プロローグ 僕は奴隷ディーラー!?
よろしくお願いします。
2024.2
すべてのシーンにおいて加筆・修正しました。
「おい。起きろや」
背中に受けた衝撃で僕は目覚める。
いつの間に寝ていたのだろうか。
確か学校に行くため、いつものバスに乗っていたはず。
見渡すと辺りは一面白いだけの世界。
朝でもなく、夜でもない、ただの白。
それをぼうっと眺めるだけの僕は、やがてこの状況に多少なりの違和感を感じ、何かとんでもないことに巻き込まれたのではないかと判断。
あわてて自分の身体に異変がないか、あちこち触ってみた。
――ない。
体が――ない。
自分だとわかるけれど自分が居ない。
意識だけがその場に存在する僕、伏見陽介を認識出来るのに、肝心な体がない。こんな不可思議な感覚はまるで夢でも見ているよう――いや、これは夢だ。
そう結論が出たことでホっとする僕の後頭部を、再びさっきと同じ衝撃が襲う。
「いい加減、こっちに気付かんかいダボっ!」
「べふっ!」
白いモヤで染まった地面に、顔面を強打して倒れる僕――いや、顔面という認識があるだけで、実際にはなんの痛みもない。
いや、まて。
なんで蹴られたとわかる?
体も痛みもないはずなのに。
それに気付いた僕は、うしろを振り返った。
「――!」
思わず息を呑み込む。
振り返ったその場には、景色と同化しそうなくらい真っ白なドレスを身にまとった、可憐な金髪の女の子が立っていた。
「えっ、あっ……えぇっ?」
言葉に詰まる。
彼女の薄青い瞳と視線が合ったが思わず逸らしてしまう。
綺麗な子から突然声をかけられた動揺と、なぜこんな場所に居るのかという疑問で、一瞬、頭がパニックになる。
「わざわざこっちが話しかけとんのに、なにずっと無視しとんじゃワレェ!!」
「へっ!?」
突然チンピラのようなガラの悪い口調。
見目麗しい彼女との、激しいギャップに唖然となる。
さらにこちらの返事が気に入らないのか、彼女は大きく舌打ちをしながら、仁王立ちのまま居丈高に腕組みをした。
「おう、おう、おう! 今ワシはお前のいっちゃん苦手な奴みたいに話しとるんやど? もちっとビビらんかい!」
「えっ、な、何、突然……い、一番苦手な――って、あっ」
なぜかネタ晴らし気味な彼女の言葉に、最初とまどい気味になるも、ようやっとその意味に気付いた僕は、思わず声をあげてしまった。
ああ、この言い回し、まさしくあの人だ。
そう、
彼女の言葉使いは、母方の祖母が住んでいる兵庫県の西側の方言、【播州弁】そのものだった。
その一見フランクな話し口調は、地元に住んでいない部外者からみれば、播州弁同士の応酬はまるで因縁のつけ合い、もしくはもうすでに喧嘩が始まっているんじゃないかと誤解してしまうほど。
そんな輩口調の女性を親に持つうちの母も、祖母の口調は単なる方言なので気にしないと笑い飛ばすが、それこそとんでもない勘違いだと言いたい。
僕からすれば、あれはまさしく祖母自身の性根。
そう、その根底から湧き上がるような、意地悪くキツイ性格がなせる技に違いないと断言してもいい。
事実、祖母から話しかけられている最中、僕はずっと怒られているような気持ちになり、いつも涙していた。
だからそれは方言のせいだと周囲からフォローされても、素直に信じることは不可能だ。
あれは幼少の僕にとっては大きなトラウマであり、正直、祖母は今でも苦手な人であることは確かだ。
「おう。思い出したんか」
「は、はあ。でもなんで祖母……え、あ、あれっ!?」
そんな彼女の答え合わせを素直に受け入れそうになった僕は、ある違和感に気付いた。
そもそもなぜ初対面の彼女が祖母のことを?
実際、祖母なんてもう十年近く会っていないのに、なぜ今更、夢に出て来る?
そりゃあ、夢は記憶の整理って聞いたことはあるけど。
違和感はさらに周囲の状況へと飛び火する。
というかこの場所は何なんだ?
さっきから夢だと確信してもいっこうに目が覚めないし、これは夢じゃないのか?
「ほお。こんな状況やのに、クルクルよう頭が回るやんけ自分」
ニカっと笑う彼女は、まるでこちらの心を読んだかのような口ぶりだ。
そしていきなりビシっと僕の眼前に、細く長い指を向けると、
「ええか? いっちゃん最初に言わしてもらうけど、これワシのせいちゃうからな」
「え?」
「えやあるかい! ワシんとこにお前の方から転がり込んで来た。そこキッチリ理解せえよ」
「いや、ち、ちょっと待って、何言ってるかさっぱり――」
話が読めず困惑する僕の額に、仏頂面からふと哀し気な表情へと移り変わった、彼女の指先がすっと近付く。
「お前はもう……死んどんねん」
その瞬間、彼女の指先から放たれた光によって、視界を断たれる。
そして高速で巻き戻された、映像のようなモノが、再び元の方向へと動き出し、僕の脳裏を走馬灯のように流れていく。
テスト前夜から寝ずに勉強していた僕は、通学に利用していたバスの中央辺りにある座席で、つい居眠りをしてしまう。
そこに大型トラックが真横から突っ込み、中央座席付近を直撃ーー僕は帰らぬ人となる。
そしてそのまま魂は天へと召されるはずが、突如現れた漆黒の闇に呑み込まれてしまう。
やがて映像は靄となり、僕の視線は、元通り目前にある彼女の指先へと戻ってきた。
すべてを理解してしまった。
これが夢ではなく、すでに起きてしまった現実だと。
「そっか、僕はあのとき死んだのか」
これこそ夢だと反発しても、良かったかもしれない。
けれどもさっきの映像を見た瞬間、なぜかそれが現実だとすんなり納得出来た。
うまく説明出来ないけれど、理屈じゃなく直感なのだと思う。
そう分かったところで、ある一つの疑問にぶつかってしまった。
だとすればここは天国なのか?
しかしその疑問はすぐに解消される。
「あ、先言うとくけど、ここ天国ちゃうぞ?」
「……」
「まあ、なんや。まだまあ若いのに無念やろうけど、あんま気ぃ落としなや」
彼女にポンポンと肩を叩かれる。
あまり嬉しくはないけれど、これでも一応気を遣ってくれているらしい。
そんな彼女にこれからの事を聞いてみる。
「はあ、どうも……で、僕はこれからどっ……痛っ!!」
突然、僕の感覚ではたぶん背中辺り? ――に、強烈な衝撃を感じた。
彼女がまた僕を思いきり叩いたのだ。
条件反射で、痛っ――と、思わず叫んでしまった。
もう死んで痛くもないはずなのに。
そして、すぐさま抗議しようとするも、彼女の言葉に遮られてしまう。
「そこやそこ! これからええ話したるさかいに、よう聞きや」
「も――って、な、何ですか」
感覚の無い背中をさすりながら、まるで悪徳業者のような笑みを浮かべる、彼女の言葉につい耳を傾けてしまう。
「まず最初にや。死んでもたんは、もうどないもしゃーあらへん。実際、あれから日にちも経っとるし、すでにお前のカラダも灰だけにハイさいならよ! ってなってもうとるがな」
「あ……」
すでに死んでしまっているとはいえ、自分の身体が灰になってしまっていたことを知り、軽く落ち込んでしまう。
そんな僕のようすを見て、さらに満面の笑みを浮かべた彼女がまたも肩をガンガンと叩いてきた。
いや、なんでやけに嬉しそうなのかが、ちょっとわかんないんですが。
「うんうんっ! そりゃあガックリきとるやんなあ! いや、そやけどな? こっからが本題やねんて、まあ聞きや! 何を隠そうこのワシ、そう! ワシのチカラでやで? そんな哀れっちいお前をちゃう世界に転生さしたろかってなったらどうよ?」
「てっ、転生!? で、出来るんですか!?」
突如、急落からの逆転話を持ち掛ける播州弁少女。
転生という、ファンタジーな可能性に、半信半疑ながらも口角がピクリと反応してしまう、情けない自分。
実際、そんなことが彼女に可能なのかどうかよりも、まずここにいるだけで、僕とは違う次元の存在であることは確かだろう。そこは素直に信じてみるしかない。
「あったり前やん! ワシを誰やと思うとんねん!」
「いや、誰かは存じませんが、ほ、本当なんですね!? い、生き返れるんですね、僕!!」
「せやから何回も言わせんな、あほぅ! 転生させちゃるってさっきから言うとるやんけ、ぼけっ!!」
「ぉ……ぉぉおおおおお!!」
その言葉に、下がり気味だった僕のテンションが上がっていく。
無い腕でガッツポーズをしてしまったことにも気付いていない。
いや、そりゃそうでしょう。
異世界転生、俺TUEEEの世界と聞いて、盛り上がらない男子なんているはずがない。
少なくとも僕はそこで、最高のチャンスを掴んだ気分になったし。
「おっ! ノってきたやん自分! こう言うの好きなんけ?」
「当たり前ですよ! 転生が嫌いな男子なんていませんからっ!」
「よっしゃ! ほんならワシのこと許してくれんのやな」
「そりゃあ、もちろ――って、え?」
あやうく聞き逃すところだった。
彼女の言葉によって、僕は踏みとどまれた。
いや、現実に引き戻されてしまったと言うべきか。
美味しい話には裏がある。
祖母もあの口調で、口うるさく気を付けろと言っていた。
だが、そんな重要な言葉を、自らが漏らしたことにも気付いていないのか、彼女は肩の荷が下りたような、安堵の笑みを浮かべている。
「いやあー間違うて漆黒の闇を地球に出現させてもうた時は、ほーんま肝冷やしたわあ。でもこれで世界神さまにも、どやされず――」
「ハイっ! ちょーっと待ったああ!」
気が緩んだのか、彼女がさらに重要な内容を、シレっとなかったことにしようと口走る瞬間、確保した。
は?
あのとき見た漆黒の闇は彼女がミスって地球に?
まさか僕が死んでここに来たのもミスってこと?
「な、なんや?」
「今、聞き捨てならないこと聞いたんですが、確認させてもらっていいですか?」
これまでも少々不信なようすの彼女が、急激に怪しく思えてしまった僕は、勢いに任せ、魂だけの存在で彼女に詰め寄る。
「か、確認て、お前、転生させたるってさっきから――」
「そっちじゃなくて! 当然詳しく話してもらえますよね? 漆黒の闇について!!」
「はぅあ!?」
漆黒の闇という部分に、しまったあーという表情の彼女。
これはとても見過ごせない事案だと確信した。
「さ、さて、な、なんのことやろかあ……あかん、ワシたまに記憶が――」
「いいから大人しく全部吐け!!」
「ひゃいっっ!」
魂で凄む僕に観念したのか、彼女が事の真相を話し始めた。
彼女の正体は異世界の下級神。
名前はノアと言うらしい。
時空の管理を任されたばかりの彼女は、異世界同士を繋いでしまうという漆黒の闇を、誤って地球に出現させてしまった。
それがちょうど事故死したばかりの僕を巻き込み、ここへと転送させた――というのが今回の事の真相。
ちなみにこれが彼女の上司である世界神に知れると、とんでもないお叱りを受けるそうだ。
だから理由もわからずにやって来た張本人を、うまく丸め込み、口封じにさっさと転生させるつもりだったとさ。
「で? なんでわざわざ祖母みたいな話し方を」
「そ、そりゃあ……こ、交渉事ちゅーもんは……あ、相手より有利に立つのが常識やろ? そ、そやから、お前の記憶の中を探って、いっちゃん苦手な相手みたいな感じで凄んだったら、うまいこと誤魔化せるんちゃうかなーって」
「えぇ……そ、そんな理由でー!?」
「しっ、しゃあないやろぉー! ワシかてこんなん初めてやし……! も、もし……お前がめっちゃ怒ったら、どないしょーとか考えたら……こ、こうするしかなかってん……ごめん……」
どうにも子供染みた作戦で、僕を丸め込もうとしたノア。
その理由は肯定出来ないが、それを問い詰めると彼女はまるで駄々っ子のように反論したあと、すぐに反省してこちらにボソリと謝罪し俯いて黙り込む。
「……」
「……」
その愁いに沈んだ横顔は下級神とはいえ、さすが女神の品格を持つ、ノア。
金色の長い前髪に見え隠れする、その少し潤んだ瞳は、本当に反省しているようす。
そんな彼女に、思わず見惚れてしまいそうになるも、やってしまったことがちょっと残念過ぎる。
まあ、誤ってあの漆黒の闇というモノを、地球に繋いでしまったとはいえ、実際に僕は、その前に死んでしまっているのだから。さすがにその事実はどうにもならないし、彼女の責任でもない。
理由はどうであれ、ここに連れて来られたことは、本当に偶然の奇跡だと思う。
初期対応がどうであれ、わざわざ祖母の口調でもマネないと、ノアは強気になれなかったのだろう。本当は優しい子なのかもしれない。でないと僕が問い詰めても、本性まで祖母と一緒じゃ、そのまま突っぱねられたに違いない。
そう考えると、僕よりもずっと長生きしているであろう下級神ノアの行動が、女神の威厳とは違って、急に幼く見えてしまい、なんだか可笑しくなってくる。
「ふふっ、ははは!」
「えっ、な、なんなん急に……」
突然笑う僕を訝しむノア。
それに答えずある程度笑ったら、もう色々とスッキリした。
そして一息ついて彼女にこう言った。
「もういいよ、ノアも悪気があったわけじゃないし」
「えっ!? い、いやいやいや! ここはめっちゃ怒るとこやで自分。ワ、ワシも反省も覚悟もしてるし……」
すでに怒られる覚悟、もしくは上司に報告されることを覚悟したようすのノアが、僕の言葉に動揺する。そんな彼女に微笑み返しながら
「いや。結果はどうであれ僕は事故で死んだんだよね? じゃあ、漆黒に呑み込まれなかったら、ここにはこれなかったんだろうな」
「そ、そりゃあ……普通やったらそっちの世界で、もれなくあの世行きやろうけど、で、でも――」
「じゃあラッキーだったかも。転生出来るし、逆にノアに感謝だよ」
「か……感謝て……はぁ……ホ、ホンマに……ホンマに許して……くれるん?」
恐る恐る念を押すノアにウンとうなずく。
なんか本当に子どもみたいだな。
途端、笑顔で顔がほころぶ彼女。
話し方はまあアレだけど、笑うととても可愛い。
実際、本当に不安だったんだろうな。
僕から激しく責められやしないかって。
「てか、もう祖母の口調はいいよ。普段通りに話しても」
「あーこれな。実はリアリティ求めるために、お前を媒体にして婆さんの魂をチョロっと吸収させてもろてん。だからすぐには――」
「いや、生い先短い老人から魂チョロっとって! 女神のすることっ!?」
「いや、ごめんて!!」
もう代わって謝れないけど、お婆さんごめん。
少しだけ女神を説教しといたから。
それからしばらくして気を取り直し、いよいよ転生へ。
「ほなら、時間も時間やし、そろそろ仕事決めとこか」
「え? ジ、ジョブ?」
突然、ノアが立ち上がる。
そして手を上にかざし、突然空中に丸い板を出現させた。
「な、なんだあ!?」
「まあ、お約束通りちゃあなんやけど、お前の転生先は剣と魔法の世界や。仕事はいろいろあるけど、基本ジョブは固定やねん。やったら行く前にそれ決めとかんと面倒やろ? もう転生すんのも確定やし、こっからはちゃっちゃと行くでー」
「剣……魔法……ジョブ!!」
剣と魔法の世界と聞いて、興奮のあまり体――いや、魂が震える僕。そのうえジョブも決められるなんて、もうゲームの世界みたいで、ワクワクが止まらない。
そんなニヤニヤしまくりの僕の片手のなかに、すうっと一本のロケット型の矢が現れる。
「これって……」
「そんなん見たらわかるやろ? まんまダーツやん。あ、投げるん一本だけやからダートか。まあ細かいことはええねん、ダーツやダーツ。んで、今からこの板【ジョブ・ルーレット】をぐーるぐる回したるから、よう狙って良えのん当てやあー」
なぜかノアが夜店の店員っぽく振る舞う。
どうやらダーツによって職業を決めるようだ。
そう言われて丸い板を凝視すると、そこには無数の文字が割り振っているのが、薄っすらと見える。
こちらからはまったく読めないけれど、たぶんさまざまな職業が書いてあるんだろう。
「ええかあー? ほな、ルーレットォォ! スタートォォォ!!」
「えっ、いきなり本番!?」
試し投げも出来ないまま、ノアがいきなりルーレット盤を回転させた。
だが、始まってしまったものは仕方ない。
手に持ったダーツで慎重に狙いを定める。
ただよくよく考えると、狙う職業もこちらからはまったく見えない。
そもそも、どんな職業があるのかさえ、分からないときた。
こんなオチがあったのかと後悔するも、すでに遅かった。
とにかく的に当てることに集中しよう。
外れでもして、残念無職ですとかシャレにならない。
覚悟を決め、無心のまま矢を力いっぱい投げた。
「当たれっ!!」
放物線を描く銀色の小さなロケットが、回転する丸い板に吸い込まれるようにして、トンと刺さる。どうにか外れずに的へと届いたようだ。
「よしっ!! とりあえず当った!!」
矢が刺さったままのルーレット盤は、だんだんと速度を下げながらも回転を続け、やがてその動きを完全に停止させた。
それと同時に、僕の目前に半透明のビジョンが現れる。
【奴隷ディーラー】
おめでとうございます。あなたのジョブは――に決定しました。と、――の部分に見慣れないジョブ名があった。
奴隷ディーラー? これってもしかすると、あの奴隷商人のことだろうか。
「ほお。奴隷ディーラーか。ま、まあまあ良えのん当てたな。オメデトさん」
「いや、絶対そう思ってない顔じゃん。てか、奴隷とかちょっと困るんだけど」
一瞬垣間見えたノアの顔は、どうみてもお気の毒って表情だった。
当然、僕もそれには激しく同意だ。
だって奴隷商人でしょ?
僕としては奴隷を扱うよりも、ファンタジー異世界で剣や魔法を扱う方が、カッコ良いと思ってる。出来ればやり直しをさせて欲しい。
「な、何言うとんねん。奴隷っちゅーたら男のロマンやろ? べっぴんな姉ちゃん好き放題出来るやん!」
「いや、お前ホントに女神か?」
可愛い顔をしたノアが、下卑た顔で手をワキワキとさせる。
いや、その綺麗な顔でおっさんみたいなことを言われてもな。
そんな視線を感じたのか、ノアが急にアホな事言うなと怒鳴り出した。
「お前は異世界をちぃと舐めてるようやけど、下手したら足元すくわれて、あっちゅう間に死んでまう可能性もあるんやで? けどそこは頼りになる奴隷達使うて、あんじょう立ち回れっちゅー話やないか。違うか?」
「し、死ぬ可能性……か」
確かにノアの言う通りだ。
僕はその可能性を失念していた。
剣と魔法の世界だから、当然戦って死ぬ可能性もある――いや、大いにあるだろう。
戦士や魔法使いならともかく、奴隷ディーラーなんて死に職ランキングでも、下から数えた方が早いはず。
そう考えると、せっかく異世界転生したのに、実は元世界よりも死の危険性が高いかもしれない。まあ、安全なはずの日本ですぐ人生を終えた僕が、言えた義理じゃないが。
どのみちルーレットで決まった以上、やり直しは出来ないとのこと。
結局僕は奴隷ディーラーとして、生きていくしかないらしい。
はあ。
先行きが不安でしかない。
「まあ、そんなしょげてもしゃあないやろ。それよか転生する前にちゃんと、自分のジョブのこと、予習しといたほうが、まだ賢い選択ちゅうもんや」
「うん、ごもっともです……ありがと」
落ち込む僕を慰めてくれるノア。
彼女の言う通り、ここでいじけても仕方がない。
「さてと。どれどれ――」
とにかく気持ちを改め、目前にある半透明のビジョン――いわゆるステータス画面を確認する。
そして画面の右下に、四角い選択ボタンのようなアイコンが点滅しているのに気付く。
なぜか無性にそれが気になった僕は、思わず指でふれてみた。
するとそれに反応したのか、画面がゆっくりと、まるで本のページをめくるようにして、切り替わってしまった。
「ん。これは……?」
新たに現れた画面は、少しノイズが走ったように見える。
初めて表示したせいなのか、それともこういった仕様なのか。
よく分からないまま、画面に書かれた文字を目で追う。
そこには特殊スキルと表示されており、その下にはさらにこう書かれていた。
「特殊スキル……【リセット】……?」
「なっ!?」
その内容をふと声に出した途端、ノアが突然動揺し始めた。
彼女の表情は、まるでそんなの聞いてないとでも、言いたげで、画面を見ている僕の方へと、急いで駆け寄りながら、声をあげた。
「お、おいっ! お前……今、リセットって言うたか!?」
「え? なんか次のページに、特殊スキルって――」
「ど、奴隷ディーラーに特殊スキルやて!?」
ノアの言い分では奴隷ディーラーには特殊スキルなんて存在しないらしい。
しかし僕の目の前にはそう書いてある。
全くもって理解不能な僕は、その場で何も出来ずにただ立っているしかない。
そしてようやくそばに来たノアが、僕のステータス画面を確認して愕然とする。
「ね? あるでしょ、ここ――」
「し、知らんぞ……奴隷ディーラーに、こんなスキルとかあらへんしっ!」
事実を確認させようとする僕の言葉を、遮るかのように叫ぶノア。
顔面蒼白になる彼女の額からは、汗が滲んでいる。そこまで驚くものなのか。
そしてハッと何かに気付いたのか、彼女は慌ててルーレットの方へ戻ると、刺さっているダーツの先を見つめたまま、驚愕の表情で仰け反った。
「う、嘘や。ありえへん……ダ、ダーツが……ダーツが二つのジョブの境目に……刺さっとる!」
「え? 境目に刺さるって、よく……」
僕の投げたダーツは、どうやらそれぞれの境界線を、跨いだように刺さってしまったらしい。
けれども、僕の知る普通のルーレットなら、それこそよくある話だろう。その場合のルールなんかは、よく覚えていないけれど、たぶんやり直しとかだったと思う。
この世界がそういったイレギュラーに対し、どう対応するかは知らないけれど、明らかに拒否反応を示している、ノアの表情が気になった僕は、とくに何も考えず、そんな偶然なら自らの目で確認でもしようと、その足を前へと踏み出した。
「えっ!?」
「し、しもたっ!」
その一歩が地面に着いた瞬間、足元から強烈な光が放たれ、驚く僕をあっという間に包んでいく。同時に事態の急変を察知したノアが、声をあげて僕に駆け寄ろうとする。
「あ、あかんて! な、ナシやナシ! 今のはナシやって!!」
やり直しを不可能と断言したノアが、不可能なやり直しを切望しながら叫ぶ。
僕を捕まえようとノアが手を伸ばす。
その指先が届く瞬間、光が彼女を拒んだ。
はじけ飛んだ彼女が、宙を舞いながらも、僕を必死に目で追い叫んだ。
「ああっ!!」
「ノ、ノア……!!」
本当に一瞬の出来事だった。
僕もノアも何も出来ず、ただ一抹の不安だけが、心に残った。
彼女を拒んだ光はこちらを優しく包んでくれるも、僕を孤独にさせていく。
そのまま意識が消え入りそうな僕の耳に、ノアの声が響く。
「そんなスキル、この世界に出したらあかーん!!」
その声も空しく、光に包まれた僕は、
異世界へと転生した。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。
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