「鏡よ、鏡。この世で最も美しいのは?」『それはかぐや姫です』「誰よ」『今は月にいます』「何でよ」
魔法の鏡が告げた、妃より美しいという存在――かぐや姫。
誰であれ、自分より美しい存在など認めない。
殺さなければ。
妃は昏く決意する。
だが――。
相手は月にいるらしい。どうやってあんな場所へ行けばいいのだろう?
その時から、妃の挑戦と挫折、そして努力と鍛錬の日々が始まったのだった。
*
『こちらSW――。RHI、聞こえますか』
妃は閉じていた目蓋を上げた。
『こちらSW――。おかあ様、聞こえますか』
「……聞こえているわ。少し昔のことを思い出していただけよ」
視界に広がるのは、漆黒のビロードに宝石をばらまいたかのようにきらめく宇宙の星々だ。
妃は今、天空を進む船RHIに乗り、宇宙空間にいた。
地上管制から船へ音声を飛ばしてきているのは、彼女の娘だ。
『予定通り、RHIはこれから地球の周回軌道を離れ、月へと向かいます。準備はよろしいですか?』
「ありがとう、姫。あなたと七人の技術者達のお陰で、ようやくここまで来れたわ」
窓の外を見つめながら、妃は言った。
『いいえ。失敗の連続にも諦めず、厳しい訓練にも耐え続けた。全てはおかあ様の強い意志と、努力の賜物です。娘として、尊敬いたします』
生意気なことを言うようになった――妃は苦笑する。
『月でかぐや姫に会えたら、どうするのですか?』
「初めは毒リンゴを喰らわせて殺してあげようかと考えていたの。わたしより美しい者なんて認められないもの」
『まあ……』
「けれど今となっては、そんなことはもうどうでもいい。せっかくだから礼を言うことにするわ。かぐや姫という憎むべき存在が、ずっとわたしの支えになっていたの。わたしをこの宇宙まで連れて来てくれてありがとう、とね」
『……きっと歓迎してくれます。地球からの初めてのお客様なのですから。周回軌道離脱シークエンスに入ります。RHI、ゴッドスピード』
通信が一時途切れた。
妃は隣のシートに固定してある魔法の鏡に問いかける。
「鏡よ、鏡。この世で最も美しいのは?」
『それは――』
鏡が告げた。
『お妃様、あなたです』
「おやおや、かぐや姫は死んだのかしら」
『今のお妃様の美しさは、かぐや姫をも凌いでいるかと』
「ふ――今さら何を言い出すのかと思えば。お前には目の前の景色が見えないの?」
視界の中でひときわ大きく、青く輝いている星――。
『なるほど、訂正いたします。この世で最も美しいのは、我らの故郷――』
続く言葉を予想して、妃は小さく笑みを浮かべた。
『地球です』
なろうラジオ大賞3 応募作品です。
・1,000文字以下
・テーマ:鏡
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