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第八話   未熟な僕の皮算用

2024.2

すべてのシーンにおいて加筆・修正しました。



「アルテシア、やったよ! 薬草畑だ!」


 そう叫んだのと同時に、アルテシアからお叱りを受ける。

 実際には声をあげた僕を、軽く目でたしなめただけ。

 森に入ってからは、なるべく大声をあげないようにと、注意を払ってきたけれど、さすがにこの薬草畑を見て、興奮するなというのが、どだい無理な話。


 それだけのモノが、ここにはあった。

 一面に広がる巨大な薬草の絨毯――

 とでも、表現してしまいそうなほどに広大な薬草畑だ。

 ここから見える薬草は、どれも青紫の花を咲かせ、まるでラベンダー畑のよう。

 

 薬草の特徴を、脳裏に焼き付けまいと目を凝らす。

 青紫色の花から下の茎は白くて細長い。

 逆に青々とした緑の葉は、茎と反して幅広く、そして肉厚だ。

 アルテシアによれば、葉の部分に回復の効果があるとのこと。

 逆にあの綺麗な青紫の花には、なんと毒があるらしい。

 彼女も外見を知らないと言いつつも、葉の効用と花の毒素のことは知っていたようだ。

 

 ちなみにポーションは、葉を絞ることによって作られるそうだ。

 肉厚の葉っぱといえば、アロエが思い浮かぶ。

 この薬草も、果肉として葉の部分が食べられるかもしれない。


「それにしても長いな」

「ですね。もう少し待ちましょう」


 僕らは今、この薬草畑を前にしてお預けを食らっている。

 それというのも、現在薬草畑には件のレイクゴブリンが群がっている最中だから。

 あの湖から、アルテシアに手傷を負わされて逃げてきた奴らは、ここで薬草に貪りついている。

 それも葉っぱだけでなく、茎や花も丸ごとだ。

 いや、毒とか大丈夫なのかな。


 ただ魔物と違い、僕ら人間――人族は、薬草をポーションに加工することが出来る。

 魔物にはそんな技術や知識がないためか、そのまま摂取するしかないようだ。

 それでも効果があるのなら、食べた方が手っ取り早くないか?


 そう思って見ていると、花の毒素にあたったのか、レイクゴブリンの何匹かは、天を仰ぎながら悶え苦しんでいた。

 ――

 ――

 うん。食べるのは無し。


 そんなわけで奴らが満足に回復し終えるまでは、下手に刺激しない方がいいと、ここで待機することになった。


 しかし、長い。

 もうかれこれ一時間くらい待っているけれど、数が数だけに時間がかかるらしい。

 そのうえ、奴らは直接摂取なので、毒にやられた奴が回復するために、また丸ごと食べて、また毒にあたるという、まさかワザとやってないかと、思わず疑いたくなるような行為を繰り返す輩まで出てくる始末。


 そんなわけで、今はレイクゴブリンたちの回復待ちだ。

 途中で仮眠もとりつつ、気長に待つ。

 そして、最後の一匹が回復した頃、辺りは暗くなっていた。


 レイクゴブリンたちの気配が消えたのを確認し、僕らは薬草畑に足を踏み入れた。

 誰もいない薬草畑は、青紫の花が咲き乱れ、美しい庭園のようにも見える。

 前世のようにスマホなんかがあれば、この薬草畑を背景にアルテシアと一枚記念に撮りたいくらいだ。

 

「ずいぶん待たされたなあ。もう真っ暗だよ」

「でも暗いおかげで、すごく綺麗です……」


 感動したようすで薬草畑を見つめるアルテシア。

 彼女に言われて、改めて花の部分を見ると、確かに淡く光っている。

 そんな能力なのか、もしくはそういった物質が含まれているのか。

 どちらにせよ、広い薬草畑全体が光りを放ち、僕らをまるで幻想の世界に誘うかのような気分にさせる。

 デートスポットという概念がこの世界にあれば、ここは間違いなくそう呼ばれるに違いない。


「なんだか、採取するのがもったいないような気分だね」

「ええ、ホントに。でもそうも言ってられませんし……」


 そうなんだ。

 僕らには時間に猶予がない。

 少し残念そうなアルテシアと頷き合い、なるべく薬草を踏まないよう慎重に進んでいく。

 思ったよりもレイクゴブリンが食い荒らした場所は小さく、残る面積にもまだまだ余裕がある。

 これなら、六百本の確保も問題なさそうだ。


「六百本以上……いや、もっとあるね」

「はい、ここはきっとマーガレットさんから伺った、未開の薬草畑かもしれませんね」


 そういえば聞いたな。

 マーガレットさんの情報でその話を聞いて、それで期待が持てたんだった。

 ここがその未開の薬草畑なら、僕らはとてもツイてる。


「これならなんとか目標数にイケそうだけど、今日はもう夜も遅いし、また明日にしようか」

「え?」


「あーだって、摘み取るには、この明るさでもちょっと厳しいし、明日の朝一なら十分に……」

「それなら大丈夫です。私に任せて下さい」


「えっ」


 またしてもアルテシアの安心発言。

 さすがに無理だと思っていた僕は、思わず彼女を覗き込んでしまう。

 彼女はそんな僕の反応を見て、微笑みながら頷く。

 えーっと。これはもしや――


「危ないので、少し離れて下さいね」

「やっぱり……!」

 

 予感した通りだった。

 笑みを浮かべたアルテシアから何やら物騒な指示が。

 あわてて距離を取ると、彼女はおもむろに腰の剣へと手をかける。

 思わずその手に目がいくも、すでに剣は抜かれたあとだった。

 抜刀の速さに、こちらの目が追い付けない。


「な、何するの、アルテシア」


 僕の問いかけに返事はない。

 アルテシアは目を閉じ、集中している。

 そして湖のときと同じく、手にした剣を下段にかまえた。

 その直後、周囲の薬草畑が、彼女を中心として急にざわつき始める。

 何かの前触れか、それとも――



 ―【騎士スキル】 高速剣(ハイ・ラッシュ) ―



「――っ!」


 またアルテシアの姿がブレた。

 これはあの湖で見た現象と同じだ。

 唯一違うのは、僕と彼女の距離。

 前回よりも近いのか、彼女が剣を振るうたび、剣圧がここまで届く。


 今度はしっかりと聞こえた。

 これは彼女のスキルだった。

 そして、このスキルの対象は薬草だ。


 無数の剣線が彼女から繰り出されると共に、青紫の吹雪が巻き起こる。

 次々と切り取られていく薬草が、僕の頭上に広がる宙を舞う。

 そのひとつが手元に落ちて僕の目にとまり、その精度に驚愕する。

 薬草に無駄な傷なんてひとつもない。

 それどころか、地面すれすれの位置で茎が切断されていた。

 これは、ただスキルを唱えるだけで成し遂げられるモノなのか。


「すごい……」


 改めてアルテシアの行動に注目する。

 彼女が移動するたび、剣線は新たに薬草を舞い上げる。

 そのとき、地面に何も変化はない。

 剣先が土埃をまき散らすこともなかった。

 ただ無謀に振り回しているのではなく、彼女は正確に地面と薬草の付け根を切断しているんだ。


「すごいよ、アルテシア……」

  

 僕は思い違いをしていた。

 ただスキルを唱えるだけで、勝手に何かが処理されるのだと。

 でも、この状況を見て確信した。

 これはスキルだけの効果じゃない。

 戦闘職のジョブに発現するスキルは、自己に能力があってこそ得られる力なんだと。


「なんてすばらしいんだ……」


 ここはスキルだけに頼っていない。

 そんな甘い世界じゃない。

 ゲームのように楽な能力ばかりじゃない。

 この世界の人々は現実に生きているんだ。

 このスキルを現実のものにするには、並大抵の努力では不可能だろう。

 アルテシアの類まれな才能と努力の結果、こうした精密な動きが可能となった。

 レイクゴブリンに対する手心も、この薬草の断面も、彼女の優しさの表れかもしれない。

 きっとこれが出来るのは、彼女だけしかいない。

 彼女の騎士レベル32は伊達じゃないんだ。


「アルテシア!!」


 僕の呼びかけと共に、アルテシアが振り返る。

 同時に彼女を取り囲む剣線が止み、宙を舞う薬草がゆっくりと舞い降りていく。

 僕らの薬草採取は、結局彼女ひとりの活躍によって終わりを告げた。

 ただ、このあと僕が彼女のスキルと人となりを絶賛したのは、言うまでもない。


 役目を終えた剣が鞘へと戻る。

 そこでフウと一息つくアルテシア。

 いくらスキルとはいえ、ある程度の体力は消耗されるようだ。

 そうでないと、回復アイテムなんて存在意義を失ってしまう。


「お疲れさま、アルテシア。すごく助かった!」

「いえ、ヨースケさんこそ、お疲れさまでした」


 ひと汗かいた風のアルテシアを労う。

 この場合、スポーツドリンクよろしく、ポーション片手が定番なんだろうか。

 今はそのポーションの元になる、薬草を集めているんだけど、さすがに生薬草を渡すのは違う気がする。


「あ、でもこのあと薬草を回収する役目あったんだ」

「そうでした。ヨースケさんには、まだお役目ありましたね」


 のんきにお疲れさまなんて、言ってる場合じゃなかった。 

 冒険者ギルドでマーガレットに借りた、アイテムバッグ。

 この魔道具の使い方はギルドを出る間際、なんとか彼女に教えてもらえた。

 たしか、バッグを開けたままで――


「収納! 【刈り取った薬草】――うわっ!!」


 マーガレットの説明どおりに呪文を唱えた。

 山のようにあった薬草が瞬時に消える。

 その早さたるや、瞬間移動かと思うくらい驚かされた。

 ちなみに、ここで薬草と唱えるのはご法度らしい。

 そうしてしまうと、刈った薬草ではなく、地面に生えてる薬草を選んでしまい、無効になるそうだ。

 うん、そのあたりは結構シビアだね。


 アイテムバッグの中身を見る。

 薬草の姿はなく、代わりに異次元のような、暗い空間が広がっている。

 名前を呼べば、たちまち吸い込まれるなんて、なんだか昔聞いた物語みたいだ。

 ただ、マーガレットによれば、生きている人間を収納するのは不可能らしい。

 では、生きていない場合は? という質問には答えてくれなかった。

 魔物の死体なども収納するから、わかるでしょという顔はされたけれど。


「アイテムバッグ、便利だなあ」

「すごく高価なものですから、貸していただけたマーガレットさんには感謝ですね」


 やはり高いのか。

 アルテシアも値段までは知らないらしい。

 どこに売ってるんだろうか。

 もちろん今は買えないけれど、いつか欲しいモノ候補だな、これは。


 アルテシアのおかげで、クエストは無事に達成。

 なんとか今日のうちに薬草も回収出来た。

 とりあえず、確認のため、しばらくぶりにアレを念じてみる。



【ステータス・オープン】


【名前】    

 ヨースケ

【固定ジョブ】 

 奴隷ディーラー レベル2

【業】

     

【人種】    

 人族

【年齢】    

 16

【ステータス】 

 良好

【装備】    

 良質な普段着

 革のベルト

 良質なズボン

 硬質なブーツ

 アイテムバッグ 

【刈り取った薬草753】

【所持スキル】 

 奴隷契約 2

 奴隷解除 2

 奴隷売買 2 

                

                   □



 あ、暗い場所で開いても明るいのか。ステータス画面て。

 薄暗くなった薬草畑に、ひと際輝く画面が現れる。

 照明の代わりになるなんて、罰当たりなことを考えながら、画面を確認。

 アイテムバッグは装備品として認識されているらしい。

 薬草の数を確認すると、思ったよりも多く入っている。

 これなら銀貨六枚以上の報酬も期待できる。


「あ、ヨースケさん、レベルが」

「え? あっ、ホントだ! レベル2になってる!」


 同じく一緒に画面を覗いていたアルテシアに指摘され、自分がレベル2になっていたことに驚く。

 そういえば、この薬草畑に向かう途中で、いくつか魔物に遭遇した。

 大型の鹿のような魔物が数体。別の群れらしきレイクゴブリンたち。

 湖から逃げたレイクゴブリンたちは命拾いしたけれど、他の魔物は別問題だ。

 放っておくと他の被害が起きる可能性もある。

 なので、出会った場合の討伐は、義務となっているらしい。

 その魔物たちを倒した経験値――アルテシアが倒したやつばかりなのに、僕もおこぼれをもらえたようだ。


 経験値とざっくり言ってるけれど、アルテシアの説明では、この世界には魔素という力の源があり、相手を倒して得られる魔素が一定値貯まると、それが身体強化やスキルなどを発現させるきっかけとなるらしい。

 同じ戦いの場にいると、倒した相手から出た魔素が僕にも吸収される。

 そういう仕組みだそうだ。


「スキルも増えてる。奴隷――解除? なんだろ……」

「契約――に、関するものでしょうか。解除なら奴隷契約を解除とか」


 スキル欄に追加された、新たなスキルを発見する。

 レベルアップで増えたか、他のスキルを使用したことで派生したのか。

 アルテシアの言う通り、これは奴隷契約を解除するスキルに違いない。

 だとすれば、彼女と奴隷契約を結んだときに、発現した可能性もある。

 

「……」

「?」


 一瞬、アルテシアに奴隷解除を使うことを想像した。

 無垢な瞳で首をかしげる彼女と目が合う。

 とっさに逸らしてしまう。


 ギルド登録後にふと考えたことがあった。

 登録のために契約したアルテシアと、一緒にいる理由がなくなったと。

 あのときは僕の警備だなんだと誤魔化したし、彼女もまんざらでもないようすだった。


 でも本当にこれで良かったのか。

 アルテシアを奴隷として束縛しても。

 彼女なら騎士としてもっとやるべきこと。

 居るべき場所があるんじゃないのか。


 契約を解除しても、アルテシアは一緒に居てくれると思う。

 でもそれは僕の希望ってだけで、本当の彼女の気持ちはわからない。

 奴隷解除をすれば、僕らの繋がりは終わってしまう。

 解除されたら、彼女の気も変わってしまうかもしれない。

 そうなった場合、僕は――平気でいられるのか。


「アルテシア……あの――」

「ヨースケさん、そろそろ戻りましょう。街にも門限があります」


「え?」

「急がないと! 今夜は野宿になってしまいます」


「えっ、ちょ! 僕は話が――」


 悩みはそこで断ち切れた。

 湖の森から一気に空へと担ぎ上げられた僕はそこで気絶。

 幸いにもその後のことは覚えていない。

 気付けば街に戻っていたから。



 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「お客さんですか。宿をお探しの方は」


 疲れ切った頭に、聞き慣れない声がした。

 どうにか重い首を動かし、声のする頭上を見上げる。

 そこには見知らぬ少女とアルテシアが立っていた。

 ああ、そういえば街に戻って来たんだな。


 気絶から気が付くと、そこはペイルバインの大広場だった。

 ベンチに横になった状態で目覚めた僕は、アルテシアから宿を探しに行くと告げられた。

 まだぼうっとした状態だったので、とりあえず了解とだけ返事。

 それからベンチを這い上がるようにしてもがき、なんとか座った状態にまで持ってこれた。

 そうした頃合いに、件の少女に声をかけられる。


 僕よりもだいぶ若い年齢だろうか。

 簡素なメイド風のエプロンを掛けた、明るい表情で話す少女。

 あまり意識がはっきりしていないので、顔はよくわからない。

 僕には一言だけ声をかけ、そのあとの交渉はアルテシアと交わしている。

 彼女に任せれば、なんとか部屋も取れるだろうと、少し上の空な状態でその会話を聞いていた。


「ヨースケさん、宿が取れましたよ」


 アルテシアが優しく語りかけてくれる。

 どうやら交渉は成立し、僕は彼女の肩を借りながら、宿屋の者と思われる少女のあとを歩く。

 歩くのはいいけれど、この街は北大通りに宿や商業地が集中している。

 地形上、北大通りは坂道になっているので、今の自分にとってツラい道のりだ。

 しかも、最初に泊まった宿よりもさらに上にあるらしい。

 もしかして値段も高いとか。

 心配になり、少女に聞こえないよう、アルテシアに尋ねる。


(大丈夫だと思いますよ。少しあの宿より高いですが)


 また大丈夫で済ませるアルテシア。

 値段はどうなった。


 宿に着く頃には疲れがピークになっていた。

 道中しつこく聞いたおかげで、宿の内容を知ることが出来た。

 部屋はひとつ。ただしベッドは二台あるそうだ。

 値段は一泊が銀貨一枚と大銅貨九枚。


 うーん、ほぼ倍だね。

 アルテシアの言う、()()とは?

 けっこう高いけれど、この際仕方がない。

 明日になれば薬草の報酬がもらえるし、そのあともクエストを受ければいい。

 ここは少しぐらい贅沢をさせてもらって、早くのんびりしよう。


 宿に入り、カウンターで記帳をし、簡単な説明を受ける。

 前の宿は記帳なんてしなかったな。あれでいいのか心配になる。

 前払いで宿代を支払い、これで残高はちょうど銀貨二枚になった。


「ああ、ベッド。ベッドだ……」


 部屋に着くなり、ベッドにすがりつく。

 これをずっと求めていたんだ。

 部屋も広くて清潔だし、なによりベッドには枕と布団があった。

 最高だ。ここでずっと暮らしてもいい。

  

 最初の宿を基準に考えていたけれど、異世界の宿もまだまだ捨てたものじゃない。

 ちゃんと枕という文明や、布団という概念だってある。

 シーツだけなんて、あそこだけじゃないのか。


「ヨースケさんは先に休んでください。私は剣の手入れをしてきます」


 アルテシアはそういって部屋を出て行く。

 宿屋の少女のはからいで、手入れの道具を貸してもらえるのだそうだ。

 いい宿みたいで良かった。 


 部屋には僕ひとり。

 そのままベッドで仰向けになる。

 明かりは小さなランプのみ。

 暖炉もあるけれど、今は使っていない。


 少し薄暗いなか、ランプの灯りに手をかざす。

 そこに刻まれた【エンゲージメント】の印がぼんやりと照らされる。

 赤黒い痣は、今も僕に限られた時間があることを訴え続ける。


 短い付き合いだったけれど、これとも明日でサヨナラだ。

 そう、明日になれば、少しだけお金に余裕がある生活が手に入る。

 やっとまともな生活が始まる。

 アルテシアにも、何か買ってあげたいな。

 

 そんな明るい未来を想像しているうちに、睡魔が僕を夢のなかへと誘い始めた。

 ああ。今度はちゃんとした眠りにつけそうだ。

 おやすみ。アルテシア――



 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「どうしてダメなんですかっ!!」


 冒険者ギルド内に響く怒声。

 朝早くから何事だと、周囲の冒険者たちが訝しむ。

 カウンターを力任せに叩き、その音がさらに注目を集める。

 

 そのカウンターには見知った受付嬢がひとり。

 怒鳴った声にも動揺せず、涼しい顔で椅子にふんぞり返っている。

 彼女の名は確かシャーリー。

 怒鳴っているのはこの僕だ。

  

 なぜそんな状況になっているのか。

 それはほんの数分前のできごとが原因だ。

 ――

 ――


 僕らは朝一番に冒険者ギルドを訪れた。

 もちろん、クエストの報酬をもらうのが目的だ。

 でももうあまり時間がない。

 武器屋の老婆との時間まで、あと数時間と迫っていた。


 何の問題もなく、クエストは達成だと思っていた。

 薬草採取も成功したし、目標数もクリア出来た。

 あとはそれを提出し、報酬を受け取るだけ。

 そう確信していたんだ。


 カウンターに寄ると、嫌な予感がした。

 相手がマルガリータではなかったからだ。

 受付にいたのは、あのシャーリーだった。

 昨日の記憶が蘇る。

 

 言葉に詰まる僕。

 そんな僕を見るなり、ニヤリと笑うシャーリー。

 その表情は明らかに、昨日受けた屈辱の仕返しをしたい顔だ。

 不安がだんだんと現実味を増して来る。


 時間がないので、仕方なく彼女にクエストを受けたことを説明。

 持参した薬草の一部をカウンターの上に置いた。

 しかし、それをまるで汚いモノでも触るように摘まみあげながら、彼女は言った。 

 

「はあい、ざんねーん。これは無効ですねえー」

「えっ?」


「あれえー聞こえませんでしたあー? クエスト未達成でえーす! お引き取りくださあーい」

「いや、ちょっと待ってください! クエスト未達成って……ちゃんと薬草を――」


「うるさいなあー。奴隷屋のくせに、私に意見する気いー?」


 悪意のある目付きで、シャーリーがこちらを睨む。

 そして、持っていた薬草をこちらに向かって投げつけた。

 ここで、僕の我慢が切れて件の怒声をあげてしまう。

 ――

 ――


「意味がわかりません! ちゃんと理由を教えてください!」


 納得出来ない僕はシャーリーに詰め寄る。

 ここで黙って引き返すわけにはいかない。

 報酬をもらうつもりでここに来たんだ。

 お金だってこれを見込んで使ってしまった。

 残りもあと銀貨二枚とわずかだ。

 もう後がない。

 

「だってえー、決まりなんだからあー、仕方ないでしょーお?」


 シャーリーがめんどくさそうに返事をし始める。

 もう強引に受付を終わらせる気なのかもしれない。

 そんなことを許すわけにはいかない僕は、別の作戦に移る。


「マルガリータさんをお願いします。彼女に受付を――」

「先輩は席を外しておりますうー。ざんねえーん。きゃはっ」


 憎々し気な表情で、あざ笑うシャーリー。

 もう本当にマルガリータが不在かどうかですら怪しい。

 しかし、こちらに確認する術はない。

 かといって、まだ諦めるつもりもない。


「じゃあ、他の受付の方をお願いします! あなたじゃ話にならない」

「はあ?」


 シャーリーではもう話は進まない。

 そう判断し、他のカウンター席にいる受付嬢たちに視線を向ける。

 しかし、彼女たちは視線を逸らすと、次々に奥へと去ってしまう。

 そして、僕の要求が気に障ったのか、ここからシャーリーの態度が一変した。


「何をさっきから偉そうに……じゃあさあ、あんたみたいなクズでも分かるように、ハッキリ言ってさしあげるわよ。いい? その薬草はもうとっくに光を失ってるの! わかる? ポーションの材料としての価値はゼロ! ゼロなの!」

「ゼ、ゼロ?」


 豹変したシャーリーの口調は、以前にも増して辛辣だった。

 そのうえ、彼女の口から信じがたい事実を知ってしまう。

 薬草が光りを失う? 価値がない?

 頭を思いきり殴られたような衝撃が走る。

 

「なあんだ。そんなことも知らないの? だから奴隷屋って嫌いなのよ」

「お、教えてください……光を失うってどういう意味ですか。き、昨日取って来たばかりなんですよ?」

 

 困惑したまま、シャーリーにすがりつく。

 薬草に不備はない。そう思っていたのは自分だけなのか。

 これがすべて無駄になってしまった理由を、聞かずに帰れるわけがない。

 何でもいいから、僕が諦められる言い訳を作って欲しい。


「ひっ……!」

 

 僕の変化を薄気味悪く感じたのか、シャーリーが恐怖におののく。

 教えて欲しい。ただそれだけを一心に、彼女へ詰め寄っていく。

 僕の喪失感を。この誰にもぶつけようのない憤りを。

 アルテシアにも何て言えばいい?

 あれだけ僕のために尽くしてくれたんだよ、彼女は。

 そう、僕のすぐうしろにいるんだ。

 ねえ、どんな顔して振り向けばいい?

 ねえ、シャーリー。教えてくれないか。


「――さん。――ケさんっ。――スケ――! ――」

 ――

 ――


「ヨースケさんっ!!」


 ずっと呼ばれていた。

 それがようやく自分だと気付いた。

 同時にほほを熱いものが走った。

 痛い。僕は殴られたのか。

 殴ったのは、僕の目の前にいるアルテシアらしい。


「しっかりしてください……ヨースケさんっっ!」

「アルテシア……ごめん」


 なぜか謝ってしまう。

 自分が殴られたはずなのに。 

 でも自然と声に出てしまった。

 アルテシアを見る。

 すごく悲しそうだ。


「はい、私なら大丈夫です……良かった」


 僕を抱きしめるアルテシア。

 少し震えているのがわかる。

 何だったんだ――今の。

 僕は――何を。


「フンッ。ど、奴隷屋が奴隷にぶたれるって、無様ね……」


 アルテシアの向こうで皮肉を言う、シャーリーに気付く。

 そうだった。僕は彼女に理由を教えてもらいたかったんだ。


「……教えて下さい。シャーリーさん」

「――っ!」


 アルテシアと共にシャーリーと向き合う。

 僕が正気を失っているときに何かあったのか、彼女の態度が少し違って見える。

 ここまで言って、これ以上は話さないというわけにもいかなかったのか、彼女は僕を睨みながら口を開いた。

 

「や、薬草は刈り取ってすぐ、その日のうちにポーションに加工しないとダメになるほど繊細な植物だから……よ、欲を出して翌日まで大量に集めても無駄なのよ!」

「「えっ!?」」


 その事実に僕らはただ驚くしかなかった。

 今さら言われてもという気持ちもなくはない。

 それはアルテシアも同じだったはず。

 すでに薬草を刈ってから時間が経ちすぎている。

 光を失ったという意味は、鮮度のことだったのか。


「そんな……アルテシアがあれだけ頑張ったのに……」

「ヨースケさん……」


「さ、さあ、もおーわかったでしょおー。所詮あんたたちには無理だったってことがあー。わ、わかったらさっさとお引き取り願えるかしらあ」


 目に見えて落ち込んでいる僕らを見て、一矢報いたと思ったのか、ふたたび調子を取り戻したようすのシャーリーが、勝ち誇ったようにカウンターから去って行く。

 

 シンとしたカウンターに残された僕ら。

 遠巻きの冒険者たちは、すでに興味もないようだ。

 誰もこちらに寄りつこうともしない。

 これが奴隷商ギルドなら、人の不幸を笑い、煽って来る者もいるだろう。

 普段の僕ならそんなの御免だけれど、今はそんな喧騒に紛れたかった。


 カウンターに落ちた一本の薬草を手に取る。

 シャーリーが僕に投げつけたやつだ。

 これも含め、すべてが無駄になってしまった。

 

 すごく悔しい。

 自分のことよりも、アルテシアの努力が水の泡になってしまうことが。

 冒険者ギルドに登録したのは僕なのに、彼女のおかげで成し遂げられた。

 いや、そのはずだったんだ。


 トボトボとギルドの出入り口を抜ける。

 力なく歩く僕に気を遣ってか、アルテシアの歩みも遅い。

 手の甲を眺めると、そこには消えるはずだった印が。

 これも消せるはずだった。

 全部、僕の未熟な判断のせいだ。

 もっと慎重に出来たはず。

 もっと素早く行動に移せたはず。

 それがどうだ。薬草は全部売れるだろう?

 お金はあとで戻ってくる?

 全部違った。

 全部、僕の妄想だった。

 確実でもない皮算用の結果、何も得ることが出来なかった。


「アルテシア……ごめん。僕の考えが甘かった」

「……いえ。ヨースケさんだけのせいじゃないです。私もそこまで知りませんでしたし」


「……」


 虫が良過ぎるかもしれない。

 でもアルテシアなら、大丈夫だって言ってくれる気がした。 

 でもそれは、僕の勝手すぎる期待だ。

 いつまで甘えているんだ。

 今は僕がそれを言うべき時なんだ。

 彼女を不安から救うため。僕、自ら。

 アルテシア、大丈夫だよって。

 

 何かを考え出せ。

 可能性を絞り出すように。

 まだ手元には薬草がある。

 偶然にもアイテムバッグは借りたままだ。

 そこから何か導き出せ。

 僕にしかできないことはないのか。

 そう、僕にしかできないこと。

 ――

 ――

 出来る。

 出来るかもしれない。

 いや、やるべきだろう。

 今、すぐに。


「アルテシア。どこか誰も居ない場所へ移動しよう」

「えっ、あっ、はい……!」


 アルテシアが少し戸惑っている。

 急に僕のようすが変わったからか。

 そう、僕は今、変わらなくてはいけない。

 僕が信じる、アルテシアのため。

 僕を信じてくれる、アルテシアのために。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。



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