「026」野菜炒めと
中庭にたどり着く。春にしては肌寒い風が吹いた。その日の気候にもおるが、山間部に位置するこの街は山谷風という風が吹く。この風は昼は谷から山へ、夜は山から谷へと風向が変化する。この風のせいでいくつかあるベンチには亜里沙以外誰もいない。つい忘れてたな。これなら学食で食べたほうが良かったか。
「亜里沙、悪い。待たせた――」
亜里沙に声をかけようと近づく。
「は? どうしても? えー」
すると、風に乗って亜里沙の電話の声が聞こえてきた。
亜里沙の嫌そうな顔から察するとあまり良い内容ではなさそうだ。
「わかったって。ちゃんと行くし」
会話が終わると亜里沙は困ったように腕を組んで悩みだす。
「もー、マネージャーうるさいしー」
仕事の話か。
「あ、先輩! 来てたんならちゃんと言うし」
そのとき、俺に気づいた亜里沙が声を上げる。
「悪いな。電話中だと思ったからさ」
「あー、大したことない電話だから気にしないでくださいよ。それよりも隣座ってください。一緒にご飯食べましょ。あたし、購買で弁当買ってきたんですよ。今ならあ~んとかしちゃいますよ」
亜里沙はベンチの端に詰めて空いた隣をぽんぽんと叩く。
「いや、それなんだけど。もう一人来るから――」
「ゆう」
背後からクールだけど僅かな優しさをにじませた声が聞こえた。
「ごめんなさい。ちょっと遅くなっちゃった」
颯爽と黒髪をなびかせて真央が現れた。絵になる一枚だ。隣にいた亜里沙が「やっべー」と呟いていた。
「いや、別にいいけど」
なんだか照れてしまってぶっきらぼうな返答しかできなかった。見慣れているはずなのになんだか見知らぬ美少女に見えた。
「先輩っ」
亜里沙は俺と真央の間に割り込み、俺の腕を胸に抱いた。
豊満な胸の感触が二の腕に伝わって、ついどぎまぎしてしまう。服とブラジャーが間にあるのにこの柔らかさはなんだよ。今年度の柔らかさグランプリでモンドセレクション取れるだろ。
「もう許嫁がいるのに無視するなんて酷いです」
「いいなずけ……」
真央が呆然と言葉を繰り返す。
「そうです。先輩の許嫁です」
てへぺろするのやめて。これ以上真央を刺激しないでほしい。
「イイ・ナ・ズーケ……」
ほら、ちょっと壊れた感じになっちゃったよ。
「……外国の方みたいね」
イイ・ナ・ズーケって名前は無理あるだろ。
「違いますよ。許嫁。フィアンセ。妻です」
「最後は違うだろ」
亜里沙の言葉の一部を、即座に俺は訂正する。
「……ゆう。どういうこと? お姉ちゃんに説明して」
やばい。真央が本気で怒ってる。
冷や汗が背中を流れる。春だというのに極寒の地にいるかのような寒気すら感じる。
「は? 先輩、姉がいたんですか!?」
「いや、姉だけど姉じゃないっていうか」
「なにそれ! 意味わかんないし!」
「ゆう、早く説明して」
「先輩、どういうこと?」
二人が同時に迫ってくる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 順番に説明するから!」
「面白い!」
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