第百話 永遠の別れ
「奴隷屋。今、何と言ったか」
頭に血が上った。
ここまで非情な親だったとは。ロジを道具としか見ていないような発言に思わず怒鳴ってしまった。ジロリとこちらを睨む、デュラン・バルト・マーヴェリック。その眼光鋭き瞳は、その手に剣を持っていれば、今にも僕を貫き殺すような殺気を帯びている。
だが、そんな脅しには負けない。
僕らはやっとここまでたどり着いたんだ。ロジも死ぬ思いをした。僕だって同じだ。このまま引き下がるわけにはいかない矜持があった。
「ここまで酷いとは思わなかった。ペイルバインからここまで、ロジは必死であんたに会うために頑張ってきたんだ! それを……! そんな言い方で迎えるなんて、あんたって人は――」
「労えと言うのか。この私に。貴様が勝手に連れて来ただけのことを、恩着せがましく私に非難するとは良い度胸だ。それとも何か? 報酬でも欲しいと言うのか奴隷屋。意地汚くも、他人が捨てたモノを拾って駄賃をせびるとは、やはりクズ職だな。貴様ら奴隷ディーラーというものは」
「――っ!」
勝手に連れて来た。
その言葉に何も言い返せない。奴にとって、ロジは道具。必要がなくなったモノを捨てたという概念がある以上、こちらが何を言っても通じない。奴とは未来永劫、交わる意見など存在しない。
僕が言葉に詰まったままでいると、突然デュランが手を鳴らした。すると扉が開き、さきほど茶菓子を持ってきたメイドが小さなトレイを持参し、テーブルの上に置いた。
「まあいい。貴様は知らぬだろうが、私はこれでもお前たち奴隷屋には優しい男だ。これはちょうど今日、他の奴隷屋から奴隷を購入するために用意した金だ。これを受け取り、さっさとそのゴミを引き取って消えるがいい。そして二度と顔を見せるな」
そう言って、デュランが小袋をこちらに投げた。
軽くない音がテーブルの上で鳴り、それがロジの値段なのだとわかると、無性に悲しみが込み上げてきた。
「こんな……こんなモノをもらうために来たんじゃない!! ただ、ロジを……ロジの気持ちを……!! あんたの子供だろう!? 病弱な長男の身代わりで、要らなくなったら捨てるって、それでも……それでも、実の父親なのか!」
「ヨースケ様……」
涙が止まらなくなる。
ロジの気持ちを考えると、どうにも悲しみの方が勝り、目の前で実の父親にすべてを否定された彼の顔も見れなくなってしまった。こうなる可能性はわかっていた。やはり来なければ良かった。無理にでも彼を止めれば良かったと。こんな情けない思いを彼に味あわせるために、僕は彼をここまで連れて来たのかと、深い罪悪感が心を埋め尽くす。
「今度は泣き落としか。情けない奴め。わかっているだろうが、その金には口止め料も入っている。どこで聞きつけてきたか知らんが、私の家系は男児が生まれにくい。だが、私はそれでいいと思っている。男が多ければいずれ家督争いになる。我がマーヴェリック家でそんな陳腐な争いはこの私が許さん。たまたま生まれたそのゴミは、最悪の事態のために生かしておいたが、もう必要がなくなったのだ。もうこの家にロズアルドという人間は存在せん」
「ロズ……アルド……僕の……」
「――! ロジ! な、何を……!」
目の前にある小袋をロジが手にした。
そして、その手にした金を非情な父親に投げつけるのかと思えば、そうではなく、彼は自分の懐に入れたのだ。
「わかりました」
そう一言だけロジが呟いた。
何を納得したのかと、唖然とする僕の顔を見て彼が言った。
「行きましょう、ヨースケ様。僕の勘違いでした。ここは僕の家ではありません」
「ロ、ロジ……キミは……」
「ふっ、ふはははは! 見たか奴隷屋! そのゴミの方がわかっているではないか。己の立場と言うものを!」
高笑うデュランの声が響くなか、僕はロジの顔を見つめる。何かに吹っ切れたような表情の彼に、僕はこれ以上、何も言うことが出来なくなってしまった。
「お、お坊ちゃま! ダメです! 今は御来客の方が……」
「「「――!?」」」
突然扉の向こうから、さきほどのメイドの声があがる。何か揉め事のような争う音が聞こえ、バタンと勢いよく扉は開かれた。
「父上! さきほど窓から見えました。どこなんですか。私の弟は」
「ローディアス! なぜお前が……」
扉から、ロジよりも年上の青年が姿を見せた。
そのうしろにはオロオロするメイドと、ローディアスと呼ばれた青年に似た綺麗なご婦人が。
少しやつれた顔のローディアスはロジを見つけると、彼の傍までゆっくりと歩いて近寄り、優しい笑みを浮かべる。
「キミが私の弟かい? 初めまして。私の名はローディアス。ずっと会いたかったんだよ、キミに」
「あ、あの……えっと……」
ローディアスからそっと肩に手を置かれたロジ。
父親とは違い、とても好意的な兄の登場に、彼は戸惑いを見せる。じっと愛おしい兄弟を見つめるようなローディアスの眼差しは、とても弟の存在を否定する雰囲気とは思えない。
「突然、妹のマリアージュが養女に出たのは寂しかったけど、代わりにキミが戻って来てくれて嬉しいよ」
「――!!」
ロジの目に驚きが見える。
目の前の兄は、とても嘘を言っているようには見えない。彼には真実が伝えられていないのだ。妹も、そして弟であるロジも、自分の犠牲となって捨てられたことを。
「よさんか、ローディアス! それはお前の弟ではない! お前には妹しかおらぬ!!」
「何を言うのです父上。これほど父上にそっくりな彼を、私の弟だとわからぬほど、自分は間抜けではありませんよ」
ローディアスの言う通りだった。
皮肉なもので、ロジと父親であるデュランは、うり二つと言って良いほどにそっくりなのだ。それは最初に会ったときから感じていたが、中身はまるっきり別人だ。でもそれを言い当てる兄に罪はない。
「ここに来たってことは、今日から一緒に住めるんだよね? そうだ。キミの部屋は私の隣にしよう! それがいい! すごくすばらしいことだよ。あははは!」
無邪気に笑うローディアス。
真実を知らない彼が、それを知った時、このマーヴェリック家はどうなるのだろうか。ロジにそれを告げる勇気はないだろう。彼はもうこの家のことを諦めたのだ。今さら優しい兄が現れたとしてもそれは叶わぬ夢でしかない。
「ロ、ローディアス。お父さまの言う通りです。それにあなたはまだ病み上がりです。早くベッドに戻りましょう」
「エメラルダ! 母親であるお前がついていながら、どうしてこやつをここに来させたのだ!」
うしろからローディアスについて来たご婦人が、彼を心配しながらも、ロジをチラリと見る。その目には少し涙が浮かんでいるが、夫であるデュランには気付かれていないようだ。
「申し訳ございません。すべては私の責任でございます。あとでお叱りはお受けしますので、どうかローディアスはお許しくださいませ」
深々とデュランに頭を下げる、ロジの母親でもあるエメラルダ。さめざめと涙を流す彼女に、場の空気はシンと静まりかえる。
「客は帰るそうだ。ローディアス。お前も部屋に戻りなさい」
「どうしてですか父上! 今までにも私にはたくさんの兄妹がいたはずです。彼は私の弟ですよね。なぜ彼をお避けになるのですか!」
わけがわからないといった風に、父親に反発するローディアス。そんな彼の腕を取るロジが、彼に向かって静かにこう告げた。
「すみません。実は僕、ただの奴隷なんです。あなたの弟ではありません」
「えっ」
驚く兄に、弟は更なる嘘を重ねる。
「今日はたまたま僕のご主人様から、ここの旦那様に僕が似ているということで、連れて来られただけなんです。驚かせてすみませんでした……ははは」
「そ、そんな……ほ、本当なのかい?」
ロジの嘘は酷いモノだった。
どう考えても、この親子は似すぎている。それをあえて偽物だと自分から告げる彼の気持ち。半信半疑な兄、ローディアスが僕に事実なのかという目を向けるが、悲しいロジの嘘を真実にするため、僕も黙って頷くしかなかった。
「し、信じられない。だってこんなにも似ているのに……」
まだ疑っているのか、首を横に振るローディアス。
悲しみをこらえる弟が、優しい兄のために最後の嘘をついた。
「それに……ほらっ! この通り、面白い余興だと、こちらの旦那様がご褒美を下さいました」
さきほど懐に入れた小袋を、嬉しそうな顔でかかげるロジ。そんな弟の最後の嘘によって、何も知らずに騙されていく兄が、残念そうにつぶやいた。
「……そ、そうなんだ。やはり似ているだけなのか……」
これで永遠に兄と弟は交わることはなくなった。
しょんぼりとする兄の隣で、弟は涙をこらえるため、ギュッと拳を握りしめる。
「さ、さあ。ローディアス。体に障りますからもうこの辺で」
「はい。母上……お騒がせしてすみませんでした……皆さん。」
落ち込んだ息子に寄り添う母。
エメラルダは嫡男である息子の肩にそっと手をかけると、隣に立つもうひとりの血を分けた存在、ロジをじっと見つめる。今生の別れは兄だけではない。理由はどうであれ、もうひとりの息子を捨てた母親には、それを謝罪する機会さえ与えられることはなかった。
「……」
「……」
視線を交わす母と息子。
黙っていても、母親の心は彼に伝わった。
ごめんなさい
ごめんなさい
あなたの母は死にました
夫の命に逆らえず、
可愛い跡継ぎのため
この伯爵家存続のため
あなたをみすてた母を
あなたは一生恨みなさい
こころのなかで殺しなさい
それが私の贖罪
それが私の贖罪
ほんの一瞬だったが、母はたしかにそう言った。
のちのロジが僕にそう告げた。
たとえその話が彼の幻聴だとしても、それを揶揄するつもりはない。彼にはそう聞こえたのだ。母の、自分を産んで捨てた母親から告げられた、最初で最後の謝罪を。一生償えることのない懺悔を。
メイドに促され、ロジの母と兄は部屋を去った。
残されたのは僕らと、すでにロジの父親ではなくなったマーヴェリック家の当主。静かになった部屋で、僕らと当主は睨み合う。
「余計な邪魔が入ったが、あえて礼を言おう。ローディアスに何も真実を語らなかったことをな」
「あの人が僕の兄で良かったです。それと、僕からもあなたにお礼があります」
「なんだ」
「僕と妹の本当の名前を教えてくれました。ありがとうございます」
なんだそんなことか、とでもいうような表情のデュラン。それでもロジにとっては感謝したいことなのだろう。それ以上に恨みや文句があったとしても。
これ以上の会話は無用だった。
両者の気持ちは違え、二度と迎合することはない。
僕とロジはそのまま立ち上がると、部屋の扉まで歩いて行く。当然、当主からの最後のあいさつもない。扉の取手に手をかけたとき、隣にいるロジがうしろを振り返った。
「さようなら。お父様」
「……」
返事が返って来るとは思っていない。
それでもロジにとっては最後の別れの挨拶だった。じっと黙ってこちらを見ないマーヴェリック家当主。まだ彼を見続けるロジを促した僕は、二度と訪れることの無いその屋敷をふたりで出て行った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
どこを通ったか覚えてはいない。
重い空気のまま沈黙した僕らは、馬車で王城に戻り、城の前で待っていたセナに礼を述べたあと、彼女の気遣いによって、そのまま乗っていた馬車で宿へと向かう。ちなみに馬車にはセナは同乗せず、僕らふたりだけだ。きっと空気を読んでくれたのだろう。
「ヨースケさん!!」
「ロジっち!」
到着した宿の前には、僕らの帰りを待っていたアルテシアたちがいた。彼女たちに声をかけられ、ようやく自分たちがここへ戻って来たのだと気付く。
黒狼族の少女たちは、人族が怖いのか、部屋に閉じこもったままだという。出迎えてくれたのはアルテシアとジーナだけだ。部屋に戻ってから、王城からマーヴェリック邸までの出来事。そしてロジの家族のことを、彼女たちにはすべて話した。もちろんロジに許可を得たうえで。
「ロジっち!!」
耐えられなくなったジーナが、ロジを抱きしめる。
今は誰かの温もりが欲しいのか、黙って抱かれるロジ。
「アタシ行かなくて正解だった。そこに居たら絶対そいつを【スナッチ】でやってた……」
物騒なことを言うジーナ。
たしかに僕がジーナだったら、同じことを考えていたかもしれない。残念ながら奴隷ディーラーである僕には、そんな暴力にも訴えられないことが今は悔しい。
「ではこれからロジは、私たちと暮らすのですね」
アルテシアがロジを優しく見つめる。
彼女も怒りはあるはずだが、それよりも今は、ロジの気持ちを優先しているようだ。ジーナに抱きしめられる彼の頭をそっと撫でている。
ふたりになぐさめられたロジは、黙って一点を見つめてたが、ふと焦点があったように我に返ったらしい。そして僕の方をゆっくりと振り返る彼、
「……ヨースケ様」
「ん」
そんなロジが僕の名を呼んだ。
続く彼の言葉を待つと、無理に笑顔を作りながら彼は言った。
「僕はここにいて……いいのでしょうか」
「あ、当たり前じゃないか!」
思わず声を荒げてしまう。
今更そんなことを言うなんてという気持ちが勝ったのか、消沈する彼には酷い対応だったと反省する。
「ありがとうございます。僕、嬉しいです。皆さんと出会えて」
「うんうん。ロジっち。アタシもだよおおお!!」
「ううう……ジーナさあんん……」
「よしなさい。ジーナ」
さらに抱きしめるチカラを強めるジーナに、ロジも苦しそうだ。アルテシアも彼女を窘める。僕はそんな彼を元気付けたくて、思わず何か声をかけようと焦った結果、
「ロ、ロジ。キミはこれからも僕らの家族であり仲間だ。それは変わらないからっ!」
「かぞ……く……」
「あ」
家族と呟いたところでロジの目から涙がこぼれる。
しまった。今はその言葉は禁句だったと後悔するもすでに遅し。自身の目からぼろぼろとこぼれる涙に、ロジ自身が戸惑っている。
「あ、あれ? なんでだろう……今は嬉しいはずなのに……あれ……」
「ロジっち!? あーお兄さんが泣かしたあ!」
「ヨースケさん……」
「ごめんロジ! 悪気はないんだ! そんなつもりじゃ……」
涙を拭うロジが、笑いながらも止まらない涙に依然として戸惑っている。僕も何度も彼に謝り、許しを請おうと必死だった。
「ヨースケ様のせいじゃないです。僕が……僕が家族を捨てたんですから」
「ロ、ロジ……」
務めて平気なフリをするロジ。
彼の気持ちがわかるだけに、さきほどの失言がツラい。だが、涙も止まり、ニコニコとするロジをじっと見つめるアルテシアが一言、彼にこう告げる。
「ロジ。家族を捨てることはとても辛いことです。今ここで我慢しても、いつかその反動がきっと来る時があります。だから泣きなさい。今は堪えずにただ泣けばいいのです」
「ア、アルテシア……さん……」
そんな風に言われるとは思っていなかったのか、泣けと言われたロジは、驚きの表情をアルテシアに向ける。だが、じっと彼女に見つめられた彼は、ふいに視線を逸らし俯いてしまった。
「……」
「ロジ……」
「ロジっち?」
震えるロジに気付いたのか、不安そうな表情を見せるジーナ。じっと押し黙ったままの彼から、徐々に声が洩れ始める。
「ぅぅぅ……」
それは小さな泣き声だった。
彼は無理をしていた。物分かりの良い子供を演じ、誰にも心配させまいと、あの扉を出たときからずっと、心のなかで泣き叫んでいたのだ。
「ああああああ!!!」
やがて、その声は大きくなり、部屋中をこだまする泣き声となる。そんなロジのことを優しく抱きしめるジーナ。そのふたりを黙って見つめるアルテシア。これからの彼に、多大な幸せが来ることを願う気持ちは同じだ。僕ら三人は見つめ合い、そして静かにうなずいた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「おはようございます。ヨースケ様」
翌日のロジは元気だった。
泣きつかれて夕方から眠っていた彼は、もう昨日のことは忘れたようだ。朝から元気に朝食を平らげ、無理なく笑い、心配して朝から尋ねて来たジーナやアルテシアたちとも、にこやかにあいさつを交わしている。
しばらく雑談が続き、今日はどうするかという話になった。
「そうだ、お兄さん! 一昨日、ロザリアさんがくれたやつ! 【特別奴隷登録】の許可書! あれ持ってギルドに登録に行こうよお!」
「あ! そうだ、そう言えば、そんなのもらったんだった!」
すっかりもらったのを忘れていた。
あれがあれば、冒険者ギルドでの待遇が、奴隷であるアルテシアたちにとっても有利な環境になるし、正当な報酬も出る。
ダメだな。こんな大事なことを忘れるなんて。
昨日のこともあり、僕の方もすっかり参っていたようだ。重苦しい気分を入れ替えるためにも、今日は冒険者ギルドに向かうのも良いかもしれない。
外出の支度を終え、パニシャたちに声をかける。
「行かない。俺たちはここにいるから、主たちだけで行ってきていいよ」
「ダメだよ。そんなんじゃいつまでたっても、人族に慣れないよ」
「ごめん。俺よりも他の奴らが怖がってるんだ。今日は勘弁してやって」
そう言って部屋の扉を閉めてしまうパニシャ。
仕方がない。こればかりは時間がかかりそうだ。
パニシャたちを置いて、僕らは宿の受付に聞いた冒険者ギルドの場所を、昨日手に入れた頭のなかのマップを頼りにしながら向かうことに。ギルドは意外にも近く、宿から歩いて十分ほどの場所に、ペイルバインの冒険者ギルドとは比べ物にならないほどの、巨大な建物があった。
「マジか。これお城じゃないよね?」
「お城は昨日行ったけど……ほら、あそこよりは小さいだろ?」
「ウソ! あそこに見えるお城ってそんなにデカいの!?」
遠くに見える王城を指差して、目の前の建物と比較させる。距離感のおかしいジーナが、その差に驚いているのを放置し、僕らはギルドの扉を開く。
ムッとする熱気を感じると、今朝はまだ時間が早いのにも関わらず、大勢の冒険者でにぎわう光景が広がった。人種もさまざまだが、やはり人族の王都。圧倒的に僕らと同種の冒険者が多いようだ。
少し並んで待つと、受付嬢の前に着いた。
「いらっしゃいませ。王都冒険者ギルドへようこそ。初めての方でしょうか」
ペイルバインのマルガリータばりの、丁寧な対応をしてくれる受付嬢。銀髪の長い髪に猫耳。ジーナと同じ猫人族らしい。同じ種族である彼女がギャル語を話さないのは、王都では僕ら人族の話し方が、すべての人種の標準語となっているからだろうか。
「いえ。今日はこれを登録しに……」
「なるほど。【特別奴隷登録】ですか。かしこまりました。私、担当をさせていただきます、アンジェラです。どうぞお見知りおきを。ではお客様の冒険者カードもご一緒にお預かりします」
アンジェラに冒険者カードと許可書を渡すと、さっそく登録の準備をしてくれるようだ。カウンターに置かれた魔導器を操作する彼女。アルテシアと顔を見合わせ、以前のようなトラブルがないことを内心喜んだ。だが、しばらくして突然、彼女の手が止まった。
「あら。ヨースケ様。あなた宛てに冒険者ギルド、内通メッセージが届いておりますね」
「え? なんですか、それ」
アンジェラに指摘され、思わず聞き返す。
「各冒険者ギルド内で、自由に受け渡すことが可能なメッセージサービスです。登録冒険者同士でのやり取りも、こちらで承っておりまして、世界中どこのギルドでも受け取り可能です」
前世でいう、古い電報のようなモノか。
アンジェラの説明でまず浮かんだのはそれだ。誰から届いたのか気になったので、内容確認を彼女にお願いする。「かしこまりました」と彼女は気安く受け答えると、手元の魔導器を再び操作し始めた。
魔導器から出た紙をアンジェラから受け取る。
そこには次のような文面が記されていた。
■ヨースケ様への通知
主殿。
俺だ。アハトだ。
主殿にお願いがある。
不義理を犯した俺だが、
こればかりは主殿に頼らないと無理だった。
仲間になった女が奴隷にされた。
助けてやって欲しい。
名前はエイミー。
馬車使いだ。
頼む。なんとかしてやってくれ。
■アハト様より受信
「アハトさん!?」
メッセージの送り主を見て驚く。
アハトはペイルバインの闇奴隷オークションで出会い、保護した戦士だ。彼は自分が所属していた国境警備隊によって拉致された、ソフィーという少女の家族を探すため、僕らとはあの街で別れた。
あれから数日。
彼からいきなりこんなメッセージをもらい、困惑してしまう。ソフィーの家族は見つかったのか。それはこの文面には記されていない。ただ、馬車使いの女性を仲間にしたが、その人が奴隷になったことしか書かれていない。助けを求めるのはわかるが、情報がこれだけではどうしようもない。
きっと奴隷になった女性は、あの闇奴隷オークションに出品されるのだろう。それを僕になんとかしろということに違いないが、僕らは今、王都にいるのだ。アハトもまさか僕らがペイルバインから王都に来ているとは思っていないはず。
「どうするの、お兄さん。アハトさん困ってるみたいだよ」
「ヨースケさん」
文面を見た彼女たちも心配している。
王都に来たばかりの僕らに、再び火急の問題が起きてしまった。
馬車使いの女性。
奴隷。
闇奴隷オークション。
奴隷ディーラーとしての呪縛が、再び僕らを襲うのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。
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