「032」部屋と
「お、お邪魔します」
誰もいないが一応声をかけて亜里沙の部屋に入る。相変わらずごちゃごちゃした部屋だ。でも女子の部屋ということで少なからず緊張する。しかも、ここにいるのは俺一人だけだ。
なんか女子の部屋って男子の部屋と違って良い香りがする。やわらかい匂いというか女性特有のフェロモンっぽい匂いというか。
あとぬいぐるみが意外と多い。雑誌や服は脱ぎっぱなしだがぬいぐるみだけはきちんと整列してる。手に取ってみると愛着があるらしく亜里沙の香りが移っていた。
男子と違う場所はあと化粧品の数だ。
デカい鏡の傍には化粧棚が置かれており、様々な化粧品が並んでいた。
化粧水、乳液、美容液、クリーム。
全部似たような効果に見える。
……って、睫毛の美容液まであるのかよ。ガキの頃は鼻毛を伸ばしてみたいって思ったことはあるけど、睫毛を伸ばすなんて考えたことなかった。
このままだと掃除機もかけられない。まずは雑誌から片付けるか。
これは大掃除になりそうだ。
近くにあった『受けるファッション』とか『ぴえん』、『この夏流行!』とやたら頭が痛くなる単語が並べられた雑誌を手に取る。
なんだよぴえんって全然意味がわかんないだろ。
あまりの偏差値の低さに脳みそがフットーしちゃいそうだ。
これ全部読んだら新しい扉が開きそう。まだネクロノミコンとかの魔術書のほうがマシなこと書いてそう。
だけど、モデルの女性は滅茶苦茶美人だ。って、よく見たら亜里沙だよ。
化粧で全然気づかなかった。
にしても、どの雑誌も亜里沙が一面にでかでかと載ってるな。
『今年イチオシのモデル・アリサ』『女子はアリサ・男子は賢人』『十代女子人気ナンバーワン』などキャッチコピーがものすごい。
亜里沙が出ている雑誌しかこの場にないということは、自分が出てる雑誌を読んで勉強してるみたいだな。
意外と真面目なんだな。
とりあえず雑誌を並べて積み重ねておく。
でも、さすがに数が多すぎる。数年前の雑誌もあるじゃん。
「おーい、亜里沙」
「なんですか? 先輩」
俺が呼ぶとすぐに部屋着に着替えた亜里沙がやってきた。い、いつ見ても女子の部屋着ってのはドキドキするな。
……これから先も共同生活をするなら気にしないようにしないと。
「亜里沙の部屋にある雑誌って同じ号のがあるんだけど。いくつか捨てたら駄目か?」
「いや、全然違う雑誌だし」
「……同じじゃない?」
「違うし。こっちは『セブンディーン』でこっちは『ノンノン』ですって」
どっちの表紙もギャルがピースしてる。ほぼ同じ見た目じゃないか? これ。
と、思ったがあえて口には出さない。
「んじゃ、雑誌はかさばるから別の部屋に置いてもいいか?」
「いや全部読んでますし」
「それは嘘だろ」
「ほんとだし。ちょーど読みたかった気分なんですよね」
そう言って亜里沙は雑誌を手に取るとベッドに寝転がる。
「行儀が悪いぞ。てか、ヘソが見えてるから」
正直ちょっとドキッとしてしまった。しかし、今は掃除が最優先だ。
「ヘソもっと見たい?」
これ見よがしにちらちらと服をめくってヘソをチラチラさせるな。
つとめて冷静に言った。
「興味ないね」
嘘です。めっちゃ興味あります。
女子のヘソって魅惑のゾーンだよね。そういや、早雲が『女子のヘソに生クリームのってけて食べたい』とか言ってたな。
気持ち悪っと思ったけどちょっとだけ気持ちがわかってしまった。
「ほら、年頃の若い娘さんが肌なんて晒すもんじゃないぞ」
とりあえず、手近にあったブランケットをかけてやる。
「いや、オッサンかよ」
「それと空の化粧品とか捨てていいよな? あと洗濯物も出しておけよ」
亜里沙はため息をつき、何も言わず雑誌に視線を落とした。どうやら無視するようだ。
それならこっちはこっちでやらせてもらう。
床に散らばった雑誌を集めていく。
相変わらず目が痛くなるキラキラ雑誌だ。
一通り集め終えて部屋の隅にまとめておく。
次は衣類だ。幸い下着とかは見当たらない。その辺は亜里沙なりに気にしているっぽいな。
あれ? よく見たらベッドの下にも雑誌……じゃなくて本が何冊かある。
俺は這いつくばってベッドの下に手を伸ばす。
……結構分厚い本だな。
取り出した本を見ると、
『男子を落とす方法』。
『キスの仕方』
『先輩と後輩(初めてのエッチ)』
表紙には裸の女が男にもたれかかっている。
……ちょ、ちょっと過激な感じだな。
パラパラと開いてみる。何これ、めっちゃエロい。
しかも、かなり読み込んでいるらしく、本に折り目がついてた。
書いてること男のエロ本より過激じゃないか?
なんかそわそわしてきた。
「って先輩! 何読んでるんですか!」
亜里沙に本を奪われた。
顔を赤くした亜里沙が雑誌を胸に抱いて俺を睨みつける。
「完璧に隠してたのになんで見んの! マジありえないし!」
「俺と違って隠すものなんてないんじゃないのか!?」
「そんなわけないじゃん! 女子の部屋だし! ほんとは秘密くらいあるし!」
じゃあ、先に言え。
それにあれで隠してるつもりだったのか。隠し方が小学生レベルだろ。一般的な高校生男子なら辞書を切り抜いて中に雑誌を隠すとか机の裏に隠すくらいはする。
「しかも中まで見るし!」
「つ、つい。だって、エロ本を見たら男ならめくるだろ?」
「男じゃないからわかんないし! てか、開き直るな!」
ぐ、ぐぅ、完全に劣勢だ。
でも、俺でもエロ本を掃除されたら怒るかもしれない。そう考えると亜里沙の怒りもわかる。
「ほんと悪かった。もうベッドの下は掃除しないって」
謝っていたら汗をかいてきた。とりあえず傍にあった布っぽい何かで汗を拭く。
なんかざらざらしてんなぁ。
「せ、先輩」
俺を指さして亜里沙はわなわなと震えている。な、なんか怒ってる?
今の出来事以外で怒らせるようなことしたっけ?
「そ、それあたしのパンツ」
「ぱんつ?」
手に持った布に視線を移す。
……黒のパンツ。
「わ、悪い!」
慌ててパンツを放す。
「そ、それも服と服の隙間に完璧隠してたのに!」
「だからそれ隠してるって言わないよね? ずぼらな隠し方するなよ」
「しょーがないじゃないですか! ちっちゃい頃から周りには家政婦くらいしかいなかったし!」
……そういうことか。隠し方がわからなかったのか。
俺は申し訳ない気持ちになった。
誰かと一緒に暮らしたことがないなら雑な隠し方も仕方がない。
「反省した。次は気をつける」
「ほんとに反省してます?」
「ああ、悪かったよ。俺も久しぶりに誰かと暮らすからちょっと距離感を間違った」
いくら家族とはいえプライバシーは大事だ。
久しぶりすぎてそれを忘れていた。
「なるべく私物には触れないでおく」
掃除もちょっとやりすぎたかもしれない。
「はぁ、先輩って馬鹿ですよね」
表情で俺が一線を引いたことを理解したらしく、亜里沙は優しく語った。
「先輩がお節介なのは別に構わないですって。逆に今更他人行儀になられるほうが嫌ですって。むしろ先輩はお節介なのがウリっていうか。やれやれ言いながら面倒見てくれないとチョーシでないっていうか」
やれやれなんて言ってないだろ。
「そ、そうなのか?」
「そーです。だから、怒ってはいますけど嫌がってはいないんで」
「そ、そっか」
確かに出て行けとは言われていない。
「お互いに慣れてないんですから少しずつチョーセイしていきましょ」
ちょっと照れ臭さそうに亜里沙は頬を掻く。確かに亜里沙の言う通りだ。まさか家族初心者の亜里沙に教えられるとは。
成長したな。亜里沙。
なんか親みたいな気分で俺は心の涙を拭う。
良い雰囲気だ。とても家族っぽい。
そうそう、俺はこういうのを望んでいたんだ! ちょっとした喧嘩! そして仲直り! 深まる絆! だが、問題はさっきから失敗ばかりということだ!
「とゆーわけで、先輩。洗濯もお願いします」
朗らかに笑ってるけど、どこか悪戯を思いついた子猫みたいな表情だ。嫌な予感がする。暗雲が立ち込めてきたよ。
亜里沙はベッドに腰をかけて足を組む。ルームパンツから僅かに白い布が見えた。
「まずは靴下、脱がせてください」
どこか女王様を思わせるように舌なめずりしながら亜里沙が足を差し出した。
「そ、それくらい自分で脱げよ!」
「えー、家族ならいいじゃないですか」
「家族でも靴下くらい自分で脱ぐだろ!」
「でも、家族なら脱がせてくれてもいいですよね」
「……そ、それはそうかもしれないけど」
「それとも家族なのに恥ずかしいんですかぁ?」
挑発的な物言いにどきりと心臓が跳ねた。
って、家族なのに意識したら駄目だろ。
「先輩、面倒見が良いですもんねぇ」
そ、そんなこと言われたら断れない。
世話をすると決めた相手にはとことん世話をするのが信条だ。
それを曲げることなんてできない。
「わ、わかったよ」
こんなに生意気なやつ本当なら嫌になってしまう。でも、純粋にからかっているだけだから親しみを感じてしまう。
「さっすが先輩」
勝ち誇ったように亜里沙が笑った。
仕方なく俺はひざまずいて亜里沙の足をじっと見つめる。
滑らかな肌。見た目は細く見えるのにむっちりとした質量を感じる。
「ほらほら、先輩。早く~」
「いや、これ意外と緊張するんだけど」
「えー、たかが靴下脱がすだけじゃないですかぁ」
「わ、わかってるよ!」
「じゃあ、は・や・く」
やってやるさ!
家族なら当然のことだ。そうだろ? 家族なら靴下くらい脱がせる。なんなら服だって脱がせてやるさ。
……それはちょっとやりすぎか。いや、それくらいの気持ちでやるんだ!
俺は心に喝を入れて手を伸ばす。
「ふぅ……」
緊張で手が震えていた。女子の靴下を脱がせるだけなのになんかめちゃくちゃエッチな感じだ。
亜里沙の靴下に手をかけた瞬間、
「……あっ……んぅ」
なぜか亜里沙が喘ぎだした。
いや、なんでそんなえっちぃ声出しちゃうの?
「んんっ! ん!」
亜里沙は自分でも恥ずかしい声だったと自覚して羞恥心に火が付いたように顔を赤くした。
「せ、先輩、なんでそんなにエッチな感じで触るんですか!」
「ふ、普通に触ってただけだけど」
「嘘だし!」
もしかして、足が弱いのか?
試しに足に触れてみる。
「ひゃあんっ」
めっちゃ可愛らしい悲鳴が出た。
「ちょ、ちょっと先輩っ! マジやばいって! やっぱなしで!」
「え、なしって脱がすのを? 亜里沙のほうから言い出したんだろ?」
「そ、そだけどさぁ」
「……なんだよ。いつもならもっとからかう場面だろ?」
「だ、だってくすぐったいんですって……」
手で顔を隠す亜里沙。これって反撃のチャンスじゃないか?
「亜里沙から脱がして欲しいって言ってきたのにくすぐったがるなよ。すぐ終わるから我慢しろって」
「マジですぐ終わらせてって!」
冷静に考えれば自分で脱げばいいだけの話だが、亜里沙はテンパっていてそこまで頭が回らないようだ。
そんな簡単に終わらせてたまるか。今までのこともある。少しはやり返させてもらう。
弱点を攻めるのは兵法の基本だ。
「じゃあ、また触るからな」
わざとゆっくりと靴下を脱がしていく。
「んっ。……あ」
よほどくすぐったいらしく亜里沙はますます喘ぎ声を大きくした。
「せ、先輩、も、もっと一気に」
「靴下って生地が伸びると大変だからさ」
嘘です。
靴下は元々伸縮性に優れたものだ。多少伸びても問題はない。
「だ、だって、先輩っ。く、くすぐったいし……んっ」
息を荒げて亜里沙が身悶えする。そのエロさ。とんでもない破壊力だ。
「くっ、あ……っ」
熱を持った吐息が亜里沙の口から零れる。
やばい! 俺自身もかなり気恥ずかしくなってきた!
俺から仕掛けたのにこのままじゃ俺がオチる! 完全に策士策に溺れるというやつだ!
お、おちけつじゃない。落ち着け。
深呼吸することで落ち着きを取り戻す。
「よし、脱げた!」
ようやく靴下を片方脱がすことができた。
「も、もう、先輩遅すぎ……。あとは自分でやりますし」
おっしゃる通りです。ちょっとやりすぎてしまった。
「わ、悪かったよ」
「もういいですって」
なんともいえない雰囲気だ。
亜里沙は自分で靴下を脱ぐと俺に手渡した。
「洗濯機、場所わかります?」
「ああ、一通り部屋を見たからな」
「そですか」
……どことなく態度がそっけない。先ほどまでの親しみが消えてしまった。かといって怒っているわけでもなさそうだ。
なんか照れてない?
よく見れば耳が赤い。
「先輩、何見てるんですか」
亜里沙はじろりと睨んできた。
「それともまた靴下脱がせたいんですか? 女子の靴下脱がせたいなんて先輩って性癖歪んでますよね。匂いとか嗅いじゃいますか?」
照れ隠しのように亜里沙は早口で俺をからかう。
「あのさ、亜里沙」
「なんです? 嗅がせて欲しいんですか? 先輩のエッチ」
「顔、まだ赤いからな?」
俺の反撃に、
「~~~っ!」
亜里沙は目を見開いて更に顔を赤くする。
「先輩の馬鹿!」
亜里沙が布団に入り毛布をかぶる。
一矢報いてやった。
これが勝利の美酒か。
「じゃあ、掃除に戻るから」
「……」
亜里沙の返事はない。
くくく、初めての勝利だ。
これで亜里沙も少しくらい思い知っただろう。
気分よく掃除をしていく。
亜里沙の部屋の掃除が終わり、洗濯機を回す。
こういうとき最新型のドラム式洗濯機は楽だ。洗濯と同時に乾燥までしてくれるんだから。
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