「025」昼休みと
昼休み、俺は教室で軽くのびをする。ようやく半日が終わった。勉強をしていると時の流れが遅く感じるのはなんでだろうか。
体感時間は一週間は経ったかのようだ。なにもかも懐かしい。
なんちゃって浦島太郎気分で一人寂しく弁当でも食べようかと鞄に手をかける。
「先輩っ!」
亜里沙の声が聞こえてきた。
幻聴? はは、まさか。二年の教室まで来るはずが。
顔を上げると、
「一人でご飯なんて寂しくないですか?」
体操服を着た亜里沙が机の上に座っていた。
「あ、亜里沙? ど、どうしたんだ?」
「昼休みなんで来ちゃいました」
スパッツの尻がもぞりと動く。むっちりすぎず、それでいて肉感的だ。
「あれって一年の西園寺だよな?」
「カースト最上位『クレオパトラ』だ。まさかお目に掛かれることがあるとはな」
亜里沙に気づいたクラスメイトがひそひそ話をする。
亜里沙はクラスでも有名人なのか。そりゃ目立つ容姿だから当然か。
「……なんで体操服?」
「前の時間が体育だったからに決まっているじゃないですか」
どうやらマラソンでもしたらしく亜里沙の額に金髪が張り付いていた。よく見れば、頬も紅潮し、息も僅かに荒い。
「だからってなんで着替えずに来るんだよ」
「えー、別にいいじゃないですか。私と先輩の仲、でしょ?」
その瞬間、クラス中に困惑がさざ波のように広がっていく。
……今、一瞬だけ時が止まったぞ。スタンド攻撃かな?
「……え、どういうこと?」
「はぁ?」
「どういう関係なんだ?」
俺と亜里沙に視線が集中する。クラスでも目立たない俺がここまで注目されたのは初めてだ。
「ゆ、ゆう?」
呆然とした真央が視界の端に映る。いやいや、違うから。
「あ、亜里沙、俺と君はただの先輩後輩だろ!?」
俺はクラスで静かに暮らしたい。
カーストも下位でいい。上位になれば余計な人間関係が生まれるからだ。
そのことは真央にも言っている。
もし、真央と隣の家に住んでてたまに一緒にご飯食べるなんて知られたら真央に好意を抱いている連中から何をされるかわからないからだ。
だから真央も俺の気持ちを察してクラスではあまり話しかけてこない。
それを話していなかった俺も悪いが、ここまで大っぴらに話しかけてくるとは思わなかった。
「ただの? えー、そうだったかなぁ?」
意味深な亜里沙の態度にクラスの視線に殺気立ったものが混じる。
「うぎぎぎ! あの糞野郎! いつの間に!」
今にも殺しそうな目で見ているのは早雲だった。思った通りの行動だなおい。
「あいつの家って誰か知ってたっけ?」
「密室……夜間……何も起きないはずがなく……」
「『人を殺す方法 無料』で検索。くそ! 変なオッサンを操作して障害物を回避するアプリの広告しか出て来ねぇ! しかも、閉じるボタン小せぇ!」
嫌な単語しか聞こえてこない。命の危険すら感じてきた。というか、人を無料で殺そうとすんな!
「と、とにかく用件を言ってくれ」
さっさと話を終わらせないと俺の命がやばい。
「かわいい後輩が一緒にご飯を食べようと誘いに来ましたよ」
机に乗ったふとももがむちりと動き、目の前で亜里沙が足を組みかえた。思わず目が釘付けになる。
「それとも他の誰かと約束してるんですか?」
「してないけど」
「なら決まりですね。じゃ、中庭に来てくださいね」
それだけ言うと亜里沙はさっさと教室から出て行ってしまう。クラスの視線を浴びる俺だけが取り残された。
空気が重い。なにこれ、重力十倍の空間にいんの?
何かを言われる前にさっさと脱出しないと。
机の横の通学バッグから弁当箱を取り出した瞬間、あることに気づいた。
さっきまで亜里沙が乗っていた机の上には汗で尻の型が出来上がっている。魚拓ならぬ尻拓といったところか。
他の女子と比べたことがないからわからないが、結構な安産型だと思う。
やがて、汗が蒸発してどんどんと尻が小さくなっていく。
名残惜しいようなそうでもないような。って、こんなに興奮するなんて変態じゃあるまい。
でも、ちょっとだけドキドキしたのは胸の内にしまっておこう。
「ゆう」
さっきから様子を見守っていた真央が寄ってきた。
「……さっきの子はただの知り合いだって言ってたよね?」
「た、ただの知り合いだって。その、いつも一人で飯食ってるって言ったら同情して一緒に食べようって言われたんだ。ただそれだけだよ」
『同情して』という部分を強調する。するとクラスメイトたちは『西園寺さんはきまぐれって話だからな』『ああ、それもそうかも』と囁き合って日常に戻っていった。それほど俺と亜里沙のカップルは現実感がないと思われているのだろう。なにせクラスで目立たない存在の俺と学校一目立つ亜里沙では身分が違いすぎる。
「ふーん」
でも、真央はそう思っていないようだ。なぜか疑うような眼差しを向けられている。
これ以上余計なことを言う前にさっさと中庭に向かおう。
「じゃ、じゃあ、真央、またあとでな」
弁当を手に俺は席を立つ。
「私も行っていい?」
「え、昼ご飯を一緒に食べるってことだよな。いいのか? 友達と食べるんじゃないのか?」
「今日は大丈夫。後で友達には謝っておくから」
珍しく強情だ。こっちとしては断る理由はない。それにいつかは亜里沙のことを知られるだろう。今が紹介するいいタイミングだ。
「わかったよ」
「……ありがと。じゃあ、先に行ってて。私も後でお弁当持って中庭に行く」
「ああ」
話を切り上げると真央はグループに戻っていった。それを見届けると俺も弁当を手に教室を出た。
「面白い!」
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