「023」新しい日常と
「……あ」
懐かしい夢を見た。身体を起こしたはずみで毛布がずり落ちる。……亜里沙がかけてくれたのか。
スマホで時計を見るとまだ夜の十時だった。中途半端な時間に寝たせいだろう。
「あ、先輩、ようやく起きたんですね」
目覚めたことに気づいた亜里沙が声をかける。
「なんか引っ越しの人たち来て先輩のベッドとか空いてる部屋に置いていきましたけど。まだ漫画喫茶に――」
「亜里沙。やっぱりここに住むよ」
亜里沙は信じられないというように瞬きを何回もする。
「え、ま、マジで? ってか、先輩、寝ぼけてないですか?」
「寝ぼけてない」
亜里沙はかつての俺だ。でも、亜里沙に真央はいない。なら、今度は俺が真央のような存在になるんだ。それが俺が救われたことの義務だと思う。
「亜里沙の面倒は俺が見るよ」
「いや、あたしの面倒はあたしで見るし。てか、なんで先輩燃えてんの?」
「いいんだ。何も言わなくても」
「なんで仏みたいな顔してるんですか?」
「俺がお前の家族だ」
「違ぇし! え、待って待って。マジ意味わかんない。家族じゃなくて許嫁じゃん!」
そう言えばそうだった。
ここに住むということは家族じゃなくて許嫁ということになる。
かつての自分を救うという気持ちが先走って興奮したが女の子と一つ屋根の下はまずいだろ。
……いや、それでも俺は亜里沙に同じ感動を味合わせたい。
「でも、俺がお前に家族を教えてやる」
「いや、別にいーし。でも、先輩が一緒に暮らすってのは面白そうじゃん」
にまにまと笑うな。
「ってことで、これからよろしくお願いしますね。先輩」
こうして俺と亜里沙の同居が始まった。
次の日、俺はいつもより早起きしていた。慣れない枕のせいで眠りが浅かったというのもあるが、亜里沙が向かいの部屋で寝ているという事実が大きいからだろう。耳をすませば亜里沙の寝息が聞こえてきそうでちょっと緊張する。廊下を挟んでいるからそんなことはないのだが。二度寝する気になれなかった俺はヘアセットをした。これで登校準備完了だ。普段の俺なら後はテレビでも見てのんびりするんだが今は違う。
折角早起きしたんだ。朝ご飯でも作るか。
上手く作れれば亜里沙もきっと感動してくれるに違いない。
「え、先輩、朝ごはん作ってくれたんですか?」
「もちろんだ」
「この気持ち、これが家族!」
HAPPY END
……こんなに上手くはいかないだろうけど。家族として面倒見るって決めたからにはやるだけはやらないとな。まずは真央みたいにやってみるか。
真央は俺の家の朝食も作ってくれる。しかも、昼の弁当まで。今考えると完全に甘えすぎだが、つい『家族だから』という言葉に甘えてしまった。
今度は俺の番だ。
……で、朝ご飯って何作ればいいんだっけ?
朝ごはんというだけあって、とりあえずご飯だろう。
……あれ、米ってどうやって炊くんだ? そもそも今から炊いて間に合うのか? ……今日はパンにしておくか。えっと、パンは……お、食パンがあった。
普通にトースターで焼けばいいんだろうけど何かオリジナリティが欲しい。
よし、フライパンで焼いてみるか! トースターじゃ手作り感しないもんな。 えっと、フライパンを強火にして――。
「げ、また焦げた!」
もしかしてなんかコツがあるのか? ……参ったな。 あとで真央に聞いてみるか。って、もうパンがないじゃん。
あと食べるものは……冷凍庫に入ってるから揚げと炒飯くらいか。朝から脂っこいものは重いだろ。……もう時間がない。
焦げすぎたパンを食卓に並べ終える。亜里沙はまだ起きてこない。
……起こしに行ったほうがいいのだろうか。とりあえず扉越しに呼んでみるか。
亜里沙の部屋に向かい、ノックする。
「おーい、起きてるか?」
「……起きてますけど、先輩早いですね」
「亜里沙こそ」
もしかして俺と同じように緊張してたのか?
「あたしは寝るの早かったんで。六時には起きますよ」
そういやそうだった。亜里沙は基本的に寝る時間が早い。九時を回ったころにはかなり眠そうだったりする。
子供かよと思ったが、その分早めに起きてるようだ。
「で、どうかしたんですか?」
「いや、朝ご飯作ったんだけど」
「え、マジですか? 化粧終わったらすぐ行くんで。待っててください」
「もしかして、ずっと化粧してたのか?」
すっぴんだと思ってた。
「いや、さすがにずっとじゃないですけど。シャワー浴びたりもするんで。でも、一時間くらいはかけますね」
モデルだもんな。化粧ぐらいするか。そういえば真央も化粧してるって言ってたな。
男の身だしなみは三分くらいで終わるのに女子はめちゃくちゃ大変そうだ。
リビングに戻りミュージックがわりにテレビをつける。今日のわんこはゴールデンレトリバーだった。なんで犬の名前って必殺技っぽいんだろう。ゴォォォルデンレトリバァァァ!
「おはようございます。先輩」
やがて亜里沙が起きてきて食卓につく。
「え、これ朝ご飯ですか? めっちゃ焦げてるじゃん」
またかよみたいな顔するな。
「朝から焦げたパンってうける」
亜里沙が焦げたパンを笑いながら食べる。
「やっばー! マジ苦いし!」
「仕方ないだろ」
野菜炒めほど真っ黒というわけじゃないからある程度食えるが。
……苦い。
「なんか一人で暮らしているときより食生活がやばくなってるし」
……ぐ。
やばいな。さすがの亜里沙も呆れが混じってきた。
「でも、いっか。許してあげます」
仕方ないなぁみたいに亜里沙が笑う。
「誰かと一緒の朝ご飯ってちょっと嬉しいし。やっば、ちょっとテン上げじゃん」
そういってもらえると素直に嬉しいな。とはいえ、そろそろ真央から料理教えてもらわないとな。放課後にでも聞いてみるか。何か手はないかな。
……やっぱまずは料理が出来るやつに相談したほうが早いか。となるとあいつしかいない。
朝食を食べ終えて俺たちは並んで靴を履き替えて――。
「いやいや、ちょっと待った」
「なんですか? 先輩」
「一緒に学校行って友達に噂されたら恥ずかしいだろ」
「セリフ逆っしょ」
「いや、俺が恥ずかしいんじゃなくて、そっちが恥ずかしいだろ? なにせ亜里沙はモデルだぞ。変な噂があると仕事に響くんじゃないか?」
「グラビアのほうは影響あるかも。でも、そのときはそのときだし」
あっけらかんとしてるな。
「亜里沙がいいならいいけどさ。でも、一緒に暮らしてることは言わないでおこう」
一緒に暮らしてるなんてばれたら男たちが面倒だ。
特に早雲なんか俺を殺しに来るかもしれない。
見える。早雲が『ウボォー』といってナイフで襲いかかってくる姿が。
「あくまでも友達になって偶然道が同じだったということで話を通そう」
「わかりました。いいですよ」
にこにこと笑って亜里沙が了承する。
やけに素直だな。
「……変なこと企んでないよな?」
「ちがいますし。気分が良いんで今ならなんでも我慢できるし」
「そんなに朝食が嬉しかったのか?」
「ま、そうですね。朝って一人が多かったんで誰かに朝食を用意してもらうって新鮮だったし」
亜里沙の気持ちもわかる。
誰かが朝食を用意してくれる。それは家族がいない者にとっては憧れにも等しい。
「んじゃ、行きましょ。先輩」
「ああ」
二人で玄関のドアを開ける。
新しい日常の始まりだった。
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