第九十三話 合理的な彼女
「さて。積み荷のチェックは終わったので、次に移るか」
積み荷の受け渡しは一部のを除き完了した。
未だうしろで落ち込むリサメイ以外のメンバーはロザリアの言葉にホッとする。これで王都に来た一番の目的がほとんど終了したからだろう。僕やペイトンは顔を合わせ、お互いの苦労をねぎらう。アルテシアやジーナもよく頑張ってくれた。この場にいるメンバーの誰かが欠けたとしても、この依頼は達成していなかったかもしれない。
王都で仲間に加わったパニシャたち黒狼族の乙女たちは、あまり状況を理解していないせいか、きょとんとしたままだが、これから彼女たちをどうするかは未定だが、また王都からペイルバインに戻るときは、いろいろと役に立ってもらわないとイケない。それはここでリサメイや、白狼族たちとはお別れになるからだ。
ロザリアの次とは、たぶん譲渡のことだろう。
ローザに自分ではなく孫へ譲渡してくれと言われ、積み荷の定期便に合わせてこちらへと伺ったが、あのときリサメイたちと別れていたら、こんな風に寂しくなっていただろうか。きっと一つのしごとを終え、報酬だけに満足してしまっていたかもしれない。
今回のことにより、彼女たち獣人という種族を知ることができ、そのうえで友情や連帯感などがお互いに芽生えたことは、僕やアルテシア、それにジーナだって、一生思い出に残るような経験だったに違いない。
それらを思うと、あのローザの無茶ぶりに、当初嫌がっていた自分を怒鳴りつけたくもあるが、これから僕らが直面する、別れという寂しさを味わうことを差し引いたとしても、ローザという女性には感謝しか残らない。
「譲渡ですね」
「うむ。その前に奴隷たちにひとつ言っておくことがある」
「「「「!?」」」」
ロザリアの含みをもつ言い方に全員が反応する。
奴隷と範囲を指定することは、リサメイたちの奴隷条件について話すのだろうか。商売人の彼女には、他にも多くの奴隷を抱えているようだ。そのほとんどがこの店の従業員らしい。普通に雇う人員と違い、彼ら奴隷は主への忠誠をその首輪によって強制的に誓っているため、裏切るといった心配がない。その点では、奴隷という存在は、彼女たち商人にとってなくてはならないものだ。
その辺りが、貴族アレックスとロザリアの違いだ。
奴隷を好まない彼と、奴隷を有効活用する彼女とでは、考え方がまるで逆だ。きっとこんな場面でふたりが出くわすと、非常にマズいことになるかもしれない。ただここで問題なのは彼女が奴隷をどう扱うかなのだ。闇奴隷オークションで見たような、あの同業者の男と同じような考えをロザリアが持っていた場合。僕は全力でリサメイたちを守り、そしてどんなことをしても、彼女たちをこの手に取り戻すつもりだ。
「まずは給料の話だ。お前達には普通の従業員と同じく給与が支給される。これは自由に使っても良し、貯蓄して借金の返済に使うも良し。すべてお前たちの自由に任せる」
白狼族たちから、感嘆の声が洩れる。
さきほどまで落ち込んでいたリサメイも目を見開き、ロザリアの言葉に耳を向ける。彼女を含め、全員の尻尾が激しく揺れているのは嬉しい証拠だ。
「もちろんそれだけではない。奴隷たちには住む場所を与え、仕事以外の自由な時間、そして休みも認めよう。私に用がない限り、王都の近隣なら、どこへ行っても構わん。冒険者ギルドへの特別奴隷登録も私の権限で許す。休みを利用して、小金を稼ぎたいなら好きにしろ」
「特別奴隷登録!?」
ロザリアの言葉に思わず復唱してしまう。
以前アルテシアの冒険者登録について、ペイルバインの冒険者ギルドでマルガリータに尋ねたことがあった。そのときは分配の件で奴隷には登録権利がないと説明されたが、どうも特例があるらしい。僕をチラリと見る彼女が、それについて説明してくれる。
「騎士団の上位役職の権限にあるのだ。その場合、私はその冒険者パーティーに加わることは出来ないが、奴隷だけのパーティーなら登録を許している。まあこれも、私か王国騎士団団長しか持たない権限だがな」
「えっと、僕がパーティーに加わらないなら、アルテシアやジーナが登録することも出来るってことですね」
「そうだ。しかしそんなことを言っても、それを厳守するのをギルドがいちいち監視するわけでもなかろう。実質奴隷とパーティーを組める裏技みたいなものだ」
そう言って、彼女は懐から一通の封書を出す。
それを僕に投げ渡すと、
「それが許可証だ。必要なら使うがいい」
「え? あ、ありがとうございます!」
思わぬところで奴隷パーティ許可証を手に入れた。
ロザリアに礼を述べ、うしろにいるアルテシアたちへと振り返る。
「やったよ、アルテシア、ジーナ! これでキミたちにもちゃんと報酬が出せるよ」
「ありがとうございます。でも良いのですか?」
「お兄さん、ホントそう言うとこマジで律儀なんだから。まあ……そこが良いとこなんだけどさ」
「ホントにありがとうございます! ロザリアさん!」
喜びのあまりそのことを口にすると、戸惑いつつも頭を下げるアルテシアと、呆れながらも少しはにかむジーナ。それぞれの反応に満足し、再びロザリアに頭を下げる。
「ふふ。そんなに喜ぶとはお前も変わった男だな。まあいい。それは好きに使え。それでは話を戻すぞ。それで――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
僕の言動が面白いのか、少し笑みを浮かべるロザリアが、再び逸れてしまった奴隷条件の話へ戻そうとすると、うしろにいたリサメイが彼女の言葉を遮った。
「なんだ。人獣の女」
「リサメイだ。それとあたしは人獣じゃねえ、獣人だ。あんたに聞きたいことがある」
真剣なリサメイの表情。
先に話しを進めるのを遮られ、自分の時間を惜しむロザリアが、多少訝しがりながらも、彼女の訴えに耳を傾ける。
「質問か。なんだ、言ってみろ」
「わりぃ。ホントにさっき言ったことは、あたしたちにも認められるんだな。時間とか給料とかギルドとか――」
「くどいぞ。私に同じことを言わせるな。お前らは基本自由だ。ただし、私の言うことは絶対だ。逆らうことはゆるさん。それだけは覚えておけ」
「ああ。もちろんだとも! 借金を返すために……それともっと強くなるために、あたしには冒険者ギルドが必要なんだ!」
さきほどの件もあり、多大な謝金を背負うことになってしまったリサメイ。僕のところに戻りたいという一途な気持ちに胸が痛いが、彼女は自身が強くなることも夢のひとつなのだ。そんな彼女にとって冒険者ギルドの登録は、願ってもないチャンスだろう。
「ふふ。王都のギルドには、他の街や村にはない一獲千金の依頼もある。せいぜい頑張るがいい」
「ああ、ありがとう。でもよ。あんたはなんで奴隷にそんな寛大なんだ? 普通そこまでやんないだろ」
ロザリアの奴隷に対する条件の良さに、疑問を呈するリサメイ。それは僕らも気になるところだ。
「なあに。簡単なことだ。私は自分自身、他人から時間で縛られるのが大嫌いだ。騎士団の仕事などまさにそういった拘束時間が多い。だから好かん。そんな無駄な時間があるのなら、私は金になる商売の方を取る。だから相手にも時間を無駄にさせることを私は好まん。それがたとえ奴隷であったとしてもだ」
その答えに僕らは感心する。
極めて合理的というか、なんとも彼女らしい答えに感動した、リサメイや白狼族たちは膝をつき、新たな主に忠誠を誓う。ロザリアのような人物が新しい主なら、僕も安心だ。そんな彼女たちをローザとの約束通り、孫であるロザリアへと譲渡した。
「うむ。これでお前たちは私の奴隷となった。では、今から道中での積み荷を守護した追加報酬を支払う」
「え? あ、そっか。そんなのがあったんだ」
ペイルバインを出て間もなく、砂漠を抜けたくらいでアルテシアに聞いた、道中で盗賊や魔物たちから積み荷を守った場合、それが追加報酬として支払われるという件だ。リサメイたちと違い、僕らは臨時で定期便に乗せられたので、護衛として別の報酬がもらえるらしい。
「御者ギルドの者よ。すべての真理に誓いの言葉を」
「はい。わたくしペイトン・トウェインは、御者として照覧した、ありのままの真実を包み隠すことなく、打ち明けることをここに誓います」
ロザリアに呼ばれ、前に進み出たペイトンが、畏まった風に宣言をした。そしてつらつらとこれまでの戦いの経歴、倒した魔物の数や人の数を発言し、最後にまた同じ宣言をして報告を終えた。
「ふむ。鼻も伸びておらんし、真実か。では報酬を集計し、持って来させよう」
ロザリアが脇に控えていた女性の奴隷に合図をすると、その奴隷は部屋を出て行った。それよりも気になったのが、彼女の言葉にあった【鼻】だ。伸びるとはなんだ?
『あとでわかるから黙って聞いとけ』
僕がそのことを考えているのがわかったのか、ペイトンがこちらに向かって小声で話す。特に期待もせず、その機会を待つということで、このことを頭からいったん消し去り、僕らは奴隷の女性が戻るのをしばらく待つ。
「そう言えばさ。ロザリアさんはなんで精霊を扱えるわけ? あれってエルフの特権じゃん」
少し待つ間に、暇そうにしていたジーナが、ロザリアに疑問を投げかける。普通に彼女が腕から出したので、気にもならなかったが、言われてみればその通りだ。そして、彼女はメイウィンのようにエルフ特有の耳があるわけでもなく、どう見ても人族の特徴しかない。
「お前たち、私の祖母、ローザ・ヴァンガードを知っているな。彼女はエルフと人族のハーフだ」
「「「「ええええええええっ!?」」」」
真なる本日三度目の驚きが来た。
彼女を知る者全員が驚いた。あのローザがハーフエルフ? 冗談だろ!? そう誰もが内心思っている。だから驚いた。ロザリアはウソを言わない。そんなことに策を労する時間さえもったいないはずだ。だとすれば真実。ローザはエルフの血を引くということだ。そしてそれは孫である彼女にも、当然脈打っているということになる。
「おばあさまは、ああ見えて二百才を越えてらっしゃる。残念ながらハーフゆえに、永遠の若さというモノは手に入らなかったが、それでも寿命は人族とは大きく異なる。まあ、そのおかげでおばあさまのレベルは人族のなかでは群を抜いて高い。経験を積める年数が違うからな。過去には私と同じく騎士団の副団長を一任されていたこともある。ちなみにそのときの団長は私の祖父だった方だ」
「き、騎士団の副団長……な、なるほど」
やはりローザの強さはそちらからくるものだった。
過去に副団長、そして今はその強さを持て余した武器商人。彼女に何があったか知らないが、騎士としての立場を捨て、武器商人になったことは、それなりに人には言えないような過去があったのだろう。それにしてもあのローザが。
「あれあれえ~? なーんかロザりん、ローザさんのことになると、チョー饒舌になるじゃーん!」
「なっ!」
調子に乗ったジーナが、とんでもないことをロザリアに言い出した。その命知らずな行為に彼女の強さを知る者たちが固まるなか、顔を真っ赤にしたロザりんことロザリア・ヴァンガードが叫んだ。
「ば、ばばば、ばかものぉ! わ、私はべ、別に、おばあさまのことなんか……」
そのようすに僕らは察した。
天下に名の通る王国の騎士団副団長ロザリアは、とびきりのお婆ちゃん子だということを。そしてそれを即座に感づいたジーナの観察力にも驚く。
「なあんだあ~。ロザりん結構かわいいとこあんじゃん。アタシ好きだよ! お婆ちゃん子」
「か、からかうなあ~猫むすめえぇ~。わ、私はこう見えても、五十を過ぎた大人だぞ? そ、そんないつまでもお婆ちゃん子でいるわけなかろうが……」
「「えっ? ご、五十!?」」
僕とペイトンが同時に叫び、顔を見合わせる。
彼も少なからず、ロザリアの美貌に惹かれていたらしい。僕と目が合うとお互いに頷き合ったのが証拠だ。うしろのアルテシアが少し咳き込むが、僕はあくまでも一般論として綺麗だなと思っただけだ。それにしてもさすがはエルフの血を引く彼女。どう見ても二十代前半、もしくはそれ以下にしか見えない。
「お待たせしました」
女性が戻り、小袋が乗ったトレイを持ってきた。
ちょうど良い所に助け舟が来たと、ロザリアが大きく咳ばらいをして、この話は終了する。ジーナだけはニヤニヤと笑っているが、それをあえてわざとらしく無視する副団長が少し可愛い。
「ではそれを受け取ったらさっさと帰れ。当分顔を見せるな。いいな」
ジーナが視線を塞ぐのを手で払いつつ、素っ気ない態度で僕らに退室を命じるロザリア。最後に彼女をからかい過ぎたせいか、近寄り難いオーラを振りまく彼女。
奴隷の女性が用意した小袋はふたつあり、ひとつはペイトン。もうひとつは僕らに渡された。それを手にし、ペイトンと一緒にロザリアへ礼を述べる。
すっかり退屈モードになった、黒狼族の少女たちとロジがあくびをしていたので。ここらが潮時かと思い、ロザリアの言う通り、僕らは彼女の店をあとにした。
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