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ショートショート2月~2回目

疫病神

作者: たかさば

『本日は天赦日と一粒万倍日が重なる吉日です。』

『宝くじとか買ったら当たりそうですねえ!このあと行こうかな!』


 土曜、朝九時。

 仕事が休みで、いつもよりも遅い時間帯にモーニングコーヒーを飲んでいた俺は、テレビのアナウンサーのはしゃいだ声を聞いた。


 ……今日の予定は、とくに、ない。

 たまたま耳にしたのも何かの縁、宝くじを買いに行こうと思い立った。


 入浴をし、ラッキーカラーの青いセーターを着こんで、半年前に近所のスーパーにできた宝くじ売り場に向かうことにした。

 歩いて二十分、デスクワークの多い俺にとって、良い運動になる距離だ。


 …そうだ、ついでに昼飯を買ってこようかな。

 たまには甘いものでも買うか…。

 たしかあのスーパーにはウマいたい焼き屋があったはず…。

 買い物をして、家に帰ってたまった録画を見ながら腹ごしらえをして、キリのいいところで部屋の掃除をして、風呂に入ってさっぱりして、後輩からもらったみやげの酒で晩酌をしよう、つまみも買っていくか……。


 今日一日の計画を立てながら、スーパーへと、向かう。


 オープンしたばかりの時間帯という事もあり、スーパーの駐車場にはまだ車が少ない。

 とはいえ、自転車で来ているご婦人方も多く、出入り口付近はわりと混雑している。

 俺は混みあう場所をよけながら、端にちんまりと立っている宝くじ売り場へと直行した。


 今年三度しかないという最高の幸運日だというのに、宝くじ売り場に人影は、ない。


 ……朝一で買いに来る人はいないのかもしれないな。

 ……まだ高額当選が出たことがない、新しい売り場だからかもしれない。

 ……なんか、張り切って買いにきたみたいで、恥ずかしい気がする。


 誰もいない売り場に行くのがためらわれ…次第に足が遅くなる。

 スーパーの中をガラス越しに確認するふりをして、くじ売り場に誰かが来るのをさりげなく待つ…。

 なんとなく、一番の客には、なりたくないというか。


 のろのろと歩く俺の横を、派手な水色のフリースを着た人が通り過ぎていった。


 若者の着るようなデザインのフリースだが、着ているのは年の行った…女性のようだ。

 明らかに浮いている、派手な水色は、まっすぐ宝くじ売り場に向かった。


 …どうやらくじを買うらしい。


 よし、これで俺は今日初めての客じゃないな、後ろに並ぶか。

 くじを買うために、水色の後ろにつく。


「これ調べてください!」

「はーい、お預かりしますね!」


 水色の客はくじのチェックに来たようだ。

 数字選択式のものと、年末のくじを出している。


 ……並んでいるふりをしながら、さりげなく当選確認の画面を見させてもらう。

 人の当たった金額って、結構気になるんだよな。


 …300円が、一枚、二枚…三枚。

 数字選択式のもの?8800円が当たっている、へえ、わりと運がいいのかな、このおばさん。


「今日はくじはいかがですか!」

「えっと、じゃあ当選金でこれ買っていくんで!」


 マークシートを差し出している…ロトか?


「当選金が全部で9700円、先にお渡ししておきますね!」

「はーい!」


「ロトの購入が4000円です、ご一緒にスクラッチいかがですか?」

「うーん、スクラッチはいいや、ありがと!」


 札と小銭を受け取り、支払いをしている。


「…え、何これ!!なんか、スクラッチ、でかくない?!」


 小銭を財布に入れている時に目にちらりと入ったらしいくじを見て、おばさんが大げさに驚いた。

 サイズの大きいスクラッチを見たことがなかったようだ。


「この大きさのものもあるんですよ、このねえ、全部のマスを削ってね…」


 売り場の女性が、くじの説明を始めた。

 ……次に俺が並んでるのに、セールストーク…やめて欲しいんだけどな。


「へえ、こんな大きいのがあるんだねえ、あたしいつもの小さい奴しかやったことなかった!」

「面白いですよ、削るところ多いし!いかがです?」


 …これ絶対に後ろに俺が並んでること、このばあさん気付いてないよな。


「うーん、せっかくだけど…また今度にしようかな!」

「じゃあまたの時にお願いしますね!はい、こちらがロトです!」


 ……買ったらとっととどいてくれよ。

 金ぴかの財布の中に買いたてほやほやのロトをぶち込んでいるババアが……地味に俺を苛立たせる。


「ありがと!…ごめん、やっぱこれ買ってみるわ、一枚でも買えるんだっけ?スクラッチ!」

「何枚からで買えますよ!一枚300円です!」


 買うのかよ!!


 つか、何急に方向転換してんだよ、迷惑だろうが!!

 さっさとどけよ、何やってんだ!

 俺の後ろにも並んでる奴がいるんだぞ?!


「じゃあ、この見本のでいいや、これ買ってってもいいんだっけ?」

「大丈夫ですよ、じゃあこれでいいですか?300円です!当たりますように!」


 ウザいクソババアがくじを受け取り左横にずれた。

 …こっちを振り返って、頭の1つでも下げて待たせてすみませんでしたって気持ちぐらい表せよ!!

 悠長に五百円玉で銀色のやつゴリゴリやってんじゃねえよ!


「お待たせいたしました、次の方、どうぞ!」


 俺は忌々しいクソババアをひとにらみすると、窓口の女性に記入済みのロトの申し込みカードを差し出した。


「2000円です!」


 俺が金を払おうとした、その時。


「あっ!」


 ババアの小さな声を聞いた。

 ……なんだ?


「はい、ありがとうございます!こちらこの数字で、十回分の連続購入ですね!当たりますように!」


 売り場の女性から、差し出されたくじを受け取る。


 くじをしまおうと目線を落としたとき、目の端に水色が映りこんだ。

 何の気なしに、目を筆記スペースの上に落とす。


 銀色のカスが、散乱している。

 それを払い落とすババアの手元のスクラッチ…やけに、同じ絵柄が、並んでいるような……。


 気になったので覗き込もうとしたら、ババアは筆記台の上をザザッと払って、どこかに行ってしまった。


 ……当たったのは、ババアなんじゃないのか?

 ……もしかして高額当選?


 ……俺の運を使ったんじゃないだろうな!!


「他のくじはいかがですか?」

「いや……いいや、ありがと…。」


 ババアが当たったとなると、この店の幸運は、すでに持っていかれた後なんじゃないか。

 そう何度も高額当選って出ないよな、じゃあもう今日は出ないんじゃないか。

 いや、だがしかし、あたりが出たということは、ついている証拠なのかもしれない。

 現にババアは、買う気の無かったスクラッチを一枚買って当たった?んだし。

 一枚じゃなくて、十枚買えばさらに当たる可能性は高いんじゃないだろうか。


「いや、やっぱりこのスクラッチを買っていくよ。十枚ね。」


 二秒で色々と考えて結論を出した俺は、バアさんにつられて、つい…スクラッチを買ってしまった。


「ありがとうございます!2000円です!」


 くじを受け取って窓口を離れると、後ろのおっさんがぎろりと俺を睨んだ。


「これ!調べて!!」


 明らかに機嫌の悪い様子でくじを出している…。

 しまった、これでは、俺はあのバアさんと同じ空気の読めない人じゃないか。


 軽く頭を下げてみたものの、おっさんはもう俺の方は見ていなかった。

 ……まあ、おっさんの後ろのおじさんやおばさん、兄ちゃんたちも俺の方なんか見ちゃいなかったけどさ。


 くじ売り場を離れ、スーパーの中に向かうと、また水色が目に入った。


 なんと、さっきの婆さんが、たい焼き屋の前にいる。

 どうやらこの人もたい焼きを買うらしい…なんか気が合うというか、少々忌々しい。


「すみません、たい焼き全部ください!」


 …ちょ!!


 なんだ、その買いかたは?!

 普通、たい焼きなんて一枚か二枚だけ買うもんだろ?!

 何で小倉餡とカスタード、二種類五枚づつ買うんだよ!!

 馬鹿じゃねえの、後ろに並んでるやつのこと考えて買い物しろよ!!


 ホクホクとして大きな袋を提げてレジ前をどいたババアのあとに注文をしたが!


「すみません、たい焼き今から焼くんで、15分くらいお待ちいただいていいですか?」


 クソッ…俺は、待つのは嫌いなんだよ!


「ああ…じゃあ、みたらしを五本ください。」


 すっかりたい焼きの口になっていたのに、みたらしを買う羽目になってしまった。


 スーパーのお惣菜コーナーをのぞいてみれば俺の好きなえびシュウマイが見当たらず、ポテトサラダを手に取ればどこぞのジジイがこんなもんくらい家で作ったほうがうまいだのなんだの薀蓄たれてて気分が悪くなり、レジで会計をしようと並べば前の婆さんが財布の中身をぶちまけて小銭が飛び散りアホみたいに時間がかかり……、なんだ、この運の悪さは!!!


 さらに家に帰ってスクラッチをやってみれば、まさかの一枚も当たらない?!

 ちょっと待て、普通スクラッチって一枚は必ずあたりが入ってるんじゃないのか?!

 こんな事は初めてだ、なんだ、この恐ろしいまでの運の悪さは!!!


 その後も録画しておいたはずのお笑い番組が撮れてなかったり、後輩から貰った酒の瓶にひびが入っていたり、シャンプーが切れたり歯磨き粉が切れたりタオルがちょっと臭かったりトイレットペーパーが切れたりグロー球が切れたりしてだな!!!


 どうにもこうにも、運が悪すぎる一日を終えることになってだな!!!


 俺はあの水色のクソババアのせいだと踏んで、しばらく疫病神扱いして、後輩やツレにさんざん愚痴をこぼしたわけだ。


「水色の婆さんには気をつけたほうがいいんだって!」

「やべー、俺水色の奥さん見たけど、なんかあるんだろうか……。」

「私見ましたよ、水色のおばあさん!見た日に彼氏と別れることになって!」

「おい、ヤベーよ、あの水色ババア!見た日にまさかのシステムトラブルで損失とかさあ!」

「水色婆さん見たら親指隠せって係長が!!」

「ちょっと聞いた?!社長水色ババア見たせいで髪の毛が……!」

「経理の小泉さんまた体重増えたんだって、やっぱり水色婆さんが……。」


 水色のフリースを着た婆さんを見かけたら逃げ出せっていうのが、俺の周りに浸透した頃。


 あの日買った、ロトの数字の、最後の抽選が、あったわけなんだが。


 ……まあ、あれだ。


 幸運の女神ってやつは、わりと、意地悪って言うかさ。

 人の感情をもてあそんで喜ぶタイプなんだなって、知ったというか。


 ……まあ、ここだけの、話なんだけども。


 水色の派手な服を着た年配女性を見かけたら。


 俺は、とりあえず…両手を合わせて、拝もうと、思っている。


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― 新着の感想 ―
[良い点] とんでもねー話。いわれのない悪評をばらまく主人公のクズ [気になる点] 俺の運、そんなものはない!
[一言] そして、水色ババァが、奉られるように(笑。 掌を返すようにね。 人間てのは、現金なもんですね。
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