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7.三人の騎士

 


 数日後、王城。

 騎士団の訓練後、隊長としての業務で書類を提出してきたウルドは外廊下を歩いていた。

 要塞を兼ねている白亜の王城、その外廊下の向こうには芝を敷いた人口庭園が広がっていて、昼食を摂る為にそこここに城で働く者達が見受けられる。ふと視線を向けると向かいから歩いてきた部下を見つけて、ウルドは黙礼をした。


「隊長!お疲れ様です。飯食いました?」

 副官であるロビン・コーネリウスはウルドよりも二歳年下の明るい茶色の髪と同じ色の瞳を持つ、見た目も中身も明るい青年だ。

 その隣にいるのが、同じく副官のシャーロット・ヨークデリル。黒髪に薄い青の瞳の、子爵令嬢ながら騎士職に就いている、稀有な女性だ。

「隊長、明日の編成で確認したいことがあるんですが」

「ああ……では二人とも食事はまだだな?食べながら話そう」

 ウルドが提案すると二人の副官も頷いた。外廊下をぐるりと回り騎士用の食堂へと向かう。

 と、その先で貴族が使う中廊下を歩く一際華やかな一団が見えた。

 来年他国に輿入れする幼い王女と、その取り巻きの様々な年齢の令嬢達。後続に、光り輝くような美貌のエレオノーラがいてウルドは目を細めた。

「隊長!隊長!奥方様ですよ!」

 ロビンの言葉に、シャーロットも溜息をつく。

「本当に、隊長の奥様は女神のごとき美しさですね」

「…………そうだな」

 ウルドが呟くと、一団の先頭にいた王女がこちらを見て少し笑った。


 びく、と慌てて礼をとる騎士三名を気にした様子もなく、王女は最後尾にいたエレオノーラを手招く。

 距離があるので何を言っているのかまでは聞き取れなかったが、王女に何か言われたエレオノーラはぱっ、とウルド達の方を見て花が咲く瞬間のような美しい笑顔を浮かべた。


 それから短いやり取りを経て、完璧な淑女の礼をとったエレオノーラを残し一団はまた華やかに廊下を横切っていく。

 やがて王女の姿が見えなくなると、その場で礼をしていた者達がバラバラと動き出す。最後にすい、と立ち上がったエレオノーラはウルドを見て嬉しそうにこちらにいそいそと近づいてきた。

「旦那様、お勤めご苦労様です」

 夫の前に立つと、彼女は敬愛の滲む笑顔でウルドを労わる。

「ああ。……お前も城に来ていたのか」

 そう言われて、彼女はハッとしてから慌てた。朝の予定ではエレオノーラは今日は外出しない予定だったのだ。

「あ、あの、王太后様のお茶会に急遽お誘いいただいたので……」

 おろおろと言い募る妻に、ウルドは手を差し伸べる。ほっとして彼の大きな掌に自分のそれを乗せたエレオノーラは、改めて夫を見上げて眉を下げた。

「……予定が変わったことをお知らせしなくて、ごめんなさい」

「王太后様はお前のことがとてもお気に入りだからな……急だったのなら仕方がない」

「はい……」

 しゅん、としぼんでしまったエレオノーラを見て、ロビンとシャーロットが目を見張り、当然同行していたオルガからは禍々しい気配が漏れ出る。

「……怒ってはいない。もう茶会は済んだんだな?」

「はい、先程恙無く」

「では俺は送ることは出来ないが……気をつけて帰りなさい」

「……はい!旦那様、あの、今日のお帰りはお早いですか……?」

 顔をあげたエレオノーラは、精一杯美しく微笑んでみせる。その姿がいじらしくて、周囲は胸をときめかせた。

「いつも通りの時間になると思うが、何かあるのか?」

「ええと……」

 彼女は周囲を気にして、そっとウルドの懐に入り込むと背伸びをして彼の耳に唇を近づけた。手で口元を隠しているので内緒話をしようとしているのは分かるが、傍から見れば夫婦の仲が睦まじいように映る。

「料理長にお願いして、今夜のパンは私が焼くんです!……なるべく出来立てを食べていただきたいので、お帰りの時間が知りたかったのです」

「……………………そうか」

 沈黙が長い。怖い。

 エレオノーラは今更ながらはしたないことをしてしまった、とそろそろと後退してウルドから距離を取る。


 そもそも伯爵夫人が厨房に入るのは相応しくないだろうか?これはアウト?実家でOKだったから嫁ぎ先でもOKなんて通用しない?

 先日クラウスにパンの腕を自慢してから、大好きな旦那様に自作のパンを作って食べてもらいたくて、料理長に交渉に交渉を重ねた結果なのだが。

 ちなみに料理長には泣かれた。色んな意味で。料理長のパンに不満はないのでどうか泣かないでほしい。

 貴族の婦人が自ら厨房に入るのはかなり常識外れだろうと思ったので人目を憚り、こっそりとウルドに告げたがこれは旦那様直々にアウト宣告だろうか、と今更ながらエレオノーラは焦る。表面上はいかにも令嬢ぽく上品に微笑んでいたが、内心では滝汗だ。

 屋敷を出る前に発酵する状態にしたタネはもう仕込んできたので、ダメって言われたら料理長に後は任せるしかないだろうか。千載一遇のチャンスだったのに、浮かれてネタバレをしてしまった所為で計画は頓挫の危機だ。


「……火傷などしないように、気をつけなさい」

「!、ひゃ、ひゃい……」

 予想に反して、ウルドはそれだけ言うと軽く挨拶の言葉を残して去って行く。

 セーフ!!

 でも部下の人に挨拶もしなかったな、礼儀のなっていない妻だと呆れられてしまっていたらどうしよう…と泣きたい気持ちになりながら、エレオノーラは礼をとって夫を見送った。




登場人物が増えたので、0話の登場人物紹介も増やしてます!

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