第九十五話 友と別れるということ
「ペイトン……」
少し陽が暮れ出した街角。
ペイトンが西日を眩しがりながら振り返る。その先には僕やアルテシアたちが立ち、彼との少しの距離をずいぶんと遠くに感じていた。
依頼は完了し、僕やペイトンは晴れてお役御免となったのだ。それなりの報酬をもらい、下手をすれば今生で二度と会うかもしれない相手と、その場で別れているはずだった。
だが違うのだ。
ペイトンはすでに僕の親友だ。
共に命を賭けた旅をし、助け合い、そして笑いあった仲だ。リサメイたちとの別れに続き、ペイトンとの別れに直面した今、言いようのない気持ちが押し寄せて来る。いつだってそこにいたような感覚。もう仲間だと思っていた錯覚。たった四日程度の、短い時間のなかで培ったモノは、これほどまでに大きな存在だったのか。
いろんなことをペイトンから学んだ。
彼のジョブに嫉妬し、その知識の多さに唖然とし、神から祝福されたような、反則的なスキルの数々に憧れた。
僕のせいで彼は負傷したこともあった。
馬車使いとしての人生を失うほどのケガを負い、すべてを諦めた彼を【リセット】で救ったこともあった。
絆はより一層深まり、最大の強敵【黒の手】が迫ったとき、僕らの団結はそれまで以上に強くなっていった。魔人化に誘われたとき、彼の声は確かに僕に届いていた。お互いに貸し借り無しの仲だった。
そんなペイトンが去っていく。
悲しい。寂しい。どうしようもなく悔しい。彼を繋ぎとめるほどの理由やチカラを、僕が持ち合わせて居ないことに。
仕方がないんだ。
ペイトンには夢があり、そして新たな目標も生まれた。それは僕なんかが引き留めるにはおこがましいほどに、そして彼がその人生を賭けるほどの価値ある理由だ。
ペイトン・トウェイン。
トウェイン家の嫡男として生まれ、一族復興の礎となるホースメイカーへの道を選ばずに、家族と同じ馬車使いに就いた。それを彼は後悔していないと言う。御者ギルドに加入し、その後フリーを目指した彼は、この旅を最後にギルドを脱退する。
「いろいろ世話になったな。ヨースケ」
「そんな。僕の方こそキミにはたくさん……」
どちらともなく、手を差し出した。
固い握手を交わし、お互いに視線を逸らす。
こんなとき何を言えばいいのか。
ありがとう。
さようなら。
またな。
じゃあな。
行くな。
仲間になれ。
言えば良いじゃないか。言うのは容易い。
僕の心が簡単に言ってくれる。
言えば、そのあとのペイトンの答えはもう決まっている。別れのツラさが加算されるのはもうたくさんだ。彼は絶対に断る。彼は夢と定めを選ぶ。それがわかっていて自分の仲間になれとは言えない。
「あーその、なんだ。ははは。ちょっと別れが言いにくいな」
ペイトンが頭を掻きながらおどける。
そんな彼に思わず出そうになる言葉を、強引に呑み込んだ。
「これからどうするの」
ペイトンに尋ねる。
行き先は御者ギルドだろうか。依頼の完了を報告し、そしてフリーとなる話をそこで終え、ちょっとした送別会なんてものを開いてもらいながら――いや、ないな。そんな世界じゃないはずだここは。
「ああ。ギルドで報告して終わりだ。そのあとは途中だった旅の準備を始めるよ。まあ、あとはこいつらを手に入れるだけだったんで、もう完了も同然なんだけどな」
そう言って二頭の馬を見やるペイトン。
残りの馬とあの小さな荷馬車は、ロザリアのところへ返したので、僕らは今、何も持っていない。彼が白金貨五枚という価格で、僕から購入したこの馬たちは、砂上の義賊戦あとからここまで、あの激戦を潜り抜けた悪運の強い馬たちだ。彼らならペイトンの馬として十二分に働いてくれるだろう。
そしてペイトンに寄り添う角馬の子供。
彼女との出会いも彼の人生を大きく変えた。あのときあそこで出会わなければ、普通のフリーの馬車使いとして、人生を終えるはずだった彼に、一族の夢として運命の神に託されたのがこの仔馬だ。
つぶらな瞳はじっとペイトンを見つめ、自分の新たな主に信頼を寄せているようにも見える。ちゃんとした名前も決まらず、ジーナが気まぐれで呼んでいた、数々の雄の名前も結局無駄になってしまった。
「……元気でね。バルトレット」
ジーナが最後の命名をする。
その名を気に入っていないのか、仔馬はそっぽを向いたままだ。それにもめげず、頭をなで、首をさする彼女に、ペイトンも最後のツッコミを入れる。
「……ジーナちゃん、そいつはメスだ」
ニヤリとするふたり。
こちらもこの四日間で、絆とまではいかないが、それなりの関係を築いていたようだ。
「ペイトン」
「ヨースケ」
僕とペイトンの呼びかけが重なる。
そこからどちらが先かというやり取りを終え、僕から先に話すことになった。
「ホントは言うべきじゃないって思ってた。でも言わないよりは言った方が、自分自身に後悔しなくていいと気付いたんだ」
「……」
僕の語り始めをじっと黙って聞いているペイトン。こちらの意図を知ってか、無駄に話を挟むことなく、彼は真剣に聞いてくれる。そんな彼のふところに飛び込むつもりで、僕は自分の気持ちに正直になることにした。
「僕のな――」
「断る」
「――へ?」
被り気味に即答で断られた。
まだ要点も言えてないのに、僕の誘いをすでにお見通しだったペイトンに拒否される。落ち込む僕の肩をポンと軽く叩く彼が静かに言った。
「ありがとう、ヨースケ。お前の気持ちはすっげー嬉しい。それはホントだ。だが――」
「……」
フラれた相手に慰められているような気分で、僕は続くペイトンの言葉を待つ。
「今のお前と俺の進む先は交わらねえ。そこが変わらない限り、俺たちはずっと共に進むことは出来ない」
「進む先……」
彼の言葉の意味がわからなかった。
進む道とは何か。
僕の進む道……。
「だからヨースケ。お前がこの先、俺のちょいと先を進んでくれたのなら、俺は問答無用でお前について行く」
「ペイトン……」
「それまではサヨナラだ!」
清々しくサヨナラを告げるペイトン。
きっぱりと彼に断られ、その理由も知った。
今の僕と彼は交わらない。
どちらかが寄り添う、もしくはこの先徐々に近寄れば、彼は再び僕の前に現れる。それまではお互いに自分の道を進むしかない。
ペイトンとはそのまま別れた。
お互いに友としてまた再会しようなどとは言わない。本当に僕らが相手を必要とするなら、いつか必然として出会うだろうと信じ、彼のサヨナラ宣言を最後に無言のままその場をあとにした。
「お兄さん、あれで良いの? もっとこうさあ。ガシ~っと抱きしめ合うとかさあ……」
「いいんだ……ペイトンはあれでいいんだ」
呆気ない別れにジーナが苦言を呈する。
そんな彼女に、あれでいいんだと、自分にも言い聞かせるように返事をした。
男心というモノが理解出来ないジーナは少し不満げだが、本当に僕はあれで良かったと再度確信する。男同士の別れとはああいったものなのだと。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ヨースケさん」
宿の受付に行くと、置いてある大きなソファーに座った仲間たちのなかから、アルテシアが駆け寄って来た。代表者の到着を待っていたのか、僕の姿を確認してホッとした表情の女性が、アルテシアに伴ってこちらに向かって来る。
「あの、受付の方が」
「申し訳ございません。奴隷の方だけの宿泊は、ギルドで禁止とされていますので」
アルテシアに続いて宿の女性が発言する。
どうも奴隷の彼女に受付を頼んだのがまずかったようだ。王都の宿にはギルドが存在し、そこの決まりがあるのだろう、代表者の僕でないと、宿泊名簿を書くことが出来なかったらしい。不安そうなアルテシアの隣に立つ、宿の女性の手にはその名簿があった。
「すみません。僕が代表者になりますので、記帳を」
「お手数をおかけいたします」
僕がそれを理解し、宿の女性に謝ると、パッと明るい表情になった彼女も同じように謝罪する。彼女は特に奴隷を見下すことはないようで、隣でホッとするアルテシアにも笑顔で対応し、僕に対してもわざわざ深々と頭を下げた。さすが僕らの事情を察している、ペイトンが勧める宿だけのことはある。
受付を済ませ、部屋を三部屋借りることになった。
僕とロジの男部屋。
アルテシアとジーナの年長女性部屋。
そしてパニシャたち年少部屋の班分けだ。
「では、お夕食は各部屋にお持ちしますね」
受付の女性にはそうお願いした。
結構な大所帯のうえ、人族を苦手とするパニシャたちを気遣ってのことだ。部屋食は特別料金になるが、人目を気にせずゆっくり食事が出来ることに比べたら安いものだ。パニシャたち、黒狼族の五人も安心しているし、それくらいの贅沢は良いだろう。
部屋は特に特徴のない普通の部屋だった。
質素なベッドがふたつと、小さなテーブルと椅子。個別の風呂もないし、バルコニーだってない。ペイルバインで最後に泊まった【ジェニファー&ローガン】の特別室に比べたら、その見栄えは遥かに落ちるが、王都で普通の宿といえばこれくらいだろう。
だが、牢屋同然の部屋で育ってきたロジ少年にとっては別だった。彼は部屋の扉が開かれるなり、ほおっと惚けたような顔になると、部屋の扉をくぐるのを躊躇しだしたのだ。クーランノイエでは宿に入った時点で寝ていたので、今回が初の宿体験だった。
「どうしたんだい、ロジ。部屋に入りなよ」
敷居を跨がずモジモジするロジに、入室を促す。
案内をしてくれた宿の女性も、彼の行動にクスクスと優しい笑みを浮かべている。
「あ、あの……ヨースケ様。ぼ、僕のような者が、こんなお部屋に入ってもよろしいのでしょうか」
「何言ってんだよ。キミが入らないと宿の人が困るだろう?」
僕の言葉にハッとしたロジが、宿の女性がずっと、扉のノブを押さえたままでいるのに気付き、あわてて部屋に飛び込む。それを見てさらに彼女の表情がほころんだ。
「ふふふ。お客様。そんなにかしこまられると、こちらが困ってしまいます。どのお客様にも平等にお部屋をご提供しておりますので、どうか安心しておくつろぎ下さいませ」
「あ、は、はいっ!!」
優しい笑みでロジ少年をもてなす宿の女性。
そんな彼女に少し赤い顔で返事を返すロジ。女性は純粋な彼のようすに、ころころと笑いながらも僕らに深く頭を下げたあと、扉を閉め部屋を去っていった。
「お、お客様って言われてしまいました」
「そうだよ。ここでは僕ら全員が、彼女たちのお客様なんだ。だからといって偉そうな態度で接してはダメだ。僕らも宿に泊めさせてもらっているんだからね」
うんうんと大きく頭を振るロジに笑いかけ、旅で身につけていた装備をアイテムバッグに収納し、身軽な服装になる。そしてベッドに向かって思いきりダイブした。
少し跳ねる体。
前世のようにはいかないが、それでもふかふかのベッドは気持ち良く、わざわざ大げさにダイブした甲斐があった。
「ヨ、ヨースケ様! な、なにを……」
「ロジ。宿に泊まったらまず最初にすることはこれだよ!」
僕の突然の行動に驚くロジに対し、冗談だがそんなことを彼に言った。少しでも彼の緊張をほぐしてあげたかったのと、初めての宿を楽しんでほしかったからだ。
「ぼ、僕もやっていいんでしょうか」
「当り前さ。ほら!」
まだ緊張の取れないロジの前で、もう一度ベッドにダイブして見せた。二度のダイブを見せられ、さすがにこれはやって良いものなのだと理解した彼は、おそるおそる隣のベッドに近付く。
「えいっ!」
小さな掛け声と共にロジがダイブした。
彼の軽い体はパフっとベッドを凹ませた程度で、とても跳ねるとまではいかなかったが、それでも彼は大満足だった。
「わあ! た、楽しいです! ヨースケ様!!」
満面の笑みでベッドから体を起こすロジ。
初めてのダイブは、とても気に入ったようだ。
「よーし! どっちが高く跳ねるか競争だ」
「はいっ!」
そう彼に宣言し、僕らふたりはベッドに何度もダイブする。初めて訪れた王都の夜、僕らは心行くまでベッドで遊び、笑いあい。たっぷりと部屋の食事も堪能し、そしてぐっすりと眠った。
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