「002」幼馴染
二年生になった春。学校の雰囲気が変わるような気がする。それは一つ上の学年に上がったせいで受験を意識するようになるからだろうか。それとも、下級生が出来たことで先輩意識が目覚めたからだろうか。もしくは、ただの気のせいか。
しかし、なぜかこの時期はカップルが大量発生する。
俺も今年こそは行動を起こさないとなぁ。
「ニンゲン オレタチノ モリ ウバッタ」
休み時間の教室で俺に声をかけてきたのは土地開発で森を奪われた原住民――ではなく、前の席の男だった。吉田早雲。友達、ではない。中学生からの腐れ縁だ。前々からゴリラみたいなカリアゲと体躯だったがまさか本当のゴリラになったのか?
「……いきなりなんだよ」
「雑誌で見たんだけどさ」
「いきなりカタコトやめるなよ」
「ワイルドがモテるらしい」
「……ワイルドを野生と勘違いしてるだろ」
早雲は今まで彼女がいないことを気にしているらしく、ネットや雑誌の情報を鵜呑みにしてちょくちょくキャラが変わる。
これまでも武士がモテると聞けば語尾に「ござる」を付けたり、力士がモテると聞けばちゃんこ鍋を大量に摂取したりしていた。自己のアイデンティティというもの著しく欠如している。モテるためなら全てを捨てる哀れな男だ。
「路地裏で酒瓶抱えたホームレス見るような目やめろ! それクラスメイトに向ける目じゃない!」
これ以上被害妄想が激しくなるのも困る。仕方ない。話ぐらいは聞いてやるか。
「だから、原住民の真似したのか?」
「原住民じゃなくて森の主だ。設定では森の中に昔から住んでる。……ト〇ロみたいなもんだな」
「ト〇ロは喋らないだろ。ト〇ロに謝れ」
俺の冷たい態度が気に入らないらしく、早雲は眉をひそめた。
「ち、俺がモテてもお前にはわけてやんねーからな。見てろよ。俺がワイルドに女たちを奴隷にしてやるかな」
「それは愛を知らない獣の所業だぞ!」
「うるせーな。俺だってお前みたいに相手がいればこんなにがっつかなくてもいいんだよ」
何言ってんだ? 早雲のやつ。
「俺も相手はいないんだけど」
そう言うと、早雲は挑発的な笑みを浮かべた。
「はいはい、嘘言うなよ。お前には真央ちゃんがいるだろ」
「別に付き合ってるってわけじゃないんだけど」
「はいはい」
呆れたように早雲が肩をすくめる。どうやら恥ずかしがっていると思われているようだ。真央は俺にとって妹みたいなものだ。
「早く告白しないと真央ちゃん取られちゃうぜ。言っておくけどあの子、二年生の中では一番かわいいんだからな。お前っていう邪魔者がいなきゃ三日に一度は告白されてっからな」
「……うるせーよ」
でも、早雲の言いたいこともわかる。
真央を思い浮かべると改めてアイドルみたいな可愛さが思い浮かぶ。大きくて愛らしい瞳、腰まで届く黒髪、すらりと伸びた手足、どこかクールな雰囲気。そして――、
「ほら、お前の相手が来たぜ」
早雲の視線は俺の背後に向けられる。
「ゆう。ちょっといい?」
聞きなれた声に振り返るとでっかい胸が俺の目と鼻の先にあった。
――そう、推定Eカップの胸だ。何度も見てるからわかる。
……こんなに至近距離で見たのは初めてだけど。甘い匂いが鼻孔を擽り、頭がくらくらしてくる。
「いや、近い近い!」
「そう? 幼馴染なんだからこれくらいは普通の距離じゃない?」
「いや、普通じゃないだろ!」
「昔はこれくらい普通だったでしょ?」
真央が体を引いて距離を取る。
……ちょっと名残惜しい気もする。いやいや! 真央は妹みたいなもんだろ!
子供の頃は『ゆうく~ん』とか言って泣きべそかいてたのになぁ。
「で、どうしたんだ?」
「最近、私そっち行ってないけど晩御飯何食べてるの?」
「え、カップラーメンとか……」
「……やっぱり。じゃあ、今日、晩御飯作ってあげる」
「いやいいって」
正直カップラーメンは食い飽きたがいつも幼馴染に頼るわけにはいかない。
「駄目。お姉ちゃんの言うことを聞きなさい。身体壊すと大変でしょ」
真央のほうが俺よりも誕生日が早い。そのため、二人きりのときはたまに姉っぽい言動をする。
……たった数か月でお姉ちゃんとか言われてもピンと来ないのだが。むしろ俺にとっては昔の印象が強すぎて妹みたいなもんにしか感じない。
「……わかったよ」
「ん。じゃあ、後でゆうの家に行くから」
「一緒に帰ればいいだろ?」
「職員室に呼ばれてるの。いつまでかかるかわからないから先に帰ってて」
「了解」
「一緒に帰れないからって泣かないで」
「泣くか」
「え、真央ちゃんがこいつの家に晩御飯作りにいくの?」
早雲の質問に真央は頷いた。
「ええ、そう。料理だけじゃなくて姉として私がゆうの家の家事をしてるの」
「えぇー、こいつばっかりずるくね!?」
「でもさ。真央のやつ、世話してくれるのはいいけど昔はトイレまでついてきたんだぞ」
「そんなことあった?」
真央が素知らぬ顔で否定する。しかし、僅かに頬が赤くなっていたのを俺は見逃さない。
「トイレ!? 真央ちゃん真央ちゃん、悠より俺を家族に――」
「早雲、真央の家族は俺だ」
言い終わる前に俺は告げる。すると、真央は微笑を浮かべた。
くそ、つい言ってしまった。
「ふふ」
「……うるさいな」
「何が? 笑ってるだけでしょ?」
「それがウザいんだよ」
恥ずかしさを誤魔化すようにあえて俺はぶっきらぼうに言う。だが、別に後悔はしていない。俺にとって真央は家族みたいなもんだからだろう。
こんなことを口に出したら調子に乗って思う存分迷惑をかけられそうになるから言わないが。
「真央ー、ちょっとこっち来てー」
窓際にいたクラスメートの女子達が真央に向かって手招きする。
「ええ、今行く。……じゃあね。ゆう。早雲くん」
真央は颯爽と髪をなびかせて女子達のもとに向かっていった。
「うぉー真央ちゃん! うぉーうぉー! さよなら! 俺のこと忘れないでねー! うおおお!」
「推しが引退するアイドルオタクか」
後に残されたのは野郎二人。
なぜか早雲からは恨みが募った視線を感じる。
「……なんだよ」
「なんでお前みたいな普通のやつがあんなに好かれるんだ……」
早雲の血を吐くようなセリフが聞こえてくる。
確かに俺の容姿は中の中、身長は平均的な172cm、成績だって中の下だ。真央と俺は美女と野獣くらい違う。あんな子が幼馴染で隣の家に住んでいるという事実だけで一生分の幸運を使い果たしたようなものだ。
「で、そろそろ付き合ったりしないのか?」
またその話か。真央と幼馴染でいると他のやつからもしょっちゅう聞かれる。
こういうときに俺が焦ると相手は図星なんだろと言ってくることは予想出来ている。