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「011」西園寺と

――亜里沙視点――


「先輩の馬鹿!」


 洗面所に入るなり、亜里沙は両手で顔を(おお)って(うずくま)る。


「ちょっとからかっただけなのにすぐ本気になるなし!」


 血が脳天を巡り、思考がまとまらない。亜里沙自身はっきりわかるくらい顔が熱い。


「てか、キスしようとしてたし!」


 からかうと面白いなって思った先輩。ただそれだけのはずだった。


 でも、キスされる瞬間、はっきりと先輩を異性として認識(にんしき)してしまった。


 こんな気持ちは初めてだ。


 まさか、これが恋、とか?


「って、んなわけないじゃん!」


 自分に言い聞かせるように亜里沙は笑い飛ばす。


「ただからかうのが面白いだけ! それだけ!」


 その頬は赤いままだった。


――視点終了――


 亜里沙の部屋は一見、無秩序だがよく見ると彼女なりのルールがあるようだ。化粧品は鏡の傍、衣類は部屋の隅に散らばっていた。


 同年代の女子の部屋なんて探索する機会はめったにない。


 普段女子ってどういうの着てるんだろ。男なら誰でも一度は気になるはずだ。……ちょっとだけないいか。


 好奇心に負けた俺は近くにあった布を手に取る。それは淡いピンクで肌着(はだぎ)のような薄さ。


 これ、パンツだ!


 制服かと思ったのに!


 いや、もはやパンティーといってもいい代物だ。


 え、女子ってこんな尻に食い込みそうなもの履くの?


 男子の無骨なパンツとは全然違う。ただの布のくせに妙な色気すら感じる。これを亜里沙が()いてたんだよな。


 想像すると亜里沙の裸が脳裏に浮かんでくるようだ。


 ってアホか!


 パンツを見て興奮するなんて変態じゃあるまいし。


「…………」


 でも、なぜか気恥ずかしい。


 なるべく見ないようにパンツを元あった場所に戻す。


 近くには制服、亜里沙の普段着、パジャマ、そして、下着が積み重なっていた。


 あれ? おかしくないか?


 さっきのリビングにも亜里沙の服しかなかったし、食器セットは使われていなかった。


「先輩、何してるんですか?」


 振り向くとだぶだぶのシャツは変わらないがピンクのもこもこルームパンツを履いた亜里沙がにやにやと笑っていた。


 どんなにだらけた格好をしていても雑誌とか写真集のような『()え』がある。


 天性のモデルというのは彼女のことを言うのかもしれない。


「い、いや、何もみてない」


 女子の服に興味があって見てましたなんて言えない。


「もしかしてあたしのパンツ嗅いでたりして」


「そんなことするか」


 亜里沙の裸は想像しそうになったけど。


「ほんとですかー? いいんですよ。嗅いでみても。先輩、エッチですからねー」


 上目遣いでからかってくる亜里沙。どうやらすっかり調子を取り戻したみたいだ。


 普段ならどぎまぎしてしまうが、今は違う。


「亜里沙。ここには一人で住んでるのか?」


 俺が問いかけると、亜里沙の表情がすぅっと消えた。


「そうですよ」


「家族は?」


「先輩、うちの親のことしらないんですか?」


 なんで呆れたような顔するんだよ。


「亜里沙の親を俺が知るわけないだろ」


「そういう人ですもんね。先輩ってば。……私の苗字はわかりますよね?」


 部屋に入る前に表札を見た。


「『西園寺』、だろ?」


「……気づきませんか?」


 何を――って、待てよ。聞き覚えがある。


「あ、市長の名前だ」


「そうですよ。やっと気づきましたね」


 ……ということは、


「え、じゃあ、亜里沙って市長の娘、なのか?」


「けっこー有名人なんですけどね。あたしって」


 そういえば、早雲が話してたような気がする。


「市長の娘でモデルってすごくないですか?……街に住んでたらマジで一度くらい聞いたことありますよね?」


 俺は頭を()いた。


「い、いや、そういうのあんま興味ないし。そもそも友達いないからそういうこと話すやつも少ないし」


「えー、先輩ってマジ世捨て人みたいですねー」


 馬鹿にしつつも亜里沙はなぜか嬉しそうだ。


「だから、あたしに対しても自然体なんですね。……そこがちょっとキュンかも」


 最後の言葉はめっちゃ小声だ。


 おそらく俺に聞かせるつもりはなかったんだろう。


 ……難聴系の主人公なら聞き返すところだが、普通に聞こえてしまった。


「あ、ありがとう」


 とりあえず礼を言うと、亜里沙の顔が紅潮(こうちょう)する。


「は、はぁー!? 何聞いてるんですか! というか、普通聞こえないふりするっしょ! ほんと先輩ってばドンカンだし!」


 ……ぐっ、確かにちょっとデリカシーがなかった。


「そもそもキュンって好きってわけじゃないし! ほんと先輩ってばマジ勘違い系! ……それともほんとに好きになっちゃったとかですか?」


「……え」


 亜里沙のことが好き? いや、亜里沙とは会ったばかりに近い。知り合い以上、友達未満。


 でも、嫌いか好きかと言われれば好きだ。


 それは友情として、なのか。


 それとも――。


 いやいや! 駄目だ! 俺には目的があるんだ!


 恋してる場合じゃないんだよ!


「先輩。なにマジ顔してるんですか。……え、もしかしてマジになっちゃった系?」


 亜里沙の背中に黒い羽と尻尾が見える。小悪魔(こあくま)モード突入してるよ。


「いやいや、そ、そういうわけじゃないって!」


「えー、怪しくないですか? いいんですよ。好きになっちゃっても。もしも。もしもの話ですけど付き合ったら先輩の好きなおっぱい。いっぱい触れますもんねー」


 すっかり調子を取り戻した亜里沙は自らの胸を下から持ち上げる。


 でっか!


 おっぱい持ち上げるなんて漫画でしか見たことない! フィクションだと思ってたよ!


「ほらほら、どうですかー?」


 両腕でおっぱいを挟んで迫ってくる亜里沙。や、やばい、このままだとまたからかわれる!


「そ、そろそろ腹減らないか? どっか食べに行くか」


 わざとらしく話題を変えた途端、亜里沙は仕方ないという顔で俺から距離を取る。な、なんとか誤魔化せたようだ。


 別にからかわれるのは嫌いじゃないが、やられっぱなしというのも性に合わない。……男のちんけなプライドというやつだ。


「そーですね。いつの間にか夕方ですもんね。でも、このへんってファミレスくらいしかないんですよね」


「別にいいじゃん」


「えー、飽きたし」


 飽きるほど食べてんのかよ。


「……そうだ! せっかく先輩が来てるんですからどうせなら買い物してここで食べませんか?」


「別にいいけど」


「やた」


 亜里沙がニコニコしてる。めっちゃ楽しそうだな。


「そんなに喜ぶことか?」


「えー、誰かと一緒に食べるのってテンション上がるじゃん」


 ……その気持ちはわかる。


「だな」


「でしょー。んじゃ、いきましょー」

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