08. 勘違い
カレンたちは三日で四体の《ティネル》を捕獲した。内訳は、獣型が二体、鳥型が一体、蜘蛛型が一体。まずまずの戦果である。
捕まえた《ティネル》は、フェーデルラント家所有の倉庫に運びこみ、そこで作戦完了となった。
「…………こいつらこの辺に置いとけばいい?」
「うん。ありがとレファ……パウルも、お疲れさまー……」
「おう」
「ん。とりあえず捕獲作戦は成功かな」
《ティネル》を転移で移動させたレファが、こき、と首を鳴らして言った。
広々とした倉庫に並べられた金属生命体。彼らは微動だにしないが、完全に壊れたわけではない。魔力を吸い上げる処置で動けなくしただけだ。
目の前の《ティネル》たちは、焦げ跡があったり、足がぶった斬られていたりと、お世辞にも綺麗とは言えない。だが、カレンはそれらを夢見る乙女のようにうっとり眺めていた。
「……これを好きに弄っていいなんて、最高……」
隣に立っていたパウルは、その呟きを聞いて、不安な面持ちで幼馴染を見下ろした。
「…………お前、これをどうするつもりだよ」
「内緒……後で教えるね、ふふ」
「いや、今言え」
「錬金術師って秘密主義なんだよ。知らないの……?」
美しい幼馴染はにこりと微笑む。だが、パウルの不安はかえって増大した。
……この顔、絶対にろくでもないことを考えてる。今までの経験からいって間違いない。
「おい……」
「………理論は完成してるから……あとは、……」
パウルがさらに問いかけようとした時、すでに、カレンは顎に指を当てて思考に耽っていた。一度こうなったカレンは、自分の世界に入ってしまい、話しかけても答えない。
その上、彼女は存外口が固い。言わないと決めたら絶対に話さない女だ。パウルは早々に《狂気の才媛》に問いただすことを諦めた。
俎の上の魚状態の、《ティネル》の行く末が非常に気になったものの、パウルはその日、レファとともにフェーデルラントの屋敷を後にしたのだった。
────それから一週間が過ぎた頃。
騎士団本部に隣接する訓練場で剣を振っていたパウルのもとに、カレンの機械鳥が伝書を届けにきた。
【《ティネル》の件。うちに来て】
簡潔すぎる呼び出しに、眉を寄せる。
くだらない用事なら無視したいところだが、《ティネル》に関しては協力を惜しまないと約束した手前、顔くらいは出すべきだろう。
少し迷ったが、パウルはさっと汗を拭き、着替えて自宅に向かった。
パウルの自宅には、カレンの屋敷に直通で飛べる転移魔方陣がある。あの女が勝手に押し入って、「いつでもうちに来て」と、付与したものだ。
しかしこれは、かなり非常識な代物だ。
未婚の令嬢の屋敷に若い男が入り浸ったら、家の評判はがた落ち。カレンの名誉にも関わるからこそ距離を置いていたのに、あの女は、こちらの気づかいを全然理解していない。
常識的な彼は、今回の件があるまでこの魔方陣を使うつもりは一切なかった。
……まったく。
騎士は床の紋様を見下ろして、小さくため息をつく。あの女には振り回されてばかりだ。
魔方陣に足を乗せると、景色は一瞬で変わった。そして彼は一週間ぶりに、フェーデルラント家の屋敷の前に立っていたのだった。
ドアベルを鳴らすと、すぐに扉が開いて、カレンがひょこっと顔を出した。
「あ、パウルだ」
「……」
捕獲した《ティネル》が暴れている可能性も考えて、多少身構えていたが、カレンの様子を見る限りそれはなさそうだ。拍子抜けした反動で、パウルの眉間に皴が寄る。
カレンはそれを気にした風でもなく、彼の腕を取った。
「とりあえずこっちに来て……」
「おい」
「いいからいいからー」
連れていかれた先は、いつもの執務室ではなく、初めて通される部屋だった。
白に近い、ペールブルーで統一されたシンプルな部屋。そこに用意された広めのベッド。シーツはビシッと整えられ、横のテーブルにはお茶のセットが用意されている。
パウルはやや面食らった。…………これは、いわゆる、寝室なんだろうか。
「おい……何なんだよこれは。説明しろ」
「まぁ、座って」
寝室に、男女が二人きり……
うろたえるパウルにかまわず、美しい幼馴染は、自分に椅子をすすめた。パウルを無理やり座らせると、彼女は立ったままティーカップにポットのお茶を注いだ。
「これ、飲んで。痛みを消す薬茶だから……」
「…………おれが飲むのか?」
「もちろん」
「こんな、突然……こういうのは順番とか心の準備ってものが」
「何を言ってるのかよくわかんないけど、とっとと飲め?」
「なんで命令形なんだよ」
カレンは強引に薬茶を渡そうとしたが、パウルはまだ躊躇っていた。
そういえば、この女は以前「結婚せずに誰かの種だけもらおうかな」とか言ってなかったか。それがこの、今なのだろうか……
「……これはお前に必要なものじゃないのか」
「私に? なんで……?」
「なんでって……痛みを消すんだろ……」
「………?」
きょとんとしたカレンは、目を逸らした幼馴染を暫し見つめた。その時、騎士の藍色の瞳が一瞬ベッドに向けられたのを、彼女は見逃さなかった。
鈍いカレンもようやく、パウルが口ごもった理由を察する。
「ふぁっ……!?」
美しい錬金術師の顔に、さーっと血がのぼる。二人の間に生じた盛大な行き違いに、彼女は激しく狼狽えた。
「いや、全然違うし……っ! 何考えてるの……!?」
「いって」
騎士の頭をパチンとはたく。カレンの美しい顔が林檎のように真っ赤になった。
「いいから、これ飲んでってば……!」
「お、おぅ……!」
パウルの方も、カレンの反応を見て、自分がとんでもない勘違いをしていたと悟った。激しく動揺した彼は、口許に押しつけられたカップを一気に飲み干す。
……普段のパウルなら、カレンに渡されたあやしげなものを迂闊に口にすることはしない。何度もひどい目にあったから、至極当然の用心だ。
しかし今はそれどころではない。
恥ずかしすぎて死ねる。
それしか頭に思い浮かばなかった。そして失敗に気づいた時には、完全に手遅れだった。
「あ…………」
身体がふらつく。
ふと見たカレンの、怒ったような真っ赤な顔。それを最後に、パウルの記憶はふっつりと途切れてしまった。
◇◇◇
「……パウルのばか」
錬金術師はぼそっと呟いた。
気を取りなおして、部屋の外で控えていた機械人形を呼ぶ。その人形の手を借りて、床で爆睡している長身の幼馴染をベッドに横たえる。
すやすやと寝息をたてる青年を、うろんな目で睨んだカレンは、小さく唸り声を上げた。いつも自分を女扱いなんてしないくせに────
……いや、余計なことを考えるのはよそう。
カレンはすっと意識を切り替えた。これから始めるのは、高度な集中力を要する作業。失敗は許されない。動揺してる場合ではない。
「……よし、がんばろっと」
機械人形が用意した白いガウンを羽織り、さらに全身を消毒する。そして金属の細いナイフを手に取って、天才錬金術師は、自分の手もとに意識を集中した。