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 怒号と剣戟。金属と血の匂い。

 視界にとらえた機械の獣を、ただひたすら斬って斬って斬りまくった。斬り伏せた敵の数はもう覚えていない。

 途中まで数えていたが、二十を越えたあたりで止めてしまった。


 その機械の獣は、クラナッハ帝国南方の荒れ地──"忘れられた荒野"の地下迷宮から、湧き出すがごとく現れた。

 《ティネル》と名付けられたそいつらは、人も動物も見境いなく襲う化物だった。


 その大半は、狼のような姿をした四つ足の獣型。他には鳥型、蜘蛛型、蠍型などがいる。

 《ティネル》はさながら、草や作物を食い荒らすイナゴの大群のように、村や町を次々に襲撃した。


 しかし帝国もただ見ていたわけではない。国家のほぼ全軍を投入し、総力を上げて対抗した結果、どうにか機械の獣の大群を包囲することに成功した。

 帝国騎士パウル・ゼクレスは、その戦場のさなかを懸命に駆け回っていた。

 動きにくくなる重い盾はとうに捨てた。身軽になった体で、大剣を縦横無尽に振り回し、次々に敵を破壊していく。


 ここで食い止めることが出来なければ、帝国はおそらく持たない。何としても《ティネル》を止めなければ。

 多少手足を欠損しても構うものか。生きてさえいれば、後方で支援しているあの()()()がきっと何とかしてくれる。

 その思いに突き動かされるように────彼は次々と敵を薙いでいく。


 その時、パウルの背後から、巨大な雷の鞭がしなるように迸った。強烈な雷撃を浴びた《ティネル》が折り重なるように倒れていく。

 帝国の魔導部隊が駆けつけたらしい。今の雷撃は、帝国最強の魔導師と謳われるダークエルフのレファだろう。

 パウルは僅かながらに安堵を覚えた。まだ気を抜くには早い。だが、泥沼化した戦局を打破するには、魔導部隊の加勢がとても心強かった。


「レファ殿率いる、魔導部隊の援護だ! ここで一気に叩き潰すぞ!」


 鼓舞するように仲間に呼びかけ、パウルは敵のただなかに飛び込む。前線で戦う騎士達の背後から、次々と魔導攻撃が放たれる。

 そして勢いに乗った帝国軍は、《ティネル》の大群を押し返すことに成功し、何とか勝利を納めたのだった。



 その後、一ヶ月かけて帝国は《ティネル》の生き残りを殲滅した。奴らが湧き出てきた迷宮の入口こそ塞げなかったが、以降、《ティネル》の襲撃は激減する。

 そうして、帝国は平穏を取り戻したかのように見えた。


 だが──最初の波を越える惨禍が、再び帝国に訪れようとしていた。



 ◇◇◇



 《ティネル》来襲から数ヶ月。

 帝都はすっかり平穏を取り戻していた。前線を後方で支援したカレン・フェーデルラントの邸にも、穏やかな午後の光が射している。


 ──開け放たれた扉の向こう。

 静かにそこにやってきた老人は、開いた扉からそっと中を覗きこんだ。

 予想どおり、彼女は机にかじりついて仕事に没頭している。

 まわりには、大量の丸めた紙くずやコンパス、定規といった道具が散乱している。それらに埋もれるように、主は何かの図面を書き起こしていた。


「……お嬢様、パウル様がお見えです」


 控えめに声をかけると、主──カレン・フェーデルラントは、設計図を引く手を止めて顔を上げた。

 月光のような白金の髪に薄青(うすあお)の大きな瞳。妖精のような儚げな美貌。そんな外見からは想像もつかないが、彼女は、誰より優れた才能を持つ錬金術師だ。


「パウルが……?」

「左様です。こちらにお通ししますか?」


 カレンは思考の海から意識を引き上げ、入口に立つ老人に焦点を合わせた。彼は先代の頃からフェーデルラント家に仕える執事で、影から彼女を支えてくれている。


 カレンはこの老人が昔から好きだった。彼が穏やかに微笑むと、木の年輪を思わせる皺が少しだけ深くなる。


「……珍しいね。どうしたんだろ」


 カレンは薄い青の目を瞬かせた。

 客人──パウル・ゼクレスはクソがつくほど生真面な、カレンの幼馴染である。

 だが、帝国騎士に叙任されてからというもの、めったにこの屋敷に顔を出さなくなった。彼の訪問はいつぶりだろう。


「急ぎのご用件がおありだそうで、ご自宅から転移陣を通って来られました」

「へぇ……ますます珍しいね……」


 カレンは大きな瞳を丸くして呟く。

 幼馴染の騎士は、自分に何か差し迫った用があるらしい。



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