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万慧の錬金術師と、黒鋼の騎士  作者: es


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15. きっと

 時間は少し巻きもどる。迷宮攻略について四人で話し合い、解散した後のこと。


「カレン、ちょっといい?」


 作戦会議が終わり、屋敷に戻ろうとしたカレンは、ダークエルフの魔導師に呼び止められた。


「レファ? ……どうしたの」

「少し話したいことがあって。僕の執務室に来てくれる?」

「いいけど……」


 積極的に他者と関わろうとはしない彼が、自分から話をしたいと言ってくるなんて珍しい。なんだろうと首をかしげつつ、後ろをついていく。


 やがて、城の一角にある執務室にたどりついた。「どうぞ」と言われて中に入る。彼はソファに座るようにカレンを促し、自分はその向かいに腰掛けた。


「……うーん。どこから話したらいいのかなぁ」


 少年の姿をした小柄な魔導師は、不思議そうに瞬きしているカレンに小さく苦笑した。


「ねえ、カレン。……君はどうして魔導文明が滅びたか、知ってる?」

「ん、驕りたかぶった魔導師が神の怒りにふれたから、とかだっけ……?」


 唐突にはじまった魔導文明の話題。多少面食らいながら、カレンは答えた。いったい何の話がはじまるのだろう。レファの意図が読めない。


「そうだね、一般的にはそう伝わってる。でも事実は少し違うんだ。……ある高位の魔導師が、人道を踏み外した人体実験を繰り返していたことが、大元の原因なんだよ。

 彼はいろんな生き物を造り、実験を加え、命を弄んだ。万能感に酔って。……たしかに彼は奢っていた。それこそ、神にでもなったつもりだったんだろうね」


 抑揚のないレファの声には、かすかな侮蔑の響きがあった。遥か昔に存在したというその魔導師。彼を直接知っているかのような口調。

 それに違和感を覚えながらも、カレンは黙って耳を傾けていた。そんな彼女に、レファは淡々と続けた。


「だけど、その魔導師にも予想できなかった事態が起こったんだ。……自ら造りあげた実験体の一人が、自分の息子と恋に落ちてしまったんだよ」


 カレンは、大きな水色の瞳を瞬かせた。博識な彼女でさえ知らない話だ。


「そんな話、聞いたことないよ……?」

「うん。真実を知る者は、当時だって少なかったしね」


 ダークエルフはそう言ってにこりと笑った。


「……その魔導師は、人形ごときが息子を誑かしたと怒り狂って、実験体を殺そうとした。でも必死の抵抗にあって、逆に自分が命を落とす羽目になったんだ」


 「そこから文明の滅亡がはじまった」と彼は静かに言った。


「強力な魔導師がいなくなったことで、彼自身が制御していた兵器が暴走し……その爆発に巻きこまれて、旧文明は一夜にして滅びてしまったんだ」

「……まるで、見てきたみたいに言うんだね」


 微妙な顔をしたカレンに、レファはかすかに笑った。


「そうだよ、見てきたんだ。僕の世代のダークエルフは、旧時代に作られた実験体の生き残りなんだ。……君たちフェーデルラントの祖先と同じようにね」




 ────カレンは幼い頃から王宮に上がる機会が多かった。だからレファのことは子どもの時から知っている。その頃から、時間が止まったかのように年を取らないダークエルフを、カレンはじっと見つめた。

 彼はけして嘘をつくようなひとではない。

 だから今自分が聞いている話は、レファが実際に経験し、見て、聞いた事実なのだろう。


「…………つまり、レファは旧文明の崩壊前から生きてるってこと?」


 それでもさすがに驚いて目を見開くと、レファは頷いて微笑した。


「その通り。そしてカレン、君は、魔導師に反逆したその実験体の末裔なんだ」


 …………彼の言葉は、錬金術師の意識の底を小さく波立たせた。一滴の雫が、水面に波紋を広げるように。




「君は……君たちの一族は、親から子へ"知識"や"記憶"を引き継ぐ。そうでしょ? その能力があるのは、君たちがそのように設計されたからだ」

「どうして、それを……」


 フェーデルラント家の秘密を言い当てられ、カレンは水色の目を丸くした。レファは、にこりと笑って彼女の問いに答えた。


「フェーデルラント初代の"記憶"は、彼女がクラナッハ帝国に仕えると決めた時に封印された。あまりに辛すぎる記憶だったから。

 ただし君たちの中に、初代の"記憶"はずっと受け継がれている。意識のずっと底の方に」

「初代の記憶……」


 カレンは呟いた。言われて意識してみると、確かに初代の記憶は汲み出せない。今まで、そんなこと気づきもしなかった。……いや、意識しないように仕向けられていたのかもしれない。


「もう一つ、伝えたいことがあるんだけど……実は、パウルは、初代が愛した恋人の生まれかわりなんだってさ」

「えぇっ!?」


 さすがにそれはびっくりだ。カレンの声が裏返った。


「レファ、どういうこと……?」

「予言師だった先々代女帝がそう言ってた。だから僕は女帝の願いを聞き入れて、君たちを見守ってたし、必要なら助力するって約束したわけ。

 僕らダークエルフの一族は、前世のパウルに、実験体という軛から解放された恩があるしね」

「恩って……見守る……?」

「うん。まぁ、見守るだけだけど。別に、彼と初代をどうにかしてくっつけようとか、そういうのじゃないから安心して。ただ……」

「うん……」


 旧文明から八百年以上生き続けたという魔導師は、少年のようにくしゃりと笑う。


「君はほんとうに、初代フェーデルラント……"イゼル"にそっくりなんだ。君を見てると、懐かしいような不思議な気持ちになるんだよ、僕は」


 泣き笑いの表情でレファは言う。その声には、長い時を渡ってきた者ゆえの、深い悲哀と感慨が込められていた。


「迷宮に潜る前に、それを伝えたかったんだ」


 ダークエルフの魔導師は、そう言ってまた笑った。


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