17. 機械仕掛けの竜
背中に生えた黒鋼の翼を羽ばたかせると、黒い装甲に鎧われた身体がふわりと宙に浮いた。力強く翼をはためかせるごとに、さらに上昇していく。
飛行機能を獲得し、地道に特訓を重ねてきたパウルは、今や鳥のように自由自在に飛べるようになっている。そしてこの機能に関してだけは、カレンに礼をしたいくらい気に入っていた。
一気に宙をかけ上がる。直後、落ちてくる矢のように天井近くから滑空し、"女王"に肉薄する。
"女王"に手が届く寸前。パウルの視界が突然遮られた。
鳥型の《ティネル》の群れが現れ、"女王"を守るようにパウルの接近を阻んだのだ。反射的に、翼を畳んで体を捻る。群れの隙間をどうにかすり抜け、いったん旋回して、"女王"や鳥型から距離をとる。
その時、ガン、ガンッ!と打撃音が鳴り響いた。
「ぼさっとしない……っ!」
パウルを叱咤しながら、カレンは魔導銃で次々と鳥型の《ティネル》を撃ち落としていく。装身具で補正された射撃は正確無比だ。百発百中で、空中の敵を蹴散らしていく。
「うるせえっつのッ!」
両手に構えた双剣で、パウルは近くの《ティネル》を打ち払った。仲間だと見なされているせいか、攻撃は受けない。だが、どうにも邪魔だ。数も多い。
前を阻むバケモノたちを、黒鋼の騎士はひたすら斬りまくった。だが、これだけの数の敵が相手では、剣の方が先に限界が来るだろう。どうする……と焦る。
ふと、誰かに呼ばれた気がした。
一瞬、"女王"に視線を向けると、青白い光を纏った眼球がすっと細くなった気がした。まるで、にたり、と嗤うように。
(ムカつくな)
眼下では、レファとエイデンが殲滅の仕上げにかかっていた。地面や壁に残された《ティネル》の数は残り少ない。一方、鳥型を操る"女王"に対して、パウルはまだ一撃も当てられていなかった。
「キリが、ねえな……っ!」
《ティネル》を三体串刺しにして、剣を振って投げ飛ばす。がしゃんと不快な音がして、金属の塊が岩壁にぶつかった。剣をふるう幼馴染に、カレンは弾を装填しながら叫んだ。
「パウル、あいつの体のどこかに核があるはず! それを破壊して……っ!」
「……カレン殿! そろそろ二時間だ!」
さすがに焦りを滲ませたエイデンが呼びかけた。その声に、空中からパウルが応じる。
「三人は地上に戻れ!」
「……だめ、私は残るっ」
カレンが間髪入れず叫ぶと、パウルは青筋を立てて怒鳴り返した。
「バカか、お前も戻れ! 《ティネル》にやられるだろうが!」
「いや! …………だって、あの時みたいに……あなたを……置いていくのはいや」
「カレン……?」
うわ言のように呟くカレンを、レファが驚いた顔で見つめる。その時、
「言ったそばから……気をつけろ、血清の効果が切れたぞ!」
パウルが叫んで、三人に注意を促す。
残りわずかとなった獣型の《ティネル》の動きが、急速に変化した。三人に狙いを定めて、円形に囲いこもうとしている。パウルのいる上方からだと、その様子がはっきりと見て取れた。
ダークエルフの魔導師が、瞬時に結界を展開する。エイデンが素早くカレンを内側に引きこんだ。
……金属の装甲を軋ませて、多数の《ティネル》が三人に殺到する。
さながら蝗の群れのように、バケモノたちが結界に覆いかぶさる。あっという間に鋼鉄の塊が出来あがって、三人の姿が見えなくなった。
パウルはその光景に思わず息をのんだ。だが次の瞬間、覆いかぶさった《ティネル》の隙間から、閃光が迸る。次いで、バリバリという轟音とともに、レファの雷撃が炸裂した。
結界をこじあけようとしていた《ティネル》たちは、紙人形のように、あっけなく吹き飛ばされてしまった。
レファの魔導攻撃、特に雷撃は、おそるべき威力を誇る。だが、恐怖を知らない《ティネル》たちは、仲間の残骸を踏み越えて、再び結界を取り囲んだ。
再度、網膜を突き破るような閃光が走る。一拍遅れて、すさまじい雷撃が一帯を白く灼いた。
……それを三回繰り返して、レファは結界の中で仲間を振り返った。
「地上に戻ろう。僕たちはここまでだ。これ以上はパウルの足手まといになる。僕ももうすぐ魔力が切れる」
「……すまない、カレン殿」
「いやだ……エイデン、離して! 私は残るってば…………!」
エイデンに羽交い締めにされ、もがくカレンを見ていたレファは、一瞬沈痛な表情を浮かべた。だが、すっと表情を消して新たな詠唱を紡ぐ。
三人の足元で、魔方陣が青白い光を放ちはじめた。その光は、やがて燐光になって消えた。
《ティネル》が覆いかぶさったレファの結界。その奥から、転移魔方陣の光がわずかに見えた。三人は地上に戻ったのだろう。光を見下ろしたパウルの顔に、安堵と、そして苦悶の表情が浮かんだ。
さっきからひどい頭痛がする。以前、意識に映像が流れこんだ時より、ずっと強くて激しい痛み。血が逆流しそうなほどの。
はぁ、はぁ、と肩で息をしながら、転移魔方陣の光が消えるのを見届けた彼の脳裏に、いつかの記憶が泡のように浮かんでは消えた。
ずっと昔、同じようなことがあった気がする。その時は失敗した。しかし、
今はまだ────終わりじゃない。まだ、やれる。
ここから先は、一人で道を切り開かなければ。痛みに耐えて、彼は己を奮い立たせた。




