表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

108/114

第百一話  旅の仲間   ― 戦士と少女編 1 ―

今回からしばらくアハト視点の物語になります。



「ほら、行くぞ」


 いつまでも別れを惜しむ少女に声をかける。

 好かれていないのはわかっているし、慣れ合うつもりはない。彼女にとって俺は、自分が家族と離れ離れになった原因を作った集団のひとり。要するに仇のような存在だ。


 俺も少女も奴隷だった。

 俺は彼女の忌み嫌う集団から逃げたことで、あらぬ罪を着せられ犯罪奴隷に。彼女はその集団に掴まったあげく奴隷にされた、いわば同じ境遇だ。


 それなら話が合うだろうと、誰もが言うに違いない。だがそれは叶わぬことだ。反抗的な彼女の態度は、思春期のそれではない。確実に俺を敵対視している。


 現に俺の忠告を彼女は無視したままだ。

 俺たちを闇奴隷オークションから救いだし、あろうことかその奴隷から解放した不思議な少年。奴隷ディーラーらしくない振る舞いをする彼との別れは、俺だって少しは寂しい気持ちになる。


 だが、俺たちには使命がある。

 少女の家族を救い出し、行方知れずになってしまったという、彼女の姉を探すことだ。俺は集団に居ながら、それを止めることが出来なかったことに責任を感じ、あえて恨まれているであろう少女の従者となった。


「もういいだろう、ソフィー。早く目的の場所に行くぞ」

「もお! アハトさんはなんでそう、空気を読んで下さらないんですか!」


 俺に向かって怒るソフィー。

 彼女の家族を探すためだ。どう言われようと俺は任務を果たすしかない。よく昔の仲間に切り替えが早すぎると言われたが、俺は気にしていない。すでに彼らとは別れを済ませたし、礼も述べた。遠くに見える奴隷ディーラーの少年たちに、感傷的になるのは構わないが、俺たちにはそんな暇はないのだぞと、心の中で彼女を窘める。


 今向かっているのは、ある人物に会うためだ。

 冒険者ギルドで探しだした、俺たちの足となるフリーの馬車使いが、ちょうど近くの酒場で依頼人を探していると聞いて、そこに向かっている。直接ギルドに呼んでくれと頼んでみたが、本人が酒場から出たがらないそうだ。なので仕方なく俺たちから出向くことになった。


 歩みの遅いソフィーに歩調を合わせながら、ようやく酒場にたどり着く。こじんまりとした建物だが、宿と併設しているようだ。看板には宿と酒場の名前が同時に出ている。目的の人物はここに寝泊まりしているらしい。ソフィーと目で合図をし、扉を開けた。


「いらっしゃい。部屋なら空いてるよ」


 年老いた店主がカウンターから俺たちを迎える。

 古びたカウンターには、椅子が七つあり、客はまばら。二組しかないテーブル席にも、ガラの悪そうな男女が数名、酒に酔い潰れて眠りこけている。宿としてのカウンターはなく、酒場の二階に宿を取って付けたような作りだ。いや、宿ではなく連れ込み部屋だったか。


 そんな客ばかりしか来ないのか、俺たちをその手の客だと思った店主が、そのしわを更に増やしながらニヤついている。これは来る場所を間違えたな。


「ア、アハトさん……」


 不安そうなソフィーが囁く。

 本当なら触りたくもない俺の袖を掴んで、今にも泣きそうな表情だ。俺は彼女に大丈夫だと言い、依然としてこちらを客と勘違いしている店主に向かって尋ねた。


「こちらにエイミー殿がいると聞いたのだが」

「おっと……」


 ようやく勘違いだったことに気付く店主。

 俺の尋ねた名前に聞き覚えがあったのか、カウンターの隅で伏せている人物を目で差した。俺は店主に礼を言い、カウンターの端でぶつぶつと言っている、目当ての人物に近付く。


「エイミー殿か。仕事の依頼で来たん――」

「ウソです! また私をだますつもりでしょ!!」


 いきなり叫ぶ、エイミーと思われる人物。

 誰かと勘違いしているのか、グラスを片手に、カウンターに突っ伏したまま、怒り出す。


「酔っているのか」

「当たり前です! 誰だってお金をだまし取られたら、酔わないとやってられません!」


 ハズレだ。

 これはない。プロとして失格だな。失望した俺はこれ以上の会話は無駄だと思い、ソフィーには目で合図をするだけに留め、店を出るためにカウンターから離れる。


「……何をしている」


 俺が出口の方へと向かうと、あとをついて来ているはずのソフィーが、酔っぱらいの横に立ったまま離れようとしない。俺が声をかけても知らぬ顔だ。


 そんなソフィーの気配を感じた酔っぱらいが、気の抜けた顔で彼女を見上げる。


「は? な、何でしょうか……?」

「おい、いい加減にしろ。早く行くぞ」


「私たちは決して騙したりしません。あなたにお仕事の依頼をしに参りました」


 時間を無駄にしたくない俺はソフィーを急かす。しかしそれを無視した彼女は、真剣な顔で酔っぱらいに語り始めた。


「ホ、ホントに仕事の依頼……ですか?」

「もちろん」


 酔っ払いの問いかけに頷くソフィー。

 それを聞いた酔っ払いは、持っていたグラスの残りを一気に飲み干したあと、しばらく俯いた。


 やがて頭を振りながら起き上がり、今更ながら身なりを整えだす。身長はソフィーの肩くらい。冒険者ギルドの受付が着ているような、畏まった服装に近い身なり。顔も幼く、紫の長い髪に前髪はきっちりと揃えている。それなりに整ったのだろう、彼女は最後に、かけていた眼鏡の位置を戻しながら、じっとそれを待っていたソフィーの真正面に改めて立った。


「た、大変失礼いたしました。わ、私が皆さんお探しのエイミーです。よ、よろしくお願いします」



 これが馬車使いエイミーとの出会いだった。



 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「と言うわけなんです……はい」


 空いたテーブル席へと移り、エイミーからこれまでの経緯を聞いた。すっかり酔いの醒めたようすの彼女は、まず自分がフリーになったところから話し始める。


 人族であるエイミーは王都の出身だ。

 両親共に馬車使いという環境に生まれた彼女は、十二歳のときに現れたステータス画面で、迷わず馬車使いを選んだ。しかし、王都は競争率の激しい地域。ベテランの両親でさえ、御者の仕事を得るのは至難の業だった。


 その後、彼女はコツコツと下積みを重ね、ようやく一年前にフリーになる。そのときに知り合った同業者の男に勧められ、拠点を人族の少ない獣人の国アフェトンへと移すことに。理由は人族の女は獣人や人獣たちにモテるので、なにかと仕事に繋がりやすいという、そんなくだらないことだ。その理由の通り、最初は仕事があったのだが、やがて身持ちの固いエイミーに脈がないことが周りに知れ渡ると、たちどころに仕事は減り、ついには商売道具である荷馬車や馬までも手放してしまう。


 フリーとしてのプライドを失くしたエイミーは、やがて酒を覚える。そしてある日、酒場で出会った親切そうな人族の男に、高額報酬で御者の仕事を依頼され、彼女は思わずそれを受けてしまった。


 だが、肝心の商売道具を手放したエイミーには、依頼を受けられるわけがない。仕方なく彼女はアフェトンの荷馬車業者から【エンゲージ】契約で荷馬車と馬を購入。要するに借金だ。


 そしてこのペイルバインまで、その親切そうな男と、十名のローブ姿の者たちを、休憩もロクに取らせてもらえないまま、ここまで乗せてやって来たのが十日前のこと。


 依頼主の男に、報酬の支払いを昨日まで待ってくれと言われ、所持金の少ないエイミーは、仕方なくこの安宿に泊まり、その男を待っていたが、当日になってこの街のどこにもいないことが判明。切羽詰まってギルドに御者依頼を載せるも音沙汰ナシ。不貞腐れた彼女は、朝からここで吞んだくれていたらしい。


 そんな話を、涙ながらに話すエイミーに俺は即答する。


「自業自得だな。信用の無い客からの支払いを待つなど論外だ。ましてや借金などもってのほか。悪いが同情する気にもなれん」

「アハトさん!」


 俺の辛辣な意見を窘めるソフィー。

 この話を聞いて、俺に何を庇えと言うのだ。


「ううぅ……そうですよね。おっしゃる通りです」


 そら見ろ。俺が正しい。

 エイミーは俺の言葉を素直に受け取り、再び涙を浮かべる。根は良い奴なのだろうが、世間を知らなすぎる。よくこれでフリーになろうと思ったものだ。


 俺なりにエイミーの評価を診断。

 やはり依頼を頼むのはやめるべきかと思っていると、隣に座るお節介な少女が立ち上がる。


「大丈夫ですよ、エイミーさん。私たちは報酬をちゃんと支払いますから」

「おい……」


 勝手に依頼するなよ。

 俺は内心そう吐いたが、ソフィーにキッと睨まれてしまう。


「いいじゃないですか。私たちは急いでるんです。彼女も急いでアフェトンに戻らないといけないんでしょう? 同じ目的を持つ者同士、助け合わないと」


 エイミーだけでなく、ここにも世間知らずがいた。

 彼女がアフェトンに戻りたいのは、さっき言っていた荷馬車の借金返済のためだ。それも金額を聞けば、報酬くらいでどうにかなる額ではない。戻ったところで借金取りに掴まるだけだ。それどころか下手に関わり合う方が俺たちの旅の邪魔になる。


「ちなみにエイミーさんに依頼すると、どれくらいの報酬をお支払いすれば良いのですか」

「あーえっと。アフェトンまでは五日ほどかかりますから、金貨四枚ほどいただけたら……」


 安すぎないか。

 仮にもプロの馬車使いだ。その辺の御者まがいとはわけが違う。俺も冒険者時代に何度も利用していたが、ギルド所属の御者でさえ、ギルドの取り分と合わせても一日で金貨一枚だったはず。フリーとなればそのスキルによる快適性や安全性はもちろん、いろいろと融通も利くのでその倍は見積もっていいはずだ。だとすれば、五日で白金貨一枚が妥当だろう。


「じゃあ、それでお願いします。エイミーさん!」

「ホ、ホントですか!」


「いいや。悪いが無理だ」


 勝手に盛り上がるふたりのやり取りに、強引に言葉を挟む。俺のことを嫌っているソフィーは、明らかに不満げな顔で俺を睨んでいるし、エイミーに関しては、やっぱりと諦めているようすだ。


「どうしてですか!? 何が不満なのですか、アハトさん」

「えっと、私、どうすれば……」


 俺の反対に対し、敵対心剥き出しで抗議するソフィー。エイミーはオロオロしながら、俺たちの顔色をうかがっている。


「エイミーには悪いが、今、俺たちには払える金が無い。報酬を急がない者だったら依頼するのだが、借金をしているあんたには無理だろう」

「「はあ!?」」


 俺の言葉に今度はふたりが声を揃える。

 ソフィーはわかるが、エイミーが激しく反応するのは意外だ。


「アハトさん! アレックスさまから頂いた軍資金はどうしたのですか! たしかあのときあなたが受取ったはずです」

「ああ。あれは少年に渡した。悪いが、俺は報酬のためにやってるわけではないからな」


「ええっ!? そ、そんな……いつのまに」


 崩れるようにテーブルに手をつくソフィー。

 彼女には悪いが、俺はなるべくなら誰にも借りを作りたくない。あの金だって魔剣の代金だと言って無理やり少年に渡したくらいだ。


 だが、俺とソフィーがやり取りする隣で、突然、エイミーが両手を思いきりテーブルに叩きつけた。


「そ、それじゃあ何ですか? わ、私は恥を忍んで自分の失敗をお話したのに、今度はあなた方がお金を持っていないですって? バ、バカにしてませんか!? それだとあの詐欺師の男と同じじゃないですか。私に散々偉そうなことを言っておいて、それはあんまりですうぅ!!」


 痛いところを突いてくる。

 確かに言われた通りだ。俺はエイミーに散々なことを言っておきながら、金を持っていないのだ。はっきり言って矛盾している。行った先でどうにかするつもりだったが、それを今ここで言っても信用されないだろう。しかし、俺が彼女に罵倒されるがままに黙っていると、エイミーの横に立つソフィーが彼女の肩に手を置いた。


「大丈夫です、エイミーさん。お金ならここに」

「え?」


「――!?」


 思わず立ち上がる。

 昨日まで奴隷だった俺やソフィーに、金なんてあるわけがないのだ。すべてを失い、無一文なうえ、ボロボロの奴隷服のまま旅立とうとしている俺たちに、そんな奇跡はない。


 しかし、ソフィーの手には金貨があった。少なくない量が入った袋を片手にして。


「やはり彼から頂いたこのお金は、あのときのお金だったのですね。彼からあなたが受け取らないから、代わりに私にって、これをそっと渡してくれました。あのときの軍資金を!」

「――! ヨ、ヨースケ殿か?」


 俺たちに無償の施しをしてくれた、親切な少年の顔が浮かぶ。確かに俺は彼からの援助を断った。それでも彼からは魔剣をもらっている。これだけでも俺の矜持に反する行いだった。だからあの人の良い貴族からもらった軍資金を、足りないながらも俺は少年に渡したのだ。俺はこれ以上、誰にも借りを作りたくなかった。


 冒険者をしていた頃、助け合いは当たり前だった。仲間に借りを作れば、どうしても返したくなる。それはいつしか信頼や友情となり、絆が生まれてしまう。パーティーとしては当然のことだ。しかし、俺は過去にその絆を一度に五つも失った男だ。これ以上誰とも繋がるまいと冒険者を辞め、こんな片田舎の国境で警備兵として生きて来た。


 でもそれにも限界がある。

 人は生きていくのに、誰かの助けが必要だ。いい年をした男の、いつまでも捻くれているだけにしか映らない恰好の悪いこだわりは、今や誰にも理解されないのだ。だがあの少年はそんな俺の心を尊重し、最低限の世話を焼いてくれた。その上で尚、俺たちの行く末を気にしてくれていたのだ。


 もはや否定することさえ出来ない。


 こんな場所で彼の優しさに触れてしまっては、俺には何も拒否することは出来ない。


「すまない。俺が意地を張り過ぎていた」

「えっ? あ、はい……そうですね」


 拍子抜けしたようなソフィーの顔。

 きっと俺が反対して、すぐに返して来いとでも言うと思ったのだろう。その文句はさっきまでの俺に言ってくれ。俺は四十近くにして、恥ずかしくも十五年の意固地な思い違いを反省したのだ。


 そう。

 切り替えの早さが俺の特技だ。それはこういうときにも発揮する。


「ヨースケ殿の気遣い、ありがたく頂戴しよう」

「……はい」


 

 俺たちは新たに仲間を得た。

 


ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ