12. 女王
意識に直接流れこんだのは、不可思議で、非現実的な光景だった。
真っ黒な闇のなかに浮かび上がる、無数の光の直線。ネオンイエローやコバルトブルーの光の線は、折れ曲がったり、交差したり、束になったりしながら、真っ黒な空間を網の目のように走る。それぞれの直線の行き止まりには────無数の、半透明な《ティネル》がいた。
だが、それが見えたのはほんの一瞬。次に流れこんできたのは、まったく別の映像だった。
…………激しい頭痛とともに、パウルの意識に押し寄せる映像。時折、ザリ、ザリとノイズが走る。
映像に映っている光景は、薄暗い洞窟の内部。それに気づくのに、少し時間がかかった。
陽の光も届かない、深い洞穴。しかし完全な闇ではない。仄青い光が、あたりをうっすらと照らしていた。壁や地面を覆うたくさんの光の点は、寄せて返す波のように明滅している。その光景は、さながら光の海だった。
それも異様だが、洞窟の大きさも普通ではなかった。地方の城ならまるごと入りそうなほど広く、天井も高い。
映像から少しずつノイズが薄れていく。洞窟を細部まで見渡せるようになって────光の正体がわかった瞬間、パウルは息をのんだ。
それは、岩肌にびっしりと並んだ、無数の球体だった。その丸みを帯びた、透明なガラスの容器────その一つ一つに《ティネル》の個体が入っている。
透明な殻に包まれた機械の獣は、まるで眠っているかのようにじっとして動かない。だが、死んでいるわけではないのだろう。装甲の隙間から、微かな青い光が漏れている。核が活動している証だ。
騎士の背中を、ひやりと冷たいものが滑っていく。一つの仮定が頭をよぎって、強く警鐘を鳴らしていた。
……この夥しい数の球体は、いわば《ティネル》の"卵"で、中に格納されているのは、近く孵化する"雛"ではないだろうか──
その時、ふいに、洞窟の中心で何かが身じろいだ。頭痛に堪えながらパウルは目を凝らす。
洞窟の中央にとぐろを巻く、錆びた金属の塊。見上げるほど大きなそれは────竜型の《ティネル》。
機械の竜は、何かを探すように辺りを窺っている。ゆっくりと鎌首をもたげ、鰐に似た長い顔がふとこちらを向いた。
青白い炎を纏った、二つの鉄球。それがパウルの視点と交差する。
瞬間、意識を支配していた映像が、ぷつりと途切れた。
「……はぁっ、はぁ」
────映像が消え去って、パウルは大きく息を吐いた。
頭が割れそうだった。激しい頭痛はまだ続いている。薄く目を開けると、幼馴染が泣きそうな顔で、自分を覗きこんでいた。
(カレン……?)
どうやら現実に戻ってこれたらしい。安堵したその時、
「パウル……大丈夫!!?」
突然、聴覚が戻った。耳元で叫ばれた声が、鼓膜を突き抜けて脳に刺さる。
「ねぇっ、パウルってば……!」
「……いま、頭が痛いんだ、静かにしてろ……」
「え、なに……ぅぐ」
喚く幼馴染を引きよせ、固い掌で小さな口を塞ぐ。
「んんんーっ!!」
「いいから、だ ま れ 。わかったな」
彼女の動きを封じ、ぎゅっと目を閉じて激痛に耐える。じたばた暴れていたカレンは、次第に大人しくなっていった。
…………暫くじっとしていると、痛みは潮が引くように遠ざかっていった。深く息を吐いて、パウルは固く閉じていた目を開く。
…………
なんだこれ。
自分の鼻先にある、月の光のようなプラチナブロンド。それが見慣れた小さな頭だと気づくまで、数秒を要した。ならば、腕の中の、柔らかい物体は…………
「……おわっ!!!」
「ぷはぁっ」
パウルはガバッと飛びのいた。鼻と口をパウルに塞がれていたカレンが、思い切り息を吸いこむ。
「ひどぃ……息できなくて、しぬかとおもった……」
「わ、わるかった。頭痛がひどくて、つい……!
あと今のは、幼児がぬいぐるみを抱いて不安を和らげるようなもんで、他意はないからな!」
慌てて言い訳する騎士を、錬金術師は涙目で睨みつける。
「……誰が、ぬいぐるみ、だって……?」
錬金術師がぼそりと呟いた。声が小さいのは、一応、パウルの体調に気を遣ったかららしい。
じとりと幼馴染を睨んだカレンは、眉間に皺を寄せて詠唱をはじめた。
彼女はパウルのシャツの裾を無言で掴み、魔方陣に引っ張りこむ。そうして二人は、フェーデルラントの屋敷に帰還したのだった。
◇◇◇
……屋敷に戻ると、パウルはひたすら検査を受けさせられた。試験管に何本もの血を取られ、よくわからない機械をつけられ……
嫌がらせのような検査の数々に、パウルは文句も言わずに従った。さっきうっかりカレンの息の根を止めかけたので、罪滅ぼし的な意味もある。
そして、「異常なし」と結論が出た頃には、丸一日が経過していた。
「……むぅ。どこにも異常が見当たらないなぁ」
カレンは、検査結果を記した紙をバサリと執務机に置いた。
二人はいつもの設計室にいる。だらりと長椅子に寝転がったパウルは、気だるげに「そうか」と返した。
検査用の血を大量にとられて貧血気味なのだ。多少、行儀が悪くても勘弁してほしい。
「……で、何が見えたの?」
美しい錬金術師は、紙から顔を上げた。
パウルの突然の不調を心配したカレンは、ひとまず検査を優先した。そのため、今まで話す暇がなく、彼の意識に流れてきた映像の詳細は、まだ聞いていなかったのだ。
「……おれが見たのは、たぶん"女王"だな」
「じょおう?」
カレンが怪訝そうに眉を寄せた。
「映像に映ってたのは、とんでもねえ広さの洞窟で……そこに、《ティネル》の入った丸い容器が大量に並んでた。その真ん中にいたのが、巨大な竜型の《ティネル》。……あそこはきっと、地下迷宮の最奥だろう」
「なんでそんなものが見えたんだろ?……核を移植したら、変なのに繋がっちゃったとか……?」
「そうかもな」
パウルはくしゃりと髪をかきあげて頷く。
「あの容器は"卵"、竜型は女王蟻みたいなもんで……あいつは、自分の子が孵化するのを、あそこでじっと待ってるんだろう」
そういって、パウルは深くため息をついた。…………カレンは、そんな幼馴染をさりげなく観察していた。
彼女の知るパウルという男は、どちらかと言うと、喜怒哀楽をまっすぐ表現するタイプだ。
それが、今の彼は、どことなく無機質な印象を受ける。何となく表情が乏しいというか……そう、まるで、機械人形のような。
先ほどの検査結果を、カレンは記憶から引っ張り出す。結果はすべて頭に入っている。だが、どの数値にも異常はない。
しかし、仮に数値に表れない部分で、《ティネル》が影響を与えているとしたら────彼が見たという映像がその顕れだとしたら、少々厄介だ。
パウルはじっと遠くに視線をさまよわせていた。カレンの懸念に気づかず、彼は独り言のように淡々と続けた。
「やつらが孵化したら、第二波がくる。その時こそ帝国の終わりだ」




