第2章:洞窟
<第2章:洞窟>
その洞窟に到着するのに、いくらも時間はかからなかった。三人はその入口とおぼしき穴の前に立っていた。銀河の位置は、村を出る時見上げた様子とほとんど変化がない。
「おい、ゆかり、洞窟の鍵って言ってたが、ただの穴じゃねえか。扉なんかありゃしねえぞ」
確かに人の背の二倍ほどの大きなただの穴が不気味に口を開けている。
「中にドアがあるかもしれないじゃない。第一、さっきのセコンダの村人が勇者たちを北の山に向かわせないようにしているんだから、こんな近道をそのまんまにしとくわけないわ。絶対必要になるはずよ」
「すっげえ自信」
「でも、理屈は通ってますよね。ゆかりさんてすごいな」剣士は無意味に感心している。
「で、この洞窟ってどんなとこなんだ?」
「だから、山への近道だって」
「どれくらい中を歩けばいいんだ?」
「知らないわよ」
「おめえ、諜報活動が趣味なんだろ? そんな情報も集められなかったのかよ」
「毎度毎度失礼な男ね! そういうあんたは何か役に立つことでもしたって言うの?」
「うっせえな。俺たちゃな、悪漢に襲われたんだ。好き好んで捕まったんじゃねえやい!」
「赤外線感知能力を自慢してたわりには暗闇で襲われたわけでしょ? おまけにグラサンもなくしちゃって、夜が明けたらあんたなんかお荷物よ。どうしてくれんのよ!」
「あんだと! ここまで誰の先導で来れたと思ってやがるんだ? え? おめえには恩ってもんがねえのかよ!」
「ち、ちょっと……」剣士の声は二人には届かない。
「それにな、どうせ洞窟に入るんだ。朝が来たって平気のへっちゃんだ。その上俺のこの能力がまた必要にならあ」
「ずっと洞窟にこもってる気? それもいいかも。あたいと剣ちゃんだけで先に進むわね」
「あ、あの……二人とも、」
「こ、こいつ! 俺にけんか売る気か?」
「ふんっ! 売っても買えないくせに」
「やるかっ!」
「やる気っ!」
剣士はついに大声を出した。「い、いいかげんにしてくださいっ!」その声が三人の中で最も大きかった。庄左衛門もゆかりも思わず口をつぐんであたりを見回さなければならなかった。剣士はそういう心配をよそに涙ぐんで二人を交互に見た。
「お願いです。喧嘩なんかしないで。僕たちせっかくここまで来たんじゃないですか。それも三人の力で。お互いに傷つけ合っても何もなりませんよ。ね、仲良くしましょう。みんなどこで怪我するかわからない所なんだし。お願いですから……」
「剣ちゃん……」ゆかりは庄左衛門の胸ぐらを掴んでいた手を離した。
「ま、剣士の言うことももっともだな」庄左衛門もばつが悪そうにひとつ咳払いをした。
「ごめんね、剣ちゃん」ゆかりは俯いた剣士の肩に手を置いた。
「俺もおとな気なかった。すまなかったな。ゆかり」
「ううん。あたいこそ」ゆかりは庄左衛門に手を差し出した。
庄左衛門はゆかりの手を握りしめた。ゆかりも握った手に力を込めた。
「いてててて、」
「あたいのお詫びのしるしよ」
「へえ、そうかいそうかい」
庄左衛門も負けてはいない。
ぎゅう!
「あいたたたた、」
「ええい!」ゆかりはさらに強力に庄左衛門の手を握りしめた。「感謝のし・る・しっ!」
ぎゅううう!
「ぐおおおおお!」
「これでもかっ!」
ぎゅうううっ!
「よかった、仲直りしてくれたんですね」
はっ! 剣士の笑顔に二人は手を離して赤面した。
「というわけで、中に入ったのはいいが、」庄左衛門はあたりを見回した。「まったくただの洞窟ってとこだな」
剣士の持つランプの灯が照らし出す範囲は狭いが、それでも行く先を案内するには十分だった。できればゆかりはそのランプの灯だけで先に進みたいと思っていた。なぜならまた庄左衛門に恩を着せられたのではたまらないと感じていたからである。そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、庄左衛門はかなりでかい態度だった。
「天井の高さは、まあ俺の身長の倍ぐれえかな。入口の大きさとほとんど変わらねえ。でもま、先に行けばどうなるかわからねえがな」
「庄左衛門さん、赤外線の目ってどんな風に見えるんです?」
「お、おい剣士、ランプを俺の視界から遠ざけてくれよ。まぶしいじゃねえか」
「あ、すいません」剣士はランプを自分の背後に回した。
「赤外線の景色ってのはな、そうだな、全体に赤っぽい白黒画像ってとこだな。それでもかなりの明度で見えるんだぜ」
「じゃ、じゃあ、先はどうなって?」
「少おし右にカーブしてっから歩いて行かなけりゃ俺にもよくはわからねえ」
そう言って庄左衛門はあとの二人を従えた格好で先に進み始めた。
「何か出てきそうですね……」
「普通、洞窟って言ったらコウモリか、ナメクジか……」ゆかりが呟いた。
「ま、そんなとこだな。だけど、このあたりにはいないようだぜ」時々洞窟の壁や天井を観察しながら庄左衛門は言った。
さらに三人は歩いた。
洞窟はずっと一本道だった。小一時間ほど歩いた時、不意に庄左衛門が立ち止まった。「ネズミだぜ」
「えっ?」ゆかりが身を固くした。「ちょっと、やだ……」
「なんだ? ゆかり、ネズミが恐いのか?」
「恐いんじゃなくて、苦手なのよ」
「わっはっは! こりゃおもしれえこと聞いちまったぜ。猛獣も恐がらねえ女がネズミごときに怯えるなんてよ!」
その時、三人の頭上をかすめて大きな物体がそのネズミに襲いかかった。
「な、なに?」
「おっ!」
「何なんです? 庄左衛門さん!」
「フクロウだぜ」
「フクロウですって?!」
音もなくネズミに襲いかかったその猛禽は、見事に獲物をその爪でひっつかんで洞窟の奥へと姿を消した。
「フクロウにとっちゃ、かっこうの猟場ってわけだぜ」
「でも、フクロウが洞窟に住むかしら?」
「フクロウって確か森に住んでるんじゃ……」
「んなこたどうでもいい。さ、先に進もうじゃねえか」
わっはっは、と笑いながら庄左衛門はさらに大股で先を歩き始めた。
「まったく、態度でかいんだから。調子に乗って……」ゆかりは呟いた。
洞窟を奥へ奥へと進んで行くにつれて、次第に気温が下がっていった。
「ちょっと寒いな」庄左衛門が身震いをした。
「しっ!」ゆかりが唐突に言った。庄左衛門は歩くのをやめた。剣士も息をひそめた。
「水の流れる音だわ」
「水?」
「ええ、先の方から聞こえてくる……」
剣士からランプを受け取って、ゆかりは先頭になって歩き始めた。
「剣士、聞こえっか?」
「いいえ。全然」
ゆかりの後を二人の男は足早について行った。
「確かに聞こえるぜ」しばらく歩いて庄左衛門がそう言った時、彼の先を駆けていたゆかりが丁度立ち止まった所だった。庄左衛門は剣士と一緒に彼女が立っている所まで急いだ。
「おっ!」
「こ、これは……」
突然洞窟が開けて巨大なドーム状の場所に出た。
「思った通り。鍾乳洞だわ」
「なるほどな」
天井からつららのような鍾乳石がいくつも垂れ下がっている。壁や地面も所々茶褐色になったつるりとした奇妙な形の鍾乳石で覆われていた。
「ん? ゆかり、どうした?」
ゆかりはその広いドームに降りて、水の流れている所に屈み込んでいた。
「何かあるのか? ゆかり」
「二人とも、来てみてよ」
剣士と庄左衛門が言われた通りに彼女の近くへ行ってみた。
「苔じゃねえか」
「そう、苔よ」
「なんでえ、そんなもん珍しくも何ともねえ」
「なんで、ここだけ苔が生えてるのかしら……」
「知るか、そんなこと」庄左衛門はさして興味もなさそうに言った。「それよか、おい、ゆかり、俺、腹減った」
「苔でも食べる?」
「冗談よせよ」
「残念だけど、このあたりには食べ物はなさそうね」
「砂漠でも食糧は集まるって、おめえ言ったじゃねえか」
「鍾乳洞はちょっとねえ。ネズミやナメクジを食べるっていうのなら話は別だけど」
庄左衛門は口をゆがめた。
「でも、」剣士だった。「どうして苔が生えてることに興味を持ったんですか? ゆかりさん」
「ええ、ちょっとね」
「なんだよ、隠し事なんかすんなよな」庄左衛門が口をとがらせた。
「別に隠し事をする気はないわ」
「だったら言えよ」
「あんた子供みたいね。庄左衛門」
「いいから教えろよ」
「苔っていうのは、葉緑素を持っている」
「だろうな。緑色だかんな」
「ということは、光の当たらない所には育たない」
「ふむ。そりゃそうだ」
「ここに苔が生えてるってことは、このあたりには何かの光が当たっていたってことでしょ?」
庄左衛門は天井を観察した。「穴が……開いてんのかな?……お! あった!」
「やっぱり?」
「あそこに小せえ穴が開いてっぞ。どうやらさっきのフクロウもあそこから出て行ったに違いねえな」庄左衛門が指さした所をゆかりも剣士も見てみたが、残念ながら二人には見えなかった。
「ま、ただそれだけだけどね」ゆかりは腰に手を当てて立ち上がった。「先を急ぎましょうか」
そこからは鍾乳洞の中を水の流れを遡るように三人は進んだ。
ガツン!
「いててて」
「どうしたのよ」
「何かを蹴飛ばしたみてえだ。あっ! これは!」
庄左衛門が拾い上げたのは鍵穴のある宝箱だった。大人の頭ほどの大きさである。
「空っぽですね」剣士がそれを受け取った。
「何が入ってたのかね。ん?」庄左衛門はその宝箱の落ちていたあたりにきらりと光る物を見つけて、また拾い上げた。「鍵だぜ」
「鍵?」
「そうか。この宝箱の鍵なんだな」
「ん? 待てよ……」庄左衛門は自分のポケットを探ると、ゆかりがセコンダの村から持ち出した鍵を取り出した。「こ、こいつは! 同じ鍵だぜ!」
「同じ?」
「ってこたあ、この鍵、いくらでもあるってことかよ」
「僕らより先に入った人がいるわけですね」
「なんでえなんでえ、ありがたくもねえ。柳の下にゃ、どじょうは二匹もいねえぜ」
「先を越されてるわね。この分だと」
「いいじゃないですか。別に一番にならなくても」
「そりゃそうだが、なんだかおもしろくねえな。それによ、魔術師にとっての最高の宝が手にはいるってんだろ? ゆかり。もしこの宝箱にそいつが入ってたんなら、俺、怒るぞ」
「そんなのあたいのせいじゃないわよ」
「と、とにかく先に進みましょう」剣士が言った。
長いこと同じ風景が続いた。庄左衛門は時折り腹が減ったと呟いた。が、剣士にはどうすることもできなかった。ゆかりの方はそういう庄左衛門をほとんど無視することに決めていた。そうして、あんまり庄左衛門がしつこく呟くのでここで一つ怒鳴りつけてやろうと息を吸い込んだ時、いきなり庄左衛門がゆかりと剣士の体を壁に押し付けた。「な、なにすんの、」
「しっ!」庄左衛門は厳しい顔でゆかりの口を押さえた。「静かにしろ! 誰かいる!」
「行く先の角を曲がった所だ」
三人が耳をすますと、
カキン! キン!
剣のぶつかる音が聞こえた。
「誰かが闘ってるらしいぜ」
「行ってみましょう」
三人はその角の所まで急ぎ、身を隠したまま様子をうかがった。
二人の男が手に剣を持って立っている。一人は華奢で背が高く、もう一人はずんぐりとした動きのにぶそうな男だった。彼らが相手にしているのは、なんと! 岩の塊である。
「な、なんだ? ありゃ!」
「ゴ、ゴーレムだ!」
「ゴーレムだと?」
「魂を持つ岩です」
ガキン!
痩せた男の振り下ろした剣がゴーレムの硬い体に当たった。
「くっそう! 刃が欠けちまった!」
男は再びゴーレムに挑んだ。よく見ると、太った男の方はぶるぶる震えて身動きできない状態だった。「三郎! おめえも、闘えよ!」
「どっかで聞いたような台詞だぜ」庄左衛門が小声で言って剣士を一瞥した。
闇雲に突き出した痩せた男の剣先が、ゴーレムの怪しく光る二つの赤い目の片方に刺さった。と、同時にゴーレムは怯んで悲鳴を上げた。
ぐおおおお!
「そうか、やつの急所は目だな!」
俄然勢いづいたその男はそのゴーレムの目を慎重に狙って剣を振るった。
両の目をやられたそのゴーレムはついにどう、と倒れて動かなくなった。「ざまあみやがれ!」男はその動かなくなったゴーレムの体を片足で踏みつけた。「どうだ! 俺の剣さばき、大したもんだろ?」
「あ、あ、あ!」太った男は声が出ない。
「なんでえ、三郎、まだ怯えてやがんのか?」
「うわああ!」太った男は地面に屈み込んだ。なんと! 壁や天井から数体のゴーレムが現れて、痩せた男を取り囲んだのだ。
「こうしちゃいられねえ!」庄左衛門が飛び出した。「おう! 助っ人するぜ!」
痩せた男は恐怖に顔を引きつらせてはいたが、意外にも大見栄をきった。「ありがてえとは思わねえぜ。すっこんでろ!」
「な、なんだとお!」
ぷっつん!
庄左衛門は自分を失いかけた。
「ちょっと、やめなさいよ!」ゆかりはそんな庄左衛門を無理やり引き寄せた。
その間に痩せた男は不敵な笑いを浮かべて次々にゴーレムを倒していた。「わははは! 愚か者ども! 急所さえわかればこっちのもんだ。何匹いたって同じことよ!」
「あいつ……闘いを楽しんでやがる」庄左衛門が苦々しい口ぶりで言った。
「もっと来やがれ! もう終わりか?」
実際全てのゴーレムから魂が消えていた。
「わかったか? 俺様はな、人の助けを借りなくても、こうやって、」そこまで言った時だった。男は突然苦しみ出した。「うっ! うううっ! な、なんだ?!」そして彼は喉をかきむしって地面に倒れ、脂汗にまみれてもがきながら、ついにゴーレムと同じように動かなくなった。
「うわあああ! の、呪いだ!」太った男は自分の剣を放り出して、叫びながら壁に張り付いた。
「な、何が起こったんだ?」庄左衛門があわてて、倒れた男に駆け寄った。ゆかりと剣士も続いた。
「死んでるぜ」
「し、死んで?」剣士の目に涙が宿った。「ど、どうして死ななきゃいけないんです?」
「知るかよ」
「あ、あんまりだ!」剣士の目から涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
「この人もあたいたちと同じ石を下げてるわね。あら?」
「どうした? ゆかり」
「光が失われて……」
「何だと?!」
男の首にかかっていたペンダントの中央の石の輝きが失われていく。そしてその光が消えた瞬間、なんと男の死体が彼らの目の前から消えてしまったのだった。
「お、おいっ!」
後には何も残らなかった。そして気がついた時には、動かなくなった数体のゴーレムの体も消え失せていた。
「ど、どういうことだ?」
そこにいた四人は一様に立ちすくむだけだった。
太った男の名は明智三郎といった。
「で、三郎さんとさっきの男の人はここまでどうやって?」ゆかりが質問した。彼が答える前に庄左衛門が口をはさんだ。「セコンダの村人の目をよくかいくぐったもんだ」
「セコンダの村?」
庄左衛門が言った。「この洞窟の入口に近い所にあっただろ?」
「村があったなんて気づきませんでした」
「なんか、」庄左衛門が不服そうに言った。「俺たちだけ割喰ってる感じだな」
三郎は小動物のような目をして言った。
「わ、私はごらんの通りたいそうな小心者でして、み、みんなやつの言いなりでここまで来たのです」
「さっき死んだ男は?」
「はい、暁 次郎といって、知らないうちに一緒に行動してました」
「おまえらもか……」
「あたいたちもね、偶然一緒に行動してるのよ。誰かに言わせれば運命だとか」
「な、なんで次郎は消えてしまったんでしょうね」三郎が陰気な口調で言った。
「さあな」
「や、やっぱり呪いなのでは?」
「石っころやっつけたぐれえで呪われたんじゃ身がもたねえな」庄左衛門はため息をついた。「ところでよ、ここに来る時に空の宝箱見つけたんだが、ありゃ何だ? 何か入ってたのか?」
「宝箱? ああ、私たちも見つけましたが、」三郎は少し言葉を切った。「な、何も、入ってませんでした」
「だが、おめえ、鍵持ってたんだろ? ほれ」庄左衛門はポケットから例の鍵を取り出した。「この鍵で宝箱を開けたんだろ?」
「そ、それは……」
「ねえねえ、剣ちゃん、庄左衛門こだわってるわね」ゆかりが囁いた。
「そりゃあ、やっぱり『魔術師にとっての最高の宝』ですもんねえ」
太った男は少しムキになって言い返した。
「わ、私だって、何か入っているんじゃないかって思いましたよ。でも本当に何も入ってなかったんですっ!」
「わかったよ。そんなに力説すんなよ」
三郎は黙り込んだ。
「で、おめえらはここを抜けて何しに、どこに行く気だったんだ? あん?」
「き、北の山に向かってたんです」
「何しに?」
「あなたたちが知る必要はありません」
「ま、そりゃそうだな。俺たちも何しに北の山に向かってっか、よくわからねえんだからな。正直な話」
「とりあえず、自分のことやこの世界のことがわかるかもしれないって思ってるんです。僕たち」剣士が言った。
「この世界のことなんか、誰も知らないと思いますよ」男は独り言のように言った。「私だってできることならここから逃げ出したいって思っているぐらいですから……」
「わかるわかる」庄左衛門はうなづいた。
「ところで、三郎さん、あなた緑色の石を下げてるわね。それどういう、」
「ああ、これですね? 私は僧侶らしいのですが……」
「僧侶? ってことは、おい、剣士、」
「たぶん『慈悲深き者』でしょう」
「ってことはだ、おめえの持ってるその剣は、」
「聖剣だそうです」
「聖剣?」
「はい。悪しき者を消し去る力を秘めていると聞きました」
「聞きましたって、おめえ、そいつぁ、誰からかの譲りもんか?」
「いえ、気づいた時には手に持っていたのですが、私もなんだかわからなくて、村の長老に聞きましたところ、そう教えてくださったのです」
「長老? もしかしてプリマの村か?」
「さあ、どんな名前の村かは知りませんが、洞窟からずっと南の森を抜けた所にあって、」
「間違いねえな。そんで、おめえは朝起きた時からその石ぶら下げてるってわけだな?」
「その通りです。ひょっとして、あなた方も?」
「そうなんだよなー、これが」
「ま、ここで会ったのも何かの縁だ。こっから先一緒に行くか?」
「いいんですか?」男の顔が輝いた。
「そ、そんなにうれしいの?」
「そ、そりゃあ、なにしろ私、見ての通りの小心者で、」
「お荷物になるなよ」
「大丈夫です。それに私、多少の治癒の能力を身につけています」
「ほう、そりゃあ心強いな。よし、決まりだ。行こうぜ」
新たに明智三郎をパーティに加え、庄左衛門たちはその鍾乳洞をまた奥へと進んで行った。
「すっかり忘れてたが、」
「どうしたのよ、いきなり」
「腹減った」
ゆかりは立ち止まって腰に手を当て、庄左衛門を睨んだ。
「あんた、口を開けばすぐそれね。我慢っていう言葉、知らないの?」
「そういうおめえらはどうなんだよ!」
「あの、」三郎がおずおずと進み出た。「食べ物なら、私、持ってますけど」
「な、なにっ?! ほ、本当か? 三郎!」庄左衛門はいきり立った。
「はい」
「ちょっと待て」庄左衛門は急に懐疑的になった。「まさか干し葡萄数粒じゃなかろうな」
「いえ、乾パンと干し肉と固形スープです。たくさんあります」
「あ、ありがてえ!」庄左衛門は涙ぐんだ。
「では、さっそく」
三郎は担いでいた巨大なリュックをどさりと下ろすと手際よく中から食糧を出して、広げた風呂敷の上に並べ始めた。火を熾し、コッヘルに水を入れ、湯を沸かした。しばらくして目の前に広げられた食べ物に一同はため息をついた。剣士たちにとっては、ほぼ一日ぶりの食事と言ってよかった。
「さ、どうぞ、ご遠慮なく」
「よしっ! 食うぞ」庄左衛門は、言われた通り何の遠慮もなくがっつき始めた。ゆかりも剣士もそれに続いた。
「あれ? 剣ちゃん、干し肉食べないの? おいしいわよ」
「遠慮します」
「何でだ?」
「僕、殺生は嫌いだって言ったはずですよ」
「加えてベジタリアンだったんだな、おめえは……」
「僕のことより、三郎さん、さっきから食べてませんけど……」
「私ならご心配なく。さっきたらふく食べましたから」
「そうか」
「食べながら聞いてください」三郎が提案した。「ここで野宿しましょう」
「こんな所でか?」
「はい。もう遅いし、休養もとっておかないと」
「あたいも賛成。疲労は失敗の元」
「寒いぞ、ここ」
「それならご心配なく」三郎は両手を合わせ、何か口の中で呟いた。
ぽうっ……。「う、ま、まぶしい」庄左衛門がうなった。ランプの灯が輝きを増し、そこにいる四人を赤い光で包み込んだ。しばらくしてランプは静かに元の明るさに戻った。
「あ、なんだかあったかくなってきた」剣士が言った。
「本当だわ」
「ワームバリアを張りました。外からの物理的な力もある程度跳ね返します」
「すごいですね」
「もつのか?」
「我々が十分に休養をとる間ぐらいは大丈夫です」
「これが僧侶の力ってわけだな。どうでもいいけど、おい剣士、そのランプ、俺の目の届かねえ所にやってくれねえかな。眠ろうにもまぶしくて」
そうして四人はいくらも経たないうちに深い眠りに落ちて行った。
「庄ちゃん、庄ちゃん」
「誰だ?」庄左衛門は自分の名を奇妙なニックネームで呼ばれて少し面食らった。そしてその声のする方を見た。
「庄ちゃん。あたしよ」
まぶしく光り輝くような霧の中から姿を現したのは白い服をまとった女性だった。
「よ、陽子!」
その陽子と呼ばれた女性は豊かな笑みを浮かべて庄左衛門に近づき、彼の手を握った。「久しぶりだわ。庄ちゃん。元気だった?」
「あ、ああ」庄左衛門は赤面した。
「こんな所で会えるなんて、夢みたいだわ」
「そう言えば……」庄左衛門はあたりを見回した。まぶしい霧の隙間に濃い緑の森が広がっている。かぐわしく柔らかな風が吹き、かすかに鳥の鳴き声が聞こえる。
「ここはどこなんだ? 陽子。そうだ、剣士は? ゆかりは?」
「ここは天国よ。あなたをずっと待っていたの」
「て、天国だって?! す、すると、俺は、死んだのか?!」
だが、陽子は何も言わずに笑っているだけである。
「おい、陽子、陽子!」
彼女は庄左衛門からすうっと遠ざかっていく。そうして霧の中にその姿を消してしまった。
「陽子!」
「はっ!」
「どうしたんですか? 庄左衛門さん。ずいぶんうなされてたけど」
「夢……か」
「どんな悪い夢みたの?」
「い、いや……」
「そろそろ行きましょうか、庄左衛門さん」
「どれくらい眠ってたんだ?」
「そうねえ、6時間程かしら」
「なんでそんなことがわかるんだ?」
「三郎さんが時計を持っているんですよ」
「時計?」
「ええ。やっぱりこの世界にも時計はあるらしくて……」
「いろんなもん持ってんな。三郎」
「はい。持ち物は私が一番多いようですね」
庄左衛門は立ち上がった。少しめまいがしてよろめいた。
「ちょっとお、大丈夫なの?」
「なに。まだ完全に目が醒めてないだけだ」
四人はまた歩き出した。
ガツン!
「いててて」
「どうしたのよ」
「何かを蹴飛ばしたみてえだ。あっ! これは!」
庄左衛門が拾い上げたのは鍵穴のある宝箱だった。大人の頭ほどの大きさである。
「またかよ。ん?」
「今度は鍵がかかってますね」
「開けましょう、開けましょう!」三郎が突然叫んだ。
「うっせえな。わかってるよ」庄左衛門はポケットからあの鍵を取り出した。「あれ? 一つしかねえぞ。どっかで落としたかな? ま、いっか。どうせ同じものだしな」
開けられた宝箱に入っていたのは数枚の金貨だった。
「き、金貨だ!」三郎が叫んだ。庄左衛門は訝しげな顔で男を見た。
「何を興奮してんだよ。そんなに金が欲しいのか?」
「そ、そりゃあ、世の中金ですよ金。金さえあれば買えないものはない」
「じゃあ、おめえ持ってな」
「いいんですか? 庄左衛門さん」剣士が尋ねた。
「金なんてな、トラブルの元なんだよ」
「いらないんですか?」三郎がひどくうれしそうに聞いた。
「俺も少しは持ってるけどな、こんな宝箱から出てきた金なんて、どうもうさんくさくてな」
「それじゃあ、遠慮なく」三郎は剣士やゆかりの意向を聞くこともなく、庄左衛門から金貨を全部取り上げるとそそくさと懐にしまった。
「金貨のことはどうでもいいが、」庄左衛門が鍾乳洞の奥に目をやって言った。「どうやらこの先、行き止まりだぜ」
「えっ! 行き止まり?」剣士が大声を出した。
「そんなはずは!」三郎も愕然とした表情で言った。
「ゆかり、これはどういうこった?」
「何よ」
「この洞窟、北の山に抜ける近道なんだろ?」
少し厳しい表情でゆかりは剣士からランプをもらって、庄左衛門が言った行き止まりへと駆け出した。
「確かに行き止まりだわね。でも、ここにも宝箱があるわよ」
「えっ?! 宝箱?」一番に反応したのは三郎である。そして彼もゆかりの持つランプめがけて、その巨体を走らせた。
「けっ! 金の亡者め」
庄左衛門は三郎があわてて走って行った結果、何もない場所でつまづいて転ぶのを一部始終見てしまって、思わず笑った。
「わっはっは。走らなくてもどうせ行き止まりだ。三郎さんよ」
三郎はよいしょと立ち上がった。
チャリン。
何かが彼の体から落ちる音がした。彼はあわててそれを拾い上げた。庄左衛門はつかつかと三郎に歩み寄った。
「何をあわててんだ?」
「な、何でもないです。ただの金貨ですよ」
「そんなに大事なのか?」
いつの間にかゆかりも三郎の横に立っていた。
「金貨の落ちる音じゃなかったようだけど?」
「そ、そんなこと……」
「どうしたんです?」剣士が最後にそこに来た。
「こいつ、どうもおかしいぜ」
「行動が怪しいわね」
「怪しい?」
「正直に出しな。さっきの鍵をな」
「か、鍵って?」
「とぼけんじゃねえ。ゆかり、どう思う?」
「金貨の音じゃないってことは確か」
「俺の目とゆかりの耳から逃れられると思ってんのか?」
「……」
「それにね、あの宝箱、鍵が二つ必要らしいのよ」
「えっ?!」三郎が驚いて顔を上げた。
「ほ、本当ですか?」剣士も驚いて言った。
「すみません。鍵は差し上げます。どうぞ」
「最初から素直にそう言えばいいんだよ」
「は、早く開けましょう、宝箱。は、早く」
「おめえ、人のフトコロ探っといて、なんだその態度は。後できっちり落し前つけてもらうかんな」
剣士の持つランプの光の中でゆかりはその今までで一番大きな宝箱の鍵穴に一つの鍵を差し込んだ。そうしてその裏側に隠されていたもう一つの鍵穴にも鍵を差し込んだ。「剣ちゃん、合図をしたら回してね」
「はい」
「せーの、」
ガチャリ!
宝箱が開いた。
「な、何が入っていたんです? ど、どんな高価な物が、」
「うるせえ! 黙ってろ!」庄左衛門が怒鳴りつけた。
「手鈎のついたロープね」
「ロープ?」
「ロープですって? こ、こんな奥に、こんな大きな箱に、こんな仕掛けまでしてあったのに、ただのロープですか?」三郎は悪態をついた。
そんな三郎を無視して庄左衛門は言った。「どっか登れってことなのかね」
「わかったわ!」ゆかりが大声を出した。「あの穴よ! 苔の生えてた所の天井の穴よ」
「あれが近道だと?」
「それしか考えられないじゃない」
「あんなとこまで登れっか! あの高さ半端じゃねえんだぞ!」
「じゃあ、庄左衛門はここに残れば?」
「むむ……」
「どっちみち今のあんたじゃ上に登れても動けやしないわ」
「なんだと?!」
「グラサンなしじゃ目も開けられないでしょ? 今は昼間よ」
「むむむ……」
「そんな言い方しちゃかわいそうですよ、ゆかりさん」剣士が思わず言った。「行きましょう、庄左衛門さん。ゆかりさんだって悪気はないんですよ」
「どうすればそういう判断ができるんだ? 剣士」
「さあ、みんなで行きましょう」剣士が明るく言った。
彼らは再び鍾乳洞の大きなドームの所までやってきた。
「こりゃ、たまらねえ!」庄左衛門は目を押さえた。苔の生えている所にまるでスポットライトのようにまぶしい太陽の光が射している。近くの水の流れがきらきらと美しく輝いていた。
「さて、どうしましょうか……」剣士が天井の穴を見ながら呟いた。
「俺はやっぱり登れねえな」
「何気弱なこと言ってんのよ」
「気弱になんかなってねえ。俺にはまぶしいのとロープに捕まる力がねえのとでやめたって言ってんだよ」
「じゃあ、ここに残る気?」
「どうせ置いてく気だろ?」
「なにをいじけてんのよ。あんたそれでも勇者なの?」
「俺は最初っから勇者になんかなりたかねえんだよ!」
「庄左衛門さん、大丈夫、こうやって目隠しをしてと、」剣士はポケットから取り出したバンダナで庄左衛門を目隠しした。
「こら」
「はい?」
「なんだ? この格好は」
「だって、まぶしいんでしょ? これなら大丈夫」剣士は満足気に微笑んだ。
「あのなあ、もう一つ、俺は腕力がねえから、」
「ああ、それも大丈夫。ロープに結び目を作って僕とゆかりさんが上から引き上げてあげますから」
「……」
「じゃあ、私が登って上の様子を見てくるわね」言うが早いか、ゆかりはロープの先についた手鈎を華麗なフォームで投げ上げた。そうして何度か引っ張ってみて、自分の体重にも耐えられることを確認すると、なんの結び目もないそのロープをするすると登って行った。
「やあ、すごいですね。さすがゆかりさん」
剣士は右手を額にかざして、天井の穴に登って行くゆかりを見上げた。
「あ、あの……」
「ああ、三郎さんも自力で登れないのなら僕たちが、」
「私はここに残ってもいいですけど……」
「ええっ? どうしてですか? あなたも北の山を目指してるんでしょ?」
「わ、私は別にそんなたいそうなことは考えてなんか……」三郎はそわそわしている。
「大丈夫。僕らがついてますから」
「おい、剣士、おめえいつからそんな自信をつけたんだ?」
「え?」
「こんなデブ、捕まった途端にロープが切れちまうんじゃねえか?」
「庄左衛門さん、失礼ですよ。とにかく、みんな上に登りましょう」剣士は天井の穴を見上げて言った。「どうです? ゆかりさん。上の様子は」
「とってもきれいな高原よ。今は夏みたいね。お花畑が一面に広がってるわ」
「夏? 季節がなかったんじゃないんですか?」
「少なくともここは夏の風景よ。山をかなり登った所のようね。それに遠くの方に湖と、その近くに遺跡があるみたいね」
「遺跡?」三郎がにわかに反応した。「こ、古代の遺跡ならば、何か金目の物があるはず。登りましょう!」
「まったく、こいつはゲンキンなやつだぜ」庄左衛門は軽蔑したように言った。
「じゃあ、庄左衛門さん、三郎さん、待っててくださいよ、僕が先に登って、上からあなたたちを引き上げますから」
「わかったよ。よろしくな」
剣士がロープを登り始めると、なんと、三郎も彼の後をついてその巨体をロープにしがみつかせて登り始めた。
「あ、三郎さん、無理しないで」
「い、いえ、だ、大丈夫」
執念である。ぶざまではあるが剣士の登るスピードとあまり変わらない。ところが、もう少しで天井に登り着く、という所まできて、三郎のポケットから金貨が一つこぼれ落ちた。
「あっ! 私の金貨が!」三郎は思わずポケットを押さえた。その瞬間、彼は態勢を崩し、背中のリュックを落としてしまった。
「庄左衛門さん! 危ない、リュックが落ちて、」
剣士が庄左衛門に注意を向けた一瞬の間に、三郎の身体は立て直しがきかないほどにバランスを崩していた。
「三郎さんっ!」剣士は思わず手を伸ばした。
はしっ!
剣士の手が三郎の太い腕を掴んだ。「た、助けて……」三郎は泣きそうな声を出した。
「しっかりするんです」剣士は上に向かって叫んだ。「ゆかりさん!」
「動いちゃだめよ!」ゆかりがそう叫んだ時、三郎のポケットからじゃらじゃらと金貨がこぼれ落ち始めた。
「あっ! 私の、私の金貨が!」三郎はそう言うと、剣士の手を振りほどいてポケットを守ろうとした。剣士の手を振りほどいたということは、重力に身を任せたということである。三郎の巨体はあっという間に落ちて行った。
「わああああ!」
剣士は男の腰に差した聖剣がひとりでにはずれるのを見た。そして洞窟の地面にたたきつけられた三郎の身体めがけて、その剣がまっすぐに落ちて行くのを見た。「ああっ!」剣士とゆかりは同時に叫んだ。
「ぐあっ!」
三郎の断末魔の叫びだった。
「な、なんだ? ど、どうした、おい、剣士! ゆかり!」庄左衛門はあわててバンダナをむしり取ったが、まぶしくて目が開けられない。
剣士とゆかりは急いでロープを伝って再び下に降りてきた。
「さ、三郎さん! 三郎さん!」剣士が叫んだ。三郎の心臓には深々と僧侶の聖剣が突き刺さっている。
「まだ息があるわ!」ゆかりは三郎の肩を抱きかかえた。
「三郎さん!」
「……わ、私のき、金貨……」
そしてすぐに三郎は息絶えた。ペンダントの緑色の石から光が消えた。すると、彼の相棒の次郎の時と同じようにその身体もまるで地面に吸い込まれるように消えてしまった。
「死んだのか?」庄左衛門が目を押さえたままで尋ねた。
「ええ。自分の剣に殺されたようなものね」ゆかりは立ち上がった。
剣士は泣きじゃくっている。
「馬鹿な奴……。モノや金に執着すっからこんなことになるんだ」
「な、なんで僕らの回りで、こう次々に人が死んでいくんでしょう」
「次々にったって、たったの二人、」
「二人もですよ! 二人も! 僕らと同じ人間、魂を持った生き物がそんなに簡単に命を落とすなんて、絶対に許せませんよ!」
「おめえ、わけわからねえこと言ってんな。二人とも自業自得ってもんだぜ」
「死ぬなんて……」剣士はしゃくりあげながら、涙を乱暴に右手の袖で拭った。
庄左衛門は彼の身体を手探りで確認すると、背中を軽く叩いた。「剣士、俺たちだって、いつかは死ぬんだ。それに、こいつらは自分のミスで命を落とした。おめえが悲観するこたねえよ」
「そう、剣ちゃん。庄左衛門の言う通りよ。これが彼らの運命だったのよ。きっと」
「納得できない……。運命だなんて……」
「さて、とにかく上に登ることにしようぜ」
「ちょっと待って」
「どうした、ゆかり」
「三郎のリュックが残っているわ」
「いちおう、中を調べてみっか?」
「そうね」
ゆかりは三郎の遺したリュックを開けて中を探ってみた。
「どうだ?」
「食べ物がけっこうたくさん、それにコッヘル、固形燃料、金貨、銀貨、まあ、宝石まで」
「あいつらしいぜ。おおかた俺たちと別れて、どっかの村でそいつを元手に商売でもしようなんて考えてたんだろうよ」
「あっ!」
「なんだ? なにかあったか?」
「グラサンよ! 庄左衛門!」
「な、なにいっ! グラサン?!」
「これ、あんたのじゃない?」
「どれ、貸してみろっ!」
ゆかりに手渡されたサングラスを、庄左衛門はまぶしさをこらえて観察した。「違う。俺のじゃねえ」そしてためしに彼はそのサングラスをかけてみた。「おおっ! こ、こいつは!」
「な、何なの?」
「俺のより性能がいいぜ! 赤外線をカットするだけじゃなく、見事に可視光線をキャッチしやがる!」
「……よかったですね、庄左衛門さん」暗い顔で黙っていた剣士が、鼻をすすりながら顔を上げた。
「俺の宝にしようかなっと」
「そ、そうですよ、庄左衛門さん、もしかしたらそのサングラス、最初の宝箱に入ってたんじゃ……」
「なあるほど、有り得るな。三郎のやつぁ、疑われてなんだかムキになってたからな」
「もしそうだとしたら、間違っていなかったってことになるわよね」
「何が?」
「魔術師にとっての最高の宝って話よ」
「ま、そういうこったな」
「でも、魔術師がみんなグラサンを必要としてるわけでもないでしょうにね」
「いいんだよ。俺にとっての最高の宝であればな」
「まったく自己中なんだから」
「言ってろ」
三人はリュックとその中身を、その持ち主が消えた地面に残して鍾乳洞から這い出した。