18.真相
顔を真っ赤にして恥じらいながら、まるで罪を告白するかのように声を絞り出すエレオノーラ。
彼女の白い肌は今や全身茹蛸のように赤く、声は掠れ体は小刻みに震えている。衆人環視の中、恋心を吐露することのなんという羞恥か。けれど、心に嘘はつけない。
ウルドに何故と問われれば、エレオノーラには恋を告げることしか出来ないのだ。
「は……?」
「初めて会った時から、ずっと、ずっと。旦那様が私のこと好きじゃなくても、私は旦那様のことが大好きなんです……」
ウルドはバッ!とエレオノーラを抱き寄せる腕を伸ばし体を離させると、彼女の華奢な体をくるりと反転させて自分の方に向きを変える。いつの間にかほろほろと泣いてしまっていたエレオノーラは、突然の動きに驚いてきょとん、と彼を見つめた。
「……俺も、好きだ。愛している、エレオノーラ」
「…………うそぉ……」
突然の告白に、ぽかん、と口を小さく開けたエレオノーラだったが、すぐに我に返ってまた泣きだす。
「嘘ではない。何故そう思う」
「だって、私、戦勝の褒美ですもの……旦那様、陛下に言われて断れなかったんですよね……?」
「違う」
「ひゃい?」
エレオノーラは驚いて顔を上げる。
精悍なウルドの顔に僅かに朱が走っていて、あ、可愛い。やっぱり好きだな、と彼女は思う。
「……俺の方から、国王陛下に頼んだんだ。お前を妻にしたい、と」
「…………どうして?」
驚くべき事実を聞いて、心底不思議そうにエレオノーラは首を傾げる。
気を利かせて二人から距離をとっていたクラウスが、ものすごく怒鳴りたいような顔をしたが、理性で捻じ伏せていた。
孤児院や教会に慰問に訪れるエレオノーラを、騎士として王都を警邏していたウルドはよく見かけていたのだ。多くの騎士が麗しの侯爵令嬢に恋い焦がれたように、彼もまた、下街の聖女と慕われる美しい令嬢に恋をしたのだ。
そして結婚してから今まで、思っていたような楚々とした大人しい令嬢とはエレオノーラは少し違ったものの、それ以上に実際の彼女はもっと愛らしくいとおしく、ウルドは更に彼女へ恋に落ち続けている。
今この瞬間も。
「言っただろう、お前を愛しているからだ。宰相の愛娘、美貌の侯爵令嬢など俺には高嶺の花だと諦めていたが……陛下がなんでも褒美をくれるというので、恥を忍んで頼んだんだ」
エレオノーラはそれでもまだ不思議そうだ。
「恥……?」
「……褒賞に令嬢を妻に欲しいなどと、人権を無視した無礼な行為だと自覚している。お前に一生恨まれようと、他に好いた相手がいようと、それでも俺の妻にしたかった……愚かで恥ずべき願いだ」
「旦那様……」
「挙句、ここまで追い詰めるほどひどい態度を取り続けてしまった。経緯はどうあれ、必ず幸せにするつもりで、お前を妻にしたというのに……本当に、すまない」
彼女の腕を掴んだまま、首を垂れてしまったウルドの滅多に見ない旋毛を見て。それからエレオノーラはきょろきょろと辺りを見回した。
シャーロットは顔を真っ赤にして感激して震えていて、オルガはいつの間にか壁際まで下がっていつも通りに微笑んでエレオノーラを見守ってくれている。
視線を巡らせると、こちらも少し離れたところに腕を組んで立ったクラウスが面倒くさそうな顔をして口をパクパクとさせた。曰く、
早く纏めろ、馬鹿。
「………あの、旦那様。私、さっき言った通り、旦那様に初めて会った時から旦那様のことが……す、好きです。だから、あの、大丈夫です。恥、じゃないですよ……」
そっとウルドの腕を撫でてエレオノーラが言うと、彼はのろのろと顔を上げた。
「……許してくれるのか」
「許す、許さないの話じゃないです。旦那様……私達両想いです!」
えへ、とはにかんだエレオノーラは、何より愛らしい。ウルドは思わず彼女を抱きしめた。強い愛情の思いを込めて彼女のつむじにキスをして、華奢な背をゆるりと撫でる。
「ありがとう……愛している、エレオノーラ」
「はい……私もです」
エレオノーラは泣き笑いの顔になって、ふふふ、と肩を震わせる。
「……ふふ、旦那様……お願いがあるのです、ひとつ、我儘を聞いてくださいますか?」
「勿論、なんでも叶えよう。今までの分も全て」
ウルドが内容も聞かずに快諾すると、エレオノーラはほう、と肩から力を抜いた。
「……手紙がお好きじゃなくても、一緒のお屋敷に住んでいても、私と文通してくださいませんか?」
「ああ……ああ、勿論」
ウルドはほっとして頷く。エレオノーラの願いのなんてささやかで、可愛らしいことか。
「本当に!?約束ですよ、旦那様!私、旦那様用の便箋を用意してあるんです!」
ぱぁ!と輝くような笑顔を浮かべたエレオノーラは自らウルドの腕の中に飛び込んだ。
「ヨークベリル様に書いたお手紙の倍の量にしてくださいね!」
「……承知した」
やっぱりまだ嫉妬しているらしい、小さな棘のある言葉が可愛らしい。
大団円!という雰囲気の夫婦に、それを聞いてシャーロットは慌てた。彼女としてもエレオノーラに誤解されたままでいたくなくて同行したのだ。
「お待ちください、奥様!この手紙はそもそも奥様宛てです!」
「はい?」
「黙れヨークベリル」
手紙を手に駆け寄ってきたシャーロットから、エレオノーラを遠ざけようとウルドが手を伸ばす。
「いやです、黙りません!隊長だけ誤解解いてずるいですよ、私だって奥様の華奢な体をハグしたいですー!!」
突進していくシャーロットを見て、クラウスは再び溜息をついた。
「おい、オルガ。危険人物だぞ」
「すぐに掃除します」
さっ、とどこから出したのかモップのようなものを構えるオルガが進み出た。このまま絡めとって窓から捨てよう、とオルガは決定する。窓ガラスぐらいはウルドが弁償すればよいのだ。
と、
「待って待って!皆待って!ヨークベリル様、そのお手紙が私宛てってどういうことですか?」
華奢な両手を突っぱねて、エレオノーラはウルドの影から出るとシャーロットに尋ねる。
「これは代筆屋に持っていく手紙の原本です。隊長が奥様宛てに書かれたもので、私はお遣いを頼まれただけです。ちなみにここ最近隊長は結構な数の手紙の代筆をしてもらっているんですが、恥ずかしくってまだ奥様に渡せてなかったらしいですよ!ヘタレ!」
「はぁ……ヨークベリル、黙れと言った筈だが?」
シャーロットの軽快な声に、頭痛の種を探すようにウルドは自分のこめかみに手をあてる。その隙に手紙の原本をエレオノーラは受け取り、少し躊躇ったが封を開く。
「エレオノーラ、待ちなさい」
「………………旦那様、この字……」
愛しい妻へ、から始まるいつもの書き出し。
癖の強い、けれどしっかりとした筆致。そうだ、この字は、あの短い婚約期間の間にウルドが贈り物をしてくれた際、素っ気ない一言二言が記されていた走り書きのカードの文字。あまりにサンプルが少なくて気付くことが出来なかった。
合点がいって、エレオノーラの瞳からまたぶわ、と涙が溢れる。これは。
これは、エレオノーラへの恋文だ。
「エレオノーラ?どうした」
ウルドが驚いて彼女の目元におずおずと指で触れる。きらきらと輝く紺碧の瞳からこぼれる雫は、夜の宝石のようだった。
「旦那様、私、このお手紙知ってます。私……私が、代筆しました」
ほぅ、と吐息をついて、エレオノーラが真っ直ぐにウルドを見つめて微笑む。
ずっと、他人の恋物語だと思って読んでいたあの恋文。
それは真っ直ぐにウルドからエレオノーラに向けられていた、愛の言葉。
ずっと彼女が欲しかった、羨ましく思っていた、恋の手紙だ。
「……あーそういうオチなのか」
クラウスはなるほど、と納得する、その先でウルドは混乱して叫んだ。
「はぁ!?」
次で本編は終わりです!