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02. 幼馴染

 


 その昔、

 …………()のひとは言った


「君を深く眠らせてあげよう」と

「そうしたらいつか、"彼"に巡りあう日が来るかもしれない」と


 生きることに倦んでいたわたしは、気がついたらその言葉に頷いていた



 ◇◇◇



 執事が「客」を呼びに行って、数分後。

 廊下の向こうから現れたのは────幼馴染の騎士、パウル・ゼクレスだった。


「……おう」


 見ない間に、幼馴染はずいぶんと精悍な顔つきになったようだ。

 カレンはじっと彼を観察する。

 十代で著しく伸びた背と、鋼のように鍛えられた身体。姿勢よく着こなした制服からは、彼がもう一人前の騎士としての誇りと自信を持っていることが窺える。

 階級が上がったのか、肩の記章も増えていた。

 でも、地味めな顔に浮かぶ仏頂面は、昔も今も変わらない。そんなしかめ面の幼馴染は、執務机の前で足を止めた。


「こっちで会うのは久しぶりだな」

「うん、珍しいね……パウルがうちに来るなんて。本物……?」

「偽物なわけないだろ」


 流れるようなツッコミ。本物だ。

 彼は、室内を見回して顔をしかめた。


「あいかわらず散らかってんな……なんでこんな真っ白なんだよ。少しは掃除とかしとけ」

「片付けてもすぐ散らかるから、あんまり意味ない……」

「よくこんな部屋で作業できるな」

「そう……? かえってこっちの方が捗るよ……?」


 カレンはやる気なく返す。

 パウルのいう通り、部屋は一面、雪景色のように真っ白だ。降り積もった雪のよう、といえば聞こえはいいが、書き損じの紙を丸めてポイポイ放り投げただけのことである。

 ただし、何の変哲もなさそうなこれらの紙くずは、見ようによっては「お宝の山」となるので、後でまとめて燃やすのだが。




 ──錬金術師の競争はシビアだ。

 新技術や発明のライセンスを幾つ持っているかで、錬金術師の稼ぎは決まる。そのため、競争に勝ち残ろうと、誰もが必死に研究しているのだ。

 ライセンスを取得すると、その保持者に使用料が入ってくるが、一気に普及するような画期的な技術なら、たった一つのライセンスで一攫千金も夢ではなかった。


 ただし、錬金術のライセンスは早い者勝ちだ。一番に申請した者が、その権利を手にする。

 そうなると、他人のアイデアを盗んで、ひと儲けを企む不届き者も出てくる。

 だから錬金術師にとって、《信用できない者は遠ざけろ》は暗黙の了解だ。


 ここに散乱する紙くずも、カレン・フェーデルラントの未発表のアイデアが詰まった宝の山だ。楽に稼ぎたい連中には、喉から手が出るほど欲しい代物だろう。


 裏を返せば、カレンはパウルに全幅の信頼を寄せていることになる。彼女がこの部屋に入れるのは、家族と執事を除けば、パウルだけなのだから。

 しかしこの幼馴染は、一向にその事実に気がつかない。とんだ鈍い野郎だ。まぁいいけど。




 ────そんな事を考えていたら、パウルは呆れた顔から、いつもの仏頂面に戻っていた。


「お前に片付けろと言っても無駄だったな……元気にしてたか?」

「うん、元気……でも、パウルがこっちに来るなんて珍しいね……暗い顔してるけど、どうしたの……?」


 金縁の片眼鏡を外して、カレンは首をかしげた。その動きに合わせて、色素のうすい白金の髪がさらりと揺れる。

 …………相変わらず、とんでもねえ外見詐欺だ。

 幼馴染に会う度、パウルはいつもそんな感想を抱く。




 ────カレン・フェーデルラント。

 当代一の錬金術師にして、名門フェーデルラント家当主。そして、誰より美しい女。


 彼女と初めて会った日のことを、パウルは今でも鮮明に思い出せる。

 幼いパウルは、カレンの美しさに「妖精がいる……」と目を丸くしたものだ。ちなみに、隣にいた母は、その言葉を聞いて爆笑した。

 今ならわかる。爆笑の意味が。


 パウルはその後、事あるごとにカレンの実験台にさせられた。実際、数えきれないほどひどい目にあわされたが、彼は本気でカレンを遠ざけようとしたことはない。

 母親同士が親友だったこともあり、親に連れられて、互いの家を行き来する間に…………気がついたら彼女は「幼馴染」という枠におさまっていた。

 要するに、正真正銘の腐れ縁。


 カレンは昔から外見詐欺な女だった。それが近頃はおそろしい勢いで加速している。

 透明感のある、神秘的な水色の瞳。小さな顔を形づくる完璧な目鼻立ち。白金の髪は月の光を集めたかのようで、きらきらと肩に流れ落ちる。

 妖精のような儚い姿だが、カレンの中身は昔から変わらない。えげつない、研究バカのそれだ。




 ……口に出して誰かに言ったことはないが、パウルは女性が苦手だった。

 生真面目だから、というのもある。武骨な性格ゆえに、女性を楽しませる話術もなければ、剣を振る以外の才能もないのも理由の一つだ。

 女性に興味がないわけではないが、不器用な自分と比べると彼女達はとても繊細に見える。(その点、カレンは性格が図太いので気楽だ)


 それでも今は、騎士の仕事に全力を傾けているのでそれでいいと思っていた。だが、カレンは自分が女性と距離を置いていることに目ざとく気づいて、


「……パウルの男性機能に問題があるなら、錬金術で治してあげる」


 とキラッと目を光らせていた。最高に、余計なお世話だ。


 カレンは実に迷惑な女だ。しかし同時に、気心の知れた友人でもある。

 パウルは一人っ子だが、妹がいたらこんな感じかもしれないと思う。


 そう、カレンは単なる幼馴染だ。それ以上でも、それ以下でもない。しいていうなら妹のような存在だ。

 だが、今朝上司に呼び出された彼は、自分とまわりの認識が異なる事に、初めて気がついたのだった。




「……お前、フェーデルラントの《狂気の才媛》と仲いいんだって? つきあってんのか?」


 上司の言葉を聞いたパウルは、目が点になった。


「…………なぜそんなことを?」

「国のお偉いさんから聞いたんだ」

「お言葉ですが、おれはフェーデルラント当主と親しいなどと公言していませんよ」


 私的な関係を探られた上、とんでもない誤解が生じている。心外だ。

 不服を滲ませると、


「そうはいってもフェーデルラントは公人だからなぁ。色々勘ぐる奴も多いんだよ」


 と上司は苦笑した。


「カレン・フェーデルラントはただの幼馴染です。それ以上のことは何もありません」

「……俺が聞いた話とは違うが、まぁいい。そんなお前に、重要な任務をやろう」


 飄々として掴みどころのない上司はそう前置きして、彼にある役目を命じたのだった。




 ◇◇◇




「カレン、今日は、お前に頼みがあって来た」


 パウルはものすごく嫌そうな顔でそう言った。

 カレンは首をかしげた。彼から訪ねてきたのも珍しいが、頼み事とは、輪にかけて珍しい。

 ……だけどあの顔。他人に何かお願いする態度ではない。


「パウルが私に頼み事とか、明日は槍がふってくるかもね……」

「ふるかよ!」

「冗談だよ……」

「お前は真顔だからわかりにくいんだよ!」


 気を取り直して、パウルが咳払いする。


「……よく聞け」

「はい」

「予言師ネリスに言霊が降りた。"このままだと帝国は滅びる"、と」


 カレンは背もたれに体を預け、長身の幼馴染を見上げた。


「……それで?」

「皇帝陛下は、次の《ティネル》襲来に備え、フェーデルラントに協力を要請しろと仰られた。それで、おれが伝言役を仰せつかった」

「なるほど……」


 カレンは机の上で手を組んで、顎を乗せた。


(まぁ、予想はしてたかな)


 クラナッハ帝国は未曾有の災厄に襲われたのは、ほんの数ヶ月前。

 帝国の南に広がる荒野に、突如、地下迷宮が出現し、そこから未知の金属生命体───《ティネル》が現れたのだ。


 《ティネル》は、地上のあらゆる生き物に襲いかかった。苛烈な襲撃で、帝国の南は一時期、壊滅状態に陥ったのだった。


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