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万慧の錬金術師と、黒鋼の騎士  作者: es


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22/25

21. ずっと

 ────カレン・フェーデルラントは、帝国一の錬金術師である。

 《万慧(ばんけい)の錬金術師》、《狂気の才媛》などと呼ばれ、類い稀な頭脳をもって世の事象を知り尽くし、その知識を駆使して、斬新な発明をひたすら生みだしてきた。

 そんなカレンにとって、大抵の事は予測可能で驚くに値しない。だが、


「……おれと結婚するか」


 幼馴染の騎士がさりげなく求婚を口にした時、《万慧の錬金術師》こと《狂気の才媛》は、子どものようにポカンと口を開けて固まっていた。

 パウルはそんな彼女を見て、意地悪く笑った。

 ひどく爽快で気分が良かった。してやられてばかりだった幼馴染の錬金術師に対して、溜めに溜めていた溜飲がスッキリと下がったので。


 「結婚するか」の一言はするりと口をついて出た。

 言った途端、不思議な感覚が体を満たして、何かがすとんと胸に落ちた。すべてがおさまるべきところにおさまった気さえする。

 一方カレンは、猫のように目を丸くして、ぴしりと固まっていた。


「は? え?」

「聞こえなかったんなら、もっかい言うか」

「……パウル、お腹すいてない? 朝食持ってきてあげる」


 強引に話を逸らしたカレンが、勢いよく立ち上がって、足早に扉に向かう。

 この女が逃げを打つなんて珍しい。そう思いながら、パウルも冷静に席を立った。狙った相手の敵前逃亡を許すようでは、帝国騎士は務まらない。


 獲物を発見した豹のようなしなやかさで、部屋を出る直前の幼馴染をつかまえ、壁際へと追いつめていく。逃げる隙など与えない。

 ダメ押しに、カレンの顔の横に拳をつく。勢いあまって壁がミシリとへこんだ。うん、弁償は後で考えよう。


「……なぁ、カレン。おれと結婚しないか?」

「なんで!?」


 目を白黒させるカレンに、にやりと笑う。


「なんでって、おれを嫁にいけない体にしたのは、お前だろ」

「……ふつう男は嫁にいかないよ」

「単なる比喩だろ」


 鋼の瞳がすっと細くなって、それを見たカレンの喉から「ひゃぁ……」と小さな悲鳴が漏れた。


「おれを瑕物(きずもの)にした責任を取れ」

「…………」

「返事が聞きたい」

「…………っ」

「…………なぁ、聞こえてるか?」

「………………ぅぅ………うーるさいっ!」



 涙目になったカレンが、素早く壁の一部を押した。

 瞬間、足元の床が消えて、パウルだけが深く暗い穴の奥に吸い込まれていく。


「おいぃぃ……!」

「こんなんで頷くわけない。しばらくそこで反省してろ……!」


 穴に向かって叫ぶと、カレンは再度壁のボタンを押した。すると最初から穴など無かったかのように、床が元通りになる。


 侵入者よけの仕掛けがこんなところで役に立つとは思わなかった……備えあれば憂いなし……


 カレンは壁に背中をつけたまま、詰めていた息を、ぷはぁと吐き出した。

 なにあれ。求婚というより脅迫だ。それに、何をどうトチ狂ったら、あの堅物の幼馴染が、腐れ縁の自分に「結婚しよう」なんて言いだすのだ。さっぱり意味がわからない。


「……調べなきゃ」


 おそらくパウルは、どこかに異常をきたしている。彼の体をすみずみまで調べないと……と、カレンは固く決意した。

 頭のなかで検査項目を列挙しながら、彼女は急いで部屋を出ていく。



 ◇◇◇



 その数日後。

 フェーデルラント家の設計室で、二人は再び顔を合わせていた。


「────で、結果はどうだったんだよ」

「……どこにも異常が見つからない。変だよね?」


 疲れた表情の騎士を見上げて、カレンは片眼鏡を外した。

 ばさりと机に紙の束を置く。そこに書かれた検査結果は、まったくの異常なし。……つまり「彼は自らの意思で求婚した」ということに他ならない。

 しきりに首を捻っていると、検査まみれでげっそりした幼馴染の顔が険しくなった。こめかみには青筋が浮かんでいる。


「……だから自分の意思だって言っただろ! 好き勝手におれの身体を弄りやがって!!」

「や、ひと聞きの悪いこと言わないでくれる……!?」

「うるさい! 本当にお前は……おれの体をいたぶるのが好きだよなぁ……!」

「だから言い方ぁ!」


 彼を手込めにしたかのような物言いはやめてほしい。いやそれより。


「パウルが私に求婚するとか、意味がわからないし……本気で気が狂ったかと思ったんだよ……」

「本当にわからないのか? お前は天才じゃなかったのかよ」

「知らないよ、そんなの……」


 幼馴染の視線から逃れるように、カレンはふてくされてそっぽを向く。はぁ、とパウルはため息をついた。


「……なぁ、こっち向けよ」

「…………」


 促しても、強情な女は頑なにこちらを見ようとしない。


「……なんでこんな変な女を好きになったか、おれにもわからん。でも、理屈で説明できるようなものでもないだろ」


 彼は机の上に腰かけ、片手を伸ばした。美しい白金の髪にそっとふれると、彼女の体がびくりと揺れた。触れた頬が、見る見る真っ赤に染まっていく。

 もっと自分を意識すればいい。そう願いながら、熱を持った頬をそっと撫でる。


「今思えば……必死に騎士団での階級を上げようとしたのも、お前と釣り合いが取れるように、とか、無意識に思ってたのかもな。おれの家は名家でも何でもねえし」

「………………私は、そんなの気にしない」


 かすかな声は、正しく彼の耳に届いた。

 大きな水色の瞳が不意にこちらを向く。彼が知る限り、常に硬質な知性を湛えていた瞳。それが初めて、迷子の子どものように頼りなく揺れていた。


「…………本当に」

「…………何だよ」

「ほんとに、私が好きなの……?」


 カレンが恥じらうように尋ねる。そのどこかあどけない表情は、彼女を見慣れたパウルでも、胸にグサグサ刺さるほど壮絶にかわいかった。

 カレンはじっとこちらを見上げ、パウルが何か言うのを待っていた。一瞬飛びかけた理性を繋ぎ止め、何か返事をしなければと焦る。


 ……「さっき言っただろ」とか「言えるか恥ずかしい」とか「嘘だよバーカ」とか、いつもの軽口が喉元まで出かかった。それを、辛うじて飲みくだす。

 今この局面でそんな言葉を選んだら、誇り高いカレンはきっと、一生パウルを許さない。

 彼は覚悟を決めた。


「す………」

「…………」


 カレンが固唾をのんで自分を見つめる。頬が熱い。はじめて御前試合に出た時より、はるかに緊張した。



「……好きだ。結婚してくれ」



 何とか絞り出した言葉に返ってきたのは、


「……そんなに言うなら、結婚してあげてもいい」


 素直じゃない幼馴染の、承諾の言葉だった。

次が最終話です。

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