13. 迷宮探索
────彼女はいつも、予想の斜め上を行く。誰よりも強く、勇気があって、常に前を向いている。
単純な腕力なら勝つことはできるだろう。でも、精神的な強さでは到底敵わない。
カレンは鋼鉄の意思で、最後まで諦めず、前人未踏の荒野に道なき道を切り拓く種類の人間なのだ。
◇◇◇
「その時こそ、帝国の終わりだ」
あの夥しい数の《ティネル》を見てしまったら、自然とそんな言葉がこぼれ落ちた。状況は絶望的としか言いようがない。けれど、
「……らしくないね」
幼馴染の錬金術師は、透明な水色の瞳を、猫のように細めた。
「よぉく考えてみてよ……その"女王"さえ倒せばいいんでしょ」
「バカかお前は。人の話聞いてたのかよ」
ムッとして言えば、幼馴染も、片方の眉をきゅっと上げた。
「バカなのは、そっち」
「なんだと?」
「……ばーか。ポンコツ。不能」
「てめぇ……この頭でっかちが……!」
くだらない悪口の応酬と睨み合いが続く。険悪になりかけた空気を変えたのは、はぁ、とため息をついて、脱力感を漂わせたカレンだった。
「……あのねぇ」
腰に手を当てた錬金術師は、呆れ交じりの水色の目でパウルを見上げた。
「地下迷宮を制御してるのは、その"女王"以外にいないと思う……つまり、そいつを倒したら、あのおかしな迷宮も消滅する可能性が高いよ」
「あぁ? 保証はあるのかよ」
「保証もなにも、うちの国が滅亡を避ける方法って、それくらいしかないと思うけど……まぁ、どっちにしても、確認しないことには何とも言えないね」
うん、と頷くとカレンは顎に指をあてた。
「……本当に"女王"がいるかどうか、うちの機械人形に迷宮の奥を探索させてみよう」
美しい幼馴染は、ふと唇の端を持ち上げた。
……こいつはたぶん、竜型のサンプルもできればほしい、とかそういうことを考えているのだろう。
◇◇◇
翌日。
「……寂しいだろうけど、訓練は一人でがんばってー」
パウルにそう告げて、幼馴染は機械人形の製作に取りかかった。
別にカレンがいなくても寂しくはない。ただ今まであったものがなくなって、何か物足りないだけだ。
それから数日後の、ある日の午後。フェーデルラントの屋敷を訪れたパウルを待ちかまえていたのは、掌に小型の機械を乗せた幼馴染だった。
「ほら……完成したよー」
どことなく得意げなカレンは、真新しい機械をパウルの前に差し出した。
「何だよこれは」
それを受け取って、パウルはじっと眺める。どうやら、蜂の姿をした機械人形のようだ。
「よく出来てるな」
本物の蜂のように精巧に造られていて、思わず感心する。
「……これはね、小型化した《ティネル》の核を搭載した、蜂型の探索機なの。
こっちの水晶に、探索機の眼球に映ったものを飛ばして、遠くにいても同じものを見ることができるんだよ。さらに、空中静止も可能な優れもの……」
続けてカレンは、
「お高い魔石を使ったから、飛行距離もものすごく長いんだぁ……」
そう言って、うっとり目を細めた。
カレンが「お高い」と言うなら、きっと国宝級の魔石だ。この小さな機械人形に幾らつぎこんだのか……パウルには見当もつかない。
「お前……そんな高価なもん探索機に使って、手元に戻ってこなかったらどうするんだよ」
「あのね、帝国を滅亡させたくないなら、これを今使わずしていつ使うっていうの……国破れて魔石あり、とか笑えないから」
「…………」
たしかに。ぐうの音も出ない正論だ。
「……よし。じゃあ早速、地下迷宮に潜らせてみよっか。もちろんパウルも来るんだよ」
相変わらずテンション低めなカレンに引っ張られて、無理やり転移陣に乗せられる。そして次の瞬間、二人は迷宮の入口の正面に移動していた。
「じゃあ飛ばしまーす……」
ブーンと微かな羽音を響かせて、蜂型の機械人形はカレンの掌からふわりと飛び立ち、地下迷宮の入口へと一直線に向かっていった。
小さな影は、岩山にぽっかりとあいた暗闇に吸いこまれるように潜っていく。
「わくわくするぅ」
「そうかよ……」
新しい機械の性能を試すという状況が嬉しいのだろう。カレンの口許に、微笑めいたものが浮かぶ。
一方パウルは、気が気ではなかった。ここは迷宮の目の前だ。いつ《ティネル》の襲撃があっても大丈夫なように、黒鋼の装甲を出して態勢を整えておく。
「……見えた。これなら問題なさそう」
探索機は、迷宮の奥へと進んでいく。探索機から水晶に送られる映像を確認して、カレンは満足そうに頷いた。
探索機の目は、暗闇でも鮮明に映像をとらえていた。暗くても様子がわかるのは「お高い」魔石のおかげだろう。
だが、しばらく何の変哲もない岩壁が続いた。
「結構深いね。岩ばっかりで飽きた……」
「飽きるの早すぎだろ……」
猫のように欠伸をした女をちらりと見て、水晶に視線を戻したパウルは、「おい、見ろ」と身を乗り出した。カレンも真剣に水晶を覗きこむ。
「……ここが迷宮の最奥かな?」
────水晶には、一つの城が丸ごと入りそうな巨大な空洞が映っていた。
空洞の地面や壁は一面、青白い光に覆われている。その光る壁に、探索機はゆっくりと近づいていく。
パウルはごくりと喉を鳴らした。水晶に映っているのは、頭の中に流れこんできた映像と寸分違わぬ光景だ。
よく見ると、青白い光は、びっしり並んだ夥しい数の透明な楕円の球体であった。探索機はさらに壁に近づき、やや縦に細長い球体を明瞭にとらえた。
それらは、卵の殻によく似た形状の透明な容器。その一つ一つに《ティネル》の個体が格納されている。青白い光は、彼らの甲殻の隙間から漏れでた、核の光だったようだ。
容器の中の《ティネル》達は、体を丸めてじっと動かない。しかし時折、微かに身じろぎしていた。
地上に現れた《ティネル》達は、昼夜問わず活動するが、容器の中の《ティネル》はいずれ来る目覚めの時を、夢心地で待っているかのように見えた。
やがて探索機は壁から離れ、空洞の中央を映しだす。そこには、岩山のような巨大な金属の塊が、とぐろを巻いて蹲っていた。
「……あれが、"女王"かな」
騎士の隣で、錬金術師は抑揚のない声で呟いた。
パウルがちらっと視線を横に向ける。幼馴染の女は、「どうやってあれをぶちのめそうかなぁ」などと物騒なことを言っている。
儚げな妖精のような笑みを浮かべているが、頭の中は、ろくでもないことを考えているに違いなかった。




