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万慧の錬金術師と、黒鋼の騎士  作者: es


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04. 分岐

「ぃたいいたいっ頭蓋骨が割れる……!!」

「黙れアホ」


 じたばた暴れるカレンのこめかみを、パウルは拳で締めあげた。それはもう力をこめて。ぐりぐりと。


「うー、ひどぃ……!」


 五分後。ようやく解放されたカレンは、赤くなったこめかみを押さえて、男を睨みつけた。

 まだ痛い。骨がへこんだかもしれない。


「ありえない……パウルの馬鹿力で、私の頭が使い物にならなくなったらどうすんの…………責任取れ」

「今のはお前が悪いだろ!」

「家訓で軍に協力できないだけ。仕方ない」

「だからって、真剣に頼んでるのにふざけるやつがあるか? あぁ!?」

「ふざけてない、筋肉バカ。単細胞。どクズ。不能」

「あ゙? 今なんつった!?」


 幼馴染たちは一触即発で睨みあう。が、扉を叩く音で、二人はピタリと押し黙った。


「お嬢様、お茶をお持ちいたしました」

「……………………いいよ、入って」

「失礼します」


 許可を得た老執事は、落ち着いた所作で部屋に入ってきた。騒ぎを聞きつけて、二人がエスカレートする前に割って入ることにしたようだ。


 この二人が本気でやりあったら、家具どころか屋敷が破壊されかねない。それは、フェーデルラント家に仕える者には周知の事実だった。

 とはいえ、カレンもパウルも、他人の前で罵りあうほど幼くはない。老執事はそれもよく心得ていた。




 お茶の準備をととのえ、一礼して退出する老人を二人は無言で見送った。冷静になった二人の間に、気まずい沈黙が流れる。

 少しして、カレンは小さくため息をついた。


「…………さっきの話だけど。言い方によっては、協力できなくもないよ……」


 意図をはかりかねた男が、片眉を上げる。それを見て、カレンはむぅっと口を尖らせた。


「……だから、個人的な頼みなら聞くかもよ、って言ってんの……!」

「……そういう事なら、早く言え」

「そっちが聞かなかったんだよ……」


 幼馴染の騎士は、やっと理解したらしい。

 彼は愚かでも、うつけ者でもないが……どうにも頭が固すぎる。こんなんで、肉食魚や魑魅魍魎が跋扈する王宮をうまく泳いでいけるのだろうか。


 ……影で《狂気の才媛》と呼ばれ、狂人あつかいされているのを棚に上げて、カレンは幼馴染を心配した。かなり余計なお世話である。




 とりあえず、パウルが言うべき言葉を理解したから良しとしよう。

 夜のような藍色の瞳をじっと見つめる。騎士は居心地悪そうに目を逸らしながら、口を開いた。


「あー……その、なんだ。友人として、お前に頼みがある。おれはまだ死ねない。国がなくなるのも困る。だから《ティネル》の侵攻を何とか食い止めたい。……どうか、お前の力を貸してくれ」

「…………いいよ。パウルになら、協力する」


 めったに笑わない錬金術師は、花が綻ぶようにふわりと笑った。


「ひとや生き物を殺傷する武器をつくることは出来ないけど、別の方法でなら……協力できると思う」


 騎士は安堵の息をついた。今ので正解だったらしい。カレンはそんな幼馴染を、感情のうすい水色の瞳で見上げた。


「……その前に、いろいろ下準備が必要だよね」

「おれでよければ何でも言ってくれ。協力は惜しまない」


 パウルは生真面目に申し出た。するとカレンは「ほほう」と口角をうっすら持ち上げた。


「男に二言はないよね……?」

「…………」

「な い よ ね ……?」

「……………………」

「往生際がわるいなぁ…………」

「二言は………………ない」


 パウルはものすごく嫌そうに頷いた。カレンは機嫌のいい猫のように目を細める。


 ────幼馴染の女がこんな顔をする時は、大抵ろくな結果にならない。パウルは経験上、身に染みて知っている。

 だが「協力する」と言ってしまった手前、あとには引けなかった。


「じゃ、さっそく実行しよう。善は急げ……」


 カレンは、カタンと音を立てて、椅子から立ち上がった。


「……まず、活きのいい《ティネル》を何匹か捕獲してこよう」

「本気か?」

「もちろん」

「わかった言い直そう。正気か?」

「いたって正気。でも、さすがに二人じゃ無理だよね……魔導師を連れていくなら、レファがいいかなぁ……

 そっちの依頼と、陛下への根回しはやっておくから、パウルもちゃんと働いてね。わぁ、なんだか楽しくなってきたなぁ……」


 いつになく饒舌な錬金術師が、次々と計画を立てていく。対照的に、騎士は、海の底に届きそうな深いため息をついた。

 ……明日から振りまわされる予感しかない。



 ◇◇◇



 ────思い返せば、ここが分岐点であったのかもしれない。


 この後、パウルの人生は思いもよらぬ方向へ転がっていくが、本人はそれを知るよしもなかった。



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