「020」寝てる亜里沙と
「うわ……」
女の子の魅力が詰まった部屋だねという感嘆の『うわぁ』ではない。
ぬいぐるみと脱ぎ捨てた下着だらけの部屋だねという残念な『うわぁ』だ。
リビングの惨状を見たときに予測はしていたけどさ。
下着を踏まないように慎重に足を進める。
ブラジャーとか初めて見た……。はっきり言ってデカい。あと色が黒とか淡いピンクとかあってエロい。
あんまり見てるとSAN値が削られそう。
……さっき不埒なことを考えるのはやめようと思ったばかりなのに。
ようやくベッドまでたどり着くと、そぉ~っと亜里沙を寝かせる。枕の近くには不細工なウサギのぬいぐるみがあった。
これがウサ太郎か。
こころなしか俺を睨んでいるような気がする。そんなはずないか。
よし、ミッションコンプリートだ。
今日はこの辺で帰るとするか。……帰るといっても帰る家はないが。いきなりホームレス。……い〇なりステーキっぽい語感だな。
「またな。亜里沙」
軽く声をかけて部屋を出ようとするが、
「おっと」
亜里沙に服を掴まれて思わずよろめいた。
「な、なんだよ。もう帰るんだって」
振り向いて亜里沙に抗議する。って、寝てるじゃん。
「すぅすぅ」
わざとらしい寝息だ。寝たまま掴んできた? どんな人間でもそんな器用なことできるか。
「起きてるだろ?」
と、聞いてみても返事はない。明らかに眠ったふりをしてるんだけどなぁ。
「こっから先は寝言なんですけど」
寝言の予告って初めて聞いたんだけど。
「……先輩が出て行ったらまた一人なんで。ちょっとだけ寂しいかも」
『また一人』という亜里沙の言葉は俺にとってもなじみ深い。
なぜなら俺も一人だったからだ。
一人の辛さはよくわかる。
父と母が離婚したとき、母の経済状況では俺を連れて行くことはできず、妹だけを連れて行った。
そして、俺は広い家に一人きりとなった。
学校から帰ってきても一人きり。
ただいまを言う相手もいない。
まさに自由。しかし、自由とは孤独も付きまとうものだとそのとき初めて知った。
感情を誰かにぶつけることができず、日々を鬱屈していった。
ちょっと荒れそうになった。
でも、そんな時、
『ゆう、一緒にご飯食べよ』
真央が晩ご飯を誘ってくれた。
初めは断った。
いくら隣同士とはいえ、所詮は他人だ。迷惑をかけたくない。
そう言ったら『そんな寂しいこと言わないで。私たちはあなたを本当の家族だと思ってるの』と真央の母親が言ってくれた。
心が温かくなった。
そこで他人でも家族になれると知った。
よく考えれば父親と母親だって元は他人だ。つまり血のつながりは家族の絶対条件じゃない。
それから真央の母親や真央が料理や掃除をしてくれた。
ありがたかった。
真央と真央の母親に俺は救われた。
「言っておくけどちょっとだけ、ですし」
そう、だな。誰だって寂しいのは嫌だよな。
それに真央の寂しそうな顔は初めて会った頃を思い出す。
「……わかった。んじゃ、ちょっとだけここにいさせてもらうからな」
俺は部屋に腰を下ろしてあぐらをかく。
「んふふ、先輩、実は泊ってみたかったんでしょ。女の子の部屋で一泊するなんて先輩ってばやーらし」
「起きてたのか?」
「まだ寝言でーす」
起きてるじゃん。
「ここにいると言った以上、言ったことは守るけどさ。亜里沙は気にならないのか。その、部屋に男がいることに」
もしかして慣れてるとか?
あり得る。なんといっても亜里沙はモデルだ。
なら男たちを部屋に呼ぶのも当たり前だったりするだろ。
「他の男子なら絶対ヤですよ。先輩、実はあたし、けっこー身持ち固いほうなんです。男子と話すことすらレアです」
「そうなのか。ちょっと意外だな」
「でも、先輩は許しちゃいます」
「なんで?」
「それは、――秘密です」
もしかして俺のことが好き? とか。ってないない!
どうせまたからかってんだろ。でも、もしも、本気だったら? くそー! もやもやする!
「それってヒントあり?」
「はい、寝言しゅーりょー。先輩、その辺にある毛布とか勝手に使っていいですよ」
答える気はなさそうだ。本気で考えても仕方ない。
俺はぬいぐるみをどかして寝る場所を確保する。
まさか、あの亜里沙の家に泊まることになるなんて。……許嫁だからいいのか。って、俺はまだ亜里沙が許嫁だって認めたわけじゃないんだからな。
……なんかツンデレっぽいな。立場逆だけど。
「あ、そうだ。変なことするときは言ってね。――下着、かわいいのに替えますから」
「は、はぁ!? ん、んなことするか!」
慌てて反論するが、亜里沙はわざとらしく寝息を立てて聞いてないふりをする。
……くそっ、どきどきして眠れないだろ。
いやいや、駄目だ! 俺には金を溜めるという目的があるんだ!
と、悶々としていたが昨日と今日で疲れたせいだろう。いつの間にか意識は遠くなっていた。
――亜里沙視点――
「先輩、寝ちゃった?」
……先輩の顔を覗いてみると微かな寝息が聞こえる。
安堵した途端、さっきのことが脳裏に浮かぶ。
あ~、ちょっと言い過ぎたぁ! 下着、かわいいのに替えるってなに!? なんかもう誘ってるじゃん!
先輩が相手だとどうしてもやりすぎてしまう。
今日は特に酷くない? 完全にあたし痴女じゃん!
それもこれも先輩に親近感を抱いたせいだ。
だって、先輩も親と仲が悪いなんて思わなかった。初めて会ったときから変に面倒見がいいから親のキョーイクいいんだろうなーって勝手に思い込んでた。
「……先輩」
やば! 名前を口にしただけなのにやばいくらい顔赤くなるし!
やば、どんどん先輩に惹かれていってる。
やばいって! 全然眠れないし!
――視点終了――
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