8.令嬢の鑑
一方、騎士用の食堂に着いた三人は、様々な意味を込めて盛大に溜息をつく。
「隊長!いつもあんな風に奥方様に冷たいんですか!?信じらんねぇ!あんな頬染めてくっそ可愛い新妻に!冷たい!!離婚よ!」
「馬鹿者、エレオノーラにあんな風に微笑まれてみろ、冷静に対応など出来るか。というかお前はエレオノーラを見るな、減る」
「ああ、でもそれは分かります。奥様、めちゃくちゃ可愛かったですよね……あれは確かに屋敷に閉じ込めて誰にも見せたくない……」
「ヨークデリル、君はちょっと抑えた方がいいよ。隊長が抜刀しそう」
ロビンはうっとりと溜息をつくシャーロットに助言をする。
食事をトレイに取って席に着いた三人は、当初の目的である明日の編成の話どころではない。
「それで、本当にいつもあんなカンジなんですか?隊長確かに口数は多くはないけど無口ってほどでもないのに」
「むしろ詩歌の才は秀でてますよね?なのに、あんなひくーーーい声で威圧的で、かなり嫌なカンジでしたよ。お可哀相に、奥様。慰めて差し上げたい……」
「落ち着いてヨークデリル、僕、食堂で乱闘騒ぎはごめんなんだけど」
「…………」
青筋を立てながらパンをちぎって口にいれ、ウルドは先程のエレオノーラの姿を思い出す。
護衛の騎士に傅かれ貴婦人達に囲まれて歩く姿は、本来の彼女の在り方のように見えた。
エレオノーラが結婚するまで、令嬢の鑑といえば彼女のことを指していた。クラウス辺りが聞けば鼻で笑いそうだが、重ねて言うがクラウスはここにはいない。
美しく、気高く、そして何より優しく愛らしいエレオノーラ。
世間的には戦勝の褒美として国王陛下がウルドとエレオノーラの結婚を進めたことになっているが、実はどうしても彼女が欲しくてウルドから王に頼み込んだ婚姻だった。周囲からのいらぬ面倒を避けたくて、真実をわざわざ公表することはしていない。
ウルドがわざと手折ったりしなければ、エレオノーラは先程のように高貴な身分の者達に囲まれて幸せそうに微笑み、何不自由なく暮らしていたのだろう。親しい幼馴染の婚約者と結婚したのちも、変わりなく、誰からも愛されて。
けれどもう遅い。エレオノーラは、ウルドのものだ。
欲しくて欲しくて仕方がなかった彼女を、自分の都合で手に入れた自覚のあるウルドはせめて、なるべく彼女の在り方を変えないで過ごせるように気を配った。
何不自由なく、というには侯爵家と財力が違うので難しいかもしれないが、ウルドに出来る最大限をエレオノーラに費やした。けれど彼女は何一つ我儘を言うことなく、慈善活動に回してしまう。
知ってはいたが、やはり天使だったのか、とウルドは確信した。
「……正直、あまりに生き物として違いすぎてどう接したらいいのか分からん、というのが本音だ」
「お姫様に恋した怪物みたいなこと言ってる……!」
「ヨークデリル、君さぁ、ほんとにさぁ……」
「……お前達ぐらい頑丈なら俺も普段通り出来るんだが、エレオノーラはこう……少し触れると折れてしまいそうだろう」
完全にシャーロットを無視して話し始めたウルドに、ロビンはさすが隊長、と頷く。シャーロットは悪い子ではないのだが、ちょっとあれなのだ。
「確かに奥方様、近くで見るとより一層たおやかなカンジでしたね~あんな細くて、隊長のとかちゃんと入るんですか?」
「お前も口を縫うか?コーネリウス」
ギロリとウルドがロビンを睨みつけると、ロビンはすぐさま肉の塊を口に頬張った。
「でも奥様、すごく頑張って異種族間交流しようとしてくれてたじゃないですか。これはきちんと交流取らないと騎士の名折れですよ!」
めげないシャーロットが、嫌いなニンジンをロビンの皿に移しながら力説する。真面目な顔をして話していると誤魔化せる筈。たぶん。
「……そうしたいのは山々だが、あの美しい顔を間近で見ると上手く言葉が出なくてな……」
「怪物の初恋なんですね……」
大きく溜息をつくウルドに代わり、ロビンがシャーロットの口にニンジンを詰め込んだ。
エレオノーラはいつも一生懸命話をしようと努めてくれるのに、ウルドの方がつい素っ気なくしてしまう。
あの夜も、何か彼の態度にショックを受けたのだろう。
そもそも好きでもない、しかもこんな大柄な男に押し倒されていつも怖かったのかもしれない。声を押し殺していたし、何かに耐えるように震えていた。
泣いているのはさすがに初めて見たが、それもウルドのいないところでこっそり泣いていたのかもしれない。
大切にしたいのに、どうにも上手くいかない。
「あ、じゃあ面と向かってがダメなら手紙とかどうです?貴族って結婚してからも恋文とか贈りますよね?」
ロビンがピンときた顔で言うと、シャーロットもうんうんと頷いた。
「今王城の女性に密かに人気の代筆屋があるんですよ、隊長、字めっちゃ汚いしそこに頼んではいかがです?」
隊長の独断により、連帯責任で昼からの訓練メニューは倍になった。