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万慧の錬金術師と、黒鋼の騎士  作者: es


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11. 訓練

 帝国騎士パウル・ゼクレスは、黒鋼(くろがね)の装甲を纏った自分の体を見下ろした。


 自分の見ているものがまだ信じられない。

 胸に埋めこまれた《ティネル》の核。黒鋼の鎧が隙間なく覆った体。背中から生えた、黒々とした翼。


 前代未聞の、半人半機械の騎士だ。

 自分はバケモノになってしまったのだろうか……と、パウルは海より深く落ちこんだ。


 ……そもそもの話、彼は軍の上司に頼まれて、幼馴染の女に会いに行っただけだ。それがどうしてこうなった。

 まさに《狂気の才媛》の所業、理不尽の骨頂だ。




 ……だが、パウル・ゼクレスは立ち直りも早かった。騎士の本分は「頭より体を動かせ」。筋肉こそすべて。迷ったら鍛えろ、である。

 そうやって彼は、実力を認められ、異例の昇進を果たしてきた。それに、これまでさんざんカレンの実験台をやってきた。多少のことなら慣れている。今回も大したことじゃない。たぶん。


 そして移植の数日後には、パウルは「新しい体を使いこなして、あの女を見返してやる」とやや斜め上に決意し、新たな能力を鍛える特訓をはじめたのだった。



 ◇◇◇



「わぁ、上手に飛んでるね……がんばれー」


 森の上空を、縦横無尽に飛びまわるパウルの耳に、やる気のないカレンの声援がとどく。


 カレンは毎日パウルの訓練につきあっている。本人いわく、「メンテナンス担当だから」らしい。

「錬金術師って暇なのか?」と皮肉で言ったら、真顔で変な薬を盛られそうになった。


 それはともかく、訓練自体は順調だ。最初こそ木に引っ掛かったり、藪に突っ込んだりすることも多かったパウルだったが、徐々に、《ティネル》の能力を使いこなせるようになっていた。

 彼の才能と《ティネル》の能力の相性は、けして悪くなかった。


 それに、誰もが一度は「鳥のように飛んでみたい」と憧れるものではないだろうか。パウルも小さな頃はそう思っていた。実際に飛べるようになった今、それは非常に爽快で、パウルはこの機能を思いのほか気に入っていた。




 ひと気のない森の上を、ひたすら旋回する。

 いま二人がいるのは、帝都からほど近い、フェーデルラント領の森。《ティネル》の訓練は、人目につかない場所……カレンの屋敷か、この森で行っていた。


 装甲と翼を出したパウルは、どうしても《ティネル》に似ている。人前に出ると騒ぎになりそうだったので、パウルは軍に適当な理由をでっち上げ、フェーデルラント領にせっせと通った。


 だが、内心は複雑だ。「こっちで訓練したらいい」と提案したのはカレンだし、パウルに選択の余地はなかったが、貴族令嬢の屋敷に男が毎日入り浸る状況が最良とも思えない。

 カレンの方はやたら生き生きしているが。


 ……あの錬金術師にとっては、「パウル = 実験台になってくれる幼馴染」ていどの認識なのだろう。

 要するにまったく男だと思われてない。それはそれでなんかもやっとする。

 しかし移植の日の恥ずかしい勘違いもあり、彼はその辺りには踏みこめずにいた。


 ……きっと、深く考えたら敗けだ。パウルは早々に、堂々巡りになった思考をぶん投げた。

 カレンも鈍いが、パウルも大概鈍かった。




 枝を避けて滑空し、最後は風を受けとめるように翼を広げる。ふわりと着地して、細身の双剣を背中の鞘にしまった。

 もともと得意なのは大剣と大盾ではあるけれど、飛行中は双剣の方が扱いやすい。左右対称でバランスがとりやすいし、何より軽い。


「"翼、装甲、消えろ"」


 小声で呟く。金属が擦れあう音がして、黒鋼の翼と装甲が核に収納されていく。その原理はさっぱりわからない。


「おつかれさま……」


 ぼそぼそと言ったカレンが、預かっていたシャツと布を放り投げた。パウルは受け取ったシャツを羽織って、布で汗を拭く。

 ふと見ると、幼馴染の女は何か考えこんでいる。そして彼女はおもむろに口を開いた。


「その鍵言葉(キーワード)、素っ気なさすぎないかなぁ。もっと格好よくしようよ……"深淵の黒き闇から生まれし漆黒の翼よ、我が背に出でよ"……とか。よし変更」

「やめろ! いらんことをするな!」


 そんな台詞を毎回言わされたら、恥ずかしすぎて憤死する。必死に止める青年に、カレンは口を尖らせた。


「なんで。けち……」

「前衛で長い鍵言葉っておかしいだろ。速攻でやられるわ!」

「あ……なるほどそうかも」


 カレンはぽんと手を打った。しかし、


「オプションで登録しといたら、状況に合わせて使えるかも……」


 などとぶつぶつ呟いている。往生際が悪い。


「頼むから絶対にやるなよ。前から思ってたけど、お前って結構バカだよな……」

「バカと天才は紙一重って言うしね……」

「自分で言うか、普通」


 ぎゃいぎゃいとくだらない会話をしていると、カレンのおなかが「くぅー……」と小さな音を立てた。


「なんだよ、腹減ってんのか?」

「寝坊したから朝食抜いてきた……」

「朝はちゃんと食っとけよ……」


 眉を下げて悲しそうなカレンに、ほんとにしょうがないやつだと呆れつつ苦笑した、その時だった。突然、何の前触れもなく、強烈な頭痛に襲われた。




 …………強く頭を殴られたかのような衝撃に、ぐらりと身体が揺らぐ。


「……っ」


 立っていることさえままならない。しゃがみこんで頭をおさえる。

 は、は、と荒い息を繰り返す。しかし痛みは治まるどころか、ますます酷くなっていく。


 その一瞬。

 目の前に、ぶわり、と、不可思議な光景が広がった。

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