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第九十六話 再会



「おはようございます。ヨースケ様」


 翌朝、ロジの声で目覚める。

 昨日は少しはしゃぎ過ぎたらしい。特にロジは楽しんでいたようで、夕食のあともベッドに何度もダイブしていた。彼はまだ軽いので、ベッドもそう振動しない。なので下の階からの苦情もなかった。


 クーランノイエでは、あれだけの騒ぎのなか、一度も眠りから目覚めなかった彼が、今日は僕よりも早くに目覚めている。寝る子は育つというものの、極端な睡眠時間の変動はいかがなものか。


 だがすぐに思い直す。あのときはきっと【黒の手】の襲撃による、過度のストレスが溜まっていたせいだろう。そう考えることにした。


「おはよう。よく眠れたかい。ロジ」

「はい! おかげさまで」


 ロジとあいさつを交わし、身支度を始める。部屋の端には洗面台のようなものがあり、それで顔を洗う。柔らかいタオルもあったので、それで顔を拭き、ロジにも同じようにすることを勧める。


 朝食のほうも部屋食で頼んでいたので、たぶんそろそろ来る頃かもしれないと思い、軽くベッドを整え、テーブルと椅子を部屋の中央まで移動させ、食事が出来る環境にした。


「あ、申し訳ありません。僕がやるべきことなのに」

「いいんだよ。キミは僕の奴隷でもないし、彼女たちにだってそんなことさせていない」


 おおかた準備が整ったころ、洗面台で身支度を終えたロジが、タオル片手にあわててこちらへ駆け寄って来る。自分の仕事だと謝る彼に、僕の考え方を説明すると、少し戸惑った彼はおそるおそる尋ねてきた。


「そ、そうなのですか。ジーナさんたちがいないので、僕の役目だと……」

「うん。出来ることはなんでも自分でやらないとね」


 奴隷のような環境で生活してきたロジ。

 首の模造品にみられるように、彼のこれまでの人生は、今さっき彼が口にしたひと言に尽きる。きっと誰かの罰則に怯え、命令される前に動こうと気を遣うような、とても窮屈な生活だったに違いない。そんな彼にこれからの生き方を、少しでも変える手助けになればと思い、僕も率先して動くことにした。


「ヨースケ様は、僕があの家で聞いていた、奴隷ディーラーの印象とは全然違います」


 突然、ロジがそんなことを呟いた。

 以前暮らしていた家とは、あの意地悪な使用人たちのいる家か。そこで聞いた奴隷ディーラーの印象ならさぞかし最悪なモノだろう。出来ればそんなイメージの奴隷ディーラーにはなりたくない。


 部屋の扉がノックされた。

 ロジにも朝食だと言ってあるので、彼もそのつもりで待っていた。


「あ、僕が出ます」

「いいよ。ロジはそこに座ってて」


 席を立ち、食事係の出迎えをしようとするロジを制し、自分で出ることにした。一度鳴らしたにも関わらず、それから何度も扉を叩く音に、せっかちな食事係だなと思いつつ、扉を開ける。


「――!!」


 扉を開けると同時に、何者かに抱きつかれた。

 急な抱擁にとっさに身構えるが、なにしろ相手のチカラが強くて振りほどけない。一瞬ジーナかと思ったが、彼女とはまた違う感触だ。それに彼女だとすれば、真っ先に僕の名前を呼びながら飛びつくはず。


「だ、誰!?」


 謎の人物のよって、あごを頭で押し上げられてしまい顔も見えない。誰かと尋ねてみると、その人物は僕の胸のなかでワナワナと震えだし、背中へ回した抱きしめる力を更に強める。


「痛い痛い! ロ、ロジ……ぼ、僕に抱きついてる人、誰だかわかる?」

「いえ、存じ上げません。僕の知らない女性です」


 自分では確認も取れず、あわててロジに人物の特定を頼んだが、彼の知らない人物らしい。彼の証言で女性というのはわかったが、まだ朝早いうちから、いったい誰がこんなイタズラを。


「えっと、すみません。どちら様でしょうか。僕らもうすぐ朝食な――」

「酷い……」


「えっ」


 朝食が来るので、悪い冗談はやめてもらって、女性にはお引き取り願おうとしたが、ボソリと呟いた声に聞き覚えがあり、思わず固まってしまう。


「酷いじゃないか、ダーリン! このボクの抱擁を忘れるだなんて酷すぎるよ!。それに、こんなにも早くボクを追いかけて王都へやって来るなら、なぜ手紙のひとつでも寄こしてくれなかったのさ。ボクは悲しい……とても悲しいよ!」

「セ、セナ……!?」


 この口調と呼び方。それは紛れもなく、あのペイルバインで出会った王国女性騎士、セナ・レイフェルトだった。


 王都に来たからには、どこかでセナに出会うかもしれないとは思っていたが、まさか向こうから押しかけて来るとは思わなかった。それよりも気になるのは、どうしてこの場所を彼女が知っているのかだ。まさか彼女も精霊を行使するのか。


「ご、ごめん、セナ。王国騎士のキミに、わざわざ僕から手紙なんて出せないと思ったんだ。それよりもどうやってこの場所を?」

「いいんだ! ダーリンからの手紙なら、例え何も書いてなくったって構いはしないんだ! もらったという事実だけで、僕は幸せなんだよ!」


 そういうものなのか。

 セナの言っている事にイマイチ理解出来なかったが、今後も白紙の手紙を送るつもりは無い。彼女を引き離しつつ優しくなだめ、なんとか落ち着いてもらう。


「なあ、セナ。さっきも聞いたけど、どうしてここが?」


 気になっていた質問を、再度セナに問いかける。

 未だに僕の服の裾を握ったまま、不貞腐れている彼女は、渋々といった風に、質問に答え始めた。


「昨日、ペイルバインのパフィー君から手紙が届いたのさ。安全のため、そういった物は遠回り経路で送られるから、結局ダーリンが着いた日と同じになってしまったけどね。だから昨日届いた時点で、ボクは王都中の情報屋に勅命を出して、ダーリンの足取りを探させたんだ」

「はは。ち、勅命……ね……情報屋のみなさんお暇なのかな……」


 勅命って、王の名のもとに命じられる大事な命令のことだろう? まさかそれを僕ごときに使用するなんて、職権乱用にもほどがある。だが、これを平然とやってのけるのが彼女、セナ・レイフェルトだった。


「あ、あのぉ……」

「――!」


 セナが開けっ放しにしていた扉の外から、食事の乗ったワゴンを押した食事係が、遠慮がちに声をかけてきた。朝から扉の近くで騎士とやり取りする宿泊客を見て、若干引いたのだろう。いやいや、そうだった。僕とロジは今から朝食を取る予定だったのだ。


「ご、ごめん、セナ! ぼ、僕たち今から朝食なんだ。だから――」

「食事係君! 急で申し訳ないが、僕にも同じ朝食を用意してくれたまえ!」


「「えっ!?」」


 キラリと光るモノを食事係の女性に投げるセナ。

 朝食を理由に、いったんお引き取り願おうとした僕の言葉を制し、あろうことか朝食をもう一人前用意させようとしている。


「ひいっ! し、白金貨あぁぁぁ!?」

「こ、こら! セナ! 朝食に白金貨はダメだって!」


 セナから受け取ったモノが白金貨だとわかり、その場に力なくしゃがみ込む食事係。パフィーを手懐けたときと同じで、いちいちスケールがデカいのが彼女の悪いところだ。


「それよりも、ダーリン……」

「――!?」


 僕の注意をまるで聞いていないセナ。

 そんな彼女が、突然じっと僕を見つめながらこちらの肘を引き寄せた。


「まさかダーリンにあちらの趣味があったなんて……それにしても、あの少年。少し幼すぎやしないかい」

「なあっ!?」


 突然誤解を生むような台詞を吐くセナに、思わず唖然とする。チラリと横を向く彼女の視線の先には、これまでの一連の騒動を、きょとんとした顔で見つめるロジの姿が。


 模造首輪を着け、まだ替えの服も買っていない、ロジのみすぼらしい姿は、どう見ても飼われた少年にしか見えない。あわてて誤解を解くため、ロジを呼び寄せ、彼の紹介をしようとした瞬間、

 

「ひいっ! ひ、ひとでなしっ!!」

「ええっ! ち、ちょっと、食事係さん!?」


「ヨースケ様ぁ……」

「ロ、ロジっ! 今その呼び方は良くないって!!」


「ダーリンも好きだねぇ」

「セナあああああああ!!!」


「ひとでなしぃぃぃぃぃ!!!」


 

 王都二日目の朝、宿に僕らの叫びが響いた。



 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「この少年が、王都生まれの貴族の息子?」


 いろいろ朝から騒がしかったが、ようやくそれも落ち着き、セナや食事係の女性にも誤解を解くことが出来た。そしてロジの出自を詳しく説明し終えたところで、セナが疑問を投げかけた。


 見た目はみすぼらしく見えるが、これでも貴族の息子。ロジ少年の両親に心当たりがないか、王国騎士団であり、貴族でもあるセナに、そのあたりの期待があったのだが、


「見たことはないなあ。さすればやはり、さきほどダーリンが言ったように、ロジ君は別の場所でその存在を秘密にされていたのかもしれない」


 僕らよりも高級な朝食を召し上がるセナ。

 彼女は今、軽くトーストしたパンに、半熟状態にした卵を乗せ、たっぷりのコショウをかけると、それをパクリとうまそうに食べている。隣に座るロジが、口を開けたままそれを見ていると、目が合った彼女は、食べかけのトーストを彼の口に突っ込んだ。


 突然、口のなかを幸せが襲ったロジが、もぐもぐと何かしゃべっているが、まるでわからない。やがてゴクリと呑み込んだあと、彼は満面の笑みで言った。


「セナ様はヨースケ様の恋人か何かでしょうか」

「コラっ! ロ――」


「あああ!! キミはなんてすばらしい少年なんだ、ロジ君!! 私がそう見えるかい? ダーリンの恋人に。そうだろう、そうだろう! 私もそうじゃないかってずっと思ってたんだ! そうか。やはりそうだったか! ああ……今日は僕にとって、最高の記念日になるだろう……」


 ロジの言葉に感涙するセナ。

 いやいやロジ君、キミチョロ過ぎないか。そりゃあ、半熟卵が乗ったトーストは美味しいさ。でもこの場でそれに懐柔されて、言ってはいけない言葉を言うんじゃない。


 と、目で彼を威嚇するが、効果はない。

 彼はこう見えて天然だった。


「やはりそうなんですね! 僕、セナ様とヨースケ様の仲を応援します!」

「コ、コラっ! ロジ、良いかげ――」


「あああああ!!! ろおおおおじぃぃぃくうぅぅぅぅんんんん!!」


 今度はロジを抱きしめだすセナ。

 もう僕の声も届かないし、ロジも得意げだ。朝食ひとつでずいぶんと安くついたな……セナ。


「あの……もうそろそろ話の続きを……」


 しばらく感動にむせび泣くセナを放置し、キリの良い所で話しかける。彼女はロジの服で鼻をかんだあと、ようやく落ち着いたのか、いつもの調子に戻ったようだ。


「すまなかった。もう一生分、喜びに打ち震えたから大丈夫だ」


 あまり変わってないな。


「それで、ロジの両親の居場所なんだけど」


 王都に来た目的のひとつ。

 ロジの両親を探すこと。


 彼を捨てた親たちを探し、無事に保護させるのが目的ではあるが、あまり期待はしていない。生まれてからすぐにその存在を王都の貴族たちから隠し、挙句の果てには兄妹もろともペイルバインに放置したような親たちを、どうやって改心させるのか皆目見当がつかない。


 きっと見つけ出しても同じ結果になるのなら、最後は彼に判断させたい。そう思ったからこそセナにその居場所を尋ねた。


「うーん。ロジ君の家名がわかれば、それは容易いんだけどね」

「あ」


「ん? どうしたんだい、ダーリン」

「ヨースケ様?」


 セナに言われて、気付いてしまった。

 そう言えばロジの家名を尋ねたことがなかった。一番肝心な手がかりなのに、そこを見落としていたのだ。ふたりの視線を浴び、顔が赤くなるのを感じる。


「もしや、ロジ君の家名を知らないで探そうとしてたのかい」

「えっ!? な、なんで……」


 即座にバレたようだ。

 さすがのセナもジト目で僕を見ている。ああ……ロジ。キミまでそんな目で見るなんて。


「まあ、そこも僕の好きなとこだからね。ダーリン」

「す、すみません……」


「えっと。僕の家名ですよね……」


 反省したところで、ロジが自分の家名について語ろうとし始めた。セナと共に、彼の言葉に耳を傾ける。


「し、知らないんです。ごめんなさい……」

「「へ?」」


 声を揃える僕ら。

 すっかり聞く気でいたのに、飛んだ肩透かしを食らった気分だ。


「どうしてだい、ロジ君。自分の家名くらい知っているだろう」

「そ、そうだよロジ。ちょっと忘れているだけだよね」


 ふたりしてロジを問い詰めるが、彼は俯いたままだ。


「ふむ。困ったね。家名がわからなければ、どうしようもない」

「どうにか出来ないのか、セナ。さっきみたいに勅命とかで探すとか」


「うーん。出来なくもないが、さすがのボクも、王にそう何度も勅命を出させるわけには……」

「そ、そっか……」


「ごめんなさい……僕のせいで……」


 一度目の勅命もどうやって出させたのか怪しいものだが、セナがそう言う以上、無理なのかもしれない。そして振出しに戻った僕ら。これ以上はどうしようもないという空気が流れるなか、


「だから、ダーリンが王に会えばいい」

「へ?」


 突然の提案を笑顔で語るセナ・レイフェルト。

 思わず気の抜けた反応を返してしまったが、いやいや。この国の王に僕が会えと? いったい何を言いだすんだこのお嬢さんは。


 あまりにも現実味のない話に、僕は呆然としたままセナを見つめる。しかしそんな視線に屈することもなく、なおもセナは僕に詰め寄りこう言い放つ。


「ダーリンがボクの代わりに王に命令するんだ。ロジの両親を探してくれってね」

「め、命令って……はああああああ!?」



 またも朝の宿に、僕の叫びが響いていた。



ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。



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