「004」後輩と
「ふんふ~ん」
亜里沙の後ろにつくと、鼻歌まで歌っているのがわかる。
「嬉しそうだな」
「それはそうですよ。先輩と一緒に下校はここ最近の夢だったんです」
こちらを向いてぺろっと舌を出す亜里沙。並の男なら即落ちする可愛さだ。不覚にも俺の頬が赤くなる。
……いやいや、からかってるだけだろ。
校門を出て、亜里沙は右に曲がる。
「って、亜里沙の家、そっちなのか?」
最初に亜里沙と出会って別れた時、亜里沙は旧市街の方向に向かっていった。だから、てっきり旧市街のほうに住んでるんだと思ってた。
「俺、左なんだけど」
亜里沙が曲がった方向には金持ち専用のマンションや住宅しかないはずだ。
俺たちが住む新見街は新興都市に近い。元々は米などを産業にした小さな街だったが、20年ほど前に新しい市長が就任してから金持ちを招き入れてビルやオフィス、俺たちが通う孔雀高校が出来上がった。そのため、街は元々の住人が暮らす旧市街と金持ちが暮らす住宅やマンションに別れてしまった。
「は? 先輩こそ、この前駅で別れたときはマンション側に行ったじゃないですか」
「それはたまたマンション側に用事があったからだよ。別にマンションに住んでるわけじゃないって」
「えええぇ~」
心底不満そうに亜里沙が肩を落とす。
「一緒に帰るって言ったんだからあたしの家まで送ってくださいよ。ね? いいですよね?」
「わかってるよ。ちゃんと最後まで送るよ」
「やた」
「でも、家に送るまでだからな。今日はちょっと用事があるんだ」
明日は久しぶりに父さんが返ってくる。
昔は母さんや妹もいたが、数年前に二人は離婚した。
妹は母さんと母方の祖父のところへ、俺は父さんと新見街で暮らすことになった。
かくして二人暮らしとなったわけだが、父さんは仕事で年に三回くらいしか帰ってこないほどの仕事人間だ。
今は帰ってくる時期じゃないのに、なんで急に帰ってくることになったのだろう。おそらく何かを企んでいる。意味のないことはしない人だ。
「ぶー、わかりましたよ。今日は私も用事があるんで諦めます」
「ああ、モデルの仕事か」
「違います。今日は私用なんですよ。明日はうちの父が来るんでちょっとは掃除しておかないとマジでやばいんですよ」
まさか俺と同じ用事とは。まさに奇遇だな。
とりとめのない話をしながら並んで歩く。天気のこと、先生のこと、テストのこと。
特に会話が弾むことはなかったが、不思議と居心地が良い。五分ほど話していると、ふいに亜里沙が立ち止まる。
「すみません、ちょっと電話です。げ、父親だ」
露骨に顔を歪める亜里沙。こんなに嫌そうな亜里沙は初めて見た。
「何? ……そだけど。え、マジで? 今から!? 勝手じゃん! あ、切ったし! もー! マジ最悪!」
電話を終えた亜里沙はイラついたように舌打ちする。
「……先輩、ごめん、ちょっと親と会わなくちゃいけないからここまででいいよ」
さっきまでの明るい雰囲気は消えてお通夜のように重苦しい。
「気にすんな。また送ってやるよ」
そう言うと、亜里沙はちょっとだけ顔が緩む。
「あ、そうだ。先輩。ラ・イン交換しましょーよ」
え、女の子とラ・イン交換!? 真央以外だと初めてだ。……ちょっと緊張する。
「あ、ああ、いいけど」
俺は平静を装ってスマホを出す。
「じゃあ、これで……よし。交換完了ですよ。先輩」
とうとう俺のスマホに真央以外の女子が増えた。なんというか一気にリア充感が増したな。
「じゃ、さよならですね。先輩」
「ああ、またな」
そういうと真央は道の先に消えて行った。
俺と亜里沙の共通点は少ない。
学年が違うし、趣味も違う。
だから、きっと俺と亜里沙の道が交わることはほとんどない。
ラ・インの会話だって最初は活発だろうが、少しずつ返信が遅れていく。いずれは疎遠になるだろう。数年後、道端で偶然出会ってちょっとだけ話す。俺にとってのヒロインは彼女ではなく、彼女にとってのパートナーも俺ではない。だから、俺と亜里沙の話はここで終わり。
たった数分で俺と亜里沙の登下校は終わりを告げた。
ラ・イン内。
「どもども、先輩~。亜里沙でっす」
「おっす」
「先輩が寂しいと思って連絡しました~」
「別に寂しくはないけどな」
「またまた~。先輩、女子からラ・イン貰うことないっしょ? うれしくない?」
「別に。女子とラ・インなんてよくある」
「嘘っしょ。マジすぐわかったし。だって会話からしてどーてー臭出てるじゃん」
「余計なお世話だ」
「つーわけで先輩からちょくちょく連絡してね。( ^ω^ )ちゅ」
「気が向いたらな」