテシアに頭を下げたことで、彼女が驚く。

 それだけのことを、さっきまでの腐った自分はやったのだ。

 いくら思い通りにいかないとはいえ、あんな態度はない。

 彼女に対しても、とても失礼な言葉を吐き、思ったりもした。


 このまま、【リセット】を使えば、

 僕はずっと最低のままだ。

 良い方向に流されたまま、

 あの最低な行いをうたむやにはしたくない。

 

 僕が道に迷ったとき、

 暴走したとき、

 それを止めてくれるのは、

 いつだってアルテシアなんだ。


「だから、さっきギルドでやってくれたみたいに、僕を思いっきり殴ってくれ!」

「そ、そんなこと、今は出来ませんっ!」


「これはキミにしか出来ないっ! 僕にケジメを付けさせて欲しいんだ!」

「だったら、私が許します! ヨースケさんのすべてを」


「それじゃあ、ダメなんだって! ねっ! 頼むから! 一発だけ!」

「お、女の子にそんな言葉……使わないで下さいっ!」


 鈍い音が裏庭に響き渡る。

 アルテシアの放った張り手が、僕の頬を重く貫いた。

 同時に僕の体は宙を舞い、地面を抉るように滑っていく。

 砂埃と血が混じった口のなかは、痛みが麻痺してよくわからない。

 骨が砕けたのかと思うほどの衝撃が、僕にケジメを付けてくれた。


「ぐうっ……!!」

「ヨースケさんっ!!」


 思いのほか強烈な一撃を食らったようだ。

 彼女がレベル32の騎士だったのをうっかり忘れていた。

 下手をすれば、手加減されても死んでいたかもしれない。

 案の定、目に涙を溜めたアルテシアが、こちらにすっ飛んで来た。

 なるべく平気そうなフリをするが、どうやら足にもきてるらしい。

 そんな彼女の手を借りながら、何とか立ち上がる。

 

「ごめんなさい! ごめんなさい! 私、なんてことを……!!」

「い、いいんだ。こ、これは、ケジメなんだ……」

 

「でも……」

「さあ、僕らは僕らのやるべきことをしよう」


 涙ぐむアルテシアを慰めながら、彼女のステータス画面を見つめる。

 未だ、【リセット】の指示を待ちつづけるその画面は、静かに光を帯びていた。

 あとはひと言、リセットすると言えばいい。

 ようやく僕は、その言葉を叫ぶことができる。


「すべての対象に、リセットを行使する!!」

《了解しました》


「あっ!」


 【リセット】が許可された。

 その瞬間、光りの束がアルテシアを包み込む。

 それは瞬く間に彼女と周囲全体を照らし、輝きを強めた。

 

《【リセット】します》

 

 声と共に光は弾けた。

 眩い輝きは八方へと流れ、そのままいずこへと消えていく。

 これが二度目の経験だった僕は、光が生まれた瞬間に目を閉じていた。

 おかげで眩しさのせいで、目をやられずに済んだ。


 光が消え去ったあと、そこにアルテシアが居た。

 しかし、どこかに違和感があるも、それはこのあとすぐに解消されることとなった。


「アルテシア、大丈夫?」

「はい、ありがとうございます」


 【リセット】を終えたアルテシアに声をかける。

 すぐに彼女は笑顔を取り戻し、こちらに微笑んだ。

 前回同様、無事に【リセット】は成功したようだ。

 彼女の無事を確認したあと、ふたりでステータス画面を確認する。


 

【名前】    

 アルテシア・■■■■■■

【固定ジョブ】 

 騎士 レベル32

【業】     

 奴隷 【所有者】ヨースケ

【人種】    

 人族

【年齢】    

 17

【ステータス】 

 糖分希望

【装備】    

 騎士のブロードソード         

 上質なチュニックワンピース        

 戦士のベルト                 

 硬質なニーハイブーツ            

【極薬草】 1 

【所持スキル】 

 騎士スキル 高速剣 32

 身体強化      32

 状態異常耐性    常時

 回復小       常時



「そ、装備品の名前が変わってます」

「元はこんな装備だったのか」


 アルテシアに対する違和感の正体は、

 装備品がすべて新調されたせいだった。

 いや、新調というよりも、復元といった方が良いかもしれない。

 隣でステータスを覗き込む彼女は、明らかに見た目が変化している。


 美しい彫刻が施された鞘に収まるのは、

 見事な意匠を柄にあしらった、傷ひとつない立派な剣。

 綻びが多く、古びたチュニックワンピースも、

 今や風にそよぐ、彩り豊かな生地へと生まれ変わったようだ。

 その他の装備品も、皆かつての輝きと強度を取り戻していた。


「やはり業物だったのね」


 アルテシアが腰の剣を頭上に掲げる。

 老婆の店で買った、相場で銀貨ニ、三枚の価値でしかない中古の剣だ。

 彼女がなんとか使えるレベルと評価した剣のはずが、湖の森では大活躍だった。

 高レベルの騎士が本気になれば、どんなに朽ちかけた剣でも、強力な武器になるのだと知った。


「実はこの剣、店で購入したときは気付かなかったんですが、以前よほど大きな攻撃を受けたのか、刃の内部に致命的な亀裂がありました」

「えっ、それ大丈夫だったの?」


 アルテシアが剣を振りつつ、そんな話を始める。

 素人目にはわからないけれど、これまでの戦いで、

 その剣を使うことが非常に不利だったことは、なんとなく想像がついた。


「はい。あまり強い斬撃を放つと、すぐに剣が崩壊しますが、昨日の戦闘くらいなら技術でカバー出来ます」

「そ、そうなんだ」


 あのレイクゴブリンを蹴散らした剣技が、

 武器の破壊を抑えつつ繰り出していたなんて。

 それをさらっと技術でカバーとか言えるのも凄い。

 いつか僕がレベル32になっても、

 この差は永遠に埋まらないだろうな。


「ふふっ。でももうその心配もなくなったんですよね。亀裂も刃こぼれも全部。まるで剣が元に戻ったよう……」


 アルテシアが見つめる、かつて中古の剣だったモノ。

 彼女の言葉を借りるなら、剣は元の姿へと戻ったのだろう。

 【リセット】によって、過去を取り戻した古い剣は、

 今や【騎士のブロードソード】と呼ばれる業物へと――

 

「そう……そうだ、戻ったんだよ! アルテシア!」

「え?」


 アルテシアの戻ったという言葉で確信した。

 【リセット】の本来の能力は、僕らが認識していた回復とは違った。

 単に回復だけなら、生物は癒せても、物を直すことなんて出来ない。

 そのふたつの相反する存在を、同様に元へと戻すチカラは限られている。

 共通しているのは、生物や物には、かつて一番相応しい形があったこと。


 【リセット】は、すべての万物に対し、発動した時点で、

 どんな状態であろうと、とりあえず一旦、なかったことにして、

 ベターな状態から、やり直させるチカラを与えるものだ。


 それは周囲を取り巻く時間軸や、タイムトラベルなんかとはおおよそ無縁で、

 個だけを限定としてやり直させる恩恵。

 ただし、その恩恵は僕の奴隷や、奴隷が持つ物に限るという、

 とても限定的なモノになってしまうけれど。


「壊れたモノには、一旦やり直して、壊れる前からスタートさせる。体の一部を失った生物にも、元の五体満足な状態から再びスタートさせるんだよ! だからリセットなんだ!」

「再びスタートさせる……」


「僕の仮説が正しいなら、ほらっ! キミの手に持ってる薬草を見てごらんよ!」

「あっ」


 僕はアルテシアの手を指した。

 その手には、【リセット】によって光を失った状態をやり直した姿があった。

 確か彼女の剣技によって、本来は茎の根元から切断されたはず。

 しかし、手にした薬草には傷ひとつなく、それどころか地面に残して来たはずの、根っこまで有していた。


 ステータス画面にはすでに【劣化した薬草】から【極薬草】という名前に変化している。

 元は【極薬草】だった薬草は、【リセット】で劣化した状態をリセットし、

 淡い光を放つ美しい青紫の花を取り戻していた。


「そっか。私はあのとき失ったモノすべてをリセットして、最も万全な状態だった自分を、やり直させてもらってるんだ」

「アルテシア……」


 【極薬草】を見つめながら話す、アルテシア。

 僕の知らない、彼女の過去から現在までのしがらみ。

 それを今一度やり直させてもらっていると知り、

 彼女は何に思いをはせているのだろうか。

 もしかすると、失くした身体の一部はやり直せても、

 二度とやり直せないものがあるのを、彼女は知っているのかもしれない。


「……ヨースケさん」

「ん?」


 振り返ったアルテシアは微笑んでいた。

 ホッとした僕も、返事を返す。

 同時に、彼女から涙がこぼれ落ちた。

 その突然の事態に困惑するも、

 笑顔のうえを流れていく、彼女の涙は止まらなかった。 


「……やっぱり、あなたは私の救世主でした」

「……アルテシア」


 そう笑顔と涙で話すアルテシア。

 限られた時間だと分かっていながらも、

 彼女の涙は美しかった。

 僕にはそれがとても愛おしく、

 いつまでも見つめていた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


 

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