16. 迷宮攻略
迷宮攻略の当日。
彼らはひっそりと城の一角に集まった。「仰々しい見送りは必要なし」という意見で全員が一致したため、この場にいるのは四人だけ。
「盛大に見送られても、結果は変わらないよね……気力を消耗するデメリットの方が大きい」とは、カレンの弁である。
パーティは予定通り、騎士のパウルとエイデン、錬金術師カレン、魔導師レファ、となった。この中で緊張しているのは、《ティネル》の装甲に身を固めたパウルだけで、他の三人はいつも通り落ち着いている。
……いや、一人。ここぞとばかりに目を輝かせている者がいた。
「いよいよだね……すごく楽しみ……」
「……そうかよ」
茶色のジャケットを羽織って頭にゴーグルをかけ、長い鉄製の銃を背負ったカレンは、いつになくやる気満々だ。何となくはしゃいでいる美しい幼馴染を、パウルは呆れながら眺めた。
さっき血清を打った時も、浮かれすぎて、手元が狂うんじゃないかとハラハラした。
「ふふ。血清も打ち終わったし、いつでも出発できるね……」
怪しく笑っている幼馴染に、「ピクニックに行くんじゃないんだからな……」とパウルは言いかけた。が、結局何も言わずに口を閉じる。
一言言ったら、十倍になって跳ね返ってくる。それがカレンという女だ。
……しかし、カレンも実は、心穏やかではない。レファの話を聞いてから、そのことが頭を離れない。それを誤魔化すために無駄にはしゃいでいる。
レファは魔導文明の実験体の生き残りで、フェーデルラント初代と前世のパウルは恋人同士……
しかも自分の意識の奥には、今なお「初代の記憶」が存在しているという。
仮にその記憶が戻ったら、自分はどうなってしまうのだろう。そしてパウルは……。考えはじめると、カレンの明晰なはずの頭脳が、目詰まりを起こしたようにうまく動かなくなってしまう。
……うん。やめやめ。パウルの緊張している横顔をちらっと見て、カレンは考えるのをやめた。迷宮を攻略して、パウルがこの国で生き続けることが出来れば、それでいいじゃないか。
自分に言い聞かせて、彼女は魔導銃を背負い直した。
「準備はいい?」
ダークエルフの魔導師レファが、ざっとメンバーを見渡した。全員が頷いたのを確認して、彼は「なら、出発しようか」と気負いなく告げた。
「僕が転移を繰り返していくんだよね」
「そう……各座標は確認した?」
「うん。間違って地中に転移したら大変だからね。その時点で攻略終わっちゃうし」
「……」
にこりと笑ったレファの台詞に、パウルは若干不安を覚えた。が、彼は帝国でもっとも高位の魔導師。そんな初歩的なヘマはしないだろう。たぶん。
「じゃあ行くよ」
ダークエルフの雰囲気が変わった。彼の唄うような詠唱に合わせて、足元で転移陣が青白く輝き、明滅をはじめる。
周りの景色が、ぐるりと回転するように歪み、次の瞬間、岩に囲まれた狭い通路に四人は立っていた。
……暗闇にポッと明りが灯る。レファの魔導の光が、乾いた岩肌をを照らしだす。ここからはひたすら転移で奥に進む予定になっていた。
「はい次ね」
落ちつきを払ったレファの声が、細長い空洞に木霊する。詠唱が再開され、足元で魔方陣が光った。そうして転移を繰り返し、四人はいよいよ迷宮の最奥に到達した。
◇◇◇
「ここまで一時間も経ってないな」
「……そしたら、血清の効果はあと一時間ちょっとだね」
「その一時間で決着をつけなきゃならんのか……」
「パウル……あのね、ここに来てぐだぐだ言ってもしょうがないよ……?」
「んなのわかってる!ただの確認だ!」
「カレン、パウル、喧嘩しないで」
低次元の諍いを始めた二人を諌め、レファはもう一人の騎士に向き直る。
「エイデン、前衛よろしくね」
「おう」
沈着冷静なエイデンは、ここに来ても顔色ひとつ変えない。
目の前に広がる巨大な空洞は、完全に敵の領域だ。青白い光の絨毯のように見えるのは、膨大な数の《ティネル》の"卵"。大剣を構えたエイデンは、慎重に足を進めた。
────その先にあるのは、迷宮の最奥。
「"女王の間"、か……」
誰に聞かせるでもない独り言を落とし、寡黙な騎士は軽く息を吐いた。
「……"灼き尽くせ"」
レファの魔導が発動し、辺りが灼熱の炎に覆われた。生き物のようにうねる火炎が、地面や天井を舐めるように蠢き、《ティネル》の"雛"が入った容器をことごとく破壊していく。
レファの魔導が空洞の入口手前からひたすら焼き払っていく。エイデンは彼を守りつつ、生き残りに止めをさす。
血清のおかげで邪魔は入らない。拍子抜けするほどあっけなく、"駆除"は進んでいった。
だが……それを何度か繰り返した後に、変化は訪れた。中央に鎮座する巨大な鋼の塊が、ふいに軋んだ摩擦音を上げて動きはじめた。
カシャ……カシャ
キシキシ……
やがて岩山のような塊から、ぐい、と蛇のような鎌首が持ち上がった。その装甲の隙間からのぞく、複雑な金属骨格と関節。炎のように揺らぐ青白い光を纏った眼球がギロリと動いて、こちらに照準を定めたように見えた。
「……やぁーっと"女王"のお目覚めだねぇ」
隣で待機していたカレンが、無気力なくせにどこか楽しげな声で囁く。
「なんでそんなに嬉しそうなんだよ……」
呆れながら、パウルは油断なく両手の長剣を構える。
その時、竜型の《ティネル》───"女王"が凄まじい咆哮を上げた。金属を切断する時のような、不快な声が迷宮の空気をビリビリと震わせる。同時に、眠っていた《ティネル》の眼に、次々と青白い炎が灯りはじめた。
ガシャン、ガシャン……
容器の割れる音がそこかしこで響いた。ガラスが砕け散り、容器を満たしていた液体が、ばしゃりと溢れて地面に広がる。
薄い闇に浮かび上がる、無数の《ティネル》。その鋼鉄のバケモノたちは、幽鬼のようにゆらりと立ち上がった。……眠っていた子どもたちを目覚めさせ、操っているのは、やはりあの機械の竜であるらしい。
「計画通り、レファたちが"雛"を狩ってる間に、パウルは本命の"女王"を討って。……援護は私がやる」
「せいぜい頼りにしてるぞ」
「……鉄屑ごときにやられたら、承知しないから」
「やられるわけねえだろ」
憎まれ口を叩き合って、騎士はバサリと黒い翼を広げた。黒鋼の装甲で身を固めた幼馴染をちらりと見て、魔導銃を構えた錬金術師は、「竜型のサンプルほしい……」と呟いた。




