第九十八話 王の憂鬱
「ヨースケと申します」
バルトランザ王の寝室で、王とあいさつを交わす。
部屋着を着こんではいるが、その品位と満ち溢れるオーラはさすが王族だ。近くに居ても圧が凄い。年の頃は四十代前半くらい。カールのかかった長い金髪に彫りの深い顔、瞳は緑。息子のベルタスクと同じくあごひげを蓄え、それに加えて口ひげもある。国の頂点に立つにはこの辺りがセットなのかと思うほど、国王という者は髭が似合う。
「そなたがヨースケか。セナから聞いておるぞ」
「えっ!」
「黒狼族の統領を鎮めてくれたそうだな。それにレイウォルドの奴の命まで救ったとも」
一瞬、セナの良い人という意味で、話を聞いているのかと思ったが、そうではないようだ。さすがにそんな個人的な話を、一介の騎士が王に報告するわけがない。
そう言えば王はレイウォルド氏と旧知の仲だった。その辺りの功績を認められたから、僕のような奴隷ディーラーでもお目通りに適うことが出来たのだろう。ただし、僕の成果ではないが。
「いえ。それは僕ではなく、仲間たちのおかげです」
「ほう。そなたの仲間か」
「彼は奴隷ディーラーですので、仲間とは奴隷たちのことです」
自分の手柄にするのは、僕の性格からして無理だ。
正直にアルテシアたちの実績だと話すと、そこにセナの注釈が入った。
じっと僕を見つめるバルトランザ王。
奴隷ディーラーのことも今知ったのか、その表情は少し険しくなった。そして、ゆっくりと立ち上がると、僕のすぐ目の前に近寄った。
「ヨースケ殿。これは余のお節介だと思って聞くがよい。正直なのは良いことだが、すべてがそれでいいと言うわけではない。ときにはウソも事態を円滑に進める油となる。その見極めをこれから少しずつ学ぶがよい」
「は、はい……」
思わずうなずいてしまう。
王はふっと笑みを浮かべながら、再びベッドへと腰かける。そしてこちらを向いた彼は言った。
「すまんな。どうもそなたを見ていると、我が息子もそれくらい正直であればと嘆いてしまう」
そんな言葉を吐きながらため息をつく王。
彼と息子であるベルタスクの関係は知らない。だが、その一言が彼と王子の関係を如実に表しているような気がする。父と息子。僕の記憶からは薄れてきているその関係は、よくある話だということだけはわかった。
「ふう……」
二度目のため息をつくバルトランザ王。
どうも僕に何かを尋ねて欲しい。そういった素振りを見せているようにも思えるのは、こちらの気のせいか。
「あの。王子とのお話は……」
「ヨースケ殿!」
聞いてほしそうだから聞いたのに、セナに怒られる。だがそれを手で制する王によって会話は続く。
「なあに。余に王位を渡せと朝からうるさいのだ。すでにこの国は余の想いとはかけ離れ、子供たちはそれぞれの派閥を作り余に盾突く。それが裏にいる大臣たちの受け売りでしかないとも知らず……」
「レオナルド王……」
彼をファーストネームで呼ぶセナが、言葉を詰まらせる。王家とはドロドロしたモノだ。そう言った王はセナに笑みを浮かべる。
「いいのだ。ヨースケ殿はこんな余の愚痴を聞いても他言はすまい。ん?」
「え? あ、その……も、もちろんです……」
「ふっ……はっはっはっは。そなたとは気が合いそうだな」
「……」
王は屈託なく笑う。
僕をどこまで信用しているのだろうか。
初めて会ったのにも関わらず、王は僕を受け入れてくれた。まるでペイルバインで会ったペイトンとの出会いのように。うまが合う。波長が合う。気が合う。空気が合うといった、羅列する同意語が頭に浮かぶ。王との間に漂う空気が僕のそれと同じであるように、何かを感じさせるモノが僕らにはあった。
「して、こたびはどのような用件で余の下に参ったのだ?」
突然、話を戻す王。
そう言われた僕も、一瞬戸惑う。朝早くから押しかけられたセナによって、王に命令しろと言われたからだ。さすがにそのまま正直に言うわけにもいかずに、セナをチラと見る。
「はい。実はヨースケ殿が道中で出会った、貴族の公子を両親の下へ帰したいと」
「ほう。貴族の……いったいどの者の血縁者であるか」
セナが僕の代わりに王へ説明をしてくれる。ロジの境遇はあえて語らず、両親の居場所だけを探したい。こうすれば話も大きくならずにすむ。その辺りの気遣いを見せる彼女に、そっと内心感謝をする。
「それなのですが、彼はまだ事情があって、家名を知らないまま育ってしまい、どこの誰が親なのかも……」
「ふむ、なるほど。ワケありなのだな」
「は! おっしゃる通りでございます」
理解が早い王に平伏するセナ。
誰に対しても自身ありげな態度で接する彼女が、王に対して頭があがらないのを見ると、やはり彼女は王国騎士であり、バルトランザ王の家臣なのだと実感する。そして、彼女が敬服する敏い王が、その願いを聞き、僕のうしろで緊張したままのロジを見つめながら、しばらく思案するようすに、僕らも息を呑む。
「わかった。余から勅命を出そう。例の如く影たちを使うがよい」
「ありがとうございます!」
思いのほか王の決断は早く、セナの要求をそのまま受理した。ホッとするのも束の間、僕は王の口から出た言葉に少し引っかかりを感じた。
影たちとは?
といった疑問が浮かぶが、それよりも先にセナが王へと礼を述べているのを見て、僕やロジもあわててそれに倣う。
「あ、あの……お、王さま、あ、ありがとうございます」
「よい。親が貴族ならば、当然そなたも余の家臣であろう。行方知れずの親を探す義務は、当然この余にもある」
ロジの感謝に笑みを浮かべながら返事を返す王。この素晴らしき人格者にどのような不満を感じ、王位を譲れというのか、あの王子は。賢者とも噂される者にしては、少し浅はかにも思える。それともさきほど王が話していたように、家臣たちの思想や思念が王子たちさえも惑わせているのだろうか。
「あの。こんな急なお願いを聞き入れていただいて、ありがとうございます」
「もうよい、ヨースケ殿。余もそなたには恩義がある。友を救ってもらったうえに、獣人族との争いも治めてもらったのだ。これくらい容易いこと」
二度目の頌詞にハッと気づく。
肝心なことを報告し忘れていたことを。
「あ、あの……その黒狼族の統領のことなんですが……」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「なんと。そのようなことが起きていたのか……」
険しい表情の王とセナ。
彼女も初耳であり、王と同じく事態の状況に危惧しているようだ。僕も彼女に再会した時点で言うべきことだったはずが、朝から別の騒ぎのことですっかり忘れていた。
「ヨースケ殿、なぜもっと早くに言ってくれなかったのですか」
「ごめんなさい」
今更謝っても遅いが、とにかく謝罪するしかない。
そのうえ流れで【黒の手】のことや、クーランノイエの炎上、黒狼族の姫を預かってしまったことも話してしまった。そのすべてが国の大事に繋がることだと言われ、余計に恐縮してしまう。要は、やらかしたというやつだ。
「……【黒の手】と黒狼族に繋がりがあるということは、由々しき事態なのだよ、ヨースケ殿」
「申し訳ありません」
王にまで窘められてしまう。
彼のため息がさきほどのモノとは変わり、呆れの意味を含んでいるのがひしひしとこちらに伝わってくるのも感じ、恐縮は委縮へと変わる。
僕らが遭遇した【黒の手】とは、国家を脅かすほどの集団らしい。その出所は不明だが、ずいぶんと昔から、世界の混沌を企む集団として、このバルトランザ王国を始め、人族の治める国ではたびたび衝突を繰り返していたらしい。
その集団が獣人たちと手を組み、王国に仇をなすことは、とても大きな事件でもあるのだとセナは言う。
「先日、アレックス公子からも報告があった。ペイルバイン付近の国境警備兵が余に断りもなく勝手な行動をしていると。至急、訓練と称して調査隊を向かわせたが、さきほどのクーランノイエの火災と、山道の崩落事故にかかりきりでたぶん足止め状態だろう。今この王国内で同時に起きている一連の騒動。余にはとても無関係とは思えぬ。はあ……まことに、余の憂鬱は増すばかりだな……」
「レオナルド王……!」
最初の愚痴のようにため息をつく王。
彼の憂鬱は息子たちの事だけでなく、国際問題にまで発展する。
そして、あれから無事に王都に着いたアレックスは王に報告したらしい。それと同時に、騎士マスカレイドの部隊が国境警備兵の調査部隊だと知る。王都へ来る途中、【黒の手】はてっきり僕らを狙って道や街を破壊したのかと思っていたが、すべては王都への妨害のついでだったようだ。それらは王の発言でなんとなく感じただけに過ぎないが、たぶん正解だろう。
「なぜ王都に連れて来られたかは謎だが、とりあえずはその黒狼族の姫君の保護だな。王城でかくまうと色々とマズいが致し方ない。ヨースケ殿、その件は追って騎士を派遣するのでよろしく頼む」
「は、はあ……あ、あの……でも!」
僕は王にパニシャたちの奴隷化を説明する。
その事実に渋る表情の王とセナ。だが一度仲間にした彼女たちを、王国の都合でそう何度も状況を変化させるのは正直反対だ。だから王国の保護は彼女らの意志に任せたいと進言した。
「うむ。そなたの言い分はもっともだが、奴隷化を獣人国から責められでもしたら、我が国との摩擦は必死。そこはさすがに受け入れられん」
「いえ。レオナルド王。逆に隠れ蓑となるやもしれません。今の情勢のなか、わざわざ揉め事になるようなことを王国がするはずはないと敵国は思っておりますが、逆にそれを利用することも出来るのではと。それに城内でかくまうには情報の流出が心配です」
ここへ来てセナの援護が。
彼女の言い分に耳を傾ける王も、少し唸るが、やがて考えをまとめ、新たに結論を述べた。
「わかった。セナの進言を採用しよう。黒狼族の姫君たちはこのままヨースケ殿に任せる」
「はっ!」
「あ、ありがとうございます」
パニシャたちの意見に任せると言ったが、結局僕らが預かることになった。それは良いとして、ロジの件はどうなるのだろう。
「ロジ少年の身柄は余の影が動いておる。もうここでの話を聞いているので、すでに王都内で調査を始めている頃であろう」
「えっ! もう動いてくださっているのですか!?」
「半日もせずに情報を得られると思いますよ。ヨースケ殿」
「は、半日……」
「あ、ありがとうございます。王さま」
まるで心を読んだかのような、王からの説明を受け安堵する。影とは相当優秀な存在らしい。信頼も厚く、ここの会話を勝手に傍受しても問題はないようだ。
「ヨースケ殿たちは別室でお待ちくださいませ。情報が入り次第お伝えしますので」
「え。セナさんは?」
「私はこれからさきほどの会話の内容を、他の騎士たちに伝える役目がありますので、一旦席を外します」
一連の会話が終わり、僕らを別室へ導こうとするセナに、このあとの彼女の予定を尋ねる。特に機密でもなかったのか、その質問に躊躇することなく答えるセナ。
こうして僕らは王の精鋭である、影という存在の情報を待つことになった。
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