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03. 迷宮より来たりて


 カレンはふと、帝国の南──"忘れられた荒野"に思いを馳せた。《ティネル》が湧き出した地を。

 そこには動物はおろか、植物の気配さえない。世界の(はて)のような、終わりの地。岩と砂礫が延々続くだけの、乾ききった大地だ。

 数百年ものあいだ、誰からも見捨てられたこの地を、人々はいつしか"忘れられた荒野"と呼んだ。


 ただ、この地は最初から荒野だったわけではない。遥か昔、ここには高度な魔導文明が存在した。

 大陸を往来する飛行艇。天に届く高層建築。  

 飢えや渇きとは無縁の豊かな生活。

 優れた魔導の力で、繁栄をほしいままにしていた文明は…………一夜にして滅んだ。


 今となっては、滅亡の理由を知る術はない。

 驕った魔導師が神の怒りにふれた、など諸説あるが、灰塵に帰したこの地に残されたものは少なく、記録がほとんど残っていないのだ。

 当時を偲ばせるものは、荒れ地に点在する遺跡のみ。




 そんな"忘れられた荒野"に、突如、地下迷宮が出現した。それが数ヶ月前。

 迷宮の底から現れたのは、謎の金属生命体────機械の体を持つ、バケモノの群れだった。


 《ティネル》と名付けられた機械の獣は、地上のあらゆる生き物に襲いかかった。

 ひとも例外ではない。南方の町や村はまたたく間に壊滅した。


 だが、《ティネル》の襲撃に、帝国も手をこまねいていたわけではない。騎士団と魔導師団を総動員して、最終的に制圧に成功した。

 ただし完全な終息には至らず、帝国は、迷宮より度々現れる《ティネル》に悩まされることになった。

 当然、軍は迷宮の入口を塞ごうと試みた。

 しかしどういうわけか、入口を破壊した瞬間、別の場所に入口が出現してしまう。これでは迷宮探索もままならない。


 そこに滅亡の予言ときた。

 焦った帝国や軍は、《ティネル》の第二波が来る前に、パウルを使ってカレンを引きこもうと考えたのだろう。

 というのも────フェーデルラントの錬金術師は、軍にあまり協力的ではなく、カレンもまた例外ではなかったからだ。



 ◇◇◇



「……軍に協力しろって言うけど、《ティネル》包囲戦の後方支援ならやったよ……」


 実際、彼女は作戦の後方支援──主にケガをした兵士の治療において、めざましい活躍を見せた。医療はカレンのもっとも得意とする分野だ。

 それは前線にいたパウルもよく知っている。


 やる気なくこちらを見上げるカレンを、柔らかいとは言いがたい藍色の瞳で見下ろす。


「……お前、実際に《ティネル》を見たことは?」

「壊れたやつならあるけど」


 カレンの水色の目がキラッと輝く。


「あれの改造をやりたくて、回収されたのをいくつか分けてもらったんだ……すごく面白かった……!

 分解して調べたけど、現代にはない素材とか構造で出来てたの。驚きだよね。やっぱり、魔導文明の遺物が、何かの切欠で復活したとかじゃないかな……ふふ」


 ついうっとりしていたら、パウルはじとりと半眼になった。


「俺らはそいつらと戦ってたんだぞ。少し無神経じゃないか」

「そうかな……まぁ、そうかもね。ごめん」


 素直に謝られると調子が狂う。だが、


「……さぁパウル、話の続きをどうぞ」

「お前が脱線させたんだろうが!」


 悪びれない幼馴染に騎士は鋭くつっこむと、すぐに本題に戻した。


「……預言師ネリスによると、近々、その《ティネル》が再び押し寄せてくるって話だ。そこで、お前のさらなる協力が不可欠だと皇帝陛下はお考えになった。おれは、それを伝えに来た。

 ……なんでおれが頼まれたかは知らんが」

「さらなる協力ねぇ……」


 錬金術師は興味なさそうに呟く。

 パウルは深く眉根を寄せた。

 《ティネル》に関しては饒舌だったくせに……元々、こういうやつだが。


「真面目に考えろよ。国がなくなればお前も困るだろ」

「……うーん、実はそうでもないよ。優秀な錬金術師は、どこも取りこみたがってるし」


 冷静に返されて、パウルは言葉に詰まった。たしかに、カレンほどの錬金術師なら引く手あまたかもしれない。


 錬金術は今や、なくてはならないものだ。優秀な錬金術師となれば、どの国も喉から手が出るほど欲しい。

 だが、パウルは誇りある帝国騎士。

 錬金術師とは立場が違う。国と命運をともにする以外に選択肢はない。


 軍人とはそういうものだと叩き込まれ、この生き方に疑問を感じたことはない。

 だが──生への執着がないと言えば嘘になる。

 ぐっと口を引き結ぶと、透明な水色の瞳が自分を覗きこんだ。


「私は、この国じゃなくても何とかなるけど、パウルは違う……命令は絶対で、逆らえない。そういうことだよね……?」

「騎士だから当然だ。……だが、先日の第一波で、おれの部隊が先陣を切った。おれたちは未知の敵を相手に善戦したが、仲間が何人も死んだ」


 彼は、深く息を吐く。


「おれは、陛下に忠誠を誓った身だ。戦えと言われれば、勝ち目がなくても戦う。死にたくはないが、仕方ない」

「……だよね」


 返事を聞いて、カレンは小さく唸った。

 正直、彼女は帝国がどうなろうと知ったことではない。錬金術の研究さえできれば、国なんてどこでもいい。

 でも、このクソ真面目な騎士に何かあったら……


 きっと、ものすごく悲しい。彼には、何度も実験台になってくれた恩があるのだから。(無理やりの場合もあったけど)


 友人の望みなら、できれば叶えてあげたい。

 軍の思惑に乗せられるのは癪だが、まあ、今回は仕方ないだろう。この借りはいずれ返してもらう。




 カレンはしばらく天井を見つめ、幼馴染に視線をもどした。


「パウルは……うちの家訓を知ってる?」

「いや?……それがなんか関係あるのか」

「ある。うちの家訓は……《軍に協力してはならない》、だから」

「は? だがお前は、軍人の治療とかしてるだろう」


 男は眉を寄せた。

 実際、カレンに助けられた軍人は多い。とくに義肢や外科治療では、彼女の右に出る者はいない。

 幼馴染の疑問に、カレンはあっさり肩をすくめる。


「治療は問題ない。医療は万人に役立つものだから。……要するに、うちは武器の開発がご法度なの。

 で、ここから本題……パウルは私にどうしてほしい?」


 光を透過するような瞳が、ひたとこちらを見つめた。気まぐれな幼馴染は、自分の返事次第で動くつもりがあるらしい。

 パウルは姿勢をただして、清冽な水の色に向き合った。


「……帝国騎士として頼みがある。どうか《ティネル》からクラナッハを守ってくれ。お前ならやれるだろう」


 その真摯な願いに────

 美しい錬金術師は、自分の尻尾を追いかけて水たまりに落ちた子犬を見るような、哀れみに満ちた目で、幼馴染を見返した。



「……ぜんぜんだめ」



「…………」

「パウルって……バカ……?」


 無気力に貶められて、パウルの額にピキッと青筋が浮かぶ。


「………………お前なぁ。こっちは真剣に頼んでるってのに…………バカとはなんだバカとはぁぁッ!!」

「……っ、ぃいいいたーーーいっ」


 二つの拳が、幼馴染のこめかみを捉えて、容赦なく抉っていく。慈悲はない。

 カレンの悲鳴に驚いた庭の小鳥が、バサバサ……と飛び去っていった。


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