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万慧の錬金術師と、黒鋼の騎士  作者: es


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後日談



「あ、言い忘れてたけど」

「何だ」

「フェーデルラント家は私の代で終わりにする……パウルもそのつもりでいてね」

「は!?」


 カレンとパウルの間に息子が生まれたのは半年前。最初は触れるのさえおっかなびっくりだったパウルも、今ではすっかりあやすのが上手くなった。

 息子はかわいい。鋼色の目に入れても痛くない、と思う。

 夕食後に居間でくつろぎながら、息子を構っていたパウルは、突飛なことを言い出した妻を振り返って凝視した。


「なんでだ? まず理由を言え」


 自主的に家を断絶する貴族なんて滅多にいない。理由を問えば、カレンはあっさり答えを口にした。


「"イゼル"がフェーデルラントの異能を消したから。調べたけど、その子は普通の人間だよ。知識の異能はない。

 だから……錬金術師の家に縛られる必要もない。異能がなかった父は、それで苦しんでたの……」


 言われて、なるほど、とパウルは納得がいった。

 カレンの父はフェーデルラント直系でありながら、外交官の道を選んだ。その際、かなり揉めたと聞いている。だが、そんな背景があったなら、義父の選択を誰が責められるだろうか。

 カレンの父が外交官として外国を飛び回っているのも、クラナッハ国内だと常に家名がついて回って煩しいからだろう。それは容易に想像がついた。


 錬金術師として大成できなければ、フェーデルラントの看板はただただ重いだけだ。さらにこれから先、フェーデルラント家に異能の錬金術師が生まれることはない。カレンが最後の異能なのだ。


「だー!」

「痛いって」


 息子が手を伸ばして、パウルの髪を引っ張った。

 ぎゅっと髪を握る紅葉のような手を、優しく外す。その時、腕の中の幼子と目が合った。

 息子の髪と瞳の色はカレンに似た。白金と薄い青。ただ顔立ちは……何となく、自分に似て地味だ。でも、誰より愛しい自分の子だった。


「…………そうだな。おれも、この子は自分の好きな道を選んだらいいと思う」

「私も同意見……」


 相変わらず表情が薄いけれど、カレンは息子を見て小さく笑った。


「皇帝陛下には、私から相談しておくね。レファにも伝える……」

「異存はない。頼むな」

「うん……私も貴族やめたら、おじいさまみたいに田舎暮らしがしたいなぁ……」


 カレンは相変わらず気だるげに呟いた。

 フェーデルラントの前当主であるカレンの祖父は、田舎で第二の人生を謳歌している。

 結婚式に出席していた祖父から田舎の自慢話を色々聞いて、カレンは羨ましくなったらしい。「違法な実験もド田舎なら見つからなさそう……」と呟いたのは聞かなかったことにする。


 カレンは、夫が抱っこしている息子のふくふくした頬をつついて、その青い目を覗きこんだ。


「そういえば、パウルの持ってる"ティネル"の能力……そっちもこの子に引き継がれなかったね……」

「おい、なんか残念みたいに言うなよ……」

「ふふ」


 天使のように微笑したカレンは、「ところで」と話題を変えた。


「パウルに移植する時に、予備として余った《ティネル》の核があったんだけどね、それを何かに再利用できないかと思って……」

「お前、また何か変なもの作ったのか?」

「……パウルは相変わらず失礼だなぁ」


 いいからとにかく来て、とカレンが急かす。パウルは渋々、息子を抱っこしたまま敷地内の倉庫に向かった。あまりいい予感はしない。

 妻に誘われてやってきたのは、フェーデルラント家の屋敷の一角に建つ、巨大な建物だった。カレンは入口に設置された魔導パネルを操作し、重い鉄扉を開けた。

 ギィ、と金属の擦れる音がして、ゆっくりと扉が開く。


「………じゃじゃーーん」


 やる気のない効果音とともに、カレンが見せてくれたのは────二足歩行の巨大な機械人形(ロボット)だった。

 背丈は人の三倍ほど。滑らかな黒鉄(くろがね)の装甲が、照明の光を弾いて煌めく。


「これね、中に人が入って操作するの……動力は《ティネル》の核。でも、自在に動かせるのは、同じように核が移植されたパウルだけなんだよね……装甲は壊れた《ティネル》をサルベージして作った。すごいでしょ……」

「めっっちゃいらねえ!」

「なんで? 喜んでくれるかと思ったのに」

「だぁーー!」

「だよね、かっこいいよね……お父さまはわがままでちゅね」


 目をキラキラさせて、食い入るように機械人形を見つめる息子。無垢な赤子に、錬金術師の妻は要らんことを言っている。

 パウルはつい、痛むこめかみを押さえた。




 …………パウルはこんなのに乗せられてたまるかと絶対拒否の構えだったが、暫くのち、旧文明の遺物が再び甦り、災厄となって帝国に襲いかかった。

 そのため彼はこの機械人形を駆って、対抗せざるを得なくなるが──それはまた別の話である。



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