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「007」血のつながっていない家族と

「真央、今日は父さんが悪かったな」


「気にしないで」


 夜。俺はいつものように部屋の窓を開けて隣の家の自室にいる真央と向かい合わせになって話をしていた。俺はジャージを着ているが、真央はピンクのパジャマだった。寝るときはお気に入りのパジャマじゃないと眠れないそうだ。でも、中学から着ているパジャマは今の真央に合っておらず、胸とか太ももがパンパンだ。特に胸なんかはちきれそうになっている。


 ……いつも胸の谷間が見えてんだよな。正直ちょっと嬉しいから何も言わないけど。 家族だけどおっぱいは別。


「で、なんの話だったの?」


「……ああ、それは」


 俺、引っ越しすることになった。


 なんて言えない。でも、父さんのことだから本気だろう。幸い明日は祝日だ。学校が始まるまでには解決してやる。全く今日はとんだ厄日だ。


「……なんでもないよ」


 明日は許嫁という人に協力を頼もう。


 向こうだっていきなり知らない男子が許嫁になることに納得はしていないはずだ。


 互いに協力できれば父さんだって止められるかもしれない。


「そう。……でも、協力できることがあったら言って」


 窓から身を乗り出して真央が顔を近づけてくる。


 相変わらず距離が近いって!


 真央の桜色の唇にばかり目がいってしまう。


「ありがとな」


 でも、真央に余計な心配はさせたくない。


「……ゆう。こっち来て」


「え、今から下に降りてそっち行くのはちょっと」


 親が一階で寝てるから玄関から出ると気づかれる恐れがある。そうなったらまた喧嘩になるだろう。それはごめんだ。


 幼い頃は互いの窓から行き来していたが今考えると危険だったな。


「じゃあ、私がそっち行く」


「え、マジで?」


「落ち込んでる弟を見過ごせる姉じゃないから」


 ……見抜かれてしまっていたのか。


 何故か部屋の奥に引っ込む真央。いやいや、まさか、飛んでくるつもりか!?


「ちょ、ちょっと待てって!」


「っ!」


 助走をつけた真央が走り幅跳び の要領でジャンプしてきた。何気に運動能力が高いんだよな。なかなかフォームが綺麗――って、馬鹿!


 普通に窓を跨げばいいだけなのに!


 窓を大きく飛び越えた真央は俺の部屋を横断して壁に激突――。


「だぁっ!」


 する瞬間に俺は真央の前に立ちはだかり体で受け止める。


「んごぉっ――!」


 腹に砲弾でも食らったような感触。


 かろうじて真央を受け止めることができたがものすっごい痛みから思わず蹲る。これやばいって……。長男だから耐えられた。やっぱ嘘。長男でも耐えられないから。


「ゆ、ゆう! だ、大丈夫!? ご、ごめん」


「おま、な、なんで? ジャンプする距離、じゃない、だろ?」


「ゆうが心配だったから……」


 相変わらず俺のことになると見境がない。


「……ごめん。ゆう。……どこぶつけたの? ここ?」


 半ば強引に真央が俺の腹を撫で始める。


「くすぐったいって!」


 真央の細い指がめっちゃくすぐったい。って、なんかよく考えるとこれ結構恥ずかしくない?


 真央もそう思ったらしくちょっと顔が赤い。


「……」


「……」


 なんとなく無言になる。


 やばい、妙な雰囲気だ。


「ゆう……」


「な、なんだ?」


「部屋が汚い」


 ……ぐ。


 確かに俺たちの周りには雑誌やゲーム、お菓子の袋が散乱していた。


「ゆう、ちょっとは片付けたほうがいい」


「わ、わかってるよ。後でやるつもりだったんだ」


「嘘」


 即見抜かれてる。


「今度部屋掃除するから」


 ……さっきまでの良い雰囲気が完全に消えてしまった。


「悠! 今の音はなんだ!?」


 父さんの声だ。しまった。さすがに今の音は気づくか。


「ごめん、ちょっと行ってくる」


「うん」


 ちょっとなごり惜しい気もするが俺は真央から離れて部屋を出る。階段を降りた廊下には父さんが待ち構えていた。


「わ、悪い、ベッドから落ちてさ」


 俺の言い訳に、父さんは片眉を少しだけ上げた。


「早く寝なさい」


 それだけ言って父さんは背を向ける。……いつものなら言及してくるんだけど。ちょっとは俺に悪いと思ってるのか?


 そんな殊勝な人でもないか。ま、父さんの考えなんてわからないけど。


 ともあれ余計なことを聞かれずに助かった。


 俺は二階に戻る。すると、なにやら俺の部屋から声が漏れてきた。


「もう、ゆう……。シオン……だ」


 ん? 真央のやつ、何一人で喋ってるんだ?


 こっそり部屋を覗くと、


「ゆう……。まだシオンちゃんのファンなんだ」


 俺が集めているシオンちゃんのファーストアルバムを眺めていた。


「そう」


 なんで機嫌悪くなってるの? 真央は前々から俺がシオンちゃんのファンであることが嫌な素振りを見せるんだよな。


「まだ帰ってこない。……今のうちにっ」


 いきなりベッドにダイブする真央。大胆だなおい。


「……ゆうの枕、やっぱり良い匂い」


 そして、真央は俺の枕を抱きしめる。


「ゆう、最近、男の子っぽくなってる。……駄目。私はお姉ちゃんだから」


 ……真央のやつ、小声でぶつぶつ言ってる。ここからだと聞こえないな。


「ゆう成分ほじゅーちゅー」


 ごろごろ布団の上を転がる真央。自分の部屋並にリラックスしてんなぁ。


「なにしてんの?」


 耐えきれず声をかける。すると、真央がこっちを見て一瞬フリーズした。


「……っ」


 真央が慌てて立ち上がり、ベッドから離れようとするが、


「~~っ!」


 足を滑らせてベッドに突っ伏す。


「だ、大丈夫か?」


「……ゆう。乙女の部屋を勝手に見るなんて反則」


 真央はさっきのぽんこつがなかったかのように振る舞う。


「あ、ああ、ごめん? ……いや、俺の部屋だろ!」


「弟の部屋は私の部屋だからいいの」


 むふーと素知らぬ顔で暴論を吐く真央。とんでもない暴君だ。


「全く。真央は相変わらずの姉っぷりだな」


 父さんのことで悩んでいるのがバカバカしくなってきた。


「……うん、もう大丈夫そう」


 険が取れたように苦笑した俺を見て、真央は僅かに頬を緩ませた。……心配かけてしまったようだ。


「ありがとうな。真央」


「……ん。じゃあ、遅いから帰る」


 窓を跨いで自分の部屋に急いで戻る。


「あ、おい!」


 ……俺の枕を持ったまま。まぁ、いいけどさ。


 先行きが不安で仕方なかったはずなのに今はなんとかなるかという気持ちでいっぱいだった。


 希望的観測だがそれでも気は楽になった。


 持つべきものは血のつながらない家族だ。


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