第九十七話 登城
「ぼ、僕が王に、め、命令だって!?」
ニヤリと笑みを浮かべるセナ。
彼女のいきなりの発言に、思わず声を張り上げてしまった。ロジの両親を探すために。勅命を出させるために。この僕が王と直接話して、それを命令しろだと?
そもそも命令ってなんだよ。
普通そこはお願いだとか、直訴とかそういうものなんじゃないのか。それがなぜ命令なんだ。騎士であり貴族であり、王の命で動くセナだからこそのジョークなのか。だったら僕にわかるわけがない。前世も今世も含め、王になんて会ったこともないのだから。
「だから今から会いに行くんだよ」
「――っ!」
まるで僕の心を読んだかのように、続けて台詞を吐くセナ。思わずそれを疑うが、流れからそう言っただけだろう。いよいよ僕がどうかしてしまったようだ。
「あ、あの。僕も行くのでしょうか」
ロジがおそるおそるセナに尋ねる。
黙ったまま彼女が頷くと、観念したのか、がっくりと肩を落とすロジ。いや少年、キミが当事者だからね。
食事を済ませ、外出の支度を終える。
すると、まるでこちらの準備を見計らったように、扉をノックする音がした。今度はロジが開けると、そこにはアルテシアやジーナの顔が。朝のあいさつをし、彼女たちになかへ入ってもらう。
「はあ。朝からお兄さんの声がすると思ったら、やーっぱセナちんだったか」
「六日ぶりですね。セナさん」
余計な人物を発見し、ジーナがため息をつく。
アルテシアはセナが王都へ戻った日から、正確な日数を覚えていたらしく、久しぶりとでもいうようなニュアンスで彼女にあいさつをするが、僕からすればぶりどころか、まだ六日という感覚だ。
「なんだキミたち。まだ売られてなかったのかい?」
そんな彼女たちに手厳しい言葉を投げかけるセナ。
ムッとしたアルテシアとジーナが即座に反論する
「うううう、売られてないわあっ! て、てか、騎士さまが朝からなにサボってんの!」
「ヨ、ヨースケさんと私たちは、お、お互いに必要不可欠な存在で……」
「はっはっは。朝からキミたちをからかうと面白いね」
軽い冗談だと笑うセナ。
だがアルテシアとジーナにとってそれは冗談にはなっていない。そのあたりは僕の気持ち次第なので、彼女たちにとっては触れてほしくない領域らしい。まあ、そんな気になることは、絶対にないと断言出来るんだけど。
「サボってなんかないさ。今もダーリンを王城へお連れする、打ち合わせをしていたところだ」
「王城!?」
「えっ、えっ? お、お兄さん、また何かやらかしたの!?」
「あーあのさ……」
彼女たちに今朝の話を説明する。
ロジの身元を王城で探してもらうために、僕とロジが行かなければいけないことを。
「でしたら、私も参ります! ヨースケさんをお守りするのは私の役目です!」
「だ、だったら、アタシも行く! ロジっちの保護者はアタシだもん!」
「アルテシア……ジーナ……」
予想していた通り、ふたりはついて行くと言う。さすがにここで行ってらっしゃいとはならないだろうと思っていた。これについてはセナに了承を得るしかないので、チラと彼女の方を見る。
「……悪いがそれは難しい」
「「――!!」」
アルテシアたちの要望にセナが難色を示す。
うぬぼれるわけではないが、セナにとってふたりは僕をめぐって争うライバルだ。そんな彼女がふたりを僕から遠ざけたいのはわかるが、どうもそのような理由ではないらしい。セナの言葉にアルテシアやジーナも最初はムッとしていたが、彼女の表情に気付くと、その理由の説明を黙って待つことにしたようだ。
「さすがに王城に奴隷であるキミたちを通すわけにはいかない。この国もそこまで寛大な人間ばかりではないからね」
「「……」」
王城に入るのは難しいようだ。
こればかりは僕らが無理やりどうこうするわけにはいかない。世界の差別意識はまだ大きい。僕ら奴隷ディーラーを始め、その奴隷たちを蔑む者はいくらでもいるのだ。僕自身が王に謁見することが出来るのも奇跡に近いが、その辺りはセナの立場もあってのことだろう。
じっと押し黙るふたり。
奴隷身分であることを理由に断られ、さすがに反論も出来ない。自らが選んだ道とはいえ、だったら今だけ奴隷をやめるなどとは言えない。アルテシアはもちろん、ジーナでさえ、一度僕の奴隷から外れているのだから。
「理由はわかってもらえたね。だから今回は大人しくここで待っていてくれ。なあに、ダーリンのことは任せてくれ。これでも私は王国騎士なのだからね」
「……はい。ヨースケさんのこと、よろしくお願いします」
「わかった。今回はセナちんに譲る……」
渋々だが納得するふたり。
どちらも本当は納得したくはないのだろうけれど、こればかりはどうしようもない。下手に王城へ乱入し、王国から目をつけられては、主である僕にも迷惑がかかる。
セナは黙って頷き、僕に振り返る。
「ではダーリン。宿の前に馬車を待たせているから、さっそく行くとしよう」
「えっ! もう!? は、早くない?」
「王の一呼吸は白金貨よりも高いんだ。あまり手間を取らせないで欲しい」
急かすセナに苦言を呈すると、そんな返事が戻って来た。王の一呼吸が白金貨に例えられるほど、価値があるモノだというのはわかるが、僕にだって心の準備というものがある。いくら王の御前に向かうと言われても、こちらも少しくらい時間は欲しい。
「な、なあ、アルテシア! パニシャたちにもちゃんと僕から――」
「パニシャたちのことはお任せください」
「そうそう。アタシたちがちゃんと躾けとくから」
「……あ、そ、そう? わ、悪いね……」
パニシャたちのことを理由にするため、アルテシアたちに援護をもらおうとしたところで、逆に逃げ場を塞がれてしまった。こんなときに限って気が利かないふたり。いったいどっちの味方なんだよ。
「じゃあ、ロジ君とダーリンはお預かりするよ」
セナのこの言葉で、僕たちの王城行きは開始された。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「はあ。マジかあ……」
ジーナではないが、僕だってこんな言葉が出る。
早馬車に揺られること小一時間。だんだんと見えてくる大きな砦――いや、王城。
ペイルバインとは比べるまでもない規模の大きい街並みを抜け、少し坂道を登った先に、巨大な外壁に囲まれた城が建っていた。
よくある異世界の話だと、遅すぎる王城への訪問。
僕は勇者でも王族によって転移させられた者でもないので、こことは一生縁のないものだと思っていた。それがまさか道中に出会った少年のために、この世界の王のひとりと謁見するなんて、誰が想像出来ようものか。
それよりも勘弁してほしいのがセナだ。
馬車に乗るやいなや、ぴったりと僕に寄り添い。腕を組み。片時も離れようとしない彼女に、僕は王に会う前から疲れ果てていた。向かいに座るロジも、当然僕らを恋人同士だと勘違いしているので、なにやら微笑ましい眼差しをこちらに向けてくる。
「セ、セナ。ちょっと離れてくれないか」
「えーだありんわぁ~わたしとぉ~いちゃいちゃしたくないのれしゅかあ?」
さっきからポンコツモード全開のセナ。
なにを言ってものらりくらりとかわされ、本当はわざとそう装っているのではとさえ疑ってしまう。見た目は男装の麗人たる毅然とした雰囲気を持つ彼女は、僕とふたりきりになると、とたんにその仮面が剝がれてしまうらしい。別に悪い気はしないが、いささかギャップが激し過ぎるのが問題だ。
だからロジ。そんな目で僕らを見ないでくれ。
痛いカップルにしか見えない僕らを、キラキラと見つめるロジの視線がツラい。彼のなかでは、アルテシアたちは奴隷だから、当然僕とこんな仲になるとは思っていないのだろう。だから王国の美しい女性騎士であるセナを、本当に僕の恋人か何かと勘違いしてしまっているのだ。その彼の勘違いが、どこかでトラブルの原因にならなければいいと願いたい。
坂を上りきると馬車が停止した。
王城の入り口近くにある、広いロータリーに到着したようだ。専属の御者によって馬車の扉が開かれ、僕らは王城の地へと降り立つ。
「わあ……」
見上げる首が、これ以上曲がらないほどにそびえ立つ巨大な城。遠くからでもその大きさは容認出来たが、真下から眺めると、それはまた違った印象を持つ。白い外壁と青い屋根、どこかで見たような王城の手本となるような立派な建造物が、僕の目の前に広がる。
馬車から出て、元に戻ったセナに促されるまま、エントランスに向かった僕らの両脇には、屈強な門番兵が並び、その間を歩く僕らを無言で見つめている。きっとセナがいなければ、たちどころに彼らによって取り押さえられているだろう。そんな想像に肩をすくめながら、前をスタスタと歩く彼女にあわててついて行く。
途中、小さな噴水のある中庭の横を歩いていると、美しいドレスを着た若い女性たちが前から現れた。そのひとりがセナに気付き、彼女に声をかける。
「あらセナさま。いつも凛々しいお姿で。早くからどうなさったの?」
品性の塊のような美麗な女性は、セナに向かってそう尋ねた。その途中、僕やロジをチラリと見るが、特に表情も変えることなく、にこやかに微笑むだけだ。
「これはアナスタシアさま。ご機嫌麗しゅうございます。少々王とお話がございまして」
かしこまったセナが、王宮の挨拶を披露し、アナスタシアと呼ばれる女性に返答する。彼女はこくりと頷き、再びセナに語りかけた。
「まあ。それは困りましたわね。今朝からお父さまは、兄上となにやら密談をしておりましたわ」
「ベルタスクさまと?」
いきなりのことで驚いた。
そこに立ち並ぶ数名の女性のなかでも、群を抜いて美しい女性はなんと王族だった。しかもお姫様らしい。そんな彼女と普通に話せるセナも凄いが、もしかして彼女は騎士としても位が上なのか。
「ええ。私が朝のご挨拶に伺うと、とても深刻そうなお顔で」
「……そうですか。では私も直接お伺いに上がりましょう」
そうふたりは会話を続ける。
その間にも、アナスタシアは時折僕と視線が合う。会話はしつつ、どうもこちらが気になっているようすだ。こちらとしては王と会うだけでもキャパオーバーなのに、これ以上王族に知り合いを作るのは勘弁してほしい。
セナは会話を終えると、当然のようにその場から立ち去ろうとした。それをあわててアナスタシアが呼び止める。
「お待ちくださいませ、セナさま。そ、そちらの殿方たちは、どなたさまでいらっしゃるのでしょうか」
やはり正体不明のまま、ここを去ることは叶わなかったらしい。じっとこちらを心配そうに見つめるアナスタシア。そんな彼女にニコリと微笑むセナ。
「彼ですか。ふふ。ボクの大切な男性です」
「まあ……」
「セ、セナさん!」
セナの発言に、アナスタシアだけでなく、他の女性たちも驚く。いろいろと誤解を生みそうな発言だが、この場で奴隷ディーラーですと紹介されるよりはマシかもしれない。だが、予想外に周囲にいる女性たちの反応が大きすぎた。
「セナさまの良い人ですって!? いつの間に……」
「ああ、セナさまだけは、そんな次元の方ではないと思っておりましたのに……」
「こんな男のどこがよろしいんですか。どうせくだらない獣に決まってます!」
次々に暴言を吐く女性たち。
なぜか獣呼ばわりされてますが、身の覚えがないんですけど。
セナよりも僕を睨む彼女たちが、興奮してこちらに詰め寄りそうになるのを、アナスタシアの右手が制した。
「「「アナスタシアさま……」」」
「おやめなさい。はしたないですよ」
自らが仕える主によって窘められた彼女たちは、即座に礼儀を弁えその場で後ろに引き下がる。さすが王族と感心したのも束の間、こちらを見据える姫の視線にゾクリとした。
「セナさまの良い人なら仕方ありません。貴方のお名前をお聞きしてもよろしいかしら」
「え? あ、は、初めまして。ヨースケと申します」
「ヨースケさま。変わったお名前ですね」
名前を聞かれ、素直に答えるも、アナスタシアの目は笑っていないことに気付く。先の女性たちの暴言もそうだが、もしや彼女たちはセナに同性以上の感情を持っているのか。まあ、たしかに彼女は女性よりも男性よりに見えるし、物言いもそれっぽい。そんなセナが男性よりも女性を魅了することのほうが可能性は高い。
アナスタシアを始めとする、うしろの女性たちもその類のようだ。彼女たちにも、あの早馬車でのポンコツぶりを見せてあげたいが、おそらく僕に対する風当たりのほうが強くなりそうなので断念する。
「では、アナスタシアさま。ボクらは急ぎますので」
僕とアナスタシアの視線に割って入るセナ。
彼女と一緒に頭を下げ、その場を立ち去った。うしろを少し振り返ると、じっと僕を見つめるアナスタシアが立っている。その瞳には何か執念のようなモノを生じ、そのまま僕を呪い殺すのではないかと思うほどの恐怖を感じさせた。まさかロジではなく、僕自身が真っ先に城内で揉めそうになってしまうとは。
「セナ。どうしてあんなことをわざわざ……」
「ああ。あの子たちちょっとしつこいんでね。釘を刺しといたのさ」
「あのなあ……」
確信犯なセナに呆れるが、自分が同じ立場ならやっているかもしれない。言ってしまったものはもう仕方ないだろう、とでもいうような表情の彼女に、この先が余計な敵を作らないで欲しいことを願うばかりだ。
そのあといくつ階段を上ったかわからないほど、長い道のりを経て、ようやく王の寝室にたどり着いた。その重厚な扉の前に立つ僕ら。ここが謁見の間ではなく、いきなりの寝室という状況に、緊張感は絶頂を迎える。
「レオナルド王。セナでございます」
扉に向かって声をかけるセナ。
しばらくすると、その扉が突然勢いよく開いた。
偉丈夫な男がひとり立っていた。
あごひげを蓄え、見るからに王と思われる年若き男。だが、王冠を被っていない。寝室だからか。それとも――などと余計な思案を巡らせていると、セナがその男に向かって話しかけた。
「これはこれは、ベルタスクさま。お久しぶりでございます。よもやこのような場所で出会うとは」
「セナか。相変わらずだな」
セナを少し敵意のある目で見つめる男。
彼女がベルタスクと呼ぶこの男は、さきほどの話しではたしか王子だったはず。アナスタシアの兄である彼がまだここにいることは、王との密談がまだ続いていたことを表している。
「おお、セナか。入りなさい」
「はっ!」
奥から聞こえるのは王の声か。
その声がセナに入室を許可し、それに応える彼女。だが、扉の前に立つベルタスクが、明らかにそれを拒む。
「王は私との話がまだ済んでおらぬ。立ち去れよ。セナ」
「……」
密会はまだ継続中らしい。
邪魔をされたベルタスクが、その場からの撤退をセナに命じるが、彼女は黙ったまま何かを待つようすだ。しばらく沈黙が扉の前で流れるなか、奥の声が再び聞こえた。
「お前の話はもうよい。余はセナと話しがあるのだ」
「王!」
扉から部屋へと振り返るベルタスク。
奥からはチラリと手を払うようすが窺える。たぶんお前が去れと合図しているのだろう。けれども、実の息子よりも配下のほうを優先する王は父親としてはどうなのか。
彼らの関係性が少し浮き彫りになるような会話のなか、余計な思案をしていた僕を、ジロリと睨むベルタスク。
「奴隷ディーラーだと!? なぜそのような下賤がここに」
「――!!」
突然、僕を奴隷ディーラーだと見抜いたベルタスクに驚愕する。理由がわからないまま固まっていると、前に立つセナが静かに声をかけてきた。
「ベルタスクさまは、賢者と呼ばれるお方。【鑑定】を持つ王子に知らないモノは存在しない」
「け、賢者……」
「奴隷商に余計なことを口走るでない!」
ベルタスクが口を滑らせたセナを叱咤する。
王子のお叱りを受け、深々と頭を下げる彼女に、フンと鼻を鳴らし、再び寝室へと振り返る王子。
「私よりも配下を選ぶとは、父上らしい愚断ですな」
「いい加減にしろ、ベルタスク。そなたとの話はもう終わったはずだ。セナにこの場を譲るがよい、これは王命だ」
「――っ!」
王命と切り出され、ベルタスクの顔が歪む。
そのまま彼はこちらに振り返ると、掴んでいた扉を全開にした。
「入るがよい。私はのちほどにする」
「……恐れ入ります。ベルタスクさま」
セナに道を譲り、退室するベルタスク。
彼と入れ替わるようにして、彼女と共に僕らも寝室へ入った。入口ですれ違う瞬間、王子は僕だけに聞こえるようにささやく。
『貴様。この女騎士のことを信じるなよ』
「え?」
突然のことに、去っていくベルタスクを振り返るが、彼はそのまま去っていった。信じるなとはどういうことなのか。王子の言葉に胸のなかがモヤモヤとする。
「ヨースケ殿。早くこちらへ」
「あ、うん。今行く……」
寝室の中央に立つセナに呼びかけられ、王子の言葉の意味を推察する間もなく、僕も部屋の中央へと走り寄った。
「このような寝室での謁見、申し訳ない。客人よ」
「いえ。そんな……」
部屋着のままベッドから体を起こした王に声をかけられ、恐縮してしまう。そんな僕の隣で彼の前にひざまずくセナが立ち上がった。
「ヨースケ殿、このお方が、このバルトランザ王国の王、レオナルド・ライル・バルトランザ11世であられる」
目の前のベッドに腰かける王を、セナから紹介される。温厚そうなその表情は、王としてではなく、少し年配のおじさんのようにも感じられた。だが、この広大な領土を支配する、れっきとした王なのだ。そして、王族特有のカリスマ性を持つのか、この方に仕えるのも悪くないと思わせる、そんな雰囲気を持ち合わせた不思議な人物だ。
そしてこれが、この先長く付き合うことになる、バルトランザ王との初めての出会いでもあった。
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