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19.レディ・エレオノーラの恋文

 



 かくして、ほぼほぼ勘違いで構成された一連の騒動は幕を閉じ。


 最初から相思相愛だったはた迷惑なユベール伯爵夫妻は、あれから現在に至るまでもずっと仲睦まじく、今目の前にいる相手に向けて手紙を書く、という奇妙なコミュニケーションを続けている。


「ふふ……ウルド様、パンはお好きですか?」

 大きめのティーテーブルの天板の上に、薄墨に透かしの入った便箋を広げて紺碧色のインクのペン先を落とし、エレオノーラは子供のように呟きながら手紙を書く。

「ああ、好きだな」

 向かいの席に座るウルドは、すらすらと妻がペンを走らせる軌跡を見ながら返事をした。

「あ、ダメです!それはお返事に書いてください!」

 ぱっ、と顔をあげた彼女が抗議の声をあげるので、ウルドは片眉を上げた。

「では音読するのをまずやめなさい、呼び掛けられては返事を返してしまうだろう」

「うぐぐ……書く時につい口に出しちゃうのが私のスタイルなんです……!」

「スタイル……?ふむ、では困ったな、ノーラが手紙を書いている間は俺は離れておくべきだろうか」

 エレオノーラの奇妙な物言いにも慣れつつあるウルドは、試すように彼女に尋ねる。

「え、嫌です!せっかくウルド様がお屋敷にいらっしゃるのに離れておくなんて!」

 途端美しい顔を曇らせたエレオノーラに、ウルドの心には泉のように愛情が溢れた。


 よくよく聞けば、あの騒動の際、エレオノーラはウルドの為を思って屋敷を出ようとしていたらしい。

 荒唐無稽な話だが、無駄に行動力のある妻と、それを可能にしてしまう侍女と幼馴染のチームにかかれば事実無根だというのに実現していた可能性も高い。

「そうか……ではこうしよう」

 立ち上がると、どこかへ行ってしまうの?と途端不安そうになるエレオノーラの華奢な体を持ち上げて、彼女を抱いたままウルドは先程まで彼女の座っていた椅子に腰掛ける。


 どうしてここまで一途に自分を慕ってくれる視線に気づかずに遠ざけていたのか、ウルドは自分が信じられない。エレオノーラの愛情と視線はいつもまっすぐに彼に向かってきてくれていたのに。

 無理矢理娶ったという負い目が彼の目を曇らせ、意志を捻じ曲げていた。彼女の思いを知ったウルドは現在、何の躊躇もなく妻を愛し大切にすることに迷いはない。

「ウルド様?」

「ノーラはそのまま俺宛ての手紙を書けばいい、そのスタイルとやらで」

「はい……?」

「俺は今それに返事を書くことにしよう。そうすれば、手紙で返事をしたことになるだろう?」

「まぁ本当!ウルド様は天才ですね」

 いや、お前が馬鹿なんだ、とツッコむクラウスはここにはいない。もはや彼らは文通ではなく会話をすべきだろう。

 ウルドは多少ツッコみたくなる時はあるものの、可愛い可愛い妻が笑顔で満足ならば何もかも問題ないと思っている。

「じゃあ、続きを書きますね……ええと……」



 以前エレオノーラが代筆した分のウルドの書いた原本はあの後彼女の手に渡り、今は家族からの手紙と同じように宝箱に大切に仕舞われている。

 ちなみにエレオノーラが代筆した分は、勿論破棄など出来る筈もなくこちらはウルドが保管している。これまでエレオノーラがウルドに充てて書いてくれた手紙達と同様に。

「明日は私がパンを焼く日です、楽しみにしててくださいね!」

「そうか、ではなるべく早く帰るように努めよう」

 片手でエレオノーラの細い腰を抱き、逆の手で癖の強い字でウルドは返事をしたためていく。


 あの代筆屋には無事産休の交代店員が入り、エレオノーラの短い社会人体験は終了した。

 意外だったのが、彼女の早さと文字の美しさが評判だったので、また何かあったらヘルプで入って欲しい、と店主に頼まれたことだ。

 エレオノーラは大喜びで快諾し声がかかるのを心待ちにしている。

 そしてウルドも、エレオノーラがもしまた代筆屋で働くことがあれば、自分もまた彼女に代筆を頼みに行こうと思っている。

 彼女は働くなんて伯爵夫人らしくない、と叱られると思っていたらしいが、ウルドがエレオノーラを叱ろうと思ったことは一度もない。


 彼女をなるべく屋敷に閉じ込めようとしていたのは、大切なエレオノーラを誰にも取られたくなかった、ウルドの狭量によるものだ。その所為で彼女に窮屈な思いをさせていたことを反省し、エレオノーラはどこに行っても必ずウルドの元に帰ってきてくれると分かった今、エレオノーラがエレオノーラらしくあれるのならば、何もかも彼女の自由にすればいいと思っている。


 元々侯爵令嬢として高貴な教育を受けて育った彼女は、貴族婦人として滅多に逸脱した行動は取らないので問題になったことはない。発想はかなり突飛なのだが、そちらの方は話をよく聞くようにして、ウルドが対処するようにしている。

 オルガとクラウスにも、相変わらず世話になりっぱなしだ。




「……ではまたお手紙を書きます。ウルド様へ、愛しています」

 いつもの結びの言葉を書いたエレオノーラは、満足げに吐息をついて、すぐ傍にある愛しい夫の顔を見上げる。



「……ああ。俺も愛している」



 失わずに済んだ腕の中の宝物を、万感の思いを込めて抱きしめてウルドはエレオノーラの唇にキスをした。





END.


読んでいただきありがとうございました!

本編はこれにて終了です。楽しんでいただけていたら、とても嬉しいです。



後ほどクラウス視点の話をupします。

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