「031」おかえりと
「でさー。モデル仲間ちゃんと一緒に焼肉食べたんですよ。めっちゃ柔らかくて。やばなにこれみたいな」
「有名人も来たってあの有名店だろ。めっちゃ高いんじゃないか?」
「そりゃそーですよ。でも、あたしけっこー金持ってるんで。……今度行きましょうよ。奢りますから」
「後輩に奢ってもらうほど落ちぶれてないから」
「でも十万とかしますよ」
「……ぐ」
学生に十万はきつすぎる。
「って、ありゃ。もううちに着いちゃいましたね」
気が付けばマンションの部屋前にいた。
何故か亜里沙が先に玄関に入った。
「先輩、おかえり」
振り返った亜里沙が笑顔で出迎えてくれた。
感動が胸の内に湧き上がってくる。俺がいないとき真央は家に上がってこない。だから出迎えてもらったのは久しぶりの感覚だ。誰かが家で待っているのがこんなにジーンとくるなんて。
「た、ただいま」
俺が返事をするとなぜか亜里沙は固まってしまった。
「? どうしたんだ?」
はっと我に返る亜里沙。なんかちょっと涙ぐんでない?
「ただいまって言われたの初めてだし。ちょっとやばくなったっていうか」
どうやら亜里沙も同じ気持ちらしい。
俺と環境が似てるからな。
「なんかいいよな。こういうの。家族って感じでさ」
そう言うと亜里沙はにんまりと笑った。
「じゃあ、じゃあもーちょっと先輩には家族っぽいことしようかな」
「何をするつもりだよ」
なぜか亜里沙が迫ってきた。
「先輩、おかえりのちゅーしてくれませんか?」
ちゅーという単語に思わずどきりとしてしまう。
冗談だってわかってるのにドキドキが止まらない!
「ねぇ、先輩」
亜里沙が俺に体を寄せてきた。
「はやくぅ」
蠱惑的にしなだれかかってきた亜里沙は、一つ下とは思えないほどの色気をもっていた。
「せ~んぱい」
甘い囁き。
いや、これ冗談だよな。そのわりには雰囲気がマジだ。
興奮と戸惑いが俺の思考を支配する。
「あ、亜里沙」
思わず生唾を飲み込んだ。
気が付けば、亜里沙の顔も真っ赤だ。
「いやいや、早く断れし!(小文字)」
「亜里沙」
もう一度声をかけると亜里沙の身体がびくりと震えた。
「せ、先輩」
恋人みたいな空気が蔓延してくる。
お互いの顔が近づき――、
がたんと大きな音が聞こえてきた。
「うわ!」
「ひゃ!」
弾かれたように俺たちは離れた。
び、びっくりした。
音がした方向に視線を向けると、近くにあるクローゼットから亜里沙の服が雪崩を起こしていた。
いやいや、ちょっと汚すぎじゃない?
甘い空気が一気に霧散した。散らばった服を二人で見つめる。てか、服多すぎだろ。
「亜里沙。さすがに少しは片付けような」
「仕方ないじゃないですか。片付け苦手ですし」
ぶーと頬を膨らませる亜里沙。ちょっとかわいい。
「こんなのまとめてクローゼットに入れれば――」
服を適当にかき集めて亜里沙はクローゼットに押し込んだ。
「ね? 片付けなんて簡単だし」
「いや、扉からはみ出てない?」
しかも、ミシミシいってるよね?
「は? そんなことないし」
そうかぁ? と思った瞬間、ぶわっと服が雪崩のように飛び出した。
床に散乱する亜里沙の制服や私服。
って、よく見ればめっちゃ布が薄そうな服もある!
紐だけみたいなやばいデザインだ!
モデルってこんな服も着るのか!?
「いや、さすがに見すぎじゃないですか、先輩」
「わ、悪い」
仕方ないじゃん! 健全な男なら見るだろ! こんなの!
「先輩ってばやーらし」
亜里沙がここぞとばかりにからかってくる。
「そ、それよりさ! 結局クローゼットに入り切れてないじゃん! さすがに無理があるだろ! せめて畳めよ!」
誤魔化すようにしかりつけた。
こんなの俺でもわかることだぞ。
亜里沙のための忠告だったが、
「先輩。うざい」
どうやら亜里沙の心には響かなかったようで冷たい視線を向けられた。
「いや、でもお前のことを思って……」
「先輩。おかんっぽいし!」
「え」
俺は亜里沙の切れ調な目に気圧されて後ずさった。
「そんなに掃除好きなら先輩が服片付けてくださいよ」
「いや、でも」
女子の服の片づけなんてやったことない。
「男子に服を片付けてもらうのって女子なら普通は嫌がるんじゃないか?」
「別にー。気にしないんで」
俺、男扱いされてなくない?
「てか、片付けできないんですか? あたしのためを思ってるのに?」
亜里沙の挑発的な言い方にちょっとむかついた。
……家族として支えるって誓ったしな。これくらいやってやる!
「わかったよ」
「さすが先輩」
しかし、服の片づけってどうすればいいんだ? こんなことなら片付けも真央に教わればよかった。
とりあえず、適当に畳んでクローゼットに入れる。だが、どうしても収納しきれない。
というか、女子の服ってどう畳むんだよ!
Tシャツくらいならわかるけど肩パッドがある変な形やつとか無理があるだろ! なにこれバブルなの?
ぐ、全然駄目だ。上手く畳めない。
「あれー? 先輩出来ないんですかぁ?」
露骨に馬鹿にした口調だった。ぐ、こうなったら!
「うぉぉぉぉ!」
力で服を押し込む!
「どうだ!」
クローゼットに収まったがミシミシしてる。
「いや、先輩あたしと同レベルじゃないですか」
「これだけじゃない!」
俺は更にガムテープでクローゼットを固定する。
「封印完了!」
完全に封じ込めたぞ!
「いやいやいや、なに人の家のクローゼット封印するんですか。使えなくしたら駄目っしょ」
……そういやそうだな。
「あははは! 駄目駄目じゃん。先輩」
呆れたように言いながら亜里沙が俺の肩をバシバシ叩く。
……ぐぅ。情けない。
「い、いや、ちょっと調子が悪いだけでほんとはもっと出来るから」
「言い訳おつってやつ?」
「もう一回チャンスをくれ!」
真央みたいになるって誓ったのに!
「んー、ま、先輩がそんなに言うならいっか。なら、あたしの部屋の掃除をお願いしますね」
「え」
「嫌なんですか?」
ただでさ女子の服を片付けるという行為で精神的にいっぱいっぱいなのに更に女子の部屋まで片付けることになったら心の堤防が決壊してしまう。
「い、いや、でもさ」
「ふーん、先輩、嫌なんだ」
亜里沙は腕を組んだ。豊かな胸が強調されて思わず見てしまう。ぐう、なんておっぱい力だ。
「そういうわけじゃないけど」
「じゃあ、やっておいてくださいね」
有無を言わさない力強い言葉に俺は頷くしかなかった。
「面白い!」
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