表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/25

06. 捕獲作戦

 ──パウルがカレンの協力を取りつけた翌日から、さっそく二人は《ティネル》捕獲作戦の準備に乗り出した。


 ネリスの予言によれば、《ティネル》の再襲来まで猶予はないらしい。

 だが、なぜ活きのいい《ティネル》が必要なのか。パウルは理由を知らされていない。

 理由を問うても、カレンは「それは内緒」と水色の瞳を怪しく輝かせるだけで、教えてはくれなかった。……正直、いやな予感しかない。




 そして数日後。

 彼らはその日、"忘れられた荒野"に立っていた。

 遠くに(そび)える、赤茶けた岩山の中腹。そこに、岩を丸く抉り取ったような、真っ黒な空洞が顔をのぞかせている。

 あれが、迷宮の入口らしい。はじめて目にしたカレンは、じっとその奥をうかがった。

 闇に沈むような深い洞穴は、この世ならぬ場所に繋がっているかのようで、不吉な空気が漂っているように思えた。


 迷宮入口からやや離れた正面に目をやれば、すっかり朽ちはてた、巨大な遺跡が佇んでいる。

 元は半球形のドームであったと思われる建築物は、何かの爆発で吹き飛ばされたのか、その半分を失っていた。


 この遺跡を拠点に、カレンたちは《ティネル》捕獲作戦を敢行する予定だ。

 実行部隊は、三人。

 双眼鏡を片手にご機嫌なカレンと、げんなりしている甲冑姿のパウル。そんな二人を興味深そうに観察している魔導師のレファ、である。


 ダークエルフのレファは、帝国屈指の魔導師として知られている。カレンとは昔からの知り合いのようで、彼女を通じて、パウルも彼とは顔見知りだった。


 意外に気さくなレファは、種族の特徴たる煌めく金の瞳と、漆黒の髪、浅黒い肌をしている。

 本来、ダークエルフは国家に仕えることを好まない。その、希な例外がレファだった。

 先々代の女皇帝に、何か頼みごとをされたとかで、帝国の魔導顧問をかれこれ五十年ほど勤めている。

 外見はカレンと同年代だが、長命種であるレファの本当の年齢を知る者はいない。彼は謎の多い人物だ。


 …………そういえば。

 クラナッハの皇族は、預言師を多く出している。先々代の女皇帝も、力ある予言師だったという。

 彼女なら《ティネル》の最初の襲撃も予測できたのだろうか。カレンは、ふとそんなことを考えた。




「あいかわらず、君たちは仲がいいんだね」


 年齢不詳のダークエルフは、珍しくやる気のあるカレンと、仏頂面のパウルを交互に見て、楽しげに目を細めた。


「そうかなぁ……?」

「レファ殿、冗談はやめてくれ」


 カレンはきょとんと首をかしげ、パウルは不本意そうに眉を寄せた。

 今日のパウルは重装備だ。銀の鎧を纏い、面甲を上げて、腰に大きな片手剣をさげている。鍛えられた背には、頑丈な(はがね)の盾を背負う。


 その横に立つカレンは、腰が隠れる長めのジャケットと濃茶のズボン、ロングブーツという動きやすい出でたちだ。

 さらに、華奢な体に似合わない鉄の筒を背負い、両腕に手甲のような金属製の器具を装着している。


 三人の目的は、生きた《ティネル》の捕獲。

 目標は四体。地下迷宮から出てきた個体を、一体ずつ仕留めていく予定だ。

 ここに来る前に話し合った結果、大群が現れたら応援を呼ぶことにして、さしあたり少数精鋭で罠を張ろうということになった。


 三人はさっそく下準備に取りかかった。カレンとパウルが日除けのテントと夜営用の天幕を張っている間、レファは洞窟の入り口に探知の術をかける。


 準備は万端。あとは《ティネル》が出てくるのを待つだけ。


 そう……待つだけなのだが。

 ここからが果てしなく長かった。




「……まだ一体も出てこない……ヒマぁ……」


 何も起こらないまま、数刻が過ぎた。もともと低空飛行なカレンのテンションは駄々下がりだ。

 パウルはそんな幼馴染をちらりと見て、肩を竦めた。


「そう頻繁に出てくるわけじゃないからな。最近は、一日一体出てくればいい方だ」

「なら、少なくとも四日はこうして過ごさなきゃなんないの……」


 カレンは奥の天幕を振り返った。レファの転移陣を使って、食料も水も十分な量を確保している。でもここまで退屈するなんて予想外だ。

 テントの下で、カレンはうーんと伸びをした。


「こんなことなら、本とか持ってくれば良かった……」

「なら、ポーカーでもする?」


 二人のやりとりを横目で見ていたレファは、手品のように、ローブの袖からカードを取り出してみせた。カレンの顔がぱっと輝く。


「うん、やるやるー」

「そうだな、いい暇潰しになりそうだ」


「決まりだね」とにこりと笑った魔導師は、慣れた手つきでカードを切りはじめた。

 ……そして、さらに一刻が過ぎた。


「……おれはワンペア」

「ねぇ、パウル……ちょっと弱すぎない……?」

「フラッシュ。今回は僕の勝ちだね」


 ひとりボロ負けしているパウルから、二人はごっそり掛け金を搾りとっていく。

 すでにひと月分の給料を持っていかれた。懐はカッスカスだ。

 パウルはそれなりに高給取りだし、すぐに生活に困る額ではない。だが、痛いものは痛い。

 しかもこの二人の場合、踏み倒したらあとが怖い。約束破りは絶対に許さない性質なのだ。

 帝都に戻ったら、払わないわけにはいかない。


「……くっそぅ」

「確率論で予測したら、簡単だと思うよ……?」

「まだまだ僕の勘も捨てたもんじゃないなぁ」


 こてんと首をかしげたカレンと、嬉しそうなレファの台詞に、パウルは頭をかきむしった。


「あーくそっ!おれは人外を二人も相手にしてたのかよ、血も涙もねえな」

「あはは……僕は、血も涙もひと並みだけど、魂はないんだよねぇ」

「……?」


 今のは冗談だろうか。カレンとパウルは、不思議に思って目をまたたかせた。

 なぜなら────この地上に、魂が宿らぬ者はいないからだ。


 肉体は地上世界の器。その器が消滅しても、魂は消滅しない。器が死すれば、魂は天上で安息を得て、再び地上に生まれ変わる。その繰り返しだ。

 だが、ダークエルフは不思議そうにしている二人に「何でもない。こっちの話」と笑って、話題を変えた。


「さて、僕の取り分はこれくらいかな」

「パウル払える?……分割払いでもいいよ……?」

「もう好きにしてくれ……」


 冷静に賭け金を計算するレファとカレンに、騎士は投げやりに返す。カレンを恨みがましく一瞥して、彼は悔しげに呻いた。


「……そういえば、お前とはカードゲームを二度としないと誓ったんだった。十年以上前だからすっかり忘れてたぞ……」

「あぁ、初めてパウルと会った時だっけ……たしか、神経衰弱で全敗したんだよね」

「言うな」


 カレンは、懐かしいなぁ、と目を細め、幼馴染の騎士にじろりと睨まれた。


 二人の初対面はカレンが4歳、パウルが7歳の頃だった。カレンがカードゲームに誘い、パウルがそれに応じて、十五連敗を喫した。

 彼は十六連敗の手前でカードを滅茶苦茶にして、「お前とは二度とカードゲームをしない!」と宣言したのだった。すっかり忘れていた。




「次のゲームはどうする?」

「二人でやってくれ。おれをカモにするな」


 にこにこしているレファに、パウルが憮然と返したその時。────テントにぶらさげていたベルが、風もないのにチリンと鳴った。


「……探知になにか引っ掛かったね」


 レファが迷宮の方を向いて、金色の目を眇める。まだ姿は見えないが、彼の張った探知の術に、最初の獲物が触れたようだ。


「やっと来たかぁ……待ちくたびれたよー」

「よし、行くか」


 立ち上がったカレンは、ぐっと体を伸ばした。パウルはすらりと剣を抜く。

 鉄の筒を肩に担いだ錬金術師は、美しい顔に不敵な笑みを浮かべた。


「……レファは囮、パウルは陽動。仕留めるのは私がやる。目的は生け捕りで、完全に破壊するのは禁止ね。……じゃあ、行動開始」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ