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16.修羅場



「……さて、では気が済んだらユベール伯の屋敷に帰れ」

「クラウス!話を聞いていた!?私とオルガはこのまま別のところで暮らすの!」


「ええ、お嬢様。王都でなくとも近隣の村でもいいんですよ?私、狩りも得意なんです」

 さっ、とオルガが口を挟む。

「我欲で話をややこしくするな、オルガ。エリィ、億が一、お前が屋敷を出ることになった場合は、俺がきちんと生活の面倒はみてやる。けれど、夫に黙って家を出て行くのは貴族であるという以前に家族として間違った行動だとは思わないか?」

「クラウス様こそ我欲出てません?」

 オルガのツッコミは無視して、クラウスはエレオノーラの隣に座り彼女の手を握って真剣な表情で問うた。


 彼女はなんだかすごいことを言われた気がしたが、後半の内容の方が本題だった筈なので、そちらに着目する。

「……でも、旦那様はお手紙を渡すような女性がいるのよ?……自分から、失恋決定を聞きに行かなきゃいけないの……?」

「……それはお前にとって、とても辛いことだとは思うが、逃げて有耶無耶にしていいことか?エレオノーラ・クライン」


 クラウスはいつもこうだ。

 エレオノーラを叱咤しつつもなんだかんだと上手くいくように手厚く助けてくれるが、こんな風に、一番大事なところでは彼女に決断を委ね、けれど決して甘やかしてはくれないのだ。

 エレオノーラは、クラウスの落ち着いた紅茶色の瞳を見つめて考える。

 確かに彼女が屋敷を出るのは、ウルドの為ではなく自分がつらい現状を受け入れたくないが為の逃げとも言える。ならば、一旦戻りきちんとウルドと話をつけてから出ていくべきだろう。

「……わかった……帰る。旦那様と、ちゃんとお話しする……」

 ぐっと唇を噛みしめて、涙を耐えながら言ったエレオノーラにクラウスは優しく微笑んだ。

「よし、えらいぞエリィ」

 ぎゅう、と包み込むように抱きしめられて、エレオノーラの瞳からはまた涙が溢れる。クラウスはそれを見越しているのか、笑いながら頭を撫でてくれた。


「で、ユベール伯に他に好いた者がいて、お前の言うように屋敷を出なくてはならなくなったら、俺のところに来い」

「え、いいの?」

「ああ、そうしたら領地経営の仕方を教えてやる」

 ニヤリとクラウスは笑う。それは彼の本職だ。

「?」

「今はエリィ名義の領地は実家の侯爵領と纏めて管理してもらってるんだろう?それを、エリィ自身が治めるのならば貴族の義務を全うしていると言える筈だ。そこから収入を得ればいい」

「あ、でもその収入は……」

 エレオノーラが慌てて言い募ろうとすると、クラウスは手で彼女の言葉を制する。

「心配するな。お前とオルガが生活しつつ教会や孤児院に寄付出来るぐらいには稼げるように指導してやろう」

「なるほど!クラウス天才!」

「今頃気付いたのか?」

 歓声をあげたエレオノーラが一旦体を離してクラウスを見つめ、もう一度飛び込んでくる。難なくそれを受け止めたクラウスは平然と返した。



「申し訳ないが、邪魔させていただく」

 と、そこへ執事に先導されてウルドとシャーロットがやってきた。

 先程すばやく事態を察したクラウスが執事に申し付けたのは、もしもウルドがこの屋敷を訪れた際には許可がなくとも通していい、というものだったのだ。

 エレオノーラが部屋に飛び込んできた時にバーン!と開いたままになっていた扉から室内はよく見え、仲睦まじく抱き合うエレオノーラとクラウスを見てウルドは目を見開いた。ウルドは顔を強張らせて、拳を握る。

「旦那様、どうしてここに……」

 驚くエレオノーラに、ツカツカと歩み寄ったウルドはクラウスと彼女を引き離し、

「俺の妻から離れろ」

 間髪入れずにクラウスを殴った。


「旦那様!?」

「隊長それマズいですって!」

 吹っ飛んだクラウスの体が、ソファに当たって止まる。悲鳴をあげたエレオノーラは、慌ててウルドとクラウスの間に自分の体をいれてガードした。

「あ、あの、何故怒ってらっしゃるのかわかりませんが、きっと原因は私ですよね?な、殴るなら私を殴ってください!」

 ぎゅ!と目を瞑りながらエレオノーラが叫ぶと、ウルドも吼えた。

「お前を殴れるわけがないだろう!」

「!?」

 びくん、と震えてエレオノーラが硬直する。オルガは彼女のすぐ傍に立ち、万が一ウルドが我を忘れた時には取り押さえるべく全身を集中させていた。


「……あー……全員落ち着け。ここは私の屋敷だ」

 ゴホッ、と咽ながらクラウスが無理矢理立ち上がる。それを執事が慌てて介助した。

「クラウス!大丈夫?」

「な、わけあるか。現役騎士に殴られたんだぞ」

 はー…とクラウスは深い溜息をつく。

 彼は仕事柄、一度見た人間の顔を忘れることはない。ウルドの後ろであわあわと変な動きをしている女が、ウルドの部下だということはすぐに分かったし、平服で彼と共にここに来たということは、エレオノーラの言う”ウルドが手紙を渡していた相手”というのが彼女なのだろう。


 この時点でエレオノーラの言う、手紙を渡していた=好いた相手、という図式が、シャーロットが部下であるという事実でエレオノーラの勘違い、という可能性が濃厚になった。大方の予想通りに。

 まだウルドが部下を好いている、という可能性も残っているので確定とは言えないが。

 せっかく役者が揃ったのだ、ここで纏めてしまう方が効率的といえるだろう。元より、この頓珍漢な幼馴染の持ち込んだトラブルを解決するのは、今までずっとクラウスの役目だった。

 結婚したことで夫に任せればいいか、と思っていたのに、どうやら夫婦揃って頓珍漢らしい。


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