01. 錬金術師と騎士
大陸リドの東側。
この地域の覇権を握るのは、クラナッハ帝国という大陸有数の大国であった。
錬金術大国とも称えられるこの国は、優れた錬金術によって大いに繁栄してきた。
錬金術とは、魔導と科学を融合させた技術をさす。
たとえば──資材を運搬する機械人形。
遠方に伝令を伝える機械鳥。
薬草と魔導を組み合わせた魔導薬。
湯をわかすポットなどの調理器具にも使われており、錬金術は人々の生活に深く浸透している。
そして現在、帝国最高の錬金術師といわれているのが、執務机にぼうっと座っている女──カレン・フェーデルラントであった。
カレンは錬金術師の名門、フェーデルラント家の一人娘として生まれ、幼少の頃より、その血筋に恥じない高い才能を発揮してきた。
三年前、カレンは十六歳でフェーデルラント家を継いだ。ただし、進んで後継になったわけではない。家を継げるのが彼女しかいなかったから……理由はそれだけ。
帝国の古い貴族であるフェーデルラント家には、幾つかの不文律が存在する。その一つが、「当主は直系の血筋かつ錬金術師でなければならない」──というもの。
カレンの父は家業を継がず、外交官の道を選んだ。長らく当主をつとめた祖父も、高齢を理由に引退。
その時、後継の条件を満たしていたのはカレン一人きりだった。さすがに家を断絶させるわけにもいかず、仕方なく当主を引き受けただけである。
ちなみに祖父は、田舎で悠々自適な生活を送っている。最近は農業まで始めたとか。
いいかげん宮仕えに飽きた祖父は、自由な田舎暮らしに憧れていたのだろう。
望まざる家督を継いで三年。
カレンはこの間、ひたすら家業の錬金術に邁進してきた。彼女はいつしか、あまねく叡知を宿す"万慧の錬金術師"と呼ばれ、人々から畏敬の念を集めるようになっていた。
不思議なことに、フェーデルラントの血筋には、カレンのような天才が高い確率で生まれてくる。何かの遺伝が関係しているようだが────
ともかく、カレン本人はその名声にさほど興味はないものの、帝国最高峰の錬金術師として、彼女は確固たる地位を築いていた。
それにしても……とカレンは思う。
当主という立場は厄介だ。実に煩わしい。特に、結婚とか、後継問題とか。
カレンは元より結婚だの恋だのにまったく興味がない。その上、寄ってくるのは、フェーデルラントの金や研究を掠めとろうと企む連中ばかり。
カレンははじめから婚活に興味はなかった、色々あって、さらに嫌気がさした彼女は、幼馴染のパウルに一度ぼやいたことがある。
「……いっそ、結婚せずに誰かの種だけもらおうかな」、と。
実に名案だ、と思ったのに、幼馴染は「バカかお前は!」とキレた。
「自分を大事にしろ! ご両親を泣かす気か?」
「……でも、影で《狂気の才媛》とか言われてる女に、まともな縁談とか来ると思う……?」
「まぁ……いつかは来るだろう、たぶん」
たぶんて何だよ……
自分の適当さを棚にあげて、カレンはカチンときた。というわけで、彼には後日、毛生え薬の実験台になってもらった。
知らずに薬を飲んだパウルは、全身モッサモサの毛まみれになった。犬っぽかったので「お手!」と言ったら頭をはたかれた。
どちゃくそ怒られたけど、解毒薬は後でちゃんと渡した。だから問題ない。
帝国騎士パウル・ゼクレス──彼とは、昔からの幼馴染である。あるいは腐れ縁ともいう。
目つきも悪ければ口も悪いあの男は、"万慧の錬金術師"カレンを、平気で「バカ」呼ばわりする、ある意味怖いもの知らず。
しかしカレンは知っている。パウルの根っこは、とんでもないお人好しだということを。
彼とは、母親同士が親友だった。そのため、幼い頃は互いの家を行き来して、よく遊んだ。パウルには錬金術の実験台に(無理やり)なってもらったことも多々ある。
けれど、パウルは騎士になってから、ぱったりとうちに来なくなった。
聞くところによると、彼は騎士団の出世頭だそうだ。この間の《ティネル》襲撃の際の活躍で、皇帝直々にすごい称号も貰ったらしい。
幼馴染の出世は素直に喜ばしい。
忙しいなら、別に会えなくても寂しくはない。……でも、たまには生存確認くらいしたい。
そこでカレンは、パウルの自宅と自分の屋敷を魔方陣で繋げることを思いついた。
実行したその日。
「……カレン、なんでお前が、うちに勝手にあがりこんでんだよ」
「パウルが生きてるか心配で…………」
「勝手に殺すな」
「……そう、それでね。ここに、うちの屋敷直通の魔方陣を付与しといた。暇ならいつでも来ていいよ」
「あのなぁ……未婚の男女が魔方陣で家を行き来したら、外聞が悪すぎるだろうが!」
パウルはガンギレだった。せっかく付与した魔方陣も、消されこそしなかったが放置された。
…………余談だが。
クソ真面目な性格が影響したのか、パウルはたいへんド地味な男だ。ジミオブジミ。ジミオブザイヤーで金賞を取れそうな勢いで地味。
顔立ちは悪くない、どころか「隠れ美形」だったりするから意味がわからない。
悪ふざけで彼の全身を測定したら、完璧な黄金比を叩き出していた。三回計算し直したから間違いないだろう。
なのに、どうしてこうも地味なのか。
褐色の髪や藍色の瞳という色のせいなのか。不機嫌そうな顔つきのせいか。あるいは合わせ技……?
気になったので究明を申し出たら、「これ以上おれを辱しめるな」と断られた。
「…………パウルはもったいない。ちゃんと対策したら、令嬢たちが肉食魚なみに食いつくのに……」
「肉食魚とかいうな」
せっかくのアドバイスも、有耶無耶になった。
実際、彼はまったくと言っていいほど女性に興味がない。だからこそ付き合いやすい面があるのは確かだが、余りに女っ気がなさすぎて心配になってくる。そこで、
「パウルの男性機能に問題があるなら、私が錬金術で治してあげる……」
と、親切心で申し出た。なのに。
「余計なお世話だ」「はしたないことを言うな」「実験台にするつもりか」「まず自分の結婚をどうにかしろ」と、真っ赤になってキレられた。
思うに彼は、真面目で潔癖すぎるのだろう。
子どもの頃のように遊びに来たって、男性機能の治療をしてあげたって、カレンの方は全然構わないのに。
あの固い頭に詰まってるのは、古代の化石に違いない。いつか、パカッと開けて調べてみたい。
◇◇◇
………話を戻そう。
あの、石頭の幼馴染が。
カレンが無理やり設置した魔方陣を通って、うちに来たらしい。一体何があった。
「とりあえず……パウルをここに通してくれる?」
「かしこまりました、お嬢様」
恭しく一礼した老人は、すっと踵を返した。
カレンはその後ろ姿を見送って、ふわぁっとあくびをしながら猫のように伸びをした。




